「ふぅ。」 今晩泊まる部屋にようやく着くと、俺はカバンを下ろして一息ついた。 部屋は灯りをつけていないので暗かったが、窓からプロンテラ大通りの 街灯の光が射し込んできていて、真っ暗というわけではなかった。 窓から下を覗くと 昼間とはうってかわり静かな通りに変貌している。 「はぁ〜、疲れた〜〜…」 誰に言うともなく口にし そのままベッドにうつ伏せになる。 疲れがどっと出てきて、今にも眠りに落ちてしまいそうだった。 身体を伸ばしながら捻り、仰向けになる。 暗い天井を見つめ、ふと右手を天井に伸ばす。 そのまま手を開き、握り、開き…その感触を確かめる。 「今更、夢ってことはないよな。」 広げた手のひらを見る。 「ヒール…」 唱えた瞬間、俺の身体が緑の光に包まれた。 しかし何も変わらなかった。ヒールは怪我を治す魔法なのであって、 疲れを取る魔法ということではないらしい。 特に気にせずまた一人でつぶやく。 「……ROの世界…か…。」 二度三度深呼吸をし、がばっと起き上がる。 灯りをつけ、一旦伸びをする。 とりあえずシャワーでも浴びるかな…。 着替えを期待して、今まで持っていたカバンを開けた。 女物の下着に一瞬どきっとするが、流石にそろそろ慣れてきた節もある。 そういえば俺、なんだかんだで女の子口調になってるよなぁ…。 今日の自分の言動を振り返る。 頭をぶんぶんと振り、ちょっとした恥ずかしさを振り払うようにカバンの中を 確認していると、一冊の手帳が出てきた。 「ん…?」 なにげなく開いてみると、最初のページに棒線が10本ほど引かれていた。 手でこすれたような汚れや染みなどがついていて、この娘の持ち物にしては ちょっと意外な代物だった。 最後までページをめくってみたが 最初のページ以外は開いてもいなかったようで、 新品同然だった。 「…なんだろう?」 手帳の正体は不明だったが 特に気にせず元あったスペースに戻しておいた。 その他は青石や白ポなどの冒険必需品と、身の回りのもの、あとは聖書が 綺麗に収められていた。 身の回りのもの…というのは化粧品だとか多分服のメンテナンスに使うものだとか 女性特有のアレだとか。 正直俺にはよくわからないアイテムてんこもりだ。 とりあえずパジャマもあったのでそれに着替えてみる。 パジャマって冒険に持っていく荷物じゃないよなぁ…と密かにつっこみを入れつつ ハイプリの衣装を慣れない手つきでハンガーに吊り下げる。 さて、ここにあるアイテムでどうやって服のメンテナンスをするのか…。 数分悩んでいると、ドアがノックされるのが聞こえた。 「はーい?」 返事をするとドアがゆっくり開いた。ユキさんが部屋を覗き込むように立っている。 ユキさんとトウガ、セツナも同じ宿屋に泊まっているのだ。 「こんばんわ〜〜。あ、パジャマも似合ってるね!」 言いながらユキさんは俺を見たり周りをきょろきょろ見たりと落ち着かない。 「どうぞ、入って下さい。これからシャワー行くところなんですけど…」 俺がそういうと、ささっと部屋に入ってきた。ユキさんもパジャマ姿だ。 「あれ、ニーナはシャワーの前にパジャマ着替える派なんだ?」 へ〜と頷くユキさん。 「私はシャワー浴びた後にパジャマに着替えるんだよね〜。ほら、そっちのが パジャマに汗とかつかないじゃん?」 そういえば今日は鉱山に行ったから実は汚れてたかな、と今更ながらに思う。 「私も普段はそうなんですけど、今日はちょっとワケありで…。」 「ふぅん?」 言いながらユキさんは首をかしげる。 「うん、じゃこれは私がやっとくから、ニーナはさっさとシャワー浴びてきて♪ そのあとご飯いこ〜♪」 言いながらユキさんは広げてあった謎のアイテムでハイプリの衣装にあれやこれや 手をかけ始めた。 「ユキさんも、シャワーあがりにすいません…。」 とは言うものの渡りに船とはこのこと。ギリギリまでその手順を目に焼きつける。 でまぁ、やっぱりシャワーはドキドキものでした…と。 長い髪を拭くのも初めてだったが、以前どこかでその光景を見ていたらしい。 適当にやってみたらそれなりに問題なくできた…と思う。 「じゃ、ユキさんご飯いきましょ〜。」 俺が言うと、ユキさんは荷物の中からブラシを取って言った。 「急いでくれるのはありがたいけど、ちゃんと髪のお手入れしなきゃダメだよ! …ってああ!?