私とシュラがフェイヨンに来てから既に一ヶ月になろうとしていた。 変わったことも特にない。 しいて言えば… 私はほぼ完売した露店をたたみ、広場を離れて町の外れ、草木の茂るちょっとした丘に来た。 最近は何故かショラの補給が少ない。 もっとも、既にかなりの間食べていくだけの金額は稼いだし、そのお陰で私もこうやって昼からは自由時間が貰えるのだが。 「遅いよー、女の子を待たせるなんてダメだねぇ。」 「罰としてお昼ご飯抜き。」 びしっと人差し指をこちらに向けてくる黒髪の女の子。 あの日から毎日、彼女は食事を届けてくれた。 「いや、すまん、少し長引いてしまって。」 「もー、反省してる?」 「この通りだ。」 「よし、許す。」 嬉しそうに微笑みかけてくれるクイナ、あれから毎日通っているうちに、彼女はどこか、別の場所で一緒にお昼を食べようと誘ってくれた。 丁度その頃からシュラの補給が減っていたので、私も昼までにはなんとか仕事を終わらすことができた。 「はい。どうぞ。」 クイナからバスケットを受け取る。中身はいつも通りサンドイッチ、もっとも、中身は毎回違うので飽きることはないが。 「ん…美味い。」 「へへ、でもまだまだ、ショウには敵わないけどね。」 はぁ、とため息を少し大げさにつくクイナ。 ここに通うことになってから色々と話すうち、私が料理が趣味だと言うとクイナは何か作ってみてと言ってきた。 この世界の食材はいまいちわからないので、具が選びやすいサンドイッチをチョイスしたわけだが。 「ショウったらあんなに美味しいサンドイッチ作れるのに毎日パン食べてたんだもんな〜。」 「まぁ、朝が早いからあまり時間もないしな。」 彼女はこの通り気に入ってくれたらしい、そのお陰で私に勝つまでずっとサンドイッチを作ると言ってきたのだが。 毎日中身が違うのも、色々と試行錯誤している証拠だ。こう見えてなかなか、負けず嫌いな正確らしい。 「むー、今日はルナティックのいい所を奮発したんだけどなぁ。」 何かぶつぶつと言い出し始めた、この2週間でわかったことは彼女はこうなると止まらないということだ。 「んー、やっぱりもう少しミルクで臭みを取ってから・・・」 「ふぅ、ご馳走様。」 「あ、バスケットはそこ置いといてね。  うーん、でもやっぱり味付けが・・・」 やれやれ、こうなるとしばらくは止まらないな。 芝生の上で仰向けになる。 今日もいい天気だ、私は本当に違う世界にいるのかと錯覚してしまうくらいだ。 かれこれ一ヶ月、元の世界はどうなっているだろうか、やはり同じように時間も流れている? そうだとしたら会社はクビだろう、いっそ戻らないほうがマシか。 しかし、もしあっちとはまた別の時間を動いてるとしたら?いや、そうだとしても元の時間に戻れるという保障は? …………………やめよう、考えても仕方がない。 私はゆっくりと目を閉じた。 「ねぇ、ショウ。起きてる?」 「ん、どうした。」 今日は早かったのか、クイナが話しかけてきた。 「うん、あのね。   ………やっぱりなんでもない。」 なんだろうか。 「あぁ、いや、あの、えっ…と、そ、そう、どうやったらショウみたいに美味しいサンドイッチ作れるかなーって。」 「ふむ。そうは言っても、私の腕は人に教えられるほどでもないぞ。」 「もー、それって私を遠回しに貶してるよ、いいから、ほら、なんかコツとかさ。」 「コツ…か。」 「"Ask and you shall receive." 」 「え?」 「求めなさい、そうすれば得られる。料理に限らず、物事はうまくなりたいという気持ちが大切。私が言えるのは、これぐらいだ。」 「えー、それって答えになってないよ。」 「大丈夫、クイナの料理は毎日美味しくなっている。私が保証する。」 頭に手を置いて軽く微笑みかける。 「え…う、うん……ありがと。」 彼女は赤くなって俯いてしまった。 「シ、ショウ、あのね…」 「なんだ。」 「ショウは、その…今付き合ってる人とか…いたり?」 「いや、いないな。」 そもそも、いてもこの世界では会えないが。 「本当!」 彼女の顔がぱぁっと明るくなる。 「え、えっとね、じゃあ、私がショウの彼女になってあげても…いいかなーって。」 ここまでくるといくら私でもわかる。 しかし、顔を真っ赤にして必死になっているクイナを見ると、意地悪をしたくなる。 「有難いが、無理やりはよくないな、やはりクイナの意思を尊重しないと。」 「う…、うー……」 下から恨めしそうに見上げてくるクイナ、そろそろ涙目になってきたし、可哀想か。 「まぁ、私としてはクイナが付き合ってくれるのならとても嬉しいが。」 「だ、だよね、もう! 仕方ないなぁ。そこまで言うなら付き合ってあげる。」 再び顔に光が灯る、感情の起伏が激しい子だ。 「有難き幸せで御座います。クイナ様。」 ははーと頭を下げる。 「うむ、よきにはからえ。」 顔をあげると満面の笑みを浮かべるクイナの顔があった。