序章   チチチチチ 見渡す限り平原が広がっている、ここプロンテラ南の木の下で私はうっすらと目を開けた。 暖かな春風が頬を長い髪を優しく撫でる。 強くも無く、弱くも無い柔らかな春風。 木から漏れてくる優しげな光が心まで包み込んでくれるみたいだった。 そう、私はたった今このラグナロクオンラインの世界にログインした。 でも今は木も地面も敵も食べ物や飲み物も触れる。 少し前まではただクリックするだけの単調なゲームだったこの世界も 今や驚くべき進化を遂げたのだ。 具体的に言えば… マトリックスっていう映画を知ってる? 現実世界からインターネットに自分をダイブさせ、インターネット内で行動できる。 だからとんでもないジャンプが出来たり、一瞬で格闘技ができたりもする。 この世界はそれによく似ている。 世界を救うわけじゃないけどね。 修練でステータスやスキルポイントを集めて新たなスキルを習得したり ステータスを上げて自分の身体能力を上げたり。 そうやって自分自身を強くしていく。 それにシステムも大分違っている。 朝昼夜の実装、天候の実装もしてある 次に全サーバーの統一、ラグナロクサーバーというサーバーに変わった。 それに、現実での1時間がここでは1日になる。 そりゃ…ゲフェンからグラストヘイムに行くまでに約1日かかっちゃね・・・ マップの広さ、ダンジョンも街も全部途方も無く広くなったのだ。 さらに新しいダンジョンも信じられないくらい多くなったし 敵の数も桁が2個くらい増えた。 広さはほぼ地球と同規模まで広がったらしく、現在の町は各国の首都と入れ替わっている。 そしてノービスになると各地の町に一人1個の家を支給された事。 それと農村が信じられないくらい増えたこと。 まぁ、街以外は緑で覆われたりして、人口の手が一切加わって無いんだけど。 少し理不尽すぎるけど仕方が無いし、重力も修正する気は無いみたい。 でもこのシステムのお陰で利用者は100倍を越えた。 BOTが完全に消えたのにもかかわらずだよ? 受験勉強にいそしむ人はここで勉強すれば24倍の効率だから。 しかもこの世界でIntを上げれば理解力も上がり、現実で勉強するより遥かに楽。 だけど不思議な事に…といっても当たり前かもしれないけど 依然みたく重くて動けないという事は無かった。 凄くスムーズに自由に動けるし、元から身体能力の高い人 頭の良い人はノービスの時点でレベルに関係なくボーナスが付く。 憲法の達人とかはいきなりAgi+40とかもよくある話。 頭の良い人、といっても柔らかい人はIntが本から+40されたりもする。 え?私?…そういう細かい所は別にいいの! ちなみに接続の方法は、自分をデータ化して(肉体は椅子に座ったまま)インターネットの仮想空間に転送。 これもネットダイビングシステム(NDS)が完成したお陰だ。 だけどこのシステムも欠点がある…みたい。 殆ど私には関係なかったんだけどね。 まずは服装。 ダンサーの友達が居るけど、外歩きにくいって愚痴ってたから。 この世界はいわば現実に近い世界だから。 容姿がそのまま適用される。ログインする祭に身体全体のDNAの鑑定を行うから。 そのおかげで性別を偽る事ができず、掲示板では愚痴で溢れかえってるみたい。 要するに可愛い方が有利・・・ それと治安。 GMが巡回してるとしてもやっぱり光があれば闇もある。 闇の部分にはいわゆる今のノーマナー行為者が多く居る。 闇商人と呼ばれる取引禁止の物品を扱う商人や 各地で古木の枝と呼ばれる枝を好き放題に折り町を壊滅させたり ダンジョンの敵をひたすら走りかき集め擦り付ける人や… BOTが出来なくなったために居なくなったのは評価するけど 実際問題、夜中に道を一人で歩けなくなった。 更にキャラクタースロットの消失。 自分はキャラとなるために、1キャラまでしか作れなくなってしまった。 今後の使用するキャラクターをセレクトしてください。 にはちょっと驚いたけど、ハイプリーストしかメインじゃない私は迷わずそれを選択。 それと、最も危険な種が巷でのこのNDSについて疑問の声。 特に学者から… 何故こんな事が可能なのか、どうして人をデータに出来るのか。 また接続した時人間に何らかの影響は無いのか。 このシステムは現在ラグナロクオンラインでしか使われていない。 元々癌が独自に開発したと旗を上げ重力と提供。 各地のサーバーをラグナロクサーバーと改名し、各国の全てのユーザーを纏めた。 これはGMの数を増やすためでもあり、ROに翻訳機能が付いていたので 困る事も無かった。(価値観が違ったりしたけどね) だけど、ラグナロク以外ではこのシステムは使われていない。 便利だと思わない? このシステムが復旧したら、いろいろな事が仮想空間で試せる。 家を建てて住み心地を知りたくても簡単に出来る。 通信販売でも実際に商品を試してもらえる。 なのに・・・ 何故他の企業が使わないかというと、このシステムが作れないからだ。 運営チームのみがそのデータを、作り方を握っていて他の会社は手をこまねいている。 だから運営チームは世界に睨まれる事になり、学者達のバッシングにあった。 しかもこの間の通告で、5/15日までにこのシステムの公開をしなければ営業停止処分にする そんなことまで通告したらしい。 確かに公開しないほうもあれだけど、そんな事まで言うのも…と私は思う。 結局単に自分達も使いたいだけなのだ。 素直に頼めない大人が多いってこと、世間に知らしめてる気がする。 でも、これはずっとずっと後になって知った事なんだけど 運営チームもそのシステムが何故稼動するか知らなかった。 