前0007の世界観が前提となっております。 一体、どのくらいの間空を見上げているのかな。 いつまでも変わらないと思ってた景色は、今は夕暮れに染まっていた。 ついさっきまで、私は机の前で友達とラグナロクを楽しんでいたはずなのに… 目の前に広がるのは、平凡な部屋でも、窓のむこうに映るよどんだ空でも、喧嘩ばかりしている向かいの家の騒音でもなかった。 どこまでも続くと思われる、広大な草原。吹き抜ける、本物の春の風。 地平のかなたには真っ赤に燃える様な夕日があるのに、空を見上げれば、暗い空に星が瞬いている。 今まで一度だってこんなに綺麗なグラデーションの施された空は見たことが無かった。 だけど、今まで一度だってこんなに不安な気分になった事もなかった。 大樹にもたれかかって座りながら、この静かな情景と裏腹に、どうにかして整理を付けようとしている。 けど、そう上手にはいかない。 私は何故ここに居るの? 決まってる。NDS(ネットダイブシステム)が現実世界を巻き込みこのラグナロクの世界を現実に具現化させたから。 私はどうすればいいの? まずは死なない事。蘇れる保証なんて無い。奇跡は使えたけれど、リザレクションは試していない。 そんなこと、関係ない。 確かに、私にはそんな事どうでもいい。 私はどうしたいのかな… 現実の世界に戻って、平和な日常を過ごしたい。こんな、怖い目にもう2度と会いたくない… 私はどうすればいいの? ガンホーが探してる、ユミルの爪角を見つければいい。 何をすればいいかなんて、分かってる。けど…怖い。 もしかしたら死んでしまうかもしれない。 そしたら二度と両親に逢えないかもしれない。 それどころか、学校の友達にも、近所のおばさんにも… それに、大好きな人にも… みんなを私は助ける事が出来るかもしれない。 だけど、怖い…。 私なんかじゃ足手まといで何もできない。出来るわけ無い。誰かの方が速い… そう言って、結局最後には自分の殻に閉じこもる。 だけど… 私は、みんなを、助け、たい… 「幸、もう夕方なんだから、そろそろ宿屋に戻ろうぜ?」 そんな事を、事件が起こった直後からずっと考え込んでいた私に後ろから幼馴染の剣士のハルが声をかけた。 「こんな所で震えながら考えたって、結局何もかわらねぇ。」 ハルの言うとおり… それは分かってた。だけど、考えずには居られない。 「ほら、立って。まずはこの世界の食べ物でも堪能してみよう、な?」 そう言ってハルは私を立ち上がらせた。 「・・・・・・ありがと…」 いつもはもっと元気がいいはずなのに、こんな蚊の泣くような声が、精一杯の声だった。 「いつまでもしょげるな。大丈夫、きっとそのうち爪角が見つかるからさ。」 うん、と小さく頷いて、私はハルに続いた。 ここはプロンテラといって、このラグナロクオンラインの世界の首都を担っている町。 今はガンホーやグラビティーなどの社員がデータの整理や治安の維持、新MAPの作成に奮闘している。 どうやらこの世界が広がった時に世界全体が大きくなり、新たな場所やダンジョンも増えてるとの事だ。 そして、リザレクションが、完全に死んだ者を生き返らすことが出来ない事も知った。 蘇生できるのは、死ぬ、一歩手前まで。 間に合えば蘇生できるが、間に合わなかった時は死ぬしかない。 そしてこの世界で死ぬと言う事は、現実世界のバックアップができていないユーザーも、現実での死となる。 これを聞いたとき、また私は怖くなった。 既に無茶をして死んだものが数千人居るらしい。 この中には、ハルの本当の兄である、ニルも含まれていた。 彼はこの世界に異変が起きた直後、イズルード海底ダンジョンと呼ばれる場所で一人で狩をしていた。 大地を揺るがすような大地震。そして、その際に深い傷を負ってしまった事。 そのことに気を取られて、ニルはこの世界で、短い生涯を終えてしまった。 彼はこの世界に降り立ったばかりの私に、色々と教えてくれた人だった。 恩人。そして憧れの対象でもあった。 いつか私も、こんな風に強くありたい。それは現実でも、ラグナロクでも同じように思った。 彼は誰に対しても公平で、冷静で、優しくて、そして暖かだったから。 もし、彼がセカンドキャラクターの育成中で無ければ、きっと今私の横で笑ってくれたと思う。 だけど、この世界にもしなんてない。 ラグナロクのように、何もかもが甘いわけじゃ、ないから。 この世界に居る人数は約200000人。数千はかなり大きな数字だった。ニルは、大きな損害だった。 これから毎日、この数字は日に日に増えていく事は目に見えているけれども、ユミルの爪角が見つかるまでは永遠に諦めるわけにはいかない。 今日と言う数時間の間に数千もの人が、いや、冒険者が死んでいる。 私たちのように知り合いを、大切な人を失った人が数千人分も居ると思うと、辛かった。 もしかしたら、明日また誰か死ぬのかもしれない。 それは私かもしれないし、もしかしたら、ハルかもしれない… そう思うと、私はますます不安でならなかった。そして、心苦しかった。 ハルが、ニルが死んでしまったのに、私を気にして、無理に笑っているのが。 泣きたい気分だろうに、泣けない立場が。 私は一杯泣いたけれど、ハルはまだ、一瞬だって泣いてなかった。 辛い顔をして、一言だけ言った言葉。 「お前を泣かせたら、ニルに怒られちまう。」 結局、私は気遣われてばかりで、足手まといになっていた。 それが苦しくて、不安で。 「もうそろそろだからな。」 ハルはいつもと変わらない元気な声で私を振り返った。 また、小さく うん と言っただけ。 ハルの顔は悲しそうだった。 「ねぇ。」 雑踏の中、私は立ち止まって、ハルの袖を掴んだ。 どうしても言っておきたいことがあったから。 「何だ?」 真っ直ぐにハルの黒い瞳を見つめて、消え入りそうな声で、やっと口にした。 「私に気遣わないで良いよ…。」 一瞬呆気に取られた顔をして、何か言おうとした瞬間に、私はもう一回口を開いた。 「それと、傍に居て…絶対居なくなったりしないで…。」 ハルは複雑な顔をした後に、変わらぬ笑みのまま、答えた。 「片方は無理だけど、片方は約束する。オレも、誰か居ないと潰れちまうんだ。」 ばつの悪そうに、軽く乾いた声で笑って、ハルは私の手を引いて歩き始めた。 その暖かな手に、なんだか少しだけ心の氷が、背筋の寒気が… 凍り付いていた不安が溶け出すような気がした。 続いたりして…