「さってそろそろ寝ますか。」 「お休みさんー。」 「また明日〜。」 夜中の三時。流石に遅いので俺はROからログアウトし、PCの電源を切って眠りに就いた。 夜更かしのせいかなかなか寝付けなかったがそれでも目を瞑っていると眠りの世界へと入っていった。 「暑・・・。」 いつも通りに夏の暑さで目覚める。 普段なら寝ている間に着ていたTシャツを脱いでいるのだが今日に限って脱いでいない。 むしろ普通なら目覚ましの音で目覚めるはずだが目覚ましの音らしきものはなかった。 (やっべ寝過ごしたか・・・?) そう思い身を起こすと、 ・・・いつもと身体の感覚が違う。 何か髪の毛が顔にまとわりついている。 おかしい俺は逆毛君だぞ・・・? 頭を触ってみると信じられないことにサラサラの髪の毛がある。 髪の毛を辿っていくと胸の辺りまで伸びている。 ふと胸に目をやると・・・。 「!?」 見慣れないふくらみがそこにあった。 「これは・・・、胸か・・・?」 男の自分にどうして胸があるんだろうか・・・? そもそも服の色がおかしい。 見たこともないえんじ色の服だ。 しかも肩の辺りにケープまでついていたりする。 「いったいいつの時代の服なんだよこりゃ・・・?」 こんな服現実では見たことが無い。 いわゆるゴスロリ系の服装でもない。 ゴテゴテとしたレースがあるわけでもなく、普通の服らしかった。 しかもその服は長く足首までに達しているようだ。 (しかしこの格好どっかで見たような気もしてきたな・・・。) 腰の辺りにはチャンピオンベルトみたいなゴツい革製のベルトが巻かれている。 そのベルトに描かれた十字模様には確かに見覚えがあった。 (まさか・・・。アコライトの服か?) 鏡がないか周囲を見渡すと姿見があったので前に立ってみる。 姿見に映った自分はまさしくアコライトだった。しかも女アコライト。 (なんじゃこりゃぁぁぁぁあ!) 髪型はお下げでどう見ても自分が昨日の夜中まで使っていたキャラと同じだった。 髪の色まで丁寧に紺色をしている。 鏡から目を外すと部屋も自分の暮らしていた部屋とは異なっていた。 木目むき出しの部屋には見慣れたはずの本やパソコンはなく、質素な木の家具がいくつかあるだけだった。 壁には冗談のようにいかつい鈍器と盾がかけてあった。 そしてふと部屋に落ちてあった紙幣を拾い上げる。 そこには見慣れた精巧な柄の入った札ではなく、粗末な印刷とともに、 「1,000Zeny」の文字が描かれていた。 ここまで手の込んだイタズラは経験したことがないぞ!と思い窓の外を眺めてみる。 そこには最後の希望を打ち砕くかのようにある意味見慣れた石造りの建物が多く建っていた。 石畳の街路に目をやるとこれまた見慣れた格好をした人々が行き交っている。 どうやら本当にROの世界に放り込まれたのだと納得するしかなかった。 しかもご丁寧に自分の使っていたキャラになっているらしい。 何か手がかりは無いかと自分の身体をまさぐってみる。 服にはいくつかポケットがあり、その一つに金属の板が入ってあった。 何が書かれているかを見てみると、 「Abigail 2583 08 15 Acolyte ・・・。」 まさしく自分の使っていたキャラ名であり、どうやら書かれている数字は年号のようだった。 他のポケットを見てみると銀貨が数枚としなびた緑色の草、それに皮製の眼帯が出てきた。 ROの世界ならばこのしなびた草は緑ハーブで、眼帯は眼帯なのだろう。 何となく眼帯を巻いてみると視界が半分なくなって妙に不安になった。 部屋に何か無いか探してみると、壁にかけられていた鈍器のほかにも数種の鈍器が現れた。 しかもどれもかなり使い込んでいるらしくサビが浮いていて逆に迫力があった。 他には衣装箪笥らしきものに今来ている服とほぼ同じデザインの服がいくつか現れた。 手にとってみると意外に重い。しかも硬い。 どうやら金属線が繊維に織り込まれているようだった。 盾もいくつか出てきた。 盾には様々な模様が刻まれていて、蜘蛛型の模様や鬼みたいなものがあった。 他には瓶に入った怪しげな赤やらオレンジやらの液体が大量に出てきた。 妙に肺の辺りに違和感を感じていたのだが机の上にあった灰皿でそれを思い出した。 