黒服の男がこのシステムを渡し、操作の説明だけを受けた。 それが真実だったみたい。 そして今は5月15日…データを公開しなければいけない日だ。 だけどやっぱりデータの公開はされなかった。 営業停止になってもいいのかな、と思ったけど何もできるわけが無い。 私はROの中で、サーバーの切断に伴う強制ログアウトが来るのを待っていた。 だけど、神の声が伝えた内容は驚愕の内容だった。 「ユーザーの皆様に緊急告知いたします。」 この言葉で、私と仲間達はいよいよ終わりかって惜しんだ。 だけど・・・ 「ただいま現実空間とこの仮想空間がシンクロを始めました。」 何がなんだか解らなかった。 一体何を言ってるの… 「現実空間そのものを、この仮想空間が飲み込み始めたのです。」 現実を仮想が飲み込む…? 頭の中で唯ひたすら?のマークが横切る。 「あ・・・すみません、言い換えます。」 焦っていて専門用語が混じっていたのに気付いたスタッフがもう一度読み直す。 「現実の世界が、このラグナロクの世界と入れ替わりつつあるのです。」 私は突然頭が真っ白になった。 この世界が現実と入れ替わってる…? 何がなんなのか本当によく解らない、夢でも見てるのかなとつねって見るけど痛い。 「もう既に20%のシンクロが終わっています。  ここまでの進行に約1時間…あと4時間ほどでこの空間が現実世界になってしまいます。」 GMの声はまだまだ続いていた。 だけど私の意識はそこで途切れて、それ以降は仲間が教えてくれた。 現実と仮想のシンクロが始まり、完全に一致してしまうとこの世界が現実になり 現実世界が消滅してしまうらしい。 全ては公開の要請に来た役員の仕業だった。 強引にファイルを開き、片っ端からフォルダを見て、何かまわず実行する。 これがデータのバックアップの方だから良かった物の、実際のサーバーだったら とんでもない事になっていただろう。 そしてついにしてはいけない事をしてしまった。 このシステムを渡した人が言っていた、クロスとかかれたシステムは 絶対に動かしてはいけないとの事。 結局とめたのに動かした結果が現状らしい。 それから人々の逃亡が始まった。 この仮想世界に居れば現実世界と変わっても生きていられる。 だけど現実世界にいれば生きてはいられない… 運営チームはすぐさまチケット無しでの簡易登録を可能にした。 けれど人の殺到でいくつミラーページを作ってもすぐ落ちてしまう。 思うように救済が出来なかった。 だから 運営チームはとんでもないことを始めた。 現実世界の全てをデータとして保存すると言う方法だ。 そのデータさえあればこのクロスシステムを使えば元の世界に戻せる。 だけど問題はコピーの時間だった。 「起きたか?」 また暖かな風が頬を撫でる。 うっすらと目を開けた先には仲間のプリさんが抱きかかえてくれていた。 「あ、うん。」 ぼんやりした頭で暫くぼーっとしてたけど、慌てて立ち上がる。 「ごめんねっ、急に倒れたりしちゃって。」 私どのくらいこうしてたのかな・・・えっと シンクロ率20%=1時間って事は、20%から70%まで40%以上… 「あの…もしかして2時間くらいずっとこうだった・・・?」 私は赤くなった顔をなるべく気付かれないように聞いてみる。 「約3時間かな。それがどうかしたの?顔赤いし、熱でもあるのか?」 鈍いんだか鋭いんだかどっちかにして欲しいと思う… 「コピー76% シンクロ率79%」 GMがさっきからひっきりなしに%の報告をしてくれているらしい。 数値はどんどんと上がっている。 でもコピー率がシンクロ率に追いついていない。 シンクロが終わる前に現実世界でコピーしてこの世界に駆け込まなきゃいけない。 「コピー率79% シンクロ率84%」 差は縮まらないどころか伸びてしまっている。 「このままじゃ間に合わないかもな。」 誰かがそっと呟く。 確かにそのとおりだ。 今、現実世界から新たに逃げ出せた人が100万人にとどまっているという。 と言う事は残りの数十億人は死んでしまうことになる。 「コピー率87%!? シンクロ率86%」 急にGMが感嘆とも詠嘆とも付かぬ声を上げたかと思うと、コピー率は僅かにシンクロ率を超えた。 周りに居る人が次々に歓声を上げる。 「コピー率93% シンクロ率94%」 それからはデッドヒートの続きだった。 1%の差で両者とも走り続けている。 けど、終わる時は以外にもあっけなかった。 「コピー率100%、シンクロ率97%!」 93%から暫く動かないと思ったら一瞬でコピーが終わったからだ。 「コピー完了です、成功しました。 これでこのデータを下に再びクロスシステムを使えば全ての人が蘇ります。」 そういって喜んだもの束の間 「シンクロ率100%!現実世界にフェードイン!」 その瞬間にとんでもない揺れが私を襲った。 足がよろめいてふらふらする。 「・・っ暫く、自分のデータの確定、立体化で不安定になります。  すぐ終わると思いますので慌てずに待機してください。」 慌てずにって言われても、慌てはしないけどバランスが取れない。 「揺れる〜」 そう言いながらふらふらしてるけど、皆は座ってただじっとしている。 そっか、座ればそんなに大変でも無いかもしれない。 そう思って木の傍に腰かけようとした瞬間、一際大きな揺れが私を襲った。 「きゃぁっ」 短く叫ぶとその場でよろめいて倒れこむ。 …この時、いつもの定位置の木の下に座ろうなんて思わなければ良かった。 倒れこんだ先にちょうど木があって勢いよくぶつけた結果 また気絶する事になってしまったから…