どうしたの、化粧落としもちゃんとやってないじゃん!?」 ユキさんが心配そうに言う。 「あ〜…そうでしたぁ!」 俺大誤算。女の子って色々やることあるんだね…。 「もうだらしないなぁ…。ニーナって完璧そうに見えて、結構抜けてるよね〜。」 うなだれる俺をベッドに座らせ、ユキさんはあれやこれや世話を焼いてくれる。 完璧だったのは、俺がこの娘になるまでだったんだよな…とちょっと切なくなってきた。 とりあえずユキさんの手際を見て色々と学ぶ。 今後を考えると ここで失敗したのはある意味ラッキーだったのかもしれない。 「よし、これでOK!じゃ、ご飯いこ〜♪」 ユキさんが明るく言う。 途中トウガとセツナと合流し、一緒に宿屋の食堂へ向かった。 「さて、ニーナ君。」 食事の挨拶が済むと、ユキさんが切り出してきた。 「は、はい?」 俺はちょっと噛みながら返事をする。 「それではダイエットの秘訣とやらを教えてくれたまえよ。」 昼間の"約束"をまだ覚えていたらしい。 仕方ないので俺は現代医学に基づくダイエット方法をなるべく分かりやすく 食事を取りながら話した。 「…あ〜、やっぱりいっぱい食べて体型維持ってのは虫が良すぎるのか〜…。」 そう言うユキさんは、最終的に 大食いしてやせているのは無理だろうという結論に至ったようだ。 「そういえばニーナも、昼の大食いはどこ吹く風だもんねぇ…。」 指摘された俺の皿には結構料理が残っていた。 今までは出されたものは残さないのがとりえだったのだが、 身体が変わってはそれも無理な話なのだろうか。 じゃぁ昼はなんであんなに大食いできたのかなぁ…とふと不思議に思った。 「さて、俺ちょっと出てくるわww」 トウガはそう言うと、席を立った。 「俺も少し付き合ってくる。」 セツナもトウガを追うようにして食堂を出て行った。 「じゃ、私達も戻ろうか。あ、そうそう、ニーナの部屋で少しお喋りしない?」 目を輝かせて言うユキさんを、俺は拒めなかった。 俺の部屋に戻ると ユキさんは小さなテーブル横の椅子に座った。 「紅茶ありますけど、飲みます?」 紅茶もダイエットに良いと聞いたことがあったのでユキさんの返事を確認し、準備した。 「さて…」 ユキさんが神妙な面持ちで切り出す。 「ぶっちゃけニーナの好みのタイプってどんな人?」 ユキさんはにまーっと表情を崩し、単刀直入に聞いてきた。 紅茶を飲みかけた俺は思わずむせる。 「え、いや!なんですか急に…?」 俺は慌てたが、ユキさんはそれが面白かったらしい。 「あはは、そんなに本気にならないでいいよー。ニーナって完璧なんだか 抜けてるんだわからないからさ、相手にどういうの求めるのかなって♪」 まぁ、男も女もこういう話は普通に出てくるのね…と思いつつ答える。 「そうですねー、やっぱり素直で可愛い感じの子が…」 スプーンで紅茶をかき混ぜながら言う。 「へぇ、可愛い子…?」 ユキさんは目を丸くする。 「そっかー、ニーナってなんか守られるタイプだと思ってたから、ちょっと 意外だったな〜。」 そう言われて、男目線での女の子の好みを答えていたことに気付く。 可愛い男が好きなわけではなかったが、それを聞いたユキさんは 何か上機嫌でスプーンをくるくるといじっていた。 「じゃぁうちの連中はダメだね、全然可愛くないw」 まぁ、確かに可愛くはないなぁと思う。 「あはは、じゃぁユキさんはどんな人がお好みで?」 という俺の質問に、今度はユキさんがむせる。 「ん、ん〜。やっぱり…かっこいい人…かなぁ?」 ユキさんは窓から空を眺めながらぼそっと言った。 誰か意中の人がいるのかな?いるなら上手くいって欲しいなぁ…俺は素直にそう思った。 11時すぎにユキさんは自分の部屋に戻っていた。 一人になった途端、急に睡魔が襲ってきた。 「そろそろ寝ようかな…。」 灯りを消してベッドに横になる。 目を覚ましたとき、俺は元の世界に戻っているのだろうか? それともまだこの世界に残っているのだろうか? "元の世界"という言葉が出てきてふと思う。 そういえば俺、元の世界でどうなってるんだろう?まさかこの娘が俺になってる わけは…ないよなぁ…? 在り得ない話ではない。急に不安に駆られたが、睡魔には勝てなかった。 俺はそのまま深い眠りに落ちていった。 -------------------- 2007/06/23 H.N