まだ起きてから一本も煙草を吸っていないのだった。 煙草がないか探すと机の下に嗅ぎなれた臭いのする箱を見つけた。 中を開けてみると紙巻の粗末な煙草が大量にあった。 火になるものを探してみると箱の中に小石が二つほど入っていた。 どうやら火打石らしい。 (流石にライターは無いわなぁ・・・。) 火打石で灰皿の上にあった燃えかけの紙に火をつけ、すばやく煙草に点火する。 ご丁寧にもここの煙草はいつも吸っている煙草と同じ味がした。 「ふぅ・・・。」 一服してようやく自分の陥った事態に対しても慣れることができた。 むしろこれは開き直ったと言ってもいいのかもしれないが。 (もしかして俺と同じようにここに放り込まれた連中もいるかもしれないなぁ。) (もしかしたら誰か知り合いがいるかもしれない、とりあえずそいつと合流して帰る方法を探すか。) 決心がつくととりあえず壁に掛かっていた鈍器を背中にかけ、蛙の模様が入った盾を手にする。 煙草と火打ち石も忘れずに携帯する。普段なら携帯灰皿も持って行くのだがそれらしきものが無かったので、 仕方なく金属のお茶缶みたいな筒を持っていくことにした。 頭にはベッドの枕元にあった帽子を乗せた。 帽子は意外にもずっしりと重く、金属の塊を乗せているようだった。 外に出てみると普段見慣れた画面とは光景が微妙に異なっていた。 ゲームでは冒険者しかいなかったのだが、こちらでは一般人らしい人もかなりいる。 さすがに一般人に現実の世界から来たROプレイヤーがいるとは思えないので声はかけないことにした。 アテもなく街を歩いていると何となく挙動不審なアコライトがいたので声をかける。 「すみません。」 アコライトはいきなり声をかけられて驚いた様子だった。 「な何でしょうか?」 微妙に声が裏返ってしまっている。そんなに怯えなくてもいいのに・・・。 まぁ流石にいきなり見知らぬ人に声かけられたら誰でも驚くだろうと思い会話を続ける。 「あのー・・・。こんなこと聞くのも何なんですが、こちらの世界にはいつからご滞在で?」 事情を知らない人間が聞いたらきっと電波扱いされるんだろうなと思うが背に腹は代えられない。 「えっと、もしかして貴方も気がついたらこっちの世界に居たってことですか?」 話が通じた。どうやら彼女も自分と同じ目に合っているらしい。 「あーよかったぁ・・・。もし自分だけこっちに迷い込んでたらどうしよかって思ってましたよ。」 自分は嬉しいと心から思ったのだがどうも彼女は表情を曇らせている。 「あ、もしかして悪いこと言ってしまいました?」 「・・・、いえ。貴方は多分大丈夫だと思うんですけどね・・・。」 「大丈夫って、何が・・・?」 「こっちに来てしまった人って・・・。」 というと彼女は自分がこちらに来てから散々な目に合ってきたことを話してくれた。 どうもこちらの世界に放りこまれた人は大勢いるらしく、しかも武装しているのをいいことに色々悪さをしているらしい。 彼女も危うく暴行を受けそうになってテレポートで何とか逃げてきたのだという。 「あちゃぁ・・・。悪いこと聞いちゃったみたいですね。」 「いえ・・・。貴方は信用できると思います。悪いことしてる人達はあんな声のかけかたしないと思いますから。」 「はぁ・・・。信用してくれてどうもです。」 釈然としなかったがまぁこんなトコロにいきなり来てしまったらそんなこともあるだろうと思った。 ビュッ! 顔の横を何かが高速でかすめた。 頬から暖かい血が流れているのが分かる。 血が流れているのを自覚すると同時に振り向くとそこには金髪のハンターが弓を構えていた。 「次は当てるからなぁ!大人しく俺様の言うことを聞けよ!」 弓にはすでに矢がつがえられていた。 おそらく近づく間も盾を構える間も無く射てくるだろう。 (ちっ・・・) ただでさえ元居た世界に帰れるか分からないのに妙なのに会ってしまった。 「へっへっへ・・・。まさかリアルでアコたんをヤっちまえる日が来るとは思わなかったぜ!」 下卑た言葉使いのせいか目までがギトギトして見える。 「さぁ大人しくついて来な!さもないと眉間に風穴が空くぜ!」 異変に気づいた警備兵が駆けつけてきたが矢をつがえているのを見て迂闊に近づけないのか距離を置いている。 「そこのハンター!