その後、私達の間には会話はなかった。言葉はいらなかった。 別れる間際、私は今日の為にシュラに無理を言って用意してもらったリングを渡した。 リングの裏に彼女の名前が彫ってある、特注品だ。 彼女はにっこりと微笑んでくれ、夕日が沈むと共に私の視界から消えていった。 次の日、外の騒がしさで目が覚めた。 素早く顔を洗い、いつも通り一階へと降りる。 しかし、そこで何か違和感を感じた、次第に違和感は確信へと変わっていく。誰もいないのである。 トマも、シュラも。 この宿屋も、お世辞にも繁盛しているとは言えないが、この時間だといつもは他の客の一人や二人いてもおかしくはない。 正体のわからない不安に駆られながらも私は宿の外へ出た。 外では人々が荒々しく右往左往している。中にはタンカで運ばれる人もでてきた。 一体何が? 思わず走っていた一人の男を捕まえた。 「一体、何があったんですか。」 「あ? 事故だよ、結界が壊れたんだ。 くそっ!」 そうだけ言うと男は駆けていった。 結界? 私は人々の波に逆らって行った。危険だとは思ったが、行かなければならないような気がした。 何故だ、妙な胸騒ぎがする。足が重い、息が苦しい。 着いた先、ここはたしか…弓手村と呼ばれる、フェイヨンに連なる小さな集落だった………はず。 だが、私の目の前広がった光景は、人々が逃げ惑い、阿鼻叫喚の巷と化している、かつて村だったもの。 短剣を振り回し、人々を蹂躙していく不気味な白と青の骨の化け物達。 それでも辛うじてで逃げ延びようとする人を後ろから打ち抜いていく弓を持った骸骨。 何だ、何が起こっている? あまりの事に現状を把握できない。何故、ここに化け物が?何故? 少なくともこっちにきてから昨日まで、ここに化け物が出没するという話は聞いていない。 「…あ。」 ここからそう遠くない先、今まで気付かなかったのだが、よく見ると洞窟がある。 洞窟から次々へと出て来る骸骨の群れ。 ─────結界が壊れたんだ────── あの男の言っていた結界とはあれか! だとしたらここは不味い!一刻も早く戻らなければ、あいつらは普通の人間がどうこうできるレベルではない。 「っ…!」 クイナ。 彼女は?もう避難できているのか、いや、逃げそびれたのかもしれない。 (どうする…) 戻れば確認ができるが、もし逃げ遅れていたのならば取り返しのつかないことになる。 (どうする…) しかし、私が今行った所で何にもならないことは火を見るよりも明らか… (どう) 「────────!!」 家々が燃え盛る集落から女性の悲鳴が聞こえた時、私は考えるより既に走り出していた。 「くそっ!」 幸い、私が集落に近づくまでの間、化け物達に襲われることはなかった。 しかし、燃え上がる家々は中々に厄介で、そこら中に散乱した柱が道を塞ぎ、悲鳴の聞こえた内側に近づけずにいた。 どこか、回り道を… 「───!!」 再び耳に入ってきた悲鳴、今度こそ間違いない、クイナだ。 目の前で燃え盛り、私の行く手を阻む炎、もはや迷っている暇はない! 「……………ぅぉおおおお!」 炎と炎の間、かろうじて火が通っていない空間に狙いを定め、一気に飛び込んだ。 「…っ────!!」 肉が焦げる間隔と全身を駆け巡る鈍い衝撃。飛び込んだまま前に一回転して地面を2,3メートル滑った所でようやく止まった。 「ぇ……ショウ!!」 「…クイナ! 無事だったか。」 頭を上げると、すぐ5メートルもしない先に彼女はいた。私に気付くやいなや、こちらに駆け寄ってくる。 私は傷ついた体に鞭打ち、起き上がろうとした…………………が。 「───っ、クイナ!!」 彼女と私の間、その横、斜め上から青い影が───── 「…え?」 彼女が私の声に反応した時、彼女の背中からはナニか、鋭いモノが突き抜けていた。 「────っぁ、…づ。」 叫びは言葉にならず、代わりに血がこぼれ落ちる。 「クイ…ナ……。」 ナニも、考えられない、彼女を、彼女を、助けナイと、なのに、手を伸ばすことしか…できない。 「ショ・・・ゥ・・・、タ、スケ…」 「──」 一瞬だった、たった一閃、無慈悲な悪魔は私の目の前で易々と彼女の首を切り落とした。 「ぁ…ぁ、あぁあぁぁ、うあぁあああああ!!」 立ち上がろうとした体勢から一気に地面を蹴る。 トップスピードで近付きながら、全身全霊を右手に込めて打ち出す。 ─────────────────しかし。 敵は事も無に気に私の胸を、腹を突き刺した。 俺は、なん、て、無力なんだろう、か。 意識が薄れ行く中、誰かが叫ぶ声が聞こえたような気がした。