題名『お出でませ!お嬢様』 第二話 目が覚めたらROの世界だった! ことの起こりは昨日まで逆上る。 その日はとても風が冷たくて、雲がまるで粘土で出来ているかのように粘っこかった。 こう見えても俺は、勘が良い方である。その日は何をするにも気が進まなかった。 まず、朝起きると目覚まし時計の電池が切れていて2時間ほど仕事を遅刻した。 PCで動いているラグナロクオンラインの露天を見た。何も売れてなかった。 次にカレンダーを見ると仏滅だった。慌てて着替えてスニーカーを履くと靴ひもがぶっつり。 別の靴を履いてボロアパートの2階から階段を駆け下りると黒猫が目の前を横切った。 道をスクーターで走ると近くのゴミ置き場を荒らしているカラス共が俺をじろじろと眺めていた。 この時点で今日は外出を控えるべきだと、気が付かなければいけなかったのだ。 だというのに俺は、今日忙しいから遅れたらどやされるな、等と考えていただけだった。 通勤途中でタイヤがパンク。手押しでようやく仕事場であるデパートに着き、更衣室へ。 更衣室で制服に着替えて「石蕗 葵(ツワブキ アオイ)」と書かれたネームプレートを胸に付ける。 そこまでは良かったのだ。 その日はバイトが店長と大喧嘩をしてさっさと辞めてしまっていた。 ただでさえ人が少ないのに持ち場を、俺一人で回るハメになった。 客にしょうもないことで怒鳴られた。 帰り道。 携帯から着信を告げる音が鳴る。取る。彼女からだった。 電話で待ち合わせをした公園へ。そして始まる別れ話。 正直言うと、内容を覚えてはいない。 ただ、何かを宇宙人が喋っているなといった認識が脳にビンビンと送られていた。 要は他に男が出来たからすまん消えろ!といった話だった気がする。 茫然自失となった俺は、粘土みたいな雲から振り始めた雨を払うこともせず パンクしたスクーターをえっちらおっちら押してようやくボロアパートへ。 ずぶ濡れになった体と服、心。 その瞬間だけは現実から逃れたかったのだと思う。 愛も信じる物も何もかも失った、そんな感情がゴロゴロと頭の中を転がっていた。 階段をゆっくりと上がり、震える手で部屋の鍵を開ける。 降りしきる雨の音が全てを俺の中から消し去る。 開くドア。 先には俺の狭い部屋があり、慣れたように靴を脱いでベッドに倒れ込む。 そのはずだった。 一歩踏み出した先、そこに部屋は無かった。 俺の体を激しく打つ雨。横にどこまでも続く石畳の道。 遠くに見える、どこか西洋を意識させる建物。道ばたに生えた草。 背後に広がるどこか寂しげな墓地。 「お帰りなさいませ。アオイお嬢様。」 そして亡霊の様に現れた灰色の男。思わず俺は膝をつく。 鈍く鳴る金属の音。俺の全身を覆う白銀の鎧。垂れ下がる長い金髪。 急激に襲い来る眠気が俺を現実から引き離していく。 ああ、そうかこれは夢なんだ。 不幸な事が続いたのも彼女に振られたのも、この教授に見える男も。 目が覚めれば全てが元に戻っていることだろう。 俺はそこで意識を失い、目を覚ましたのだ。 「すいません……意味もなく私の首を締め上げるのは……止めて頂きたく……。」 俺が全力で首を絞めている男のうめき声で俺は我に返る。 そういえば、先ほど気持ち悪いくらい顔を近づけて来たので、締め上げたのだった。 「夢だと思ったのに、夢じゃないとはどういうことだぁ!」 「どういうことと言われましても!あ、頸動脈!そこけいどうmyガクリ」 気絶した男を豪華なベッドに放り出し、床に置かれたスリッパを履いて、俺はパタパタと窓へと駆け寄る。 屋敷は小高い丘にあり、そこからは屋敷の庭と城下町と巨大な城が良く見える。 「どうみても、プロンテラ城だな。」 もう一度自問自答する。 どう見ても日本に無い屋敷。コスプレの灰色野郎。 眼下に広がる、どう考えてもセットには見えない町並み。 自分の体が別人になってしまったことを無視してもこれは……。 俺は、小さく柔らかくなってしまった左手の手のひらを、右手でぽんっと叩いた。 「なるほど。目が覚めたらROの世界だったのか。 って、なるほどじゃねー!」 つづく