今すぐ弓を下ろしなさい!さもないと逮捕しますよ!」 警備兵はゲーム通り本当に背の低い女の子だったがそれでも訓練を積んでいることが分かる鋭さがあった。 が流石に手出しはできなさそうだ。 「うるせえ!ごちゃごちゃ抜かしてるとこの女撃つぞ!」 「なぁ・・・。」 こんな状況なのだがどうしてもこのハンターに言いたいことが一つだけあった。 「何だ!お前は俺様の女にしてやろうってんだよ!何か文句でもあるのか!?」 「いや・・・。アンタのしたいことは分かるんだが・・・。」 まぁ自分もそういうことを考えなかったわけではない。相手の気持ちも何となくわかる。 がそれでも言わずには居られなかった。 「ヤるヤる言ってるんだが、その身体でどうヤるんだ・・・?お前さんも女になってるんだぞ。」 「!?」 女ハンターは思わず弓を離して胸の辺りをまさぐる。そして顔を赤らめる。 「うわぁぁぁぁぁぁ!!」 (今の今まで気づいてなかったのかよ・・・。) ハンターが叫んでいる間に警備兵が彼女を取り押さえる。 思いっ切り隙ができていたのであっさりと捕縛され、連行されていった。 (にしてもマヌケなヤツだった・・・。リアルでも髪長かったのかな・・・?) 「あの・・・。」 今の今まで存在を忘れていたアコライトから声がかかる。 「何でしょうか?」 「さっきお前さんも、って言いましたよね・・・?ということは男の方なんですか・・・?」 「ええまぁ・・・。」 (マズったのかなぁ・・・?) 「えっとまぁ・・・。言っても何でしょう・・・、仕方ないと思って言わなかったんですが。向こうの世界では男やってますハイ。」 (気持ち悪がられたのかねぇ・・・) 「いえ、何というかあんまり男の人って感じがしなかったので・・・。すみません変なこと言っちゃって。」 (複雑だなぁ・・・。) 男っぽくないと言われると現在の外見からすればいいことなのだろうが現実だと男らしくないということになる。 「はぁ・・・。まぁ気にしないで下さい。中身が男だからって言って初見の人に手出したりしませんから。」 「いえそんな積もりで言ったわけじゃないですから・・・。」 「いえ本当に気にしないで下さい。後、少し聞きたいことがありますし、こんなところに立ってたらまた変なのが来るかもしれませんし、 どこか落ち着いたところへ行きませんか?」 「そうですね。どこかいいところは無いのかしら。」 落ち付いた場所と言われても始めて来る場所でそういったトコロがどこにあるかは分からない。 (困ったなぁ) 「すみません。」 振り向くと先ほどの警備兵が立っていた。 間近で見るといっそう小柄に見える。こんなんで警備兵として役に立つのだろうか。 「何でしょうか?」 考え込んでるとアコライトの方が返答していた。 「先ほどの件でそちらからも少々お伺いしたいことがありますので、多少お時間よろしいでしょうか?」 現実の警察とは天と地ほどもある丁寧さだ。 「えっと、となるとやはり警察署か何かに行かないといけないんですか?」 アコライトの方は少々戸惑い気味だ。リアルでも警察の世話になんかなったことのない人なのだろう。 「警察署?えっとまぁ話を伺うだけですしその辺の喫茶店でいいですよ。」 「そうですか。」 警察署でなくなって少し位は安心してそうだがまだ表情が硬い。 「ではご案内致します。」 警備兵に自分達は大人しく付いていった。 警備兵の案内してくれた場所は現実の喫茶店とそれほど変わりはなかった。 ただ居る人間が現実とはかけ離れてはいるが。 「では話の方を聞かせていただきます。私はプロンテラ衛兵団二等兵のジュリアです。」 丁寧に頭まで下げてくる。 「えっと自分はアb・・・、アビゲイルと言います。」 使い慣れたキャラ名とはいえ口に出すにはほぼ初めてだから思わず詰まってしまった。 「まぁまぁ、尋問ではないですし緊張しないで下さい。えっとそちらは・・・。」 「メイファ、です。」 まだまだ彼女の表情から硬さが抜けていない。 「メイファさんとアビゲイルさんですね。先ほどはご災難でした。」 「はぁどうも。」 「・・・。」 「状況の方を整理させていただきますと、私が見た限りではお二人が話しているといきなりあのハンターが矢を射ったようですが、間違いは無いですか?」 