「段位を取る」 ○月×日△曜日 かあさんとうさん、お元気ですか? そちらでは皆代わりなく無事に過ごせているでしょうか。 こちらは相変わらずファンタジーです。 先日、通い始めた剣術道場が、いつの間にやら一年と半年続いてることに気付きました。 ふりかえれば、ここへ来てからもう数年経つことになるわけで。 色々あったけど僕は元気です。 さて、道場の話ですが、それなりに修練も積めただろうということで。 そろそろ段位の認定試験をしてくれることになりました! 段位という資格があれば、クエストやら何やら仕事が回して貰えるのはこちらも変わりません。 自分にとっては久々の試験になります。今度のテストは一夜漬けじゃないです。 せっかくなので頑張ろうと思います。 * 照りつける太陽! 見渡す限りの砂! 砂! 砂! 「そして溢れる水着美女!」 俺は叫んだ。気を紛らわせるために。 つまり、どこまで行ってもふんばり甲斐のないこの足元と、目の前いっぱいに広がる冴えない黄土色! そしてどこまで上がったら気が済むんだお前といった感じの糞気温に対する自分なりの処世術である。 人は極限状態に追い込まれるとハイになるってどこかで聞いたことあるなぁ。へへへっ! 「…砂漠でだれが泳ぐっつーんだ」 同じ道を逝く唯一の道連れがツッコミを入れてくれた。 普段なら大体ほっとかれるのにナー。こいつも相当キテるらしい。 砂漠で気分が高揚するという定説はこれにて証明終了です! ツーと言えばカーと返ってくるこの喜び! いやぁ、相方がいるっていうのはとっても素敵なことだなぁ! 幸福を噛みしめて俺は言った。 「暑さで頭がやられているんだ。ほっといてくれ」 「そうか」 乾いた会話も途切れると、また二人並んで黙々歩く。 ざっざっざっざ。がしゃがしゃがしゃ。 二人の装備の音が砂漠を空しく流れ千切れて飛んでいく。 あぁ、マントなんていつも着けないから歩きにくい。 ゴーグルが顔にめり込んでかゆい。盾背負って歩くのだるい。 ざっざっざっざ。がしゃがしゃがしゃ。 何もない。 砂以外何もない。 動くものはおろか、しばらくサボテンも、ひょっとしたら岩すら目にしていない。 ざっざっざっざ。がしゃがしゃがしゃ。 何とも言えない心の衝動に促されて俺は言った。 「なぁ」 「…」 相方は普段通りクールだ。ヒュウ! その綺麗な顔を歪ませてやるぜ! 「ひとついいか」 「…なんだ」 「うんざりしてきた」 「…」 相方が心底、お前そんなわかりきったこと言うなよ的なうんざり顔になった。 大成功だ!…うんざりしてしまった。 こうやることもないと自然と無駄に昔のことを思い出したりしてしまう。 クーラーとか冷たいアイスコーヒーとかさぁ! 文明の利器って偉大だよねー! 自分も元はそんな科学の恩恵を受けている人間だった。俺は、この世界に、見知った、モニターの向こうのこの世界へ、落ちた来たのだ。 今時そんなベタな! とか、何でそんな事に! とか初めはそんなことも考えた。考えたなぁ! だがもうそんなことは知ったこっちゃないし、知ろうとも思わない。 何はともあれ自分はあっちからこっちへやって来てしまったのだ。そして落ちた場所は灼熱の街モロクだった。 そしてそれから色々縁があって(本当に幸運で、人との出会いに恵まれたと思う。恥ずかしいから言わないけど隣の相方には感謝してる)、しばらくモロクで過ごすことができた。 あの街も本当に熱かったなぁ! ふふ、でもあそこ街だもんなぁ。 砂漠に出るって聞いたとき、 「えっ? 砂漠暑い? ちょー楽勝ッすよ! 自分モロクっ子ですから!」 なんつった自分を殺したい。 正直なめていた。そんな考え間違ってた。 こっち出て来た時みたいに、キャラバンにくっついてえっちらわいわい、おっちらわいわい喋くり歩くのとは訳が違う。 砂漠は人に無情である。そしてしょせん温室育ちの現代っ子な自分。 勝敗はハナから見えていたのだ。 劣悪な環境に加えてこの景色! せめて目ぐらい楽しませてよ! 