「ワープポータル!!」 光の柱を越え、俺たちはゲフェンにやってきた。 既に陽は落ちている。どこかの家から夕飯の香りが漂ってきた。 「じゃぁ、行こう。」 セツナはそう切り出すと、西門を目指し歩き始めた。 西門…というと、グラストヘイム古城まで行くのだろうか? 俺には他の場所が思い浮かばなかった。 セツナが先頭を切り、続いてユキさんとトウガが続く。 ユキさんは昨晩の失血のせいか 少し貧血っぽいようで、 たまにトウガがユキさんの身体を支えていた。 ゲフェン西の大きな橋を渡り、しばらく歩き続ける。 東の空に、綺麗な満月が見えた。雲もほとんどなく、月明かりが夜を照らしていた。 どれくらい歩いただろうか? 俺は不安と緊張と、そして夜の闇のせいで時間の間隔が無くなっていた。 誰も口をきかない。俺も声を出せなかった。 「ここらだな…」 あたりを見回しながら、セツナが歩みを止めた。 ここ…といっても、そこは森と断層に囲まれた岩場だった。 岩場と言うには草も生えていたが、俺にとっては初めて見る地形だったので 正直何と呼べばいいのかわからなかった。 セツナはそんな地形の中で 十分見張らしの良いところを選んでいたようだった。 「ニーナには…支援魔法と、いざというときのヒールをお願いしたい。 それ以外はあんまり動かないでいてくれると助かる。」 端的に説明するセツナ。 「了解です!」 元気よく言ったつもりだったが、いつもの掛け合いは生まれなかった。 とりあえず俺はブレス、速度増加、マグニフィカート、アスムプティオの魔法を全員に掛ける。 俺の仕事はその維持と、あまりあって欲しくはないが、いざというときのヒール。 頭の中で抜けがないよう、何回も繰り返す。 セツナが少し大きな岩の上に乗った。 トウガはその横で、両手剣を抜いて目を閉じた。 ユキさんはトウガの後ろに陣取った。 …?何をどう狩るのだろうか…?そもそもここには何がいるのだろうか? しばらくすると、セツナは岩の上でトーントーンとリズムを取って小さく跳ね始めた。 トウガとユキさんは変わらず静かに待機している。 夜の闇に、跳ねるリズムが響く。 どれくらい続いただろうか、突然状況が動いた。 ブォン…! 俺の耳元で鈍い空気の音が響いた。 セツナが突然右を向き、矢を放ったのだ。 その矢はあたりの風を巻き込み、一本の木にあたった。 その瞬間、ドゴォン…という重い音が響き、あたりの木々を揺らした。 単なる弓矢の威力ではない。これは…シャープシューティング…なのだろうか。 「ち…、動物か…。」 セツナは不満そうに声を出す。 何も見えない中でその気配を感じ、絶つ。まさに狩人の上級職と言えるだろう。 「ユキ、すまんが動物をどっかやってくれ。」 セツナの言葉に頷くと、ユキさんは一人前に出た。 ユキさんは静かに両手を上げた。 満月もかなり高くなっており、夜とは思えないくらい明るかった。 月明かりを浴びたユキさんは普段の可愛らしさとはまったく異なる空気… 神秘的なような妖艶なような…そんな雰囲気を発している。 そんな彼女は薄目を開け、何かを祈るように、静かに呪文を唱えている。 ふいに不思議な響きを持った言葉が聞こえた。直接頭に入ってくる…そんな言葉だった。 「轟け…」 そう聞こえた瞬間、俺たちの目の前に眩い数本もの雷が落ちた。あまりに強烈な光で 俺に認識できたのは五本だけだったが、もっとあったかもしれない。 光った瞬間、強烈な音が、地鳴りが、うねりがあたりに巻き起こった。 空気は、地面は大きく振るえ、鳥や獣の全てがここから離れていくのが俺ですら判った。 これは…LoV…?こんな代物、アスムが掛かっていたとしても即死だ! 俺は振るえた。 