空は相変わらず青く、眺めていると一瞬ここが違う世界だという事を忘れてしまいそうだ。 ────あれから三日、私は今、フェイヨン行きの馬車に乗っている。 あの後、シュラは身寄りのない私に対し、商売の手伝いでもしないかと提案してきた。 これ以上世話になるのも気が引けたが、先立つものが何もないのも事実であり、私はありがたく提案を受け入れることにした。 彼曰く、近頃プロンテラは物騒で、シュラ自身も何か嫌な予感がしていたらしい。 元々行商人だったらしいので、私に世界を見せて回るというのもかねて、そこら中を回ってみようとのことだった。 この世界は私のいた世界とは大分違う…人々は活気に満ち溢れていて、とても力強く感じる。 途中多種多様な謎の生物とも出会った、ピンク色のスライムのようなものや、生きた切り株。 まるでファンタジーの世界を旅しているようだ。この世界では剣や魔法が常識であり、戦いが日常だ。 私のいた世界での常識は通用しない、ここではどんな不思議な事でも起こりうる。 「どうした?空なんか眺めてよ。」 空を眺めながら思慮に深ける私にシュラが素朴な疑問を問いかける。 「いや…ちょっとな…」 彼ふーんと相槌をうつ。 「さすがに三日ぶっ通しで馬車は堪えるか? なんならここらで休憩していってもいいぞ、急ぐ旅でもなし。」 「すまない、気持ちは嬉しいがこのまま行ってくれ、今はフェイヨンに着くことが先決だと思う。」 「先決ったって、それで体を壊したら元も子もねぇぞ。」 「私なら…大丈夫だ。」 実際の所、慣れない馬車生活で少し疲れていたが…私は知っている。 ─────────────── テロのあった夜、一緒に旅をする事が決まった後、シュラが突然旅支度をし始めた。 「何をしてる?」 「見たらわかるだろ、旅の準備だ。」 「世話になっている身で言うのもどうかと思うが、今日はもう休まないか?夜も更けているぞ。」 彼はハァと呆れた顔をしてくる、そんな顔をされても眠いものは眠い。 「何言ってんだ?今から行くんだぞ?」 「………は?」 「今から、この家を出て、旅に出る、以上」 「お前、今からって、こんな夜更けにか? なんでそんな急いで行く必要がある。」 「あー、ほら、なんだ。大人の都合っつーか。」 わけがわからない。 こんな時間に出て行くなんてまるで夜逃げみたいな……夜逃げ? 「っ!!お前…」 私の考えている事を読み取ったかのように、シュラはニィっと笑みをこぼす。 「ドア蹴破って入ったまではよかったが、ここ実は借家でな、その、見つかったらやばいんだが、返す金がねぇんだ。」 「─────っ。」 開いた口が塞がらないとはこのことか、よもやこの歳で夜逃げを体験する事になろうとは・・・我ながら情けなくて涙が出てくる。 「ないもんはない、腹をくくれ、夜のうちに行けるだけ行っちまおう、ほら、行くぞ。」 私には悲嘆に暮れる暇すらないようだ。 「…行くあてはあるのか。」 「ん? そうだな、ここから近いことだし、フェイヨン辺りか、あそこならある程度顔も効くしな。」 聞いたことのない地名、もっとも、私が現在知っている地名なんてここ、プロンテラくらいだが… 「遠いのか?」 「歩いて一週間くらいかね。」 一週間・・・この荷物の山を持って一週間も歩いて行けるのだろうか。 「あぁ、移動は馬車を使うから安心していいぞ。」 「馬車があるのにドアを直す金もないのか…」 「馬車も借り物だからな。」 「……」 もう何も言うまい… ─────────────── そして現在にいたるわけだが… 「随分とゆっくりしているが…大丈夫なのか?」 「ん? 何が。」 「いや、仮にも夜逃げしたんだ、何かしら手配が回ったり追っ手とかくるもんじゃないのか。」 さすがにドア一個で追っ手はないと思うが通報くらいされてるのではないだろうか。 「あー、そうか、言ってなかったな。借りてた家の家主はちょっとした知り合いでな、とりあえず通報とかは心配しなくていいぞ。」 お前は知り合いに借りた家のドアをぶち壊した挙句黙って出て来たのか。 「今頃顔真っ赤にして怒ってるだろうよ。」 声を上げて笑うシュラ、私は付いて行く人間を間違えたかもしれない。 夜、私達は既にフェイヨンが見える所まで来たが、夜間の間は門が閉まっているので入れないそうで、仕方なく野営をすることに決まった。 「…うむ。」 なかなか良い出汁が取れた。調味料の種類が少ないのが難点だが、肉がいい味を出してくれた。 ここ二日で分かったこと、いや、最初に奴のスープを飲んだ時に既にわかっていたが。 シュラは料理が下手だ。 とてつもなく不味いわけではないが少なくとも美味くはない。 その点、趣味と言える趣味が料理くらいだった私が、結局飯の係りとなったわけだが。 「おー、美味そうだな。」 後ろから追加の薪を拾ってきたシュラが顔を出してきた。 「自分でもなかなか美味くできたと思うが…とりあえず飯にするか。」 「うし、そうするか。」 そうして束の間の休息に入る、食事中の会話は、美味いだの、どうやったら美味く作れるか、などだった。 今度作り方を教えると言ったらシュラは嬉しそうに喜んだ。  そういえば、こうやって森の中で火を焚いて飯を食う、なんて事は初めてだ… 「…こういうのも、悪くないな。」 「ん?何か言ったか。」 「……いや。」 「なんでもないさ。」 今思えば、私は仕事仕事の毎日で、何か大切な物を失っていたのかもしれない。 ここに来てから、その失った物の断片を、見つけることができたと思う。