正直喉が渇くからアレなのだが、退屈の余り口を開いた。 「はぁ、お前は骨の髄までモロクっ子だもんなぁ…羨ましいよ」 「暑いのは俺も一緒だっつーの…」 ほほう、やっぱり砂漠はこいつにとっても辛いもんらしい。 こんな会話をしてる間にも、体から水分という水分が千切れ流れてどっかいく。 あぁ、砂を噛む思いってのはこういう気分をいうのかな。 わーい またひとつ かしこくなったぞ! いかん、辛いということを認識したら余計に辛くなってきた! とりあえず口の中だけでもさっぱりさせよう。いやさっぱりするべきだ。 俺は右腰に下げた水筒に手を伸ばした。そのまま蓋を開け、口へ持っていく。 ごくごくごく。 涼やかな風を連想させる爽やかさが喉を下っていく。 生きるために本当に必要ななにかが満たされていくのを心で感じる。 「ぷはーっ!…うめー」 天国である。どんなにぬるかろうが水は水。 人は水で出来ているんだ! そんなことを実感する。 わーい またひとつ しんりをりかいしたぞ! 「お前ちょっと水飲みすぎだぞ! 温存しとけっつったろ!」 相方からツッコミが入った。 せっかく気分は爽やか三組だっていうのに、まったく空気を読まない奴だ。 しかも今度はツッコまれた、というより怒られた。 どうやら相方はハイを通り越してイライラムキムキしている様子である。 「だって…」 「だってじゃねぇ!  付き合わされてる俺が我慢してんだから、お前はなおさら我慢しろ!」 訂正する。 イライラどころじゃなくて発火しかけている。 「我慢は体によくないっていうしー」 「ばっか、大体お前今回の件だってなぁ!  …『ごーれむなんてひとりじゃこころぼそいからついてきて』  なんて冗談に! 相棒のよしみで付き合ってやってんだっつぅの!」 イラッ。 これにはさすがの俺もカチンと来た。 確かに、確かに自分はそんなようなことを言った。あぁ、言ったさ! 大体、最終試験が『ゴーレム倒して来い』なんて思いもよらなかった。 不意打ちでそんなこと言われてビビらない人間がこの世に居るだろうか! いやない。 というか砂漠が辛いからって人に八つ当たりして! やるってんなら受けて立つ! 「試験なんだから仕方ないだろ!  あー、つーかお前そんなこと言う!?   大体誰かさんが非合法なシーフとかいうギルド入っちゃったから!  俺が! 相方である俺が! 資格取らないと仕事回ってこないんだろうが!」 ピクッ。 相方の口元が痙攣したのが見て取れる(実際には口元はマフラーで見えないのだが)。 ゴーグルのお陰で表情は掴めないが、額にはさぞかし立派な青筋が走っていることだろう。 ゲージがどんどん溜まっていく様子が見えるようだ。そーれいっぽん! にーほん! 「うっわ、お前それはないだろ。  あのときは手っ取り早く稼げるのが、あそこだけだったろうが!  ファンタジーのロマンがどうとか言って、長剣振り回す誰かさんは下積みしてたしな!」 アーッ! あんなに言ったのにこいつまだ分かってない! 「ばかー!  何回言ったらわかるんだお前!  長剣は夢だ、浪漫だ、バラッドなんだよ!  つーかお前だって下っ端の下っ端だったろ!  『いつまでたっても石投げ当たらんなぁ』とか言われてたのは誰だったかなぁ!?」 ピシッ。 どこからか、最後の防波堤が決壊する音が聞こえた。 「お、お、……お・ま・え・はぁぁぁぁぁあ!!!  もういい! もうあったま来た。これでも喰らってぇ――」 と、叫ぶがいなや相方はバックステップ。着地と同時にどこからか手ごろな石を拾い上げる。 どうやらゲージは三本満タン。超必発動しまーす。 「わっ!わっ!ちょっ、ちょっとタ、」 「――その口塞いどけ!」 せめて最後まで言わせてほしい! 目の前の相方が腕を後ろへ引いた。次いで体を捻る、腕を振り上げる。 うわあ、見える。手加減なしのジャストミートが来るぞ。 当たったら多分腫れる。もっそい腫れる。 自慢じゃないが瞬発力に自信はない! 