あたりの振るえが収まるとセツナがまた、トーントーンと跳ねるのを再開した。 どれくらいの時間が過ぎたのだろう? 身体的疲労は置いておいても、精神的負担がかなりきつかった。 こんな狩りを、この3人は毎日繰り返していたのだろうか…? 恐らく長い時間が過ぎ、セツナが再び重い音を立てて矢を射った。 「トウガ!向こうに3匹だ!!」 その言葉を合図に、トウガとユキさんが矢の射られた方に走り出した。 セツナは跳ねるのをやめ、射られた先に弓を構えている。 しばらくすると剣のぶつかりあう音、炎の魔法の音が響いた。 たまにセツナも矢を射り、援護を入れているようだった。 最初に会ったときに言っていた視力30.0…まんざら嘘でもないようだ。 しばらくモンスターと戦っている音がした。 炎の赤と、何かの白い煌めきが暗い森に浮かぶ。煌めいているのは オーラブレード…なのだろうか、遠すぎて見えないが、きっと壮絶な威力なのだろう。 戦いの音が静まると、二人が小走りで戻ってきた。 「3匹倒した。でも、アイツじゃない。」 ユキさんがぼそっと言う。3人はまた最初の陣形に戻った。 俺は忘れないよう、この間に支援魔法を掛けなおした。 会話もない。お礼もない。…なにもない。 押し潰されるような緊張。正直、吐いてしまいそうなくらいの重圧だった。 永遠とも思える時間、そういえば時間は満月の位置で大体分かるな…と思い、ふと空を見上げる。 月はちょうど東と西の間にいた。大体深夜0時の頃だろう。 ふっと息を抜いた瞬間、セツナが叫んだ。 「きた!!アイツと、もう一匹!!」 矢を射るセツナ。 走り出すトウガとユキさんに、何とか支援魔法を掛ける。 さっきよりもセツナの矢を射る回数が多い。 アイツ…この狩りの、ターゲットなのだろう。 森の中から、また戦いの音が聞こえてきた。 セツナはそこに注意しつつも、他のところの気配も探っているようだった。 森の中で、大きな音がした。鮮やかな炎の矢が一点に降り注いでいる。 その音の余韻が消える頃、状況がひとつ進んだ。 「戻れえええええええええええええええ!!!!!!!」 セツナの大きな声。と同時に、俺の視界が90度横になった。 ───────え? 次の瞬間、鈍い衝撃が俺に掛かった。 「!?」 慌てて起き上がると、横に倒れていたセツナの背中に大きな斬り傷があった。 見る見る内に血が溢れてくる。 「あ…あ…、ひ…ヒール!!」 唱えた瞬間、緑色の光がセツナを包み傷を塞ぐ。 「はぁ、はぁ…さんきゅ…」 息を切らすセツナはすぐ立ち上がり、あたりに注意を払った。 俺がいなかったら昨晩のユキさんの二の舞になったところだが、 今のは俺をかばった…? 森からトウガが戻ってきた。 「まずい、また迅くなってやがる…。」 セツナはトウガに小声で言う。 ユキさんも森から戻ってきた。 俺は慌てて支援魔法を掛けなおす。 「…いた…トウガ、次は右前方だ…」 セツナはまた小声で言い、素早く矢を射った。 同時にトウガがその方向へ走り出した。 キィイイイイィイン!! まず最初に大きな、金属の擦れる音がした。 その後、尋常でない回数の金属音が響き渡る。 俺には遠目で、何と戦っているのかは未だに分からなかった。 ただ、モンスターも何らかの武器を使っているのはまず間違いないところだ。 セツナとユキさんは そのターゲットに遠からず近からずの距離で矢を射り、また魔法を落としていた。 恐らくは、牽制。 トウガと互角に切り結ぶ実力だとするならば、ここで足止めをできるのはトウガだけということになる。 また、大きな金属音がした。 宙に何か光るものが弾き飛ばされた。 トウガがモンスターと戦っていたところには、オーラブレードの煌めきが見えた。 