【   桜咲く   】中編 ▼  平日の商店街。どこか閑散とした大通り。涼やかな風が吹き冬の訪れを思わせる。  空は晴れ、天候は曇り。少しだけ泣き出したい私の気持ちのよう。  私はフラフラと街を歩く。落ち着いたはずの風景なのに私の心は苛立っていた。 「おい。」  長い金髪を後ろでまとめたユウキという名の男ローグ。性格は乱暴者かつ自分勝手、最悪だ。  美形は性格か悪いという偏見もこいつの前では真実身をおびてしまう。  なんでこいつは私の前に現れたのだろうか。神様の嫌がらせとしか思えない。 「おいって。なぁ無視するなよ。」  ユウキが私の前へ後ろへと回ってうろうろする。鬱陶しいことこの上ない。  唯一の救いは、今はあの派手派手な赤い服ではなく私の体育用のジャージを上に羽織ってることくらい。 「なぁ……。」  大体、こいつは何なんだ。突然現れたと思えば私へのつきまとい。  学校で私を抱えて4階から飛び降りたり、恥ずかしくて学校に戻れやしない。  その上私の……す……好きな龍太郎を殴ったりするし、龍太郎大丈夫かな。 「……ふー。」  突然、私の耳の裏に息が吹きかけられる。 「ひゃう!」  こそばゆいような、生暖かいような感覚にびくりとしてしまう。 「何するのよ!」  ユウキをにらみつける。そこには得意満面な顔の男が一人。 「やっとこっち見たな。」 「こっち見たなじゃないでしょ。」  なんかこいつ異様に子供っぽい。頭を某CMが過ぎった。 『異文化コミュニケーションってやっちゃ』  私の常識は通らないってこと?少し頭が冷静になってくる。  そう言えば今日は小テストがある日だった。  世界史は後期の授業のまとめがあるはずだし、数学はもしかするとテストに出る問題やってるかも。  午後7時からの塾は間に合うかな。今週の日曜は塾の実力試験だ。  今日は金曜日だから……そうだ明日、龍太郎と会うんだった。あんな事があって気まずい。 「無視すんなよ……。怒ってるのか?」  ユウキが臆面もなく聞いてくる。 「怒ってるに決まってるでしょ!あんたのせいで今週の予定がめちゃくちゃよ。」  あ、また涙が出てきた。 「人生こんなくらいで怒ってばっかりじゃつまんねーぞ。」  笑いながら言う。その笑いは本当に無邪気な笑顔で、目を奪われる。 「ほら笑えよ。スマイルスマイル。」 「あほは、はにしてふの?(あのさ、なにしてるの?)」  何を思ったのかユウキが私の両頬をつまんで左右にのばし始めた。 「笑いの練習。ほら笑えよ。」  この馬鹿。 「たてたてよこよこ丸書いてちょん。」  私の頬をオモチャにするユウキ。  急に笑いがこみ上げて来た。 「あ……あふぁふぁ、あははははははは!  あーもう。真面目に考えてるのが馬鹿みたい。」  ユウキは頬を引っ張っていた手を引っ込めた。 「ムスッとしてるよりそっちのほうが……良い感じだ。」 「あははっうるさい馬鹿!」  私がお腹を抱えて笑ってるのに釣られたのかユウキも笑い出した。 「はははっ馬鹿はお前だろ馬鹿。」 「私が馬鹿ならユウキは大馬鹿よ!あはっもういやー!」 「笑いすぎだろ勇気!」  ユウキがそう言うがユウキも笑っているので説得力がない。  人気のない商店街のど真ん中で、大声で笑う女子高生と外人の二人組は  さぞや珍妙に見えるだろうなと笑いながら思った。  それでも不思議とさっきまで考えていた失敗や不安もどこかに行ってしまったのは何故なんだろう。 ▼  私とユウキはひとしきり笑った後、なんとなく二人で街を散策した。  定番のウィンドウショッピング、ゲームセンターそれにたこ焼きやクレープを食べたり  今まで受験勉強で忙しくて使っていなかったお金を沢山使った気がする。  時刻は夕暮れ時にさしかかり、私とユウキは遊び疲れた体を癒せる場所を探していた。  大通りを少し抜けた坂道をゆっくりと上る。この道を行くとその先に大きな公園がある。  落ち着くには丁度良いのだ。  最初ははしゃいでいた私たちも今は無言。  何気なく横を歩いているユウキ観察する。  顔は……良いと思う。性格は悪いけど、何故か気を許せてしまう。  