題名『お出でませ!お嬢様』 第三話  「ある……ある……ない。」 俺の独り言が、無駄に広い部屋に虚しく広がっていく。 今俺の目の前にある巨大な鏡。そこには下着だけの、可憐な、草原に咲く一輪の花のような少女が写っている。 つまりは、今の俺の姿が映っているということなのではあるが、何ともそそるというか可愛いというか。 鏡の中の少女は俺の心の内を映し出すように、顔をだらけさせたり悲しそうに微笑んだりしていた。 俺はもう一度確認する。なにをって、アレをデスヨ! 「ある……ある……探検隊!」 未だに整理のつかない俺の脳はついに拒否反応を起こしてしまったようだ。 叫んだ後で赤面する。俺の脳、なにやってんの! その時、静かに部屋のドアをノックする音が響いた。 そしてゆっくりと音を立てずに扉が開く。 「アオイ様。ご用意はお済みでしょうか。」 ドアの影から一人のメイドが陽炎の様に現れる。 いや、突っ込みをいれられると困るので言うが、どう見てもメイドなのだ。 短く飲み込まれそうなほど黒い髪と、頭にぽんと乗っかった垂れ猫。 少し痩せすぎの少女。年の頃は15才ほどだろうか。 その彼女が、どこかふわふわとしたドレスを纏い、どこか虚ろな黒い瞳でこちらを見つめ返してくる。 「そろそろ出かけませんと、時間に間に合いません。」 彼女はそう言うと、頭上の垂れ猫に同意を求めるかのように少し上を向いた。 「あの……未だに状況が飲み込めないんですけど。えっと…。」 俺の不安そうな表情を見て取って少女は、俺を安心させるためか唇の端が痙攣するような笑みを浮かべる。 「シオンとお呼び下さい。」 「じゃあシオンさん。あのキモイ灰色の男はどこに?」 俺をここに連れてきて、お嬢様などと呼ぶプロフェッサー。 彼は気絶から復活すると、俺に出かける用意をするようにと言い残して、どこかへ行ってしまったのだ。 「キモイ?アスター様のことでしょうか。」 意外な所で名前が判明。キモイで伝わるとは。 「たぶん、それだと思う。」 「アスター様なら、先ほどからお出かけする準備をなされています。  そろそろ準備がお済みになりそうなので私がアオイ様をお呼びにまいりました。」 「それで、俺をどこに連れていこうって言うんでしょうか。」 シオンと名乗ったメイドは首を傾げながら、さぁと呟いた後、思い出したかのように口を開いた。 「兄が言うには、プロンテラ城だそうです。」 なんだかちょっと呆けた感じの子だ。 「それで、なんで俺もそこにいかにゃならないのよ。」 少女はそれには答えなかった。 「アスター様がお待ちです。今、御洋服をお持ちいたします。」 シオンはペコリとお辞儀をして部屋を出て行き、すぐに重そうな鎧と衣服を持って引き返してきたのだった。 そして30分後。 丁度、太陽が空の中心を彩る時間。 さんさんと降り注ぐ太陽の下、俺は糞重たい白銀の鎧と鎖帷子を着て立っていた。 屋敷の入り口にはペコペコの引く馬車のような物が止まっていて、その前には灰色のプロフェッサー。 「なかなかお似合いですよ。」 ペコペコの引く馬車のような物の入り口で、 灰色のプロフェッサーが渋る俺を促しながら言う。 「さぁプロンテラ城に行きましょう。ロードナイトアオイ様。」 屋敷の門の前でシオンさんが手を左右に振っているのが、馬車の窓越しに見えた。 つづく