「あ……」 すぅ、と何か鋭利な物が首筋に向かって吸い寄せられていく。 これで終わりかと思った瞬間、目の前を一筋の白い閃光が走った。 シュっと音を立てて私の前にいる骸骨に当たったそれは、どれほどの威力を秘めていたのか 痩せ型ながらも大柄な骸骨を事も無げに吹き飛ばした。 スス、と間髪を入れずに二本の光が通り過ぎる。 それらは、吹き飛ばされながらも受身を取ろうとしていた骸骨の胴体に見事に突き刺さった。 「何をしている!!早く逃げろ。」 耳に入ってきた女性の声でふと我を取り戻す、立ち上がろうとしたが腰が抜けてしまっていて立てなかった。 「ッチ。」 声のした方向からさらに四本の筋が流れてくる。 「─────────!!!!」 声とも聞き取れない超音波のような不快な叫びが響き渡る。 完全に体勢を持ち直した骸骨の化け物は迫り来る光の筋をいとも簡単にかわし、薙ぎ払い そのまま私には目もくれずに女性の声のした方向へとその足を蹴った。 かすかに見える人影、恐らくは先程の女性であろうその人影は顔こそ見えないものの、笑ったように見えた。 「アンクルスネア!!」 駆けていた骸骨の足元から突如として出てきたトラバサミ状の物は完全に骸骨の足を捕らる。 「クロ、お願い。」 上空から現れた一羽の鷹、その鷹は骸骨の目にも留まらぬ速さの斬撃を全てかわしつつ、的確に打撃を与えていた。 骸骨の化け物が手間取っていると、声の主の女性は懐から何やら無機質な物を取り出し、骸骨に向かって投擲した。 数にして三つ、楕円形の何かが宙を舞う、と同時に奮闘していた鷹が急上昇をして戦線を離脱する。 女性は既に次の行動に移っていた。あれは弓だろうか、一本の矢を引き絞り、傍から見ていてもわかるほどに集中していた。 「フッ!!」 半眼になり狙いを研ぎ澄ましていた目が、かっと見開かれる。 彼女の放った矢は空中で何本にも枝分かれし、それはまるで矢のシャワーの如く骸骨を襲った。 しかし、矢の数本は無残にも敵の刀により切り落とされる。が、彼女の狙いは別にあった。 矢の内の三本、彼女が投擲した何かに正確に貫き、爆発した。 まさに一瞬、爆発物の中心から四方に光が拡散し、煙と共に爆風が巻き起こった。 凄まじい爆風に目を背けながらも、満足に動かない足でどうにか踏ん張った。 爆風が収まり、煙が序所に晴れていく。 その中央には、上半身半分が根こそぎ失われた、あの骸骨の下半身が佇んでいた。 時間にして30秒、私が心の底から恐怖を抱いたあの狐を一撃の下に葬り去ったあの骸骨をこれまた簡単にあの女性は倒してしまった。 女性は骸骨の亡骸(骸骨の亡骸というのも変な話だが)に近寄り、確実に死んでいるのを確認して私に向かってきた。 「君、怪我はない?」 年齢的には20後半、黒髪黒眼のロングヘアーの女性、そして… 「……。」 「何、私の顔に何か付いてる?」 「あ、いえ。」 この人は皮肉にも、クイナとよく似ていた。 「あなた冒険者…じゃないわね、服装からして、何でこんな所をうろついてたの、 ここらはこの時間、危険だって地元の人なら知ってるはずだけど。」 「…すみません。」 「…はぁ、私が偶々通りかかったから良かったものの、貴方とっくに死んでるわよ?」 「有難う、御座いました。」 「訳くらい、聞かせてくれるかな。」 「…正直、あのまま死んだほうがよかったかもしれない。」 「は?」 「私にはもう、生きる目標も、意味もなくなってしまった。」 「…何か、色々と訳がありそうね。」 そういうと彼女は腰に着けていた袋から色々と出し始めた。 「貴方、今日は野宿でしょ、ちょっと、手伝ってよ。」 「え?」 唖然としている私に、彼女は腰に手を当てて呆れたようなポーズを取った。 「何、このまま夜の森を歩いていくつもり?それこそ命がいくつあっても足りないわよ。 