普段の相方の速球から考えて、ステップ回避は成功しそうもない! 相方がそのまま振り下ろす動作へ入った。 迷ってる暇はない。出来る事は少ない。俺は思い切り左へ胴を捻った。 ガィィィィン。 砂漠に場違いな金属音が響く。 と、同時に背中へ衝撃が伝わった。 音に比べてダメージは小さい。俺はすんでのところで背中に背負った盾を使い、石投げをガードしたのだった。よかった。 はっはーん、見ろよあの奴の顔。さぞ悔しが…あれ、変な顔してるな。冷や汗なんか垂らして。 おいおい、こんなのいつものやり取りじゃないか。 神妙な(というか面白い)顔のまま相方が口を開いた。 「今…弾かれた石がなんか変なもんにぶつからなかったか…?」 「はぁ? そんな音したか?」 「な、なんか石と岩がぶつかったような…」 相方と二人して顔を見合わせた。 この砂しかない砂漠に岩といえば…。 ゆっくり、ゆっくり同時に音のした方へ顔を向けると――そこには大きな大きな岩の塊が。 あんなものはさっきまで見当たらなかったのに! さすがはファンタジーの世界だ。お約束というものは外さないらしい。 わーい またひとつ べたをりかいしたぞ! 大きな岩の塊がずずず、とゆっくり動いた。 ぽかん、と開いた口元を引き締めて相方が叫んだ。 「お、おい、あれって――」 G,G, GROOOHHHHH!!!! 確かめるまでもなく、ゴーレムさんご立腹である。 石も投げれば、ゴーレムに当たる。 昔の人は上手いこと言ったもんだ。 * 「ちっ」 その場の誰より先に動いたのは相方だった。 舌打ち一つ残して俺から距離を取ると、着地と同時にゴーレムに向かって石投げ。命中した! ゴーレムの意識が相方に向いた。というかあからさまにデカイ顔が相方に集中した。ギギギギ鳴らしながら。ファンタジー! そうかと思うと、素早い動きでズシンズシン! 相方との距離を詰めている。 さて、俺はと言うと、その風景を眺めながら戦闘用の準備をしている。 俺とアイツはツーマンセルの冒険者である。タッグを組んで依頼をこなしているのだ。 依頼内容は、もちろんその大抵が荒事で、中には、というより多くのものは長期に渡る。 しっかりした旅装を整え、道具を揃え、食料を準備し、数日に渡りクエストを攻略する。 しかしもちろん、そういったことは一人旅の冒険者もすることだ。 二人以上の冒険者がしなければならないこと、それは戦闘におけるチームワークである。 俺たちの場合、現れたターゲットもしくは敵意をもった存在に対して、まずは相方が相手をすることになっている。 理由は簡単、シーフのあいつは身軽だから。 対して俺は戦闘用の装備変更に若干時間がかかるし、道具類もたくさん持っている。 大量の道具類は、あいつの身軽さの代償なのであるが。ほぼ二人分もって歩くのだ。重い。 しかし戦闘においての数秒差は何者にも代えがたい。納得しろ、俺。ということで荷物持ちに甘んじている。 まぁ、あいつのがヒョロいもやしっ子で俺のほうがタフだから、というのも否めないというか真実だというか。 「すまん!しばらく頼む!」 そう声をかけると、相方は軽く片手を上げてバックステップ! ゴーレムの攻撃を避けながら後方へ下がっていく。 さて、せっかくの時間稼ぎを無駄にすることは出来ない。 俺はまず二人分の荷物を放り出すと、マントを剥ぎ取った。 中の鎧は軽装だが、皮鎧に胸当て、肩当てが施してありそこそこ安心だ。 荷物から軽めのガントレットを一つ取り出して、右腕にはめる。 背から盾を降ろし、持ち手のベルトを左腕に通して固定する。 最後に腰から剣を外し、鞘から抜いた。 シャラン! 鈍い光がきらめいた。 安物の片手直剣、しかし使い慣れた自分の獲物だ。呼吸を一つ。 俺は剣を装備した。 顔を向けると、ちょうど前方5mくらいの位置に相方は居た。 前後左右のステップで相手の攻撃を巧みにかわし続けている。どうやら随分余裕がありそうだ。 ちぇっ、そういえばゴーレムはシーフみたいなのに相性がいいんだったなぁ… なんて愚痴も言ってられない! いくら相性が悪かろうがこれは自分の試験だ。