相手の武器を弾き飛ばした…!? 俺がそう思った瞬間、セツナが叫んだ。 「まずい、来るぞ!!」 瞬間、地面から氷の壁が現れた。ユキさんがアイスウォールを唱えたのだ。 …が、その氷の壁の上を何かが飛び越えてきた。攻撃のターゲットを、トウガからこっちに変えた!? セツナはそれに向かい矢を射るが、そのモンスターは空中でさらにジャンプをし矢を難なくかわした。 見上げると、その何かはちょうど満月を背に、綺麗なシルエットを出した。 ───────? まばたきをすると、その姿は消えていた。 「ニーナ!後ろ!!」 セツナの声が響いた。 とっさに後ろを振り向くと─────そこには、人間がいた。 「!?」 突然みぞおちに重い衝撃が走った。 と同時に、俺の左右の地面に矢が突き刺さる。セツナの援護か──? なんとか前を向くと、さっき後ろに見た人間がいた。かすれる目で認識する…ローグだ! そのローグは懐から短剣を取り出し、俺一直線に向かってくる。 ダメだ…、そう諦めかけたとき、俺の目の前が急に暗くなった。 ユキさんが、間に、割り込んで、きた、のだ ば、バカー!!! ユキさんに振り上げられた短剣がその首に刺さる… なんというスローモーションだろう。 俺は無我夢中に唱えた。 「セイフティーウォール!!!!!」 瞬間、淡いピンク色の光がユキさんを包んだ。 ユキさんを襲った短剣は、虚しくも何も切り裂くことができなかった。 一瞬、驚いた顔で俺を振り合えるユキさん。 「サフラギウム!!」 俺が唱えた瞬間、光球がユキさんの間に生まれた。 「ユピテルサンダーー!!!」 バランスを崩しながら、それでも光球をローグに当てた。 電撃がはじける音が何度も響き、同時にあたりを激しく照らす。 ユキさんはそのまま、地面に倒れこんだ。 ユキさんの身体が視界からなくなると…全身黒こげになったローグと目が合った。 にやり、と笑った気がした。 直後、そのローグは幾本もの矢に貫かれ、 直後、白い煌めきと同時に、その身体を両断された。 俺たちは、勝ったのだ……。 風が吹いた。 本当は心地よい風なのだろうか? 俺の頭は、今、目の前で殺された、ローグの最期の表情でいっぱいになっていた。 目の前で、人が死んだ。俺の知っている人が、殺した。 その現実は、正直俺にはいまいち分からなかった。 人の命を絶つということの意味が、分からなかった。 とにかく、怖かった。 「すまん…」 ぼそっと言ったのは、セツナだった。 俺はセツナを見ることができなかった。 「……ニーナ…」 振り絞るようにかすかな、ユキさんの声がした。 彼女を見たとき、俺はどんな表情をしてしまうのだろうか? 「……私たちが倒したのは…何だったんですか……?」 俺はどうにか、ようやく声を出した。 「…何かの力で変貌した…人間…だ……。」 セツナの答えは、要領を得ない。 何かの力…? …ゲフェン郊外、ローグ…とくれば……BOT…なのだろうが……。 そう考えると、一瞬気が楽になった。ただ、その一瞬後には息絶える最期のローグの顔が 脳裏に蘇る。 「俺たちはそれぞれ、奴らを狩る理由がある。だが、国王も教会も騎士団も、どこも動いちゃくれない。 こいつらを見ようともせずに、ずっと逃げてやがる…」 そこまで言うと、セツナは夜空を見上げ、最後に振り絞るように付け加えた。 「…結局…俺らは…ただの人殺しだ……。」 その言葉に、俺はびくっとした。 ユキさんが力なく俺の腕を取ってくる。 「ごめんね、本当にごめんね、………ごめん…ねぇ……」 泣きじゃくるユキさんの声が、夜の空に静かに響いた。 -------------------- 2007/06/26 H.N