…………こういう場合にはどう言えばいいんだったかな、と一瞬だけ現実逃避をする。  まあ勿論当然の事ではあるのだけれど、現実逃避は現実逃避。それで状況が好転する訳でもなく、 目の前にはじとーっとした半開きの瞳でこれみよがしに大きなため息をつきながら肩を落としている ハイプリーストの男性が立っていた。  そして、椅子の上に座っている私の前には物を精錬するための金敷き――私には良く分からないの だけれど、色から見てこれはエンペリウムで出来ているのだろうか――と、装備を叩くための大きな 金槌。そして金槌の下には真っ二つに割れてどう見ても使い物にならなくなったバックラーが置かれ ている。  「クホホホ・・・だ、だから言ったろう?」  こんな感じでよかっただろうか?  一体何度聞いたか――まあ、実際に聞いたわけではないし、『クホった』という一言で済ませてた のだけれども――数えたくも覚えていたくも無いこの表現。ラグナロクをプレイした人であれば怒り や憤りと共に思い出すこの言葉。でも、正確な単語は……覚えていないなぁ。  それにしても、何でホルグレン?  いやまあ。確かに本当の自分には女としての魅力も、女の子としての魅力も自分で言ってて悲しく なるけど、あんまり無いけどさぁ。  でもさ、男でもいいけどせめてプレイヤーキャラにしようよ。それが無理ならカプラさんとか牛乳 売りとか花売りとかさ!  NPCで男キャラで。それでよりにもよって何で……ホルグレン?  そんなに私男っぽい?  「ま、お疲れさん。今度はちゃんと頼むよ?」  ああ、引きつってる引きつってる。口元がひくひくと痙攣してるよ。ま、当然だろうけどね。  怒りたいんだろうけど私を怒らせたらもう精錬してもらえなくなるかもしれないしなぁ。こっちに 弱みがあるからさすがにそれは無理なんだろうけどさ。  私はゲーム内でWSをやっていたからギルメンと一緒に精錬して失敗したらハンマーフォールを連打 してたけど……それは相手が何の反応もしないNPCの場合であって、ホルグレンが普通の人だったら今 みたいにご機嫌をとってたかもしれないね。誰がなんと言おうと精錬をするのがホルグレンであり、 しかもそのホルグレンが人間であるとなれば気分によって精錬の成功率変わりそうだしさ。人間の神 秘的パワー……なんちゃって。  「また来てくれよな〜」  影のある後姿に向かってそう声を投げかけて私はふう、とため息をついた。彼の気持ちは痛いほど 良く分かる。落ち込むのも当然だと思うわけなのよね、苦労して苦労して手に入れたアイテムを壊さ れたら。しかもあのバックラー今ちょっと見てみたらスロット……どころか、タラフロッグカード刺 さってるし。  ……って、カードはずせるじゃない。  マジで?  やっぱりホルグレンは横領を……って、あらら、絵柄が消えちゃった。やっぱりもう使えないのか ぁ。まあ当然といえば当然なんだろうけどね。  えーっと。まあ今壊してしまった装備のことはおいておいて。そこ、棚に上げるとか言わない!  何で私がホルグレンになったのかという事は……何か理由があったような気がするんだけど、思い 出せないなぁ。って、また次のお客さんくるし!  ああもうなんでこんなに忙しいのよ! 他の町に行けばいいじゃない。モロクとかフェイヨンとかさぁ。  「すいません、このセイントローブをお願いしたいんですが……どうしました?」  ウホッ、いい男……じゃ無くて!    うーん、カッコいい。今度はハイプリーストじゃなくてプリーストだけど、こっちの勝ち。こんだ けカッコよければ沢山貢がれてるんだろうなぁ……とか思っちゃう私は汚れてる、うん。    「悪いな、ちょっと考え事をしていたんだ。で、精錬するものはこれだけでいいのか?」  「はい。申し訳ないんですがとりあえず安全圏だけでお願いしたいのですが」  「なんだそうか。それならば……そうだな、三十分ぐらい待ってくれれば終わると思うぞ」  「そうですか、分かりました。それでは少し露天を回ってきますので、一時間ぐらいしたらまたこ こに来ますね」  「分かった。金とエルニウムは前払いだが、良いか?」  「ええ。お願いしますね」  そう言ってプリーストが私に4個のエルニウムと80000zを手渡してくる。  指細いなぁ、肌白いなぁ。今の私は言うに及ばずもともとの私と比べても、というか比べる事すら おこがましいほどに魅力的。すこしなよなよした感じもあるけど、それもまたいいなぁ。  