今日のメニューはお肉とおイモを塩バターで煮込んだものとブルスケッタ。 ファミレスみたいなメニューは存在しないらしく、日替わりメニューと定番料理が3種類ぐらいしかない。 いくらプロンテラとは言え場末の食堂はどこもそんなもんらしい。 この“にく”は両手に包丁持ってる物騒な肉商人から買ったものだとは思うけど、そもそも何の肉なのかがわからない。 ウルフのかもしれないし、ヘタするとごつミノやウータンファイターのかもしれない…うげ。 ブルスケッタに乗せてる赤い野菜も、トマト…だと思うけど実際はよくわからない。 農業とか畜産とか、ゲームに出てこないそのへんの第一次産業はどうなってるんだろうか。 ********** 「―――喰わねーの?」 向かいに座ったエッジが、考え込んで固まったあたしの皿のお肉をフォークで突き刺しながら問いかける。 「食べるわよ、食べるって!」 それ以上取られちゃたまらないからお皿を自分の方に引き寄せて叫び、そしてはっと周りの視線に気づいて付け加える。 「…ご主人様」 そのセリフに周囲の奇異の目が少し和らいだ。 あたし―――石倉ミサキ15歳、ピチピチのゲーオタ女子高生は、訳あって今目の前のナイトのペットをしている。 その訳は…聞かないで欲しい。 あたしだって、なんでペットの卵の中なんかに入ってたのかわからないのだ。 その卵を孵化させたのが目の前の男。 LUKだけが高いビンボーナイト。レベル74にしてホルンと今日は激戦を繰り広げてた。 元の世界に戻ろうにも手がかりはなく、あたし(の卵)を売ったという商人もいまだ見つからない。 オマケにエッジから離れようものなら、なぜか頑丈な首輪と鎖が出現して彼の手首に固定される始末。 ―――そういうワケであたしはアリスの衣装を着て、人前ではおとなしくペットをやっているのだ。 エッジはデビルチの卵を買ったと言うんだけど、実際のところ本当なのかはアヤシイ。 あたしもアリスとかソヒーならともかくデビルチは納得できん。うん。 「んで、明日はどうするの?」 「んー、クリスの奴が帰ってくれば一緒にもう少し稼げる所へ行くんだけど、一人だったら今日と同じかなぁ」 「また今日と同じ…」 ある程度答えは予想していたとは言え、げんなりと彼の言葉を繰り返してため息をつく。 体育の時間すらダルダルに過ごす女子高生に毎日ミョルニール登山は辛すぎる。 ―――生きていくのにお金が必要なのはわかるけど。 うん、それはこの三日でだいぶわかってきた。 宿になっているここの上階の部屋代が一日2000z。 ツイン4000zをそのクリスという友達のプリと折半しているらしい。 そして夕食はドリンク付き日替わり定食880z。ちなみに朝食は宿代に含まれてる。 お昼は食堂で600zのお弁当を冒険者価格400z、さらに長期滞在割引&サービスで300z。 つまり一日の出費はエッジ一人で何もしなくても3280z、あたしの食費も合わせると4460z。 あ、今日はデザート付けたから150zが二人前で合計4760z。 お湯もらって体拭くだけならタダだけど、お風呂行くなら一人200z。 カプラ使ってゲフェン行くなら1200z、赤ポ1コが50z。 オマケしてもらって5000zで収集品が売れたけど、それでも一日の生活費としたらギリギリなのだ。 ギリギリギリギリジンジン。ギブミー6万z。 あー、ゲームみたいにお金をメガ単位で持ってるのがフツーじゃなかったのね。 「何ヘコんだ顔してんだ?」 食後のデザートを食べ終えたエッジは首をかしげた。 「んー、なんか何するにもお金かかるなぁ、って」 「お前も大食らいだしなー」 ―――んぐっ プリンのようなプルプルした甘いデザートがつるんとそのまま喉の奥に入ってしまいあたしはむせた。 「…ペットはおとなしく白ポ飲んでた方がよかったですか?ご主人様ぁ?」 ちなみに白ポは1200z。 「あーハイハイ、普通に食べてくださいよ」 エッジは笑って席を立ち、カウンターにいる女主人に代金を払いに行く。 ペットと飼い主って関係だから当たり前なんだけど、こう毎日当たり前のように奢られるとなんだか申し訳ない。 「ミサキちゃん、これお古だけど持っていって」 女主人―――フレアさんが着やすそうなシャツとショートパンツを渡してくれた。 