「ええそれで間違いは無いです。本当にいきなり撃ってきましたので・・・。」 と思わず矢がかすめた頬をなでる。傷はまだ完全にふさがってはおらず手にかすかに血がついた感触があった。 「お顔の方は大丈夫ですか?一応ヒールをかけておいた方がいいですよ。何といっても顔ですから。」 そういえばそうだ。今居る二人ともアコライトなのだしヒールは少なくとも自分は使えるはずだった。 だがどう使えばいいのだろうか・・・。目の前にキーボードがあるわけではないし使い方が全く分からない。 「あ、さっきの事件のショックで使えなくなっているんでしょうか?それは失礼致しました。では私がかけさせて頂きます。」 と言うと警備兵は自分の頬に手を当ててきた。すると妙に暖かい感触がして、傷が癒えるような感じがある。 「どうもありがとうございます。」 目の前に居る小柄な警備兵がだんだんと頼れる気がしてきた。 「いえいえ・・・。あのう、お二人はどういったご関係なのでしょうか?ギルドエンブレムも違いますし、 同じパーティに加入しているわけでもなさそうですが・・・。」 「あ、実は全然知らない人なんですよ。ちょっと事情がありまして彼女に声をかけた時に撃たれたんです。」 「そうですか、その事情というのを、差し支え無ければお伺いしたいのですが・・・。」 困った。おそらく彼女も街行く一般人と同様にこっちの世界へ迷い込んだクチではなくもともと居た人間なのだろう。 言っても事情が通じるかどうか・・・。 「あー・・・。妙なこと言うと思わないで下さいね。」 「あ、はい。」 本当に大丈夫なのだろうか、とも思ったが成り行き上仕方が無い。 「えっと、気がついたらこちらの世界に来ていた、とか言っても信じてもらえないでしょうか・・・?」 警備兵の顔を見るとあまり驚いた風でもない。むしろ「またか・・・。」というような表情だった。 「あなた方もそうなんですか・・・。実はここ最近そういうことを言う冒険者の方が増えていますので・・・。えっと、そういう事件は我々衛兵団ではなく、 王立調査団かゲフェン魔導士アカデミーの方で調査が行われているらしいので、そちらに行けば何か手がかりがあるかもしれませんよ。」 「はぁ。わざわざ情報ありがとうございます。」 「いえ、昨日から急にそう言うことを言う冒険者の方が出てきて、しかも多くが犯罪行為に走っているので、こちらでも正直根を上げているのですよ。」 「はぁ・・・。」 同じROプレイヤーでも先のハンターのような人間が多かったということなのだろうか・・・。 「では私の方は用件が終わりましたので失礼させて頂きます。どうもご協力ありがとうございました。後、何かお困りのことがありましたら 衛兵団の方へ御連絡下さい。きっと力になると思いますよ。」 というとまた深々と頭を下げて立ち去った。最後まで丁寧な人だった。 「はぁ・・・。」 さっきまでずっと黙っていた彼女がため息をついた。警察と縁がないとここまでこういう人間が苦手になるのだろうか。 「まぁさっきまでのことは忘れましょう。無事に逮捕されたんですし、何より王立調査団かゲフェンアカデミーとやらで何か分かるかもしれないしですし。」 「そうですね・・・。えっと、アビゲイルさんでしたっけ?」 「そうですよ。まぁ大体あだ名のアビィで呼ばれることが多かったんですが呼び易い方でどうぞ。」 「じゃあアビィさんで、こちらに来られたのはいつ頃なんですか?」 「ついさっきですよ。寝て起きたらどっかの部屋で寝てました。それで外にでてさっきに至るわけです。」 「そうですか。じゃあ私よりは来たのが遅いんですね。」 「そういうことになりますね。」 「じゃあさっきヒールが使えなかったのも来たのが遅かったからでしょうか?」 「ですねぇ。いきなりヒールとか言われてもどう使えばいいかなんて分からないですし。えっとメイファさんは使えるんですか?」 「一応使えますよ。」 「じゃあやり方なんてのを教えて下さるとありがたいのですが・・・。」 「あー、教えるんですか・・・。」 「あ、そんな無理されなくても結構ですよ。今すぐ必要ってわけでもないですし。」 「あ、いえ別にいやとかそういうのではなくて、えっとその・・・、私教えるとか全然だめで・・・。」 「大丈夫ですよ多分。