生きるために必要なのだ! 自分があのデカ物をやってしまわないと。一人で。 「おい! 準備出来たぞ!」 相方が左手でOKサインを作った。 くぅ、やっぱ余裕でやんの。 「さーん!」 次いで交代までのカウントダウンを始める。 ゴーレムが、でかい身体と比べてもお前それでかすぎるって感じの右腕を振り下ろした。ずずん! 相方はそれを右へステップしてかわす。 あの巨体だ。持久戦になれば辛いのは自分だろう。 なるべく、初撃で大きなダメージを与えないと。 剣の基本を脳裏で何度もフラッシュバック。 『いいかね。まずお前たちも知っているだろうが、国は冒険者に遊撃戦力となることを期待している。  よって俺がお前らに教えるのは、傭兵やチンピラ崩れが使うような、自分勝手な、殺す剣ではない。  私が教えるのはプロンテラ王国正規軍の剣だ。時として強大な怪物さえねじ伏せ、国や誰かから退ける剣。  すなわち、守る為の剣の使い方を教える。殺す剣を教えて欲しい奴は今すぐここを出てくといい』 「にー!」 右へステップした相方を狙って、ゴーレムが左腕を無理やり突き出した。 相方は着地したばかりで、次の行動に移れない。 このままでは直撃する――が、相方の姿がふいと消えた。唸る巨腕が空を切る。 相方得意のハイディング! 気配を世界に溶け込ませ、姿を消す隠行術。 正直いろいろ羨ましいので試しに方法を聞いてみたところ、なにやら丹田とか地脈とか説明された。 分かったことは自分には無理ってことだった。世界はファンタジーなのだ。 と、無理な追い討ちの空振りでゴーレムが体勢を崩した! 「いーち!」 そこに姿を現した相方が、念押しといわんばかりにタックルをかます。 ゴーレムは更によろつく。 『だが俺はお前たちに綺麗な演舞を期待しない。いいか、するべきことはいつも同じだ。  最大の力で、最大効率の打撃を。筋力、回転、速度、そして弱点を衝く。  1、2、3で打撃。1、2、3で打撃だ。』 深く息を吸いこんだ。 呼吸に追随するように、脚がゆっくり動き出す。 相方に向かって叫ぶ。 「チェンジ!」 付き合いも長い。もう、この合図も形式だけ残っているようなものだ。 チェンジのチェの時点で、既に相方は大きく飛びのいていた。 安心して加速する。 呼吸を一つ。敵を見据える。筋力、回転、速度、そして弱点を衝く。 1、2、3。1、2、3。 そして全力で弱点を…弱点? ゴ、ゴーレムの弱点ってどこだ!? 考えている暇はなかった。すでに距離は詰めてしまっている。 間接だ。とりあえず間接だ。鎧相手は間接ねらえって昔なんかのマンガで読んだ。 ゴーレムは片膝をついた態勢だ。うなじが丸見えだ! ちょうどいい。全力の打撃をお見舞いしてやる! 自分の間接の可動部分をイメージする! 収縮する筋肉をイメージする! 遠心力をイメージする! 初歩の初歩だけでも、物理を習っていて良かった。 すでに顔も曖昧だが、白髪の先生に感謝した。 強く一歩踏み込んだ。 胴を捻り、腕を振り上げ、さらに踏み込む。 腰を捻り、腕を振り下ろした。強く握りこむ。 そして、振り切る。 金属が石にぶつかる嫌な音がして、剣が首を通過した。 視界に落ちゆくゴーレムの生首を確認する。 「やった! しとめた!」 思わず叫んだ瞬間、しかし眼前でゴーレムの胴体が動き出した。 まだなのか!? そして自分の失敗を悟った。ここはファンタジーの世界なのだ。 この手の敵は、コアを潰さない限り向かってくるのがお約束! 脳裏に黄色い悪魔がよぎった。 首なしゴーレムは、どうやら右フックをプレゼントしてくれそうだ。 右腕が持ち上がり胴が微かに捻られている。 うわあ、よく見える。 幼いころから動態視力だけは鍛え続けてきたんだ。ゲーム脳は伊達じゃない。 そうだ、動きはよく見えるんだ。 でも身体が動かない! 巨腕はすぐそこに迫っているのに! バレーボールぐらいの石が目の前にある。 身体は動かない。動け! 