元冒険者だというフレアさんは、あたしが初めてここへ来た時から何かと目をかけてくれる。 子供が持てなかった代わりに若い冒険者の母親代わりをしているようで、 ボロボロのパジャマを洗濯してるあたしを見てひどく同情してくれた。 最初はいきなり高級ペットのアリスを連れ帰ったエッジを胡散臭いと言いたげな目で見てたけど エッジの人徳なのかあたし達が仲良さそうに見えるのか、今では何も詮索してこない。 「どうもありがとうございます、フレアさん」 ペコリと頭を下げて階段を上り始めたエッジに慌てて続く。 「ちょっと!あんまり離れないでよっ」 「あー、悪い。つい忘れちゃうんだよなー」 追いついて小声で文句を言うとエッジはアハハ、といつものノンキな笑い声をあげた。 いや、笑い事じゃないっつーの。 離れたら鎖に引っ張られるというのを忘れて、これまで何回痛い目を見たことか。 エッジは体も大きいし手首だからまだいい。 あたしはそのおかげで何度首を絞められすっ転んだことか… 「あーそうだ、エッジ!」 フレアさんに呼び止められてエッジは階段の途中で立ち止まった。 「クリスが帰ってきてるよ、あんたが戻ったら食事持ってきてくれって言われてたんだったよ」 「あ、はーい」 エッジはひょいひょいっと階段を二段抜かしで下りると厨房へ向かう。 二人の間に音もなく現れる鎖。 当然あたしは――― 「ちょっ……うきゃぁ!」 ドコドコドコッ 階段の角に派手な音を立ててぶつかりながら転げ落ちる。 食事客が階段の方を注目した時にはエッジとの距離は詰まっているから鎖は消えているわけで。 ヘッドドレスがすっ飛び、スカートに鉤裂きを作ったひどい格好のアリスが階段の下に倒れているだけだった。 ********** 「おー、クリス久しぶり。ちとヒールもらえるかー?」 部屋のドアを開けるなりエッジが言うとベッドが軋み、誰かが振り返る気配がした。 「―――んだよお前入ってくるなり……あ?」 文句を言いつつ振り返ったのは多分クリスだろう。 言葉が途中で止まったのは、多分あたしを見たせい…だと思う。 いや、今あたしクリスにお尻を向けた形でエッジの肩に担がれてるんでその表情とかはわかんないんだけどさ。 「あ、そうそう、メシ持ってきたぞー」 エッジはそう行ってクリスの前まで歩いていくとクルリと背中を向ける。 そうするとあたしがクリスと向かい合う形になるわけで。 「…あ、あの、お食事です」 「…ども…」 初対面のヒジョーに気まずい空気の中、あたしは落とさないように抱えていた料理のトレーをクリスに手渡した。 エッジはあたしを自分のベッドの上に降ろした。ちょうどクリスと向かい合うような形。 彼はトレーを持ったままあたしをポカーンとした表情で見つめている。 間抜けな表情をしていても、このクリスというプリーストは美形だった。 柔らかそうなキレイな金髪。必要最低限の筋肉のついた細身の体。青い瞳には男のくせに艶っぽい光。 どうせならこの人のペットがよかったなぁ… リアルにいたらもうジャニーズ入り間違いナシ。 あー、ジャニオタの友達が居たら鼻血吹いて喜びそう。 なになに、ステータスは… うーん・・・エッジの百倍はマシだけど、やっぱりSTRやらAGIにポイントが振ってある。 一応INT-DEXプリさんか。 「えー…もしかしてアリス?」 ジロジロと同じだけあたしを観察したクリスはいきなり半笑いになってエッジの方を見た。 あたしも彼をジロジロ見てたからとやかく言えないが、半笑いなのが引っかかる。 「ああ。名前はミサキ」 「―――ミサキ」 まだ半笑いのまま今度はあたしに向かって名前を復唱する。 コクン、と頷くとクリスはトレーをひっくり返さんばかりの勢いで笑い出した。 「ちょっ…まじアリスって…なんでお前…ペットか?これお前のペットなのか?」 うわー、この笑い方ゲームだったら絶対語尾に“www”がついてるよ! 「―――そうだけど」 ちょっとムッとしたようにエッジが答えると、クリスはトレーをナイトテーブルに置くのももどかしく ベッドに突っ伏して笑い転げた。 