「今までありがとう」 部屋にあるのは一台のノートパソコン。 そのモニタに写されているのはラグナロクオンライン。 大学に在学中に俺が遊んでいたゲームだ。 明日、俺は内定の決まった企業へと正式に入社する。 しばらくは社寮で、個人で回線を引くことはできないらしい。 今まで住んでいたこのアパートとも…そして4年間遊び続けたラグナロクともお別れだ。 画面内にいるのは3キャラ。つまりキャラクターセレクト画面。 一人づつカーソルを動かして、選択肢し、もう一度頭を下げる。 つらい事もたくさんあったけど、最初から最後までずっと一緒だったファーストキャラのアサシンに。 どうしてもWizをやってみたくて作ったけど、俺のPスキルの無さを補う為にAgiに振ったWIZに。 支援するだけじゃなくて、色々やってみたくていつの間にかバランス殴りになってたプリーストに。 もう一度、カーソルを移動させていって… そして、Escキーを押す。 まだまだやり残した事もあるけれど…いつか戻れたら…その時はまた… メニュー画面からパソコンの電源を落とす。 三人のキャラ達がセピア調に染まり、やがて、ブツリとモニタが真っ暗になる。 そのまま、あとは夜行バスに乗って、遠い遠い赴任地へとたった一人で赴く事になる…はずだった うーん…やっぱ座ったままってのは寝心地わるいな… 「おーい。」 うるさいな…せっかく寝付いたとこなんだからもう少し寝かせてくれても… 「こんなトコで座ってるとあぶないぞー?」 こんなトコって…夜行バスの中じゃん…そりゃあ置き引きとかスリには気をつけないとだけど… 「やれやれ。しょうがねぇな」 げし!っと強い衝撃を受ける。 ごろごろと地面に放り出された。うぅ…背中が痛い… 痛みで目を覚まし、こんな事をするヤツに文句の一つも言ってやろうとガバリ、と身を起こす トス、トス、トス と目の前に振ってきたのは…矢だった。 「な…な…なななな…!?」 突然の出来事に頭がクラクラする。まだ夢でも見ているのだろうか? ガシャガシャと何か金属質のモノが擦れ合わさる音がして… 錆の浮いた鎧に幽鬼のような炎をまとったそれには見覚えがあった…。ただし、ゲームの中で。 そう、それは… 「レイドリックアーチャー!?」 まじかよ!?しかもこっちを狙ってるじゃないか!? 矢は今にも放たれようとしてる…悪い冗談だ…。俺はそう思った。 「ほれほれ、起きたならとっとと逃げな?」 ひゅぅ…と一陣の風が吹いた…と思った次の瞬間 レイドリックアーチャーの前に現れたのは…これも知ってる。スクール水着のような衣装を身に纏ったそれは… アサシン!? 彼女くるり、と俺の方に振り返った。 なにやら両手が一瞬かすんで見えたのは気のせいかもしれない… 「あ、危ない!!」 彼女が背を向けたレイドリックアーチャーが矢を放とうとしたままだ。 今放たれたら、確実に射抜かれる!…と思った次の瞬間。レイドリックアーチャーは全身をバラバラにして崩れ去った。 「よう。怪我はないかい?まだテロの最中なんだ。命が惜しかったらさっさと逃げな?」 間違いない… 目が覚めるとそこは… ラグナロクオンラインの世界だった…。