野宿よ野宿、ここで焚き火するから手伝ってって言ってるの、それくらいできるでしょ。」 「ここで、私と貴女とでか。」 「それ以外誰がいるのよ、さ、早くして。」 そう言うと彼女はせっせとそこら中の木枝を拾い始めた。屈んだ姿勢のまま、いまだ直立不動な私に気づいて 「なーに、何か文句あるの?」 そう言って彼女は、あっと何かに気づいたように顔をにやにやさせた。 「もしかして私を襲う気? 残念でしたー。」 そう言うと彼女の肩に先程の鷹が降りてきた。 「紹介するね、この子はクロ、鷹なのにカラスみたいに真っ黒でしょ、だからクロ。」 なるほど、彼女には専属のボディーガードがいるわけだ。 「あ、そういや自己紹介もまだだったっけ。私の名前はフィオナ、ハンターだから一応冒険者ってことになるかな。」 貴方は?と聞いてくるので素直に答える。 「ショウ…だ。」 「職業は?」 「……。」 「あ、ごめん。」 「いや。」 情けない話だが、今の私には職と言える職もない、ただの放浪者だ。それは否定できない。 そうして彼女のペースのまま、野宿の準備を手伝わされた私は彼女と火を囲むこととなった。 「さて、ショウさん。」 「はい。」 「まずは何でこんな所にいたかだけど、冒険者でもないのにここらへんを一人でうろついていたからには何か訳があるんでしょ?」 「その事については、あまり…」 「私は、自分で言うのもなんだけど貴方の命を助けたわ、聞く権利くらいは、あると思うけど。」 「……。」 「本音としては、さっきの死んだほうがいい云々についてのほうが気になるからなんだけどね。」 どうせ死んでいた命、ここで少し話しをしたところで何が変わるわけでもないだろう。 「…わかりました。」 「信じてもらえるかどうか、わかりませんが。」 私は、この世界に来てからの事、その全てを話した。勿論、出合った人々の名前は伏せたが。 「ちょっと待って。」 クイナの死、その話をしていた時にふいに彼女は話を遮った。 「その子、その、死んだって本当?」 「っ!!」 胸が締め付けられる 「死」、頭ではとっくに理解したはずなのに、 改めて彼女がこの世にいないと確認させられる。 「はい、彼女は私の目の前で。」 「その子の名前…教えてくれないかな。」 「………。」 「私ね、フェイヨンの生まれなんだ、その子、私の知っている子かもしれない。」 「クイナ。」 「ぇ?」 「彼女の名前、クイナ、です。」 「う…そ、そんな…そんな事って。」 フィオナの顔がみるみるうちに青ざめる。 友人だったのだろうか、だとしたら尚更、彼女を護れなかった私は…。 「ちょっと、ごめん。」 それだけ言うと彼女は森の奥へと消えていった。 後ろ姿しか見せなかったが、泣いていることはわかった。 そのまま、数時間が経ち、夜もいい加減更けていった。 眠れなかった。 焚き火を見つめながら、火が弱まると薪を継ぎ足す、その繰り返し。 何も考えるわけでもなく、ただただ、時間だけが無駄に過ぎていった。 「さっきは、ごめんなさい。」 暗闇からフィオナが戻ってきた。数時間前に見せたような元気は見られない。 それから、向かい合う形で火を囲み、しばらく沈黙が続いた。 「妹、なんだ。」 不意に出てきたた彼女の言葉。 「クイナ、私の妹の名前。」 「な…。」 「顔、知っているでしょ、それとなく、似てないかな?」 似ているはずだ、この人は、フィオナはクイナと姉妹だったのだ。 ふっと自嘲気味に彼女は続けた。 「2,3年前かな、私は生まれ育った町でアーチャーになったの、その時既に両親は他界してて、クイナと二人暮しだった。」 「決して裕福じゃない、でも幸せだった、村の皆もいい人ばかりだったし。」 わかる、たった一ヶ月、フェイヨンにいた私もあの村の暖かさは身をもって感じた。 「でもね、私がアーチャーになって一ヵ月後くらいかな、狩りから帰ったらクイナがいなかったの。 