「だっておま…前から欲しかったって…一目惚れしたペットって…」 バンバン枕を叩いて大笑いするクリスに、エッジが慌てて弁解する。 「あ、違う、違うって!」 「うはっ…お前のことだろうから…てっきり子デザかなんかだと…!」 「だから違うって!オレはデビルチが欲しくて!」 まだヒーヒー言いながら涙を拭い、クリスはヒラヒラと手を振った。 「はいはい、いいよいいよそういう事にしとくから」 エッジは反論を諦め、うーっと小さく呻きクシャクシャと髪をかきあげた。 ―――まぁ、こういうやりとりは初めてじゃない。 知り合いに会うたびエッジは多かれ少なかれあたしの事でからかわれてきた。 よっぽど彼がアリスをペットにする事が意外なようで。 そういう見せ掛けの金持ちステータスに興味がないキャラらしいってのと ペットとは言え女性と一緒というのが意外だと思われるキャラだってのが薄々わかってきていた。 “ちっこい悪魔”と疫病神呼ばわりしながらも嫌な顔せずあたしの面倒を見てくれてるし、 かと言って不必要に女扱いもしない。 なんていうか、見ず知らずの男なのに、なぜか隣にいて居心地がいいんだよね。 三日付き合ってみてあたしもエッジの自然体で単純なキャラが結構好きになっていた。 あ、好きって言っても人としてって事だからね。 初日の不意打ちの笑顔にドキッとしたり、女扱いして欲しいかと冗談言われて赤面したりしたけど あれはホントそういうシチュエーションに免疫なかっただけなのだ。 ホントにホント。 だって奴はさっき階段から落ちたあたしをいきなり肩に担ぎ上げたんだよ? 普通はさ、お姫様抱っことか?そういうの期待するじゃない。 肩に担ぐほうが楽なのはわかるけど、もっとこうお約束ってもんがあるじゃない。 ……? ………あれ? 否定すればするほど不自然になるような気がしてきた。 と、とにかく仕方なしの運命共同体ってぐらいにしか思ってないのだ、エッジの事は。 「…って、ヒールって?」 笑いつかれたクリスがお腹をさすりながら聞いた。 「ああ、こいつの足。さっき階段から転げ落ちてさ」 「ん、どれどれ…」 クリスはあたしの足元にしゃがみこんだ。う、なんか美形に傅かれるとキンチョーするなぁ… 「痛っ…!」 その手がくるぶしに触れた瞬間体に電流が走った。 「ありゃ、結構派手にやったなぁ。…でもさ、ペットにヒールって効いたっけ?」 クリスの言葉にエッジとあたしは顔を見合わせる。 「うー、多分こいつには効く、と思う…」 モゴモゴと言うエッジを訝しげに見てから、クリスは一瞬真面目な顔になった。 「―――ヒール!」 その瞬間、あたしの足に暖かな圧力がかかった。 触られた感触とも、風圧とも違う密度の高い流れるような滑らかな感触。 あたしの皮膚とクリスの手のひらの間に、ゆらゆらと砂糖水のような濃密な光が生まれる。 それが体の奥に溶けて消えた時、あたしの足はもう動かせるまでに回復していた。 「ありがとう…ございます」 初めての体験に素直にお礼を言う。 「へーホントに効くんだな」 「あー、人間型だしな。そういうもんなんじゃないかね」 苦し紛れのエッジの言葉に、クリスは納得したように頷いた。 「そう言われてみると人間にしか見えないなぁ」 クリスはまじまじとあたしの目を覗き込み、腕や髪に触る。 「前にムナック連れてる人見たことあったんだけどさ、顔は真っ白で目もどんよりしてたんだよな」 ぺたぺたぺた。 「なんつーの?一目で“あ、人間じゃない”ってわかる感じ」 さわさわさわ。 「でもこのアリス―――ミサキだっけ?見た目普通の女の子みたいだけどなー」 両手であたしの頬を挟み、ムギューっと引っ張る。 「美人メイドさんってのには程遠いけど…まぁペットとしては愛嬌のある顔ではあるか」 クリスはスカートの鉤裂きに気がつき、そのまま自然に捲ろうとした。 「な、な…」 あまりの自然さに反応が一瞬遅れたあたしがスカートを押さえる前にエッジの手がクリスの頭を叩いた。 「―――お前なぁ…オレのペットにまで手を出すなよ」 「いやー中どうなってるかと思って」 「同じだ、同じ」 呆れたように言ったエッジの言葉をクリスもあたしも聞き逃さなかった。 「…見たのか?」 「…見たの!?」 クリスとあたしの声がハモった。思わず顔を見合わせる。 