空気のような三日が過ぎた。 心の中は空っぽで、何かする気もおきやしない。涙はとうの昔に枯れ果てている。 何故こんなことになったのか、こんなことになってしまったのか。 この三日間で数千回、数万回と繰り返された疑問が浮かび上がる。 しかし、返ってくる答えは常に同じ。 私がもっと早く見つけていれば、私がもっと強ければ。私がもっと… 永遠に続く問答と自虐の繰り返し。 そして更に二日が過ぎた。 「入るぞ。」 「シュラ、か。」 「いい加減何か食え、五日も何も食ってねえだろ、いいかげん死んじまうぞ。」 そういう彼の手にはトマが作ったのだろうか、簡単な食事とスープが乗せられたトレイが握られていた。 「…食欲が、ないんだ。」 トマはちっと舌打ちをすると、こんなことを言い出した。 「食欲がない食欲がないって、お前の顔を見て、はいそうですか、なんて言ってられるかよ。 がっりがりにやつれて、五日間も部屋に引き篭もっているくせに。」 「すまない、後で必ず、食うから。」 「駄目だ、いつもそう言って毎日トイレに流しているだろう。せっかくトマが作ってくれたもんを、 トマはああいう性格だからそっとしておいてやれって言ってるが、もう我慢できん。」 シュラは近寄ると私の胸ぐらを掴んで顔を近づけてきた。 「いい加減にしろよ、お前も辛いだろう、でも辛いのはお前だけじゃねえんだ。 五日前の事件で家族や恋人を失った奴は腐るほどいる。だがな、皆腐っちゃいねえんだ、お前みたいに。 何故だかわかるか? 皆わかってるんだよ、残された自分達が何をするべきか、死んでいった者達の為に自分ができることは何か。」 「私は、俺は!!………そんなに強くはなれない。」 「……っ。」 彼は掴んでいた手を強引に手放した。 「なら、一生ここで腐っていろ!!」 そう言い残して部屋を立ち去ってしまった。 「私だって、こんな自分が大嫌いだ。」 その呟きは誰に聞こえることもなく、風と共に去っていった。 次の日、私は六日ぶりに部屋を出た。 この五日間で考え至った。それは。 全てが憎い、彼女を襲った化け物が憎い、それから救えなかった自分が憎い、こんな結果になってしまった運命が憎い。 私の中は憎悪で溢れ、それが唯一の行動源でもあった。 部屋を出たその足で、シュラの部屋へと向かう。 ノック、その後に続く彼の声、私だと伝えると一瞬の沈黙の後、入るように言われた。 「どうした、引き篭もりはもうやめか。」 彼の皮肉も、今の私には何も感じられない。 「ああ、話があって来た。」 「…なんだ。」 武器を手入れしていた手が止まり、こちらに向き直る。 私は大きく、しかし静かに深呼吸をした後、切り出した。 「力が欲しい。」 「剣を、戦い方を教えてくれ。」 一瞬の驚きの後、彼の表情はまた厳しいものへと戻った。 そして、ここで返って来たのは、予想だにしなかった答えだった。 「駄目だ。」 「…っ、何故だ!!」 「なんで断られたか、そんな事すらわからないのか。」 「くっ……」 「私はもう腐らない。前へ進む、その為に力がいるんだ。力を貸してくれ。」 「まだ、わからねえのか。」 彼は真剣な顔で私の目を見つめてきた。 「今のお前は腐ってるなんでもんじゃない、死んでいる、これなら前のほうがまだマシだ。 お前の目は死人の目だ、死んでいる者に力を与えることはできない、死人が力を持っても、それは災いしか呼ばない。」 二人の間に長い沈黙が生まれた、その沈黙を破ったのもまた、沈黙を作った張本人だった。 「出て行け。」 「……。」 「出て行け、お前には失望した、お前の目は、いつも何か引き付けられる魅力があった。 だからこそ今まで面倒を見てきた。そんなお前は見たくない。」 私は動けなかった、まさか、彼にこんなことを言われるとは思わなかった。 いや、思いたくなかったのだろう、心のどこかではこうなるとわかっていたのに。 結局最後は彼に締め出される形となった、私は、愛する人を失い、親友までも失ってしまった。 何もかもがどうでもよくなり、宿を出た。 玄関にはよく見慣れた中年の男性の姿があった。 「出て行くんだな。」 何も答えない、答える気も起きない。そのまま通り過ぎようとした。 「色々あったんだろう、俺には想像もつかない、だが、これくらいはさせてくれ。」 彼はそう言って大きな皮袋と金貨数枚を差し出してきた。 「……気持ちは有難いが。」 そう言う私を無視して押し付け、彼は話し出した。 「この金貨はな、シュラがもしもの事があった時、ショウに渡してくれと俺が預かったもんだ。」 「…っ。」 「袋には数日分の食料と水やらを入れといた。」 目の裏に涙が浮かぶ、私は、それを見られたくなくて、礼も言わずに立ち去ろうとした。 「死ぬなよ、またいつでも戻って来い。」 もはや振り向くこともない、前が霞んでよく見えなかった。