夜が明けた。また、眠れなかった。 どうしたらいい、そればかりが頭の中を駆け巡る。 私は間違っいたのだろうか。 彼女の言葉が蘇えってくる。 (貴方は逃げてる) そうかもしれない、私は現実から逃げた、そうでもしないと自分を保てなかった。 (クイナが死んだっていう現実から目を背けようとしている。) 未だに信じられない、いや…信じたくない、のか? 確かに、背けているな、私は人の死を、はいそうですかと受け入れられるほど人間ができていない。 (認めたくないからいつまでもそうやって、うじうじしてる) 認めたくない、しかし認めねばならない、そんなことは分かっている。だから認めようと努めた。 でもできなかった。だから気を紛らわす為に行動を起こそうとし、失敗した。 ではどうすればいい、行動を起こそうにも私にはその力も、知識も、経験もない。 …考えろ。 もう少しで答えが出そうな、そんな気がするから。 「……ふぅ。」 深呼吸をし、目を閉じる。 「……目?」 (お前の目は、いつも何か引き付けられる魅力があった) 私の、目? (だからこそ今まで面倒を見てきた) そうだ、ずっと疑問だった、シュラはいい奴だ、でも、だからといって見ず知らずの行き倒れの人間の世話は見ないだろう。 普通ならば。 あの時は何も考えられなかったが今ならわかる気がする、彼の言っていた、その言葉の意味が。 私の目に、魅力があった? 私は別段、変わった特徴があるわけではない。容姿も優男でもなければ醜男でもない。 目だって普通だ、視力だけは良く、両方2.0だが、それ以外に特に目立った点もない。 だとすればそれは外見ではなく内面の事、彼は、シュラは私の目の内側に何を感じたのだろうか。 …思い出す、この世界に来てからの事を。 私がこの世界に来てから色々な事があった。 戸惑いもした、何しろ知らない世界に一人、放り出されたのだから。 しかし、毎日が充実していた、毎日が発見の連続で、飽きることのない、満ち足りた生活だった。 少なくとも前のような、仕事仕事で何の為に生きているのかもわからないような、 そう、まるで抜け殻のような生活ではなかった。 「そう…か。」 つまりは、そういうことだった。 目が死ぬ、これは決して比喩ではない、生きる目的がない、即ち生きながらにして死んでいる者は目に表れる。 目は口ほどに物を言う、目を見ればその人間の本質が見えてくるのだ。 生きよう。 私の為、そして彼女の為に。 生きて全てを見届けなければ、それまでは死んでも死にきれない。 死のための生ではなく、生のための生。 死を受け入れ、それを乗り越えることもできなくて何を語ることができようか。 全てを否定している内は、私には彼女の事を語る資格はない。 全てを否定することは彼女を否定することにも繋がる、それだけはやりたくない。 死ぬという選択肢は簡単だ、簡単だからこそ弱い私は選んでしまった。 今、私が選んだ道は死ぬという一つの選択肢のそれよりもはるかに厳しいだろう。 だが、私は歩まなくてはならない、それが私に残された、たった一つの希望なのだから。 朝、日は既に高く、人々が夢から覚める時間。 私は一つのドアの前にいた。 怖い、この扉の向こうが。 だが─────────── コン、コン。 ゆっくりと二回ノックの音が響く、もう後戻りはできない。 「なんだ、トマか? 鍵は開いてるぞ。」 ノブを回し、扉を開ける。 彼は完全に予想外の人物が入ってきたことに驚きを隠しきれない。 それも一瞬、すぐに表情は冷たいものへと変わった。 「……出て行け。」 「断る。」 「お前と話すことはもうない。」 「お前になくても私にはある。」 「……。」 「あれから、ずっと考えていた。」 「どうやって、俺を説得するか、か?」 「違う!! 私が…」 「私は、これからどうするべきなのか、だ。」 「…それで、お前の出した答えはなんだ。」 「…今まで私は逃げていた、彼女の死や、全てから。 受け入れようとしなかった。目を背けていたんだ。」 シュラと目を合わせる。 「お前の言っていた事がようやく、今わかった。私はもう逃げない、その場限りの逃避は終了だ。 戦う、自分のためだけでなく、彼女のためにも。」 「ふ…ん。」 彼は立ち上がるとじっと私を目を覗き込んだ。 「もうとっくに腐ったと思っていたが、やっぱりお前は俺が見込んだ男だよ。」 「シュラ、力を貸してくれ。」 「だが!」 声が響きわたる。 「それとこれとは別の話だ。」 「どうしても、力が必要なんだ。」 「っこの通りだ!」 頭を下げる。 「どうしても、か。」 「どうしても、だ。」 「……そこまで言うなら考えなくもない、が、ひとつ質問に答えろ。」 「…なんだ。」 「死ぬ覚悟は、できているか?」 死ぬ覚悟……か。 「できている。」 「…そ──」 「少し前の私ならばそう、答えていただろう。だが今は、違う、死ぬ覚悟はできない。 私は死ねない、生きて全てを見届けるまでは死ぬ事はできない。」 「………ハッ!一人前の口叩きやがる。」 「シュラ!」 「合格、だ、文句なくな。」 「え…。」 「俺はな、これから死んでいくような奴になんて何も教えるつもりはない、だってそうだろ? そんな無駄なことに使ってる暇はない。 俺は死ぬ為に戦い方を教えるんじゃない、あくまで生きるためだ。」 「…では!!」 「死ぬな!だが死ぬ気でやれ、訓練は明日、明朝から行う。明日に備えて早く寝て来い。」 「…すまん。」 部屋を後にする、しかしドア開いたところで、こらえきれなくなり、振り向く。 「シュラ。」 「なんだ。」 「ありがとう。」 「…………うっせ。」 「ふ…それでは、これから宜しく頼む。」 「あぁ、任せろ。」 にぃっと口を吊り上げて笑う。やはり、シュラはこういう顔が一番似合う。 「じゃあ。」 「あぁ。」 今度こそ部屋を後にする。 今日までの私に別れを告げ、明日からの自分を向かえ入れる覚悟はできていた。