ガクン。 突然の揺れに驚いて目を覚ますと、ちょうと空が白み始める頃だった。 目の前ではユキさんがすーすーと寝息を立てて眠っている。 「あ…少し眠っちゃったかな…。」 俺は目をこすりながら眠気を振り払う。 ユキさんのおでこに乗せたタオルを取り、水桶の水でまた冷やす。 軽く絞り、またおでこに戻す。 この作業を何回繰り返しただろうか。 最初は熱が幾分かあったが 今ではもう下がっている。 朝陽の射しこんだ方にふと目をやると、血の付いた白いハイWIZの衣装が吊るされて いるのが目に入った。 「……もう…あんまり無理すんなよ…。」 軽く握った拳をユキさんの頭にぽこんとぶつける。 しばらくそのまま顔を覗き込む。 こんな可愛い娘がどんな危険な状況に陥ったのだろうか、ただただ謎だった。 「んん…」 かすかな声を漏らし、ユキさんがふいに寝返りをうった。 そしてゆっくりと、目を開けた。 「ユキさん、おはよ♪」 俺は明るく声を掛ける。 「…ん、あれー?ニーナがいるー…?」 ユキさんは目を半開きのまま俺をじっと見た。 状況を理解できないようで、また仰向けに寝返りをうつ。 「傷は痛みます?一応、治ってるはずなんですけど…。」 おでこから落ちたタオルを取りながら言うと、ユキさんはガバっと上半身を起した。 「…あ!私、あのとき斬られて…!?」 慌てて肩口を見るユキさんだが、既に傷は塞がっている。 「…あれぇ?」 傷の無いことを確認すると ユキさんはまた呆然とした。 しばらく俺の方をじっと見つめ、そのまま床に置かれた水桶に目を移す。 「…心配、掛けちゃったのかな……?」 うつむきながら、ぼそっとユキさんが漏らす。 「大丈夫です、心配ありません…。」 頭を撫でながら、俺はできるだけ優しく言った。 会話は一旦そこで途切れた。 昨晩何があったのか…今はもう気にならなかった。 ただ、目の前の女の子が助かったことにひたすら感謝していた。 目を窓の外にやると、太陽が地平線から離れているのが見える。 その時間の経過に、俺は我に帰った。 「あ!ユキさん起きたの、トウガさんたちに伝えてきますね!」 そう言い、立ち上がろうとした俺の腕をユキさんがつかんだ。 「……ごめん…もうちょっとだけ、二人でいさせて…。」 そう言うとユキさんは上半身を起こし、俺の身体を両手でぐっと抱き寄せた。 また、静かな時間が過ぎていく。 「……私にはわからないけど、よく頑張ったね…。」 俺も手を彼女の身体にまわし、頭をぽんぽんと撫でた。 トウガの部屋にいくと、トウガとセツナは二人で話し込んでいた。 「…えっと、もう大丈夫なんですか…?」 怪訝そうに言う俺。トウガも結構な深手を負っていたはずだが…。 「むっちゃおkw」 聞いた瞬間、心配する気が失せる発言だった。しかし何となく元気がない。 「でもさっきまでニーナにお礼をお礼をって言ってたぜ?」 含み笑いをしながらからかうセツナ。ただ、彼もどこか影のある笑いだった。 「…あ、そうだ!ユキさんが目覚ましましたよ〜!!」 俺がそう言うと、二人の顔が急に明るくなった。 やはりユキさんのことが心配だったのだ。 「からかってくるww」 「俺も俺も☆」 二人は急いで部屋を出て行った。 「ふぅ、仕方ない人たちだなぁ…。」 苦笑し、俺もユキさんの部屋に戻った。 宿屋の計らいで おかゆなどを作ってもらい、部屋で食べることになった。 「おかゆおかゆ〜♪」 ユキさんは美味しそうに食べていた。 「うはwwどろどろww」 いやうん、トウガも美味しそう…かなぁ……? ついでに俺とセツナさんも便乗しておかゆだった。 「何はともあれ、よかったですね〜♪」 全員食べ終わった頃、俺はふと口にする。 