題名『お出でませ!お嬢様』 第一話 地球は青かった、俺の顔も青かった。 「お嬢様。」 「は?」 横長のメガネをかけた男はそう言って、突然慇懃にお辞儀をしたのだった。 信じられないことだが、いや断固として信じてはいけないことではあるのだが 今、俺が置かれている状況というやつを説明しようと思う。 場所は、無駄に豪勢に出来ている館の一室。 そのまた、だだっ広い一室の真ん中あたりにデーンと設置されたベッドの上に俺はいた。 外を見やれば、晴れやかな……例えば「今日は良い天気だ、散歩しようかそれともランニングに行こうか」 なんて爽やかなことをガラにもなく考えてしまいたくなるような、本当に晴れやかな青空が広がっている。 少し身じろぎをすると手足にこれまた豪華な、滑らかなさわり心地のする上掛けが絡みつく。 そんな豪奢な、放っておくと体がズブズブと沈んでしまいそうなベッドの前。 丁度、俺の目の前にしっかりと背筋を伸ばして立っているのは俺の信じたくない物、その1だった。 痩せたような顔立ちとメガネ、細長くみえる長身。 首に高級そうな毛皮を巻き、両手にはひらひらとした布をぶら下げている。 灰色の髪に眠たそうな眼の男。 こんな男がもし駅のホームなんかで立っていたら、これからコスプレパーティーでもあるのかしら? などと勘違いしてしまうこと確実の怪しい格好だ。 しかし俺は悲しいかな、その男を知っていた。正確に言うとその男の格好を、ではあるが。 落ち着いて聞いて欲しい。 その男の格好は、どこからどう見ても、ラグナロクオンラインの教授という職業の姿にそっくりなのである。 いや、まだそれは100歩譲って良いとしよう。問題は…… 「で、よく聞こえなかったからもう一度お願いできますかね。」 俺がそうたずねると、灰色のメガネ男は先ほどと全く表情を変えずに言った。 「お嬢様がお望みなのであれば、重ねて申し上げましょう。お嬢様。」 「だから、さっきから何度も言っているように、俺はそのお嬢様なんかじゃ無いって。」 「いいえ、お嬢様のお世話を幼い頃よりさせて頂いている私には分かります。」 男は大げさに腕を振るう。 「お嬢様は、お嬢様です。」 「だから〜、お嬢様なんかじゃなくて、そもそも俺は男だって。」 その瞬間、男の顔がしてやったり!といった勝ち誇った物に変わる。 そしてどこからともなく巨大な鏡を取り出した。 「これを見ても、まだそう言えますか?」 そこに映し出された物、それが俺の信じたくない物その2だった。 薄々は気が付いていたのだ。というより意識的に記憶から除外していたと言うべきか。 流れるようなウェーブの掛かった金色の髪、うっすらと湿った唇。 左右対称の整った顔に輝くような白い肌。 薄赤いネグリジェに包まれた、少し細めではあるが扇情的なラインを描く体。 そして何より鏡に映ったそれを映し出す、海の様に深いディープブルーの瞳。 今、その瞳が鏡の中から不安そうにこちらを見つめ返してきていた。 それは100人が見たら99人が美少女だと答えるであろう姿だった(1人はひねくれ者)。 灰色の教授がずいっと顔の距離を縮めてくる。 「さぁ。どうですか。」 俺は答えない。そもそも頭が混乱しすぎてどう反応していいのかもわからないのだ。 さらに距離を縮める教授。心なしか嬉しそうだ。 「さぁ。」 俺の脳内で内容不明のゲージが動き出す。 「さぁ。お嬢様。」 30%……50%……80%……なおも上昇中。 とどめとばかりに顔を近づける教授。 「さぁ!!!」 「うるせぇえぇええええええええええええええええええ!」 俺の叫びは、教授の鼓膜を突き抜け貫通し、きらびやかな部屋の窓を通過し 空中を疾走し、屋敷の庭を通り越し、晴れ渡った青空へと駆け上がる。 それは止まることを知らず、屋敷を飛び出て、外を歩く行商人の体を素通りし ガチャガチャと音を立てながらゆっくりと歩くペコペコに騎乗した騎士の脳裏に焼き付き さらにさらに大きな範囲へ、大空へ。 どんどん上昇してプロンテラを見下ろし、ルーンミッドガッツを見下ろし 最後には大気圏を突破し、惑星を見下ろすのだ。 ああ、地球?は青かった……。 つづく。