動け! 動け! バスケットボールぐらいの岩が目の前にある。 身体は動かない。動け! 動け! 動け! バランスボールがぐらいの大岩が目の前にある。 身体は…動いた! 関係ないけど先生ありがとう! 上体から思いっきり後方へ全身を逸らす! そして同時に盾を眼前に滑り込ませる。 ぶつかる! あぁ、ぶつかった! 一拍おいて衝撃が伝わる。何度目かの金属音が砂漠に響く。 痛い! 無駄にでかい体だけはある。 砂が詰まった石鎧と、血が詰まった肉袋の差は歴然だった。 数メートルほど吹っ飛ばされているのは間違いない。 おまけに地面に叩きつけられて追加ダメージと来たもんだ! 息が出来ない! 腕のシビレよりこっちの方がひどい。畜生! まだ受け身もろくに取れないのか! 「左に転がれ!」 相方の叫ぶ声が聞こえる。そうだ、うだうだ考えてる暇なんてない! いつだって反省は終わったあとにすればいい。 身体を捻って、今は痛いの無視だ無視! 痛くないったら痛くない! 俺は思いっきり左へ転がり、その反動を利用して起き上がる。 一拍おいて、今まで寝転んでいた場所へ、ゴーレムの突きが入った。ずずん。 「はー…はー…」 呼吸が出来た。隅々まで酸素が行き渡る。そうだ、長引けば不利だ。 大腿に力をこめた。まだ、動ける。節々の痛みはとりあえず無視することにしよう。 大腿に力をこめ、膝を伸ばし、飛び掛る形で突っ込む。突っ込みながら、しっかりとゴーレムを見据えた。 ゴーレムは右半身を俺に晒している。左拳を地面に突き込んだ形で、今まさに右腕をこちらへ振り下ろそうとしている! 一歩踏み込んだ。 弱点はどこだ! 弱点弱点弱点弱点! と、脳裏にまたお約束がよぎった。 黄色い悪魔は胸のぎょろ目が弱点だった。昔見たアニメ映画の四天王は、やっぱり胸の赤い石が弱点だった。 心臓だ! 俺は剣を右手一本で握り締めた。 ゴーレムが右腕をたわめきった。 二歩踏み込んだ。 出来るだけ姿勢を低く保ち、構わず突っ込む。巨腕の可動範囲に入り、指先が迫り、てのひらが迫り、小手を潜った 石で出来た、硬そうな痛そうな肘が頭のすぐ脇まで唸る。 成功しますように。祈る気持ちで動作に入る。やい、俺の左腕。いい仕事してくれよ。 俺は左脚を思い切り地面に打ち付けると、ゴーレムの肘関節めがけて、思い切り盾を滑り込ませた! ゴーレムの肘が、ギャリギャリ嫌な音を立てながら盾の向こう側をかっ飛んでいく。 目の前には装甲の薄い脇。そのまま倒れ込むスピードを剣先に込めるように左脚を伸ばしきる! ところでこれは余談なのだが、盾は修繕したばかりの新品だった。 恨みを勢いに乗せて、剣を、突き込んだ。 何かを粉砕した確かな手ごたえがあり、俺は意識を手放した。 * はぁ、ようやくカウンターに座ることができた。 宴会からちょっと抜けようとするだけでこの疲労。 愚痴の一つもこぼれるってもんだ。 「この酒場は賑わいすぎだよな」 「ふふ、今日も飲まされてましたね」 店員の女の子がカクテルを作りながら応対してくれた。 実は向こうに居た頃からあまりお酒は飲めないのだけれど。 女性に求められると断りきれないのは俺の十八番だ。 ははは。 店員への返事には乾いた笑いを返しておく。 アルカイックスマイルは日本人の十八番だ。 「お水、飲みます?」 「あぁ、ありがとう。貰うよ」 人の優しさが身にしみる。 ありがたさに打ち震えているところに店員が言った。 「お代は頂きますけどね〜」 「ははは…」 せちがらさも身にしみた。 やるせなく隣を見やると、相方が明らかに不満気だ。 「おいお前俺までこっちひっぱってきて何の用だコラ楽しく飲んでたっつぅのに、って顔だな」 「分かってんなら用件に入れッ!」 オゥ、相方の不満はそろそろコップから溢れそうだ。 どうしたもんかと迷っていると救いの女神がやって来た! 「はい、お水お待たせ。ほら、あなたにも。」 「あ、ありがとう」 「わ、ありがとう」 「…ふふ、ケンカなら他所でやってね〜」 言うだけ言うと店員はグラス磨きに戻っていった。 