「いや、よく食べるねww」 トウガが俺に言った。 突然の台詞に食事の手が止まる俺の皿には 肉料理やパスタや ご飯もの、野菜サラダなどが一通りこんもりと乗っている。 場所はプロンテラの酒場、昼にはバイキング形式でランチを 出しているところだ。 「あ、あはは…そうですか…?」 なにか無性にお腹が空いていて 欲しいものを取ってきただけだったのだが…。 ふと隣のユキさんの皿を見ると、俺の皿の1/3くらいの料理が 野菜サラダ中心に乗せられていた。 「私もほら、こんな服装でしょぅ?結構食べ物には気をつけてるんだけど…」 ユキさんが俺の身体を上から下までまじまじとみつめた後、顔を近づけ 耳の側で囁いた。 「ニーナってスタイルいいけど…あとで色々教えて!」 顔を離した後 ユキさんは満面の笑みでこちらにウィンクを飛ばしたが 俺はそれを苦笑でしか返せなかった。 よくよく考えれば女の子って体型維持する為に食事制限とかしてる からなぁと思い返す。次からはもう少し自粛しよう…、こっそり心の中で誓った。 それはさておき、どうにも話題がこちら中心で進んでしまう。 正直今の状況が全然分からない状態なので、できればこっちが主導権を 握りたいところだ。俺は話を切り出すことにした。 「ところで、3人はずっとご一緒なんですか?」 もう丸振り。この話で1時間もたせてやる。 「ああうん、俺ら仲良しさー。」 すぐ切り返してきたのはセツナ。実際仲良しでもこんなストレートに 言うやつを知らなかったので、なんとも不思議な気持ちよさがあった。 「うん、私たち固定で組んでるんだ〜♪」 「一緒すぎて飽きたww」 ユキさんとトウガも続けて言うが、その節々に良い雰囲気を感じた。 「いいですね、私はそんなふうに言える人、いないかな…」 と今までの人生を振り返り ついぞ口に出してしまった。 折角 話を向こうに振ったのに、自分で流れを戻してしまった…。 「あ〜、うん、なかなか固定で組める人探すのって難しいよね…」 何故か申し訳なさそうにユキさんが言う。 「ごめんなさい、あの、つい羨ましくなって…」 あわててうつむく。なんというか、勝手に身体がそう動いてしまう。 「いいよいいよ、俺ら仲良しすぎだからww」 調子に乗るトウガにユキさんの肘鉄がお見舞いされ、おどけたトウガは 吹っ飛ばされるようなリアクションを取った。 「うわ、痛すww」 座っていた椅子の半分に重心を掛け 倒れそう…というリアクションだったのだが… ガラガラガッシャーン!!! 酒場内に大きな音が響く。 …本当に倒れてしまったのだ。 「す、すいません!!」 慌ててユキさんが酒場の店員と他の客に対して謝り始める。 「ごめんなさい、今片付けますから…!」 俺も慌てて立ち上がり片付け始める。 酒場の店員も来て一緒に片付けをしてくれ、片付け自体は比較的すぐ終わった。 「もう、バカ!」 店員が戻った後でまず口を開いたのはユキさんだった。 「スマソww」 トウガはもう適当に謝っていた。 「いやー、楽しい夫婦漫才だなぁ☆」 チャチャを入れるのはセツナ。きっとこの3人の基本的な型はこうなんだろう。 ふと見ると、トウガの手のひら…小指の付け根あたりから血が少し出ていた。 「あ、手から血が…」 少し身を乗り出し、トウガにそう言う。 「あ、本当だww」 トウガは気にするでもなく軽く言う。 こういう時 ハイプリならきっとヒールでもして治すのかな…と 思ったが、そういえばヒール…魔法ってどう使うんだろうと気になった。 実際 俺は今 PCでROをしているわけではないので、ファンクションキーも /bmで割り振ったキーも当然あるわけがない。 口で魔法をつぶやけば効果が出るのだろうか?しかし違ったらこれは とんでもなくこっ恥ずかしいことになる。 考え始めるとどうにも気になり、聞こえないような声でヒール…ヒール…と いつの間にか口ずさんでいた。 トウガがすっ転んだおかげで食事も終了になっていた為 両手のやり場も なくなっていたので 指先をテーブルの下で気ままに動かしていたが、 突然トウガの傷口が綺麗な緑色の光で包まれた。 「うはwwヒールきたww」 トウガがまず驚き、それを見たユキさんとセツナがこちらを見る。 「あー、これくらいつばつけとけば治るのに〜」 残念そうに言ったのはユキさん。 「いやしかし今のヒールって随分回復量ありそうだったなぁ…」 素直に驚いたのはセツナ。 そしてそれ以上に驚いたのは俺。本気で驚いた。 魔法というのは口で発音するのと、指なり何なりで決まった動きを 取ると発動するのだろうか。 ROではDEX…敏捷性のステータスを上げれば詠唱速度も速くなったし…。 指の動きは身体が覚えていた、といったところだろう。 「あ…すいません、驚かせてしまって…」 とっさに別ベクトルで誤魔化す。ちょっとこのキャラで慣れてきたような 気がする。非日常的なことが少しずつ日常になってきた感じだ。 さて、ここで正直今まで逃げてきた問題が浮上してきた。 なんだかんだで怖くなり、後回しにしてきた俺はきっと小心者だろう。 「あの、すいません…」 俺の言葉に3人が振り向く。 「えっと…お手洗い行ってきますね…」 そう、プロンテラの丘に落ちて(?)以来、まだ一回も行っていなかったのだ。 