どこか安心できるというか、なんだろうこの気持ち。  あんなに私を困らせる事ばかりするのに恨む気持ちが出てこない。  これが典型的なダメ男にだまされる女!?  困らさせられるのが快感のヒロイック症候群なのかしら。  ということはユウキはヒモ。  私の頭の中にhahahaと笑いながら王座に座るユウキと  メイド服の袖をかみしめながら床を拭く自分の姿が浮かんだ。  うわーユウキ最悪。 「ユウキ最悪。」 「は?」  いけない、口に出ちゃったみたい。  ユウキが怪訝そうな表情をする。  その時、不意に携帯の着信メロディーが流れた。  誤魔化すように折りたたみ式の携帯電話を開けてみる。 『愛の逃避行か!(◎m◎)』  こんなタイトルのメールが着信していた。  発信者はどうやら朋子らしい。  私が返事を打っているとユウキが興味深そうに携帯の画面を覗き込んできた。 「ちょっと見ないでよ。」 「少しぐらい良いじゃないか。これなんだ?」 「遠くにいる人に手紙を送ったり話をしたり出来る機械よ。」  ユウキは凄いなと関心したようだ。 「ほら、これがボタンで文章書けて、ここを押すと送信。  ここで登録してある人のメールアドレスを選べるのよ。」  番号登録の画面をユウキに見せる。  27・川岸 朋子  28・木村先生☆  29・栗本 圭介  30・古池 龍太郎 「この古池龍太郎って俺が殴った奴か。」 「もうあんなことしないでよね。次は本気で怒るから。」  平気でそういうことを言うユウキに呆れつつ釘を刺しておく。 「あぁ、はいはい分かってますよ。勇気様の言うとおり。」  いまいち信用出来ないのよね。  私はまた朋子に返信するための作文に取りかかった。  そこでふと気が付く。 「そういえばユウキ、車とか携帯電話みても驚かないよね。どうして?」  ユウキが、ああ。とどうでも良さそうな声を出す。 「そりゃ、俺の住んでた所には飛行船やら列車もあったからな。  WISって言って遠くの人間と話せる魔法もあったし驚かねえよ。  ここじゃあ使えないみたいだけどな。」  そう考えるとROの世界も意外と発展してるのかもしれない。  ひょっとすると私たちと変わらない生活をしてたのかな。  ユウキはどんなところでどんな風に生活してたんだろう。  龍太郎のことが好きなはずなのに  ユウキのことが気にかかる自分に少し嫌気がした。 ▼  それから3分ほど歩いて、私とユウキは目的地である公園にたどり着いた。  公園は広く、円形になっていてその円の周りを囲むように木が生えている。  この公園は丘の頂上にあって街全体が見渡せるようになっているのが特徴だ。  ユウキが木に近づく。 「これサクラだよな。」 「そうよ。春になるとこの公園、花見客で一杯になるんだから。」  私はサクラを触っているユウキを放って端にあるベンチに座った。  大きく背中を伸ばすと、疲れからの解放のせいか気持ち良い。  やがてユウキもやって来て私の隣に腰掛けた。 「ここ、良いところだな。」  こんなことを言うユウキに戸惑う。 「どうしたの急に。」 「昔旅した所に天津って国があってさ。  丁度こんな感じだったんだ。それを思い出してた。」  どこか遠い目をするユウキ。  ユウキの目線を追ってみると真っ赤に染まった太陽。  木々が赤い光を受けてまるで燃えているような錯覚を見せる。  それはまるで現実味の無い光景で、私は目を細めた。 「ねぇどうしてユウキはこっちに来たの?」 「さぁな……知らねぇ。気が付いたらここに飛ばされてた。」  不安そうな表情もせず、そう言うユウキ。可愛くないなぁ。 「ユウキは不思議と他人って感じがしないのよね。」 「偶然、俺もだ。」  ユウキと目があって思わず微笑んでしまう。  ユウキが立ち上がる。 「神様の気まぐれかもな。」 「ユウキ実はロマンチスト?」 「完璧な現実主義者だっつーの。」  顔は私の位置からは見えなかった。照れたたりしたら面白いんだけどなー。  何気なくユウキを眺めているとユウキは手を握ったり閉じたりし始める。  どうかしたのかな。 「どうしたの?」 「いや……気にするなよ。」  一番気になる台詞を言ってくれる。