とりあえず二人してぐいっと一気に飲み干す。 ここの店員は気が効く。さすが冒険者御用達は伊達じゃないなあ。 とりあえず相談の前にケンカは免れた。 「…で?」 「あ、あーっと、あのぅ…」 「なになに? 愛の告白ですか?」 そろそろ本題に入りたいのに! 眼前では、店員がいつのまにやらやってきて両眼を輝かせている。 ここの店員には何かしら一癖あるよなぁ。こういうところに気は利かないらしい。 …いや、利いてるのか? いつものことなので無視して進めることにした。 「仲が良いとは思ってましたけど〜。ついに一線超えちゃうのねぇ…!」 「剣術段位のことなんだけど」 「あぁ、お前、次やるの最終試験なんだろ? ここまで来れて良かったな」 「あ〜、無視は感心しないぞっ」 無視する。 「その最終試験のことなんだけど…ゴーレム倒して来いって」 「あっそふーん…別にいいですよ〜…」 沈黙は金! 彼女はしおらしく引き下がった。 しかしこの交渉では雄弁に語らなければならない。頑張れ俺! えー…ごほんごほん。自慢の交渉術を見せてやる! 「ごーれむなんてひとりじゃこころぼそいからついてきて☆」 「断る!」 即答されても俺はめげない。 だって一人じゃ本当に怖い。 「そこを何とか!」 「そうよ! 感心しないわよ!」 そこに思わぬ支援が入った。さっきからうるさい店員だ。 先ほどの発言を訂正する。ここの店員は本当に気が利くなぁ! 「なッ!? あんたそっち側なのかよ」 「乙女の告白をないがしろにするような奴は、女の敵ですからねぇ〜」 「まてその理屈はおかしい」 気が利くんじゃなくて、面白がってるだけのような気がするな! でも今ここでは頼もしい援軍だ! 豪快に目を瞑る。 店員と俺の! 愛と友情と! 需要と供給の! ツープラトンが炸裂する! 「理屈じゃないんだよ!」 「そうよそうよ!」 「お、お前ら…」 二対一だ、流石の相方もたじろいでいる。もう少しだ! 押せ押せー! 結局いつもの如くわいわい騒いでいると、それに釣られて騒ぎが大きくなるのがこの店の常だ。 いつのまにやら向こうのテーブルから、見知った面子が千鳥足でやってきていた。 大体がこの店の客は騒ぎ好き、そして当然だが全員酔っぱらいなのだ! 「…うっうっ」 「せ、先輩?」 「俺はお前がそんなに薄情な奴だとは思わなかった…うううっ!」 初めに相方に絡んだのは一人目は泣き上戸なハンターだった。 相方が困った顔で応対する。 「そうだそうだ!」 「いや、ちょ…」 「女の告白を棒に振る奴はバカだぞ!」 二人目は熱くなっている。 ただし既に、ちょっとバカになっている。 「はぁ…」 「な、なんですか? 「私…見損なったわ…」 三人目は、落ち込んでいる…と見せかけてシラフだ。 演技派の面白いこと好き、この人は普段から性質が悪い。 あぁ、敵に回せば恐ろしいが、味方につけると何て頼もしいんだろうこの酔っ払いたちは! 相方が頭痛から搾り出すように震えて言った。 「…あんたら酔ってるでしょう?」 ご唱和ください。 「酒場で酔って何が悪い!」 「酒場で酔って何が悪いんだ!」 「酒場で酔って何が悪いのよ!」 「うるっせェ―――! 酔っぱらいは宴会席へ戻れッ!」 「わーいかんしゃくおこしたぞー」 「きゃーきゃー」 「優しくしてくれない…うっうっ」 「まったく…」 まさか相方が頼もしい友軍を追い払うとは。 くぅ! ここはもう孤軍奮闘するしかないか! えーと、有る事無い事ふっかけてぇ…そんな風に悩んでいる内に、カウンターの内側から最高の神の啓示が飛び込んできた。 「おい、とりあえずお前行ってこい」 「…あー、おやっさん?」 渋くて重い、それでいてよく通る声である。この酒場のマスターだ。 この人物はとかく仲間を大事にすることで有名だ。そんな性格が気に入られてか、冒険者たちには「おやっさん」と親しまれている。 そしてこの啓示を聞いた相方の表情が硬直した。この酒場でおやっさんに口答え出来る人間など存在しないのだ! 