「み…見たんですか、ご主人様」 慌てて言い直したがクリスは思いっきり不審顔だ。 「エッジ、やっぱりこいつ…」 「ア…アリスだぞ、オレのペット!」 エッジの言葉を無視したクリスはあたしの方に向き直り、いきなり額を強く押した。 「…へ?」 そのままベッドに倒れたあたしに、クリスの影が覆いかぶさってくる―――! ********** ぜー、ぜー、ぜー… 荒い息をしながらあたしは乱れた髪と服を力なく調える。 クリスにされた仕打ちに体に力が入らない。 「クリス…お前って奴は…」 エッジは突然の出来事に呆然とするだけで助けに入れなかった。 「…な、どう見てもペットじゃないんだが」 説明してもらおうか、とクリスは至って真面目な顔で腕を組んだ。 「―――な、何が“ペットじゃないんだが”だーっ!」 あたしはクリスの背中を思い切りドツいて叫んだ。 まだ腹筋が痺れて力が入らない。頬の筋肉もまだ引き攣ったままだった。 クリスは思わず素が出たあたしの方を見る。 「ほーら、ペットがこんな感情的か?それにさっきのバカ笑いはどーよ?」 ―――そうなのだ。 ベッドに倒れたあたしに馬乗りになり、クリスはあたしをくすぐったのだ。 あたしはペットのふりも忘れ鼻水出るまでバカ笑いし、ギブ、ギブと叫んでいた。 全くなんちゅー手を使う奴だ。 エッジは困ったような顔であたしを見て、仕方ないと言うように大きく頷いた。 うん、まーいつかはボロが出るとは思ってたけど。 「話せば長いし、信じてもらえないと思うけど…実は、な」 長丁場になる事を覚悟して、エッジはクリスに卵からあたしが飛び出てきた所から語り始めた。 ********** 「うわ、なんじゃこれ」 話を聞いても半信半疑のクリスに、仕方なしにあたし達は鎖を出して見せた。 部屋の中じゃできないから宿屋の裏庭に出てきている。 クリスはホーリーライトや私物のファイヤーボールのスクロールで攻撃してくれたけど 鎖は傷ひとつ付かなかった。 「な?」 エッジは肩をすくめ、あたしはため息をついた。 魔法でならもしかして、と思ったけどやっぱりそれもムリだと思い知ったからだった。 「…それでどうするつもりなんだ、お前ら?」 「卵売った商人をどうにかして探すしかない、かな」 彼の問いかけにエッジは答えた。クリスは頷く。 「ミサキちゃんは?」 「あたしは―――そりゃ元の世界に返りたいよ。どうすればいいかわかんないけど」 あたしの答えにクリスはまた頷いた。 「そういや、よくわかんないけど他の世界から来たって言ったよね」 「うん。アマツに似た世界だけどもっと機械のある世界」 「そこで俺らの世界とソックリのゲームをやってた、だよね」 さすが、INTがあるだけクリスの理解はエッジより早かった。 「うん。あたしはこの“ラグナロク”の世界をテーマにしたゲームをやってた。 だからゲームの中に入ってきちゃったと思ってるんだけど…」 ―――思ってたんだけど。 エッジや他の人と触れ合うにつれて、あまりにリアルなこの世界がゲームだとは思えなくなってきていた。 だとしたら、ここは一体… 「なんか考えあるのか?クリス」 「んー、どうやって戻るかとかはわからないけどさ。ミサキちゃんの言うゲームが この世界と本当に関係があるかどうかはわかるかも」 クリスはアッサリと言ってのけた。 あたしとエッジが三日考えても手がかりすらつかめなかったのに。 「ミサキちゃん…ゲームで何やってた?」 「何…って?」 「この世界で何をやってた?ってこと。まさかペットじゃないよね」 ニヤッと笑ったクリスにあたしは軽く唇を尖らせた。 「んなワケないでしょー!クリスなんかより全然優秀なプリよ」 そう言ってあたしは忘れてた重要なことにやっと気づいた。 あたしは―――! 燃えるような赤い髪に真紅の服。INT-DEXの究極の後衛支援プリ。 ギルドではGvの参謀役。 ハイプリースト、レベル96。 「あたしは…ギルド『レッド・ハウンズ』のハイプリ…」 それを聞いて二人は目を見開いた。 そうだ、これがゲームなら“あたし”がこの世界にいるはずだ。 「あたしの名前は…『キサ』…」 “あたし”ならきっと協力してくれるはず。 「『キサ』を探して…!」