そう言われると気になるのが人間というものよ。 「教えてよ。」 「やだね。」  私の質問は簡単に却下された。  その代わりにユウキは再び私を「お姫様だっこ」で抱き上げる。 「なっなに?」 「あそこに行ってみたくないか?」  ユウキが指を指したのは公園の後ろ、私たちの住んでいる街で一番高い所。  ジャングルジムのような形をした電波塔の頂上だった。  私が何か言う前にユウキが動き出す。  私を抱きかかえてるとは思えない軽快な動きで電波塔の鉄筋の間を  するすると抜けて上に向かっていく。  やがて頂上が現れて、ユウキは私を高さ10メートルはある電波塔の鉄筋に下ろした。 「凄い怖いんだけど。」 「大丈夫だ、落ちたらちょっと痛いだけですむ。」 「ちょ……ちょっとじゃなくて死んじゃうってば!」  私の必死の抗議もどこ吹く風。ユウキは楽しそうに笑う。 「周りを見てみろよ。」  全然人の話を聞いてない。仕方ないのでユウキの言う通りにする。  私の髪がバサバサと揺れた。 「うわ……。」  視界が大きく開ける。  灰色の扇が山と山の間に置かれ、紅の灯火に照らされていた。  扇は私たちの街だ。どこまでも続きそうなほど連なる家屋。  まるでミニチュアのよう。その一つ一つが小さな光を放っている。 「綺麗。」 「ああ。」  頭の片隅で、もう塾に行く時間だなと思いながらも  そんなのどうでもいいやと思う自分がいて……。  とりあえず今日はもうしばらくここでユウキと景色を眺めていよう。 ▼  土曜日の朝。7時にセットした目覚ましが鳴る前に私は目を覚ました。  いつもより機敏な動きで起きあがり、カーテンをどけるとまだ寝起きの太陽が現れる。  おはよーございます。  若い男女が同じ部屋に寝るのは倫理的にまずいということで、ユウキは今  お母さんに用意して貰った別の部屋で寝ているはずである。  私は化粧台に向かうと、寝癖の残る髪をクシでとかし始めた。  化粧台についた鏡を見ると、まぁ美人とは言えないまでも  可愛いんじゃないかと思える(少なくとも愛嬌はあるわよね)顔が映し出される。  私はそれを見ながら目に力を入れてみる。  うん、出来る女って感じかしら。顔を傾けて斜に構えるとそれっぽく見えるかも。  次に軽く微笑んでみる。  結構いけてるんじゃない?変に格好つけるより自然な方が良いかな。  最後にわざとらしく笑ってみる。  失敗した、自分でもちょっと不気味だわこれ。この顔はしないようにしよう。  自分の部屋を出て洗面台に向かう。  今日は気合いを入れて化粧しないとね。  なぜなら今日は龍太郎とのデートするからだ。  自然と鼻歌を歌ってしまう。  心臓はドキドキしっぱなしだし、昨日もよく寝れなかったな。  デートといっても私と龍太郎が付き合ってるという分けじゃない。  そうなれたら良いなとは思うけど、今は二人っきりで遊びに行けるだけで満足しなきゃ。  顔を洗い終わったので顔を拭く。  今日はどこに行くのかな。集合場所が最寄りの駅だから隣町に行くのも良いかもしれない。  龍太郎と色々おしゃべりしたい。喫茶店に入ってゆっくり話せるといいな。  それで、上手く行ったら…… 「でへっ」 「でへっじゃねーだろ気持ちわりい。」  私が笑うと同時に、私の脳天にチョップが入れられる。 「いったーーーーい!」  後ろを振り向くと私にチョップをした犯人が立っていた。 「朝っぱらから不気味な声だしやがって。」 「私がどんな声だしたっていいじゃない。」 「よくねーよ。俺が怖い。恐怖を感じる。」  腕を組みながら真剣な表情になるユウキ。  ユウキって好きな子に意地悪するタイプ?  やられる方はたまった物じゃないんだけど。 「はいはい、もうそんな声出しませんよー。  それから今日私お出かけするから、ユウキ家で大人しくしててね。」  私は手を振りながら台所に向う。 「ん?どこか行くのか?」 「ひ・み・つ」 「秘密ってなんだよ……。俺も行くからな!」  後から考えると、ちょっと浮かれすぎていたのかもしれない。  ユウキにこんなことを言うべきじゃ無かった。絶対についてくるのだから。 ▼続く