「この酒場に仲間をないがしろにする奴ぁいねえ。  もし、そんな奴が居たら今日の飲み代 全額払わせて放っぽりだそうと思っとるんだがな」 「よしわかった。  お前その試験合格の条件って何だ!」 相方は言った。 硬直した表情のまま、首だけこちらへ90度ぐるんと曲げて。 今の彼はきっと全身一可動なんだろう。全く災難だなありがとう! 俺はほくほくした気分で、要項を読み上げた。 「んー?  『 ゴーレムの心臓 を持ち帰ること』らしいわ」 * ■月▲日●曜日 かあさんとうさん、お元気ですか? そちらでは皆代わりなく無事にすごせているでしょうか。 こちらは相変わらずファンタジーです。 先日の認定試験のことですが、あの、非常に心苦しい結果となりました。 いえ、個人的には満足の結果でした。 ゴーレムはやっつけることができたんです。あのゴーレムですよ! 心臓を一突きでやっつけてやりました。 そして合格条件はゴーレムの心臓を持って帰ること。 心臓を一突き。ああああ。 最後の突きのあと、ゴーレムは砂のように崩れ去ってしまいました。心臓どころか欠片も残りゃしなかった! 結局、試験には抜け道を使って合格しました。相方が怪しいツテからゴーレムの心臓を貰ってきてくれたのです。 どうやら研究用、貴族向けで出回っているものらしいですが…夢が膨らみますね。 はぁ、相方への貸しが出来てしまいました。何だかエラいもの返さなきゃいけなさそうです。 しかし、この道場大丈夫でしょうか。カンペがそこらに出回って、資格の信頼がなくなったりでもしたら困ります。 師範代にそのことについて聞いてみると、「ああ、ここも色々厳しくてな。レベルの低いうちは貴族の飾りに売ってんだ」とのこと。 なるほど。どうやらこの道場はまだまだ大丈夫そ、 * 「おーい、人が呼んだら返事しろ。」 人が気分よく日記を綴っているところに真後ろから声がかかった。 相方だ。びっくりしたなぁもう! 「何書いてるんだ? …あー、いつものアレか」 「気配を殺して後ろに立つなといつも言ってるだろ!」 「ハッ! 修行が足らんのさっ」 軽口を叩くと、相方が素早く日記帳を掠め取る。 制止する前にそのままパラパラとページをめくった。 「人のものを勝手に取るな」 「…お前もさぁ」 「あん?」 「俺にも読める字で日記書け、といつも言ってるだろ」 俺が今やっていたのは日本語を使って日記を書く、そんな他愛もないことだ。 この仕事を始めてから、なんとなく習慣になってしまった。 そしてここ――この世界には、この日記を読める人物は俺以外にいない筈。 つまり、俺の字が汚くて読めないんじゃない。 相方のセリフは呼んで字の如くな訳である。本当だ。 「人の日記を勝手に読むな」 「つまんないんだよ」 言うが早いがぽいっ。相方が日記を机に放り出した。 ちなみに、ここまでは毎度毎度のやり取りになる。 細部を除いて、大体のことを二人して毎回やる。 いつもならこれから他愛もない話にシフトしていくが、今日は何か用事でもあるみたいだ。 相方がにやにやしている。嫌な予感がする。 「…何でにやついてる?」 「ああ、下で酒盛り始まってっから。呼びに来た」 「お、そうか」 そういえば階下が薄っすら賑わっているような気がする。 俺はペンを置いて椅子を立つと、部屋のドアを開けた。 瞬間、喧騒が大きくなる。酒場の空気。 今日も派手にやってるみたいだ。そういえば、腹減ったなぁ。 何はともあれ試験には合格したんだ! とりあえず今日は喰えるだけ喰おう! そうしよう! そんな風に夕食に想いを馳せていると、相方が弾んだ声で言った。 「お前、心臓の件で俺に借りあるだろ。――今日、お前の奢りな!」 脳内から、予定していたメニューが三品ほど消えた。 駆け出し冒険者の財布は軽い。 おわり あとがき: ちょっとは読みやすくなったでしょうか。 この続きは自分の中にちょいちょいあるんですけど、多分もう書かないんでしょーねー 死亡エンドもいいぞ!