【詳しい説明は首都プロンテラで致します。  それでは皆様、ラグナロクの世界をごゆっくりご堪能ください!】 それで最後となった放送を聞くなり、草原に散らばった無数の人影は ある一方向に向かって、一斉に歩き出した。 そちらには木々と城壁に囲まれた城と町が見える。恐らくあれがプロンテラだろう。 …まあ、このままつっ立ってても始まらないよな。 俺は崖から降りられそうな坂道を見つけると、さっきよりは整った呼吸とテンポで進みだした。 あの放送が止むと辺りは本当に静かになり、ブーツが草を踏む音と、 風で木が揺れる音くらいしか聞こえない。あんなに人が居たんだが。 しかし、そうして平和に歩いているのもつかの間だった。 またしても俺を混乱させる物が目の前に現れたからだ。 いや、さすがに足元の小さな白い獣…多分ルナティックだ、 そいつが現れたぐらいじゃ俺もさっきのポリンほど驚かない。問題はその隣だ。 人間。人間の女の子。高校生くらいか? そのぐらいの年頃の子がリオのカーニバルくらい派手な装飾を纏った 面積の小さい水着を着て立っていた。 その女の子は俺の方を見て固まっていた。顔を真っ赤にして。 俺もその女の子の方を見て固まっていた。特に胸の辺りを見て。 彼女も相当運が悪かったのだろう。 ある日目が覚めたらラグナロクの世界で、しかも自分はダンサー。 体育の授業はおろかプライベートでも滅多に着ないであろう恥ずかしい格好にされ 訳も分からず歩いて初めて会った人間、すなわち今の状況を初めて見られたのが 寄りにも寄って男であり、俺のようなスケベなのだ。 「………!!」 彼女ははっと我に帰ると、背中に付いていた半透明の赤い布で体を包んで、 全速力で去っていった。当然半泣きだった。 俺は彼女が去った後もハトが豆鉄砲喰らったような顔をして突っ立っていると、 突然後頭部に鋭い衝撃、そして激痛が走った。 「いッ!?」 「何してくれんだぁ、てめえは!」 背後から聞こえてきた荒々しい声に頭を抑えつつ振り向くと、 そこにはさっきのダンサーと負けず劣らず、派手な飾りのついた赤い鎧と、 こげ茶色のジーンズパンツを履いた男がいて俺を睨んでいた。 ローグだと思われるその男は、つかつかと歩いてきて怒鳴った。 「せっかくイイモン見れてたと思ったのに、てめえが出てきたせいで逃げちまったじゃねーか!」 「…はあ?」 ローグは目を吊り上げて、俺に言い寄った。 …さっきまでの流れやそいつが怒鳴りながら指を差した方向で察するあたり、間違いなくダンサーのことだ。 つまりこのローグはさっきまで彼女をストーキングしていた、職業通りの荒くれ者だ。 「犯罪じゃないか、それ…」 「何言ってんだ。ここにお前らの法律なんて通用すんのか?」 そいつは不思議がらずに言った。 確かに、ここは日本ではない。この国にどういう法律があるかは分からない。 どうやらそいつは自分の置かれた状況は冷静に把握しているらしい。 だからと言っていきなりストーキングとはいささかどうだろうと思った。 ローグは先程投げた石を足でつつきながら溜め息をついた。 「ったく、プロンテラに着くまで暇になっちまう…。  オイ、さっきの弁償だ。話し相手に着いて来てもらうぜ。」 「え?何言って…」 「どうせてめえも行くつもりだったんだろうが。」 「…まあ、そうだけど。」 「なら決まりだ。」 満足げにそう言うと、俺の背中をバンと叩いた。 …昨今の日本人でこれだけ積極的な人間がいただろうか。 ひょっとしてヤクザグループの一員だったのだろうか。ヤクザもROしてんのか? 俺が色々考え込んでいると、ローグは俺の方を向き直って言った。 「俺はサンクってんだ。よろしくな。」 「あ、ああ。よろしく。」 「…名前は?」 「え?」 「てめえの名前!」 「…田中太郎…だけど。」 「タナカタロウ?…なげー上に変な名前。」 なげーって、苗字名前ともに一般的どころか定番の日本名だろうが。 まああまりに定番すぎて小学生の頃散々はやし立てられたけどな。 …もしかして、と思って俺は言葉を足してみた。 「タナカタロウが下の名前じゃないぞ。タロウだ、タロウ。」 「おお、タロウか!」 サンクはぽんと手を叩いて納得の表情を浮かべた。古いぞ。 こいつの周りには苗字の付いた人間がいなかったのだろうか。 それか苗字を付けて呼ぶ習慣が長らく無かったのか? 聞いてみようかとも思ったが、ヤクザ容疑のかかった人間にあれこれと問いただす 度胸は無かったので黙っておくことにした。 「よっしゃ、それじゃ行こうぜ!タロウ!」 そう言って勢いよく右手を上げ、サンクは歩き出した。 俺は戸惑いつつも、その後をついて行った。 続く