もう必死で探したわ、それこそ村中でね、結局見つかったのは夜も遅くなったころ。その時は皆でほっとしたの。」 「クイナが眼が覚めたのは次の日、私はすごく嬉しかった、唯一の肉親を失わずに済んだというのが嬉しかった。」 「でもね。」 彼女はとても悲しそうな顔で肩に止まっているクロを撫でた。 「記憶が無くなってたの。」 「記憶、喪失か。」 ううん、と彼女は首を横に振った。 「記憶喪失、というにはあまりにも、全てが抜けていたのよ、その代わり、私や、 クイナが知るはずのないようなことまで話し出すの。まるで別人だった。中身だけが丸々入れ替わった感じ。」 「結局、その後記憶が戻ることはなかったわ、でも妹は妹、性格が全く変わっちゃったけどそんなの気にしなかった。だって唯一の家族だもん。」 でもね、と彼女は悲しそうに呟く。 「やっぱり心の何処かでは耐えられなかったみたい、私はクイナの記憶をどうしても取り戻したかった。その為にハンターになる事を決めたわ。 ハンターになって有名になれば色々な情報が入る、その中にもしかしたら、妹を治せる話があるかもしれない、そう思ったの。」 「そうして私は妹一人を残して村を出たの。それからは、必死だったわ。」 狩りに続く狩り、毎日肌が傷だらけになるまで弓の練習、死に物狂いでただただ妹の為、彼女は頑張ったという。 その甲斐あってか、彼女は歴代ハンター試験の中で最速での転職という記録を残した。 ハンターになってからもやる事は同じ、毎日毎日、弓の修練を積み重ねつつも、様々な仕事をこなしたらしい。 つい最近、プロンテラ王国にその功績が認められ、世界に数える程しか存在が認められていないスナイパーの称号を得たと言った。 スナイパーの称号の授与式の際、ある高名な医者の話を聞き、その人ならばあるいは、との情報を得たので急いでフェイヨンに戻ってきたとのことだ。 「結局、全部無駄になっちゃったか。」 「……。」 かける言葉がない。 彼女は愛すべき妹の為に、ただそれだけのために苦渋を舐め続け、ついに希望を掴んだ時には既に妹はこの世にいなかったのだ。 その間、私は何をしていた? 日々を無駄に過ごし、だらだらとしていただけではないか。 その私が、結果として彼女を殺してしまった。 「そういえば、まだ聞いてなかったわね。」 「……。」 「貴方が言ってた死んだほうがよかったってやつ、あれはどういう意味かな。」 「私の、責任だ。私が彼女を殺してしまった。」 「さっき言った、目の前で殺されたってやつ?」 「はい、私は、私がもっと強ければ、彼女は死ななかった!」 「それは、本気で言ってるの?」 「あの時、私が刺し違えてでも彼女を護ってやるべきだった、でも、実際に私は動くことすらできなかった。私なんかには生きている価値がない。」 「ふざけるのもいい加減にしなさい、何、貴方はそんなに偉いの?貴方が弱かったから妹は死んだの? 貴方は自分を責めたいだけ、責めて自分を正当化したいだけ、その為にクイナをだしにつかっている。」 「それでも私は…」 「貴方まで死んだら妹の気持ちはどうなるの、貴方がそう思ったように、クイナも貴方に生きて欲しい、そう思ってるわ。 ここで貴方まで死んだらあの子が浮かばれない。貴方は逃げてる、クイナが死んだっていう現実から目を背けようとしている。 認めたくないからいつまでもそうやって、うじうじしてるのよ。」 「くっ…。」 私は、私はそれでもっ…。 「私は行くわ、妹の死を無駄にはしない。」 「……。」 「二度とあの子のような犠牲者を出さない為に。」 私は俯いたままどうすることもできない。 「貴方は一生ここで腐っていなさい。」 どこかで聞いた台詞、あの時とは違い、今度は深く、胸に突き刺さった。 数分後。 顔をあげるとそこには、消えかかっている焚き火だけだ残されていた。