さっきの警備兵さんも簡単に使ってたみたいですし案外簡単だと思いますよ。」 「そうですね。教えると言ってもどう教えたらいいのか分かりませんけど、何というか、こうしたい!、って思うといつの間にか出来てたって感じです。」 「こうしたい!って思うんですね・・・。」 強く念じてみる。するといきなり光の玉が周りに出てきた。 「ルアフですかぁ・・・。」 「です。何となく景気づけたかったもので。」 苦笑いしながら言う。 「ルアフってことは、ポタセットなんかも取ってるんですよね?」 「あ、そういえばそうですね。確か・・・。」 このアコライトはモンク転職を目指していたのでブレスIAとポタセットとDPDB、残りをヒールという感じでスキルを振っていたのだ。 確かジョブが46だったからDPが6で後は10でヒールだけが3になっていたはずだ。 「今ジョブ46でポタセット完備ですよ。ヒールはその代わり3しかありませんが。」 「ということは殴りさんですかぁ。」 「です。メイファさんは支援ですか?」 「はい。アビィさんが居てくれて助かりました。」 嬉しそうに言う。やはり非力なアコライト一人で街を歩くのは不安なのだろうか。 「そうですか。さっきは犯人がちょっとマヌケだっただけだと思うんですが・・・。」 「いえいえ。アビィさんって頼れそうな人ですよ。何か向こうの方でも頼れる人って感じだったと思うんですが。」 (頼れるのかなぁ・・・。) さっきの場合は犯人のあまりのマヌケさに関西人としての突っ込み魂が発揮されただけだし、第一弓を向けられている間は背中に冷たいものが走っていた。 「あ、もしかして気を悪くしちゃいました?」 「あ、いえちょっと考え事ですよ。」 見知らぬ人を相手にしていると本当に気を使う。考え事をしているとそっちばかりに気が向くのもいけないのだろう。 ふとテーブルを見ると灰皿があった。 灰皿が目に入った途端また煙草が吸いたくなってきた。 「あのう、お煙草よろしいですか?」 「あ、どうぞどうぞ。何かホッとすると吸いたくなりますよねぇ。」 「あ、お煙草吸われるんですか。よければ一本どうぞ。寝てた部屋にたくさんありましたし。」 「そうですかぁ。ではいただきます。火はお持ちですか?」 ポケットの中から火打石を取り出し、彼女に手渡す。 「えっと、何ですかこの石ころは・・・?」 「あ、火打石ですよ。流石にこっちの世界だとライターは無いようですし。」 「そうですか。何か不便ですよねぇ。」 「ですねぇ。」 彼女から火打石を受け取って持っていた紙切れに点火し、それで火をつける。 実際にはあんまり時間は経っていないのだが起こった出来事が濃厚すぎて何だか体感時間が三倍以上になっている。 「ふぅ・・・。」 「ふげふぉげほ!これ何ですか!物凄く辛いですよ!それに臭いもキツいですし!」 そういうと彼女は急いで煙草を揉み消した。よほど合わなかったらしい。 だがこういったことは慣れている。むしろこのお陰でもらい煙草されずに済んでいるのだが。 「あ、向こうでは何吸ってました?」 「マ○センライトですが・・・。こんな煙草吸ったことないですよ・・・。」 「あぁ・・・。そりゃコレは初めての人にはキツいですよ・・・。何か知りませんがなぜか向こうで吸ってたのと同じ味の煙草が部屋にありましたしね。 もしかして人によって違うのかもしれませんよ。」 「そういうもんでしょうか・・・?部屋に戻ったら確かめてみます。」 (そういえば・・・。どうして向こうのと同じ煙草があるんだろうか・・・?) そもそも自分の吸っている煙草は愛好家が少ないことで有名だ。 「鰹節臭い」やら「雨の日の犬の頭の臭い」とまで酷評されていることもある。 そんなマイナーなのがこっちにまで来て存在していること自体おかしいのではないのだろうか・・・? (もしかしたらこれが向こうに帰れる手がかりになるかも・・・。) まぁ煙草はオークがもたらしたものだし彼らの好みとしてしまえばそれで済むかもしれないのだが・・・。 「あ、もしよければ、部屋に煙草があるか、それとあった場合はどんな味だったか報告して下さい。ちょっと気になりますんで。」 「そうですか、分かりました。」 何だか分からないというような表情をしつつも彼女は快諾してくれた。