「いってらっしゃーい」 「いてらー」 「いてらww」 3人は何事も無いかのように俺を送り出す。 トイレは酒場の奥にあった。 とりあえずいそいそとそちらの方に向かうと、入り口が二つあった。 男性用と女性用…。それを見て改めて頭がくらくらしてきた。 えっと、俺、今…女性用に入るべきだよな!? 身体をひねり、見える範囲で自分の姿を確認する。 うん、少なくとも服は女物だ!!よし行こう! そんなよくわからない決断と共に女性用の方に恐る恐る入ってみる。 目の前には大きな鏡があった。奥には個室がある。 雰囲気は違うものの、作り自体は俺の知っているトイレだった。 いや女性用は入ったことありませんが。 今のはきっと自分に対するレスだったんだろう。かなり混乱している。 他には誰もいないようだった。 それを確認し、洗面台の大きな鏡で自分の姿を確認した。 自分が思った以上にハイプリだった。 そして思った以上に女の子だった。うん、正直我ながら可愛い。 思いっきり微笑んでみた。可愛かった。 不敵な笑みを浮かべてみた。可愛かった。 ちょっと怒ってみた。可愛かった。 伸びをしてみた。可愛かった。 寂しそうにしてみた。可愛かった。 ダメだ俺。 さて、そういえばハイプリになって、初めて一人になったわけだ。 タカに起されて以来、ユキさん、トウガ、セツナと一緒に行動をしていたわけだから、 一人でいたことが今まで無かったのだ。 個室に入り深呼吸した。閉じられたスペースだったので正直息苦しかったが、 それでも若干気分が落ち着いた気がした。 とりあえず密室に一人という状態になったので触って確認してみた。 うん、しっかりあるな。ぽにぽにした感覚が不思議だった。 うん、やっぱりないな。賢明な貴兄らは察して下さい。ダメだ、誰に言ってるんだ俺。 さっき落ち着いたばかりだったが、また頭がぐるぐる回ってきた。 よしとりあえず本来の目的を果たすことにしよう。 しかしこの服の構造がよくわからない…どうすればいいんだろう…。 結局目的を果たせたのはそれから10分後だった。 そしてまたドキドキしてしまい、席に戻れたのはそれからさらに10分後の話だった。 「ニーナ、遅いぞ〜」 セツナが待ち疲れた感じでにやにやしている。 「ウ…ぐぼぁ!?ww」 何かを言いかけたトウガのみぞおちに、ユキさんが肘鉄を食らわせていた。 「ごめんなさい、ちょっと気分が悪くなっちゃいまして…」 理由はともかく、気分が良くなかったのは確かだ。 「大丈夫?何か顔赤いけど…。今 声掛けに行こうかなって思ってたんだけど もう少し早く行った方がよかったかな、ごめんね。」 ユキさんが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。 「いえ大丈夫です、心配ばかりお掛けしてすいません…。」 謝って、席につく前に酒場の中を見回した。 「あー、そろそろ出ようか?」 酒場には既に人が少なくなっていたこともあり、セツナがそう切り出した。 「そうだね、そろそろ出ようか。」 「おkww」 ユキさんとトウガも賛同し、酒場を出ることにした。 陽は少しだけ西に傾き始めていたが、まだまだ昼というところだ。 「あ、これからどうするんですか?」 俺には行くべきところもやるべきことも無かったので、まず3人の予定を聞いてみた。 「うん、ちょっと狩り行く予定なんだ。」 前を歩いていたセツナが振り返りそう言う。 「3人でですか?」 と聞くと 「うん、いつも3人で行ってるんよ。」 との答え。 しかしこの3人…ロードナイト、スナイパー、ハイWIZというやたら攻撃的な パーティだが、実際支援抜きでどこに行っているのだろうか? 支援は歓迎されるかな…という思いと共に、もし俺がこのパーティに参加したとして、 ちゃんと支援はできるのだろうか?という疑念が付いてきた。 折角ROの世界に迷いこんだのだから、やはり狩りにも行ってみたいところだ。 そこで俺はこっそり自分の中で賭けをすることにした。 さっき使ったヒールのように、自分を含めた4人にブレスと速度増加を簡単に 掛けられたら一緒に行く…という賭け。 例のごとく聞こえないような声と指の動きを自然に任せ、ブレスと速度増加を祈る。 すると、ふわぁ…とした感覚と共に気力が充実し、ついで身体が軽くなる感覚を覚えた。 多分、成功! 「お、ありww」 「あり〜」 「さんきゅ」 他3人にも問題無く掛かったようだ。 「あの、こんな支援で良ければ私も連れて行って欲しいのですが!」 ちょっと自信を持ち、3人に頼んだ。 「あ、うーん、どうする…?」 セツナはユキさんを見る。 「えっと、これから行くのは…」 気まずそうにユキさんはトウガを見る。 「おkおk予定変更wwどこ行く?ww」 あっけらかんとトウガが決定。 「あ、何か用事ありました…?」 俺はそう言ったがユキさんとセツナは顔を見合わせ笑って言う。 「うん、ごめんごめん、大丈夫。折角だからどこか行こうぜ!」 「そうだね、もう少しニーナのこと知りたいしね!というか、そういえばさっきの 約束が…ごにょごにょ」 さっきの約束…というのはきっと、食べてもプロポーションを崩さない方法だろう…。 「じゃぁどこ行こう?」 色々あったけど、ついに初狩りの始まりです。 -------------------- 2007/06/21 H.N