【   桜咲く   】前編 ▼  なるべく明るくしているつもりでも、どこか薄暗い人工の光に照らされた部屋。  壁には小さい木製の時計と、変な絵のカレンダーが掛かっている。  私はそこで黒縁メガネを掛けてパソコンに向かっていた。  紅葉も終わりを告げつつある11月は、少し肌寒い。  私はまくっていたジャージの袖を手首の辺りまで戻した。  だらしないと思うかもしれないが家ではジャージが一番過ごしやすいのだ。  私の名前は坂田勇気(さかたゆうき)。世間一般では花の18歳(女)という奴ではあるが  大学受験も迫ったこの時期、恋愛や遊びに夢中になれるような環境ではない。  しかも最近ある悩みを抱えていたりもする。  とかなんとか考えながら私はラグナロクオンライン(通称RO)というゲームをしているわけだ。  言い訳させてもらうと、受験とはいえ朝から晩まで勉強していられない。  朝は学校、夕方は予備校と大忙しで遊べるのは夜だけなのだ。  こんなことやってる場合じゃないとは思う、でも現実とあまり関係のない  仲間と遊ぶのは止められない魅力があると思う。  そんな私が使ってるキャラは金色長髪の男ローグ。  現実であまり積極的でない私の代わりに大胆に行動してくれるナイスガイ(死語)。  今日も今日とて仲間と狩りに行ったり結婚式に出たり充実した毎日を送ってます。 <<今日ユウキ元気ないね>>  ROをしているといつもの溜まり場で、ギルドのマスターが話しかけて来た。  あ、ユウキっていうのは私の男ローグの名前ね。 <<ん?なんで?>> <<いつもアホやってんのに今日はやけに静かだからなんかあったのかなってさ>>  いつもアホやってるって、私のこと何だと思っとるんだ。 <<そうか?あーでも、最近リアルで悩み事あってそのせいかも>>  正直に言ってしまう。いつもは悩んでるそぶりは見せないようにしてるのに。 <<悩みがあるなら相談してみ?>>  ギルドマスターのありがたいお言葉だ。今日くらいは愚痴ってもいいかもしれない。 <<たいした悩みじゃないんd  『悩んでなんかねーぞ』  バチッ!  なにげなく返事を打ち込んだ瞬間、目の前が一瞬真っ白になった気がした。 「あー、もう何なのよ・・・。」  めまいの残る頭を横に振る。ディスプレイがおかしくなったのかな?  その時、後ろから首にひんやりとした物が静かに当てられた。 「動くんじゃねーぞ。」  汗がドッと吹き出した。首に当てられているのは大振りのナイフ。  これはもしかして、ごっ強盗という奴なのでは。 「そのまま静かにしてろよ。」  強盗は、そう言うと私の体を触り始めた。  最悪だ、ものすごい凶悪犯が家に侵入してしまったらしい。  恐怖で身が凍る。  強盗はひととおり私のジャージのポケットに手を突っ込んだりした後、  今度は机の引き出しを開けたり、ベッドの毛布をひっくり返したりした。 「ふん、危ないもんは無さそうだな。」  首からナイフが離れる。それと同時に私は後ろからドンと突き放された。  危うく椅子から転げ落ちそうになる。  後ろを振り向くとそこには男が立っていた。  後頭部で長い金髪をまとめている。  強盗はしばらく私の部屋を眺めていたが、こちらに向き直った。 「ん?なんか用か?口ぱくぱくしてお前はソードフィッシュか。」 「あああああんた、まっまさか・・・」  派手な赤い服、悪趣味な骸骨のベルト、腕に着けたトゲトゲリストバンド。  目の前の男はどこからどう見てもアレにしか見えなかった。  男ローグだ。  そいつはこっちに近寄ってきた。 「つか、ここどこ?」  ディスプレイはいつの間にか真っ暗になっていた。 ▼  密集した家々の間から光が漏れだす。私はボーとした眼を窓から外に向けた。  最近、すずめって居ないよね。のっぺりとした空が恨めしい。  