またみんなでこうして元気に会えた、それが単純に嬉しかった。 「うん、ニーナには、迷惑掛けたなぁ…。」 セツナが申し訳なさそうに言う。 「いえいえ、お気にせず……ふわぁ…?」 セツナを制するところで、思わずあくびが出た。 そういえば俺が寝たのは看病しながらうとうとした約1時間くらいのものだ。 食事の準備なども手伝ったりしていたが、ここにきて緊張の糸が切れたらしい。 「あー、ほんとごめん、ろくに眠ってないだろ?ユキのことはいいから、 少し休んでくれー。」 セツナもろくに眠っていないはずだが…と思いながら、俺は好意に甘えることにした。 「じゃぁお言葉に甘えて…。何かあったらまた呼んでくださいね〜。」 ユキさんに手を振りながら部屋を出、そのまま廊下で一息ついた。 「……ふわぁ、寝るか…」 自分の部屋に戻りベッドに飛び込む。俺のROの世界三日目は、そんな長い一日だった。 深いまどろみの中。 重力の力はこんなにも強かったか…と思うほど俺は動けなかった。 何人かが大声でケンカしているような…そんな喧騒が響く。 内容はわからない。耳を傾けようとすると、重力が眠りの世界に誘うような… そんなもどかしい時間が流れていった。 ふっと目を覚ますと、随分と嫌な汗をかいていた。窓からは夕陽の光が射し込んでいる。 上半身を起こしてオレンジ色に染まった部屋を眺めていると、おでこからタオルが落ちてきた。 「ん…タオル?」 手に取って いぶかしげにそれを眺めていると、そこにユキさんが入ってきた。 「あ、もう大丈夫なの…?」 「あ、もう大丈夫なの…?」 俺とユキさん、全く同じことを言う。 しばらくの沈黙。 それを破ったのは俺だった。 「…いや、ユキさん大怪我だったのに、なんでもう動いてるの…w」 それを機に二人で失笑する。 「ニーナのおかげでもう大丈夫なのだ!」 えへんと胸を張るユキさん。全然理由になってない。 「いやいやニーナも結構うなされてたんだよ!」 そう言うユキさんは水桶を持っていた。 「あー…ごめんなさい、心配掛けちゃった?」 怪我人に申し訳ないことをしたなぁと思い、謝る。 「ふふふー、お互い様ですよ〜♪」 そう言いながら俺の傍らにきて、そのままぺたりと俺のおでこに手をのせる。 「うん、熱無し!」 明るく言うユキさん。 「あれ、私 熱あった…?」 おそるおそる聞くと、ユキさんは一言。 「無かったw」 その笑顔が無性に可愛かった。 ユキさんはベッドの横の椅子にちょこんと座る。 朝とちょうど逆の立場だ。 座ったまま、ユキさんは俺の顔をじっとみつめている。 その表情は何と言えばいいのだろう。 説明できる言葉は、俺の知る限りなかった。 「どうしたんですか…?」 出来る限り、俺は笑顔で言ったつもりだった。 その言葉の返事もないまま、またしばらく時間が経った。 窓の外の夕闇も、その闇を深くしていった。 「うん…」 長い長い時間の後、ユキさんがようやく言葉を続けた。 「あのね…狩り、一緒にきて欲しいの……。」 うつむきながら言う声は小さかった。 「え…?いえ、お安い御用ですよ…?」 俺は、この空気の意味が分からないまま答えた。 「ごめんね、詳しくは、言いたくないの…。でも、私だちだけじゃ、手に負えなくなってるの…」 ひっくひっくと泣き始めるユキさん。 部屋の入り口に気配を感じ目をやると、トウガとセツナが静かに立っていた。 「本当にごめんな…、あんまり君に迷惑かけないようにするから…」 そう言うセツナとトウガの顔は、闇に紛れてよく見えなかった。 -------------------- 2007/06/25 H.N