そんな私の気持ちが表情に出ていたのか、彼が不思議そうな顔をしたので慌てて私は顔を元に戻し た。戻ったかどうかなんて分からないし自分の顔がどんな風になっていたかなんて分からないんだけ ど。    彼が少し重そうに持っていたそれを私は軽々と持ち上げる。ぺこりと頭を下げた彼がドアの外まで 出て行ったのを見届けてから立ち上がり、入り口の扉の所に『仕事中』の札を下げる。  現実的に考えて、いくつもの品物を同時に精錬するなんて不可能だ。ゲーム中であれば、『精錬を する』という処理をサーバー上でして、その成功確立に従って品物が出来たり出来なかったり。  ああ、そうか。だからすぐに客が来るのね。精錬をして貰いたい人が仕事中って書いてある札を見 て少ししてからまた来る。  確かに私の居た鯖では精錬をしたい人が沢山いたわねえ。多いときには同時に4〜5人が叩いてた りとか。  大体防具を+1するのに5〜10分ぐらいかかるから……ここがゲームの中みたいに大量にエルと かオリとか産出しているんだったら、いつか大量の防具と大量のエルニウムを押し付けられる日が来 るのかもしれないわよね。その時はどうすればいいんだろう。  っと、考えてる暇なんてないわよ。せっかく失敗する可能性の無い安全圏精錬頼まれたんだから今 度はちゃんとしなくっちゃ。  カンカンカン   カンカンカン   カンカンカン   カンカンカン   カンカンカン  ……はっ  あ、あぶなあっ。  無心でやってたらいつの間にか+5になってたわ。    服の前を見て、後ろを見て、もう一度前を見て。  壊れてない事を確かめて私は安堵の息を吐いた。  安全圏までって頼まれたのに失敗したなんて伝えられるわけ無いじゃないのよ。スロットは……と 、付いてないのね。カードを刺さないんだったらスロットがついてようが付いてなかようが関係ない んだけどさ。  次から連続精錬する時には余分なエルニウムは持たないようにしよう、本当に……。  取りあえず終わったという事で玄関の扉に付いている札を『精錬可』に変えようとしたその時、今 度はノービスの女の子が私に向かってぺこりと頭を下げてきた。    「す、すいません。コレを1回だけ精錬お願いできますか?」  「ちょっと見せてくれるか?」  そうして手にとって見るとそれはナイフだった。それも未精錬の。    「これでいいのか? Lv1武器なら他にもマインゴーシュとかがあるが」  「えっと……買うお金ないので」  あら、ちょっと無神経だったかな。赤くなって俯いちゃった。  過剰精錬を頼んでくる人も居ればこんな超初心者と呼ばれそうな子も居る。  まさか、BOTは居ないわよねぇ。そんなのが精錬所に来る筈が無いってのは分かってるんだけど。  でもナイフを精錬するのとマインゴーシュを買うのとどっちが安いんだったかな。  「そうか。じゃあ精錬費とプラコンを貰えるか?」    その言葉に女の子は微かに首を傾げた。  「あの、プラコンって何ですか?」  「精錬をするために必要な物なんだが、持って居ないのか?」  「えっと、その、すいません。精錬にそんな物が必要だとは知らなくって。それはどこで手に入れ られるんでしょうか?」    慌てて手を振って知らなかったと表現する女の子の事を眺めながら、その質問を少し考える。  プラコン。プラコン。プラコンねえ……ペコ卵とか蟻卵とか?  反撃してこないモンスだしペコ卵はcが美味しいから叩いて貰ってもいい気がするけど。  でもなぁ、どんなステータスかは知らないけど未精錬ナイフで叩くんじゃ一体どれだけ時間がかか ることやら。  結論から言っちゃうと買った方が早いよね。  「モンスターを狩っても手に入るが店でも買えるぞ?」  「え、あ、えっと。その……おかね、無いんで。出してくれるモンスターを教えてもらえれば自分 で手に入れてきます」  うわ、可愛いっ!  抱きしめたいぐらい可愛いっ!  私の体が元々なら同姓だし勢いですむかもしれないけど、今の私はゴツい男性。ついでに言うと抱 きしめたら簡単に大人の人間の背骨でもへし折ってしまえる程力があるわけで。  やっぱそんな事したら犯罪だよねぇ。法律が無くても、道徳的に。  「あの、教えてもらうのにもお金……かかってしまいます?」  「それは無料で構わないが。ああ、少し待っていろ」  そう言って私は部屋の中に入って行き、ごそごそと押入れの中を漁る。それにしても妙に整理整頓 されてるなぁ。私の部屋よりも綺麗なんじゃないのかしら。あ、あったこれこれ。  それを手に取って私は外へと向かった。