視線を部屋に戻す。本来、私が寝るべきベッドに毛布で出来た芋虫が横たわっていた。  昨晩の男ローグである。こいつが寝てしまったせいで、私は床に寝るはめになってしまった。  私が複雑な目線を向けていると、そいつが目を覚ました。  昨日分かったことが2つある。一つ目は、こいつが私のキャラのローグだということだ。  外見と名前が一致していた。その事を言うとユウキはバカにするような表情をしていたが  すぐ考え直したように私の部屋に泊まると言い出した。  真っ赤で派手な格好で夜の町を徘徊されるよりはマシだと思い了承したけど  ちょっと後悔中である。  そしてもう一つ。 「おはようユウキ。」 「朝か、腹減ったな。なんか持ってきてくれ。」 「・・・おはようユウキ。」 「なんだよ、腹減ったぞ。」  人の話をまっっっったく聞かないっていうことだ! 「なんで私がそんなの用意しなきゃいけないのよ!」 「いいじゃねーか、別に減るもんでもないし。」 「食べ物が減るでしょ!」  思わず大声を出してしまう。もう、なんなのこいつ! 「勇気〜どうしたの〜?遅刻するわよ〜」  母さんがいつもの様に台所から私に呼びかけて来た。  そうだ、早くしないと学校に遅刻しちゃう。  私はユウキに顔を向けた。 「もうとにかく、後でご飯持ってきてあげるから待っててよ。」  念を押すと私は急いで台所に向かった。  台所につくと、テーブルにはいつもの様にトーストとハムエッグが  待ちかまえていた。私の家はパン派である。  母さんの手前に座ってパンにバターを塗る。 「勇気、急がないと遅刻よ?」 「分かってるって。」  そう言うと私はトーストに囓りついた。  いや、囓りつこうとした。 「へー、上手そうだな。もーらい。」  私の代わりにトーストを囓る奴が約一名、私の背後に立っていた。ユウキだ。  このバカチン!あああ最悪だ。  母さんが飛び出しそうなくらい目を剥き出してる。 「あ、あんた待っててって言ったでしょ!」  私がそう言うと、ユウキはどうでも良さそうな顔をした。 「待ってたぞ一瞬だけ。戻ってこないから、後をつけたけどな。」  素知らぬ顔でトーストを平らげ、手に着いたバターをなめている。 「あ……あの勇気……この人どなた?」  まずい、母さんになんて説明したらいいんだろう。 「あ、あははは、友達の従兄弟でね。昨日遊びにきてそのまま  泊まったんだけど気がつかなかったー?なんて。」  母さんが怪訝な顔つきになる。 「泊まったって……勇気どういう事?日本人じゃないみたいだし……。」  それだ!母さんさすが! 「そっそうそう!ハーフの子でさ、日本に来たばっかりなんだ!  それで、事情があって友達の家に泊まれないから数日だけ家で預かることに。」 「そう……だから凄い格好してるのね、トゲトゲついてる……。」  私が必死の弁解をしていると、ユウキは父さんの分のトーストまで平らげていた。 「なに分けわかんないこと言ってんだ?」  こいつはぁぁぁ! 「あはは、まだ日本語よく聞き取れない見たい。」  私は、ユウキの腕を取ると私の部屋までダッシュで戻った。 「どうするのよ!家追い出されてもいいわけ?」  ユウキは耳をほじくっている。 「はぁ?なんで追い出されるんだよ。」  頭が痛くなってきた。説明するのも億劫だし、もういいや。 「とにかく!私、出かけてくるから部屋でないでね!」 「嫌だ。お前についてく。」 「なんで!」 「こんな狭い部屋にいるより楽しそうだからな。」  酷く純粋な、絶対に言うことを聞かない雰囲気が全身から  出ていた。 「分かったから、せめてその格好やめて。」  学校の体育用のジャージをユウキに渡す。 「何泣いてんだ?」 「お願いだからあんたがそれ言わないで。」 ▼  爽やかな秋の日差しの中、ザワザワと私立高校の一室(4階の教室)が色めき立っていた。  その騒音の中心(ジャージを着たローグ、ユウキのことだ)は今、廊下から校庭に生えた木を眺めている。  学校に来る途中、興味深そうに街を見ていたけど、今のところ大人しくしているようだ。  少し安堵する。 「ねぇねぇ勇気!あのカッコイイ外人だれ?」  友達の朋子(ともこ)が私に話しかけてくる。  私は顔を引きつらせながら答えた。 「さぁ、知らない人ですけど。」 「うそだー!だって朝一緒に登校してきたの見たわよ!  勇気ってそう言うの疎いと思ってたけどまさか外人  捕まえてくるとは予想しなかったわ。」  朋子は心底嬉しそうな顔をしながら私の肩を軽く叩く。 「朝一緒に来たくらいで捕まえたって、朋子考えすぎ。」 「いやー勇気は、リュウくん一筋だと思ってたからさー。  何にせよ、男と一緒に登校するなんて成長したねぇ。」  なにやら感慨深げに首を縦に振る朋子。私の親か朋子は。  私と朋子の様子を見ていたのか、ユウキが廊下からこっちにやって来た。 「おい、暇だぞ、俺をどっかに連れて行け。」  軽い脱力感。体ごと机に突っ伏したくなってきた……。  私は努めて冷たく対応する。 「これから授業あるから無理。」  そのとき、私の言葉を理解出来ないといった表情でこちらを見ているユウキの後ろに  彼 が現れた。  だんだんと近づいてくる。  私の心臓が早鐘のように鳴り始める。  朋子が気さくに手を上げて呼びかけたので、私も慌てて朋子に続いた。 「お、リュウくんおはよー。」 「龍太郎、おはよう……」  彼はいつもと変わらない笑顔で返事を返してくる。 「朋子、勇気おはよ。勇気、今度の土曜でいいんだよね?」 「うん」 「分かった。」  彼はそう言うと自分の席に向かった。すぐに彼の友達が彼に寄っていく。  なんでだろう、彼が相手だと上手く話せなくなる。  前はもっと気軽に話せたんだけどなぁ。  風が吹いて、残り少なくなった紅い葉が教室に飛び込んできた。  もう冬が近くて、それが終わったら次は春で、そして卒業だ。  妙に寒い。ブルッと体が震えた。  顔を上げるとユウキが面白くなさそうな顔で私を見ていた。 「あーいうのが好みか。」 「そうよ、悪い?」  一瞬だけ龍太郎を見るユウキ。振り返って言う。 「ああ、悪いな。」  ユウキはおもむろに龍太郎の席に近づくと思いっきり、龍太郎を  殴った。  大きな音がして龍太郎が地面に転がる。  その姿をユウキは見下ろしながら龍太郎に言った。 「勇気に手出したらこんなもんじゃすまねーからな。」 「ちょっ何やってるのよ!」  私はユウキにつかみかかる。 「お前がこいつに興味あるのが苛つくんだよ。」 「は……?」  私は一瞬すべてのことを忘れ呆然とした。  その一瞬をついてユウキは私の体を抱きかかえた。  俗に言う「お姫様だっこ」というやつで。 「んじゃま、行くか。」  ユウキが私を抱えたまま教室を出て行く。 「ふざけんな!ちょっと!下ろしなさいよ!」 「嫌だね。」  やっぱりこいつは話聞かない奴だ。  ユウキの足が廊下にある窓の窓枠にかかった。  ここは4階……もし飛び降りたら……し……。  その先を考える前に私とユウキの体は宙を舞った。  始めに窓枠が、次にユウキの憎らしい笑顔、まぶしい光が見え  最後に空が見えた。  少し灰色がかった水色で、真っ青とは言えない空。  視界を遮る雲も無いのにどこかハッキリとしない嫌な青。  どうしてハッキリしないんだろう。あんなに澄み切っているのに。  一瞬の浮遊感の後、ユウキは私を抱えたまま難なく学校の校庭に着地していた。  体中から汗がドッと吹き出る。  ユウキが私の顔を覗き込んで嫌らしく笑った。 「よく叫ばなかったな。」  私は無言でユウキの頬をひっぱたいた。 ▼続く