「美味い。」 宿に戻った私達を迎えてくれたのはトマの特性料理の数々だった。 「伊達に20年も宿屋やっとらんからな。」 趣味が料理な私だったが、なるほど、これが趣味で料理をしている者とそれを生業としている者の差か。 「トマは料理 だけ、はうまいからな。」 「何言ってんだこんな美男子を捕まえてからに、才色兼備とは俺の為にあるみたいなもんだな。」 「へ…言ってろ。」 他に客もいるわけでもなく、シュラの提案でトマも一緒に席を囲むことになった。 食事は多くで食べるほうが楽しいものだ。酒も入り、私達は盛り上がっていった。 「なぁ、シュラ、ちょっといいか。」 食後のホットコーヒーを啜りながらシュラに問いかけた。トマは奥で皿を洗っている。 「ん…なんだ。」 「些細な事なんだが。」 カップを静かにテーブルに置く、まだほんのり暖かい。 「俺は別世界から来た。」 「おう。」 「で、何故お前と今こうして喋っているのか。」 「…言ってることがよくわからんな。」 「すまん、言い方が悪かった。何故、こうして喋っていられるのか、だ。」 「……ますますわからん。どういうことだ?」 「いいか?私は違う世界からきた、当然文化が根本的に違う、現に、文字も通貨も見たことのないものだった。」 「ああ、そらまぁ、そうだろうな。住んできた世界が違うんだ。」 「…おかしいだろう?」 シュラはここでようやく気づいたようだ。 「言葉…か。」 「そう、言語が違うということは当然、使う言葉も違う、それなのに今、私達は意思疎通し合っている。これはおかしいことだ。」 「…なにも、おかしいことはないさ。」 …どういうことだ。 「お前の世界がどうだったかは知らんが、俺達の世界はな、翻訳なんていらねえんだ。厳密に言うと人間同士は、だがな。」 「……。」 「俺達は生まれた時に大地の神から祝福を受ける、それによって、何を話していても、相手に自分の言いたいことが通じるようになっている。」 「つまり今、私達は話し合っているが、お互いに使っている言葉は違う、しかし意味は通じている。こういうことか。」 「そうだ。」 そうなると1つ、疑問が浮かび上がる。 「では何故、今言った 翻訳、という概念があるのだろうか。そもそも話しが誰とでも通じるならば翻訳という言葉自体が生まれていないはず。」 「そんなことはない。」 シュラはゆっくりとコーヒーを啜る。 「さっきも言ったが、あくまで祝福が効果を発揮するのは人間同士。例外的に化け物の中にも人間の言葉を話す奴がいるが、それはごく一部だ。」 「つまり、それ以外の化け物…いや、生物とは話せない、と。」 「普通はな、しかし、人はそれをなんとか会話をしようとする。それが翻訳だろ?」 確かに、翻訳という言葉はその必要性があるならば生まれるだろう。 「なるほどな。便利なことだ。」 「話はそれだけか。」 「ああ、すまなかった。どうにも理解できなかったんでな。」 「ま、気にするな。」 シュラは立ち上がってカウンターにある時計…らしき物を見る。見たところ時計なのだが、どうも60進法ではないようなので読めない。 「さて、明日は早いぞ、早めに寝とけよ。」 「うむ、了解した。」 そう言い残すと、シュラは欠伸をかみ殺しならら階段を上っていった。 「私も寝るか。」 特にする事があるわけでもなし、いや、仮にあっても今日はもう寝よう、たった半日でどっと疲れた。 「トマ、カップ、ここに置いとくぞ。」 カウンターの奥に向かって叫ぶ。 「ああ、置いといてくれ。」 さて、明日に備えて今は休むことにしよう。 元の世界の事はとりあえず忘れることにした。