扉を開けると女の子は困惑した表情のまま同じ場所に立っ ていた。  「ほら、とりあえずコレを貸してやる」  そう言ってぽん、と彼女の胸の辺りに短剣を押し付けた。  鞘に納まったままのそれを彼女は不思議そうに眺めて居たのだけれど、少ししてから私の方に向か って「開けてもいいですか?」と聞いてきた。そんな事まで聞かなくても良いのにね。  「ああ。構わんぞ」  「ありがとうございます……うわぁ」  それは光り輝いている短剣だった。  と言ってもその短剣自体が光り輝いている訳ではなく、太陽の光を反射して光り輝いていた。   その武器の詳細をゲームとして見ると多分こう書いてあるのだろう。    (+10 ホルグレンの超強いマインゴーシュ)  と言ってもこの世界ではどうやら銘を入れる事は出来る事は出来るものの武器の詳細は見ただけで は判断出来ない様で、女の子は単純にすごい物だとしか分からなかったらしく、「うわぁ」とか「へ ぇー」だとか、感嘆の声を上げているだけだった。  「どうだ、気に入ったか?」  その声ではっと我に返ったようで、彼女は慌てて私の方を見て頭を下げた。  「あ、ありがとうございますっ!」  「別に構わん。そんなに高いものでも……」  と、そこまで言いかけたところではたと気が付く。  マインゴーシュすら買えない人にとってこの武器はどれほどの価値を持つのだろう、と。   +10超マインは今ならいくらぐらいだろう。安くとも100kは下回らないのではないだろうか。  Lv1武器を+1するのにかかるのはプラコン200Zenyと精錬費500Zenyで700Zeny。だとす ると、あの超マインはその1300倍以上になるのよね。  「じゃあ頼みがある。聞いてくれるか?」  「はい。私が出来る事であれば……」  神妙な顔で頷く少女の頭を私はぽんぽん、と二回だけ叩いた。笑顔を作ったつもりだけれども、凄 みのある笑顔になってる気もしなくはないかなぁ。  「また精錬に来てくれ。それを返しに着てくれる時にで構わん。まあ、その時はもっと高い物を精 錬しようとしてくれると助かるんだがな」  「は、はいっ。頑張ります!」  「ははは。楽しみにしてるぞ」  「ありがとうございます」  何度も何度も頭を下げながら少女が段々遠くへと去ってゆく。後ろを向きすぎて人にぶつかられて 転がってしまったのは(相手が運悪く騎士だった)ご愛嬌というところだろうか。  その後姿を眺めていると先ほど私に精錬を頼んだプリーストがゆっくりと私の所へと向かってくる のが見えてにやけようとした顔を私は慌てて引き締めなおした。私はホモとか好きじゃないのよね。  「お疲れ様です。お待たせしてしまいましたか?」  「ああ。ちょっとした手違いで+5になってしまったが、構わないか?」  「+5ですか。ありがとうございます。でもあいにく今手持ちのエルニウムが無くて……」  「気にするな、こちらのミスだ。精錬費用もエルニウムもいらん」  「そういう訳にもいきませんよ」  「じゃあそうだな。次に来た時に持ってきてくれればいい。他の場所で精錬をしようとしたりなん かせずに……な」  「わかりました。それでは次もここで精錬をさせて頂きましょう」  「じゃあすこし待っていろ」  そう言って私は再び室内へと入り、金敷きの上に置いてあった服を持ち上げた。  それにしても不思議だ。エルニウムは結構重いのにそれを加工すると重量に変化が無い。一体どう なっているんだろう?  「ほら、これでいいか?」  「ありがとうございます。申し訳ないんですが、今日はこれからまた狩りにいかなくてはいけない のでこれで失礼させて頂きますね」  「ん、ああ。向こうで手を振っているのがそうか?」  「はい」  ん、少し顔が赤くなったかな?  視線の先には露出の多いハイウィザード。うわ、すごい胸。わたしもあんなにあればなぁ。  彼女が居るのも当然だよね、これだけカッコいいんだもん。  「それでは、これで」  「ああ。また来てくれよ」  「必ず」  軽く一礼して彼は足早に彼女?の方へ向かって行ったが、ずっとそれをみているわけにもいかない ので私は背を向ける。  ふん、悔しくなんてないもんっ。  私は身の程を知ってるんだから………はぁ。自分で言ってて悲しくなってきた。  それにしてもさぁ。いつになったら私は元の私に戻れるのよ。  まさかとは思うけど、こっちの私が本当の私で『本当』の私だと思ってた私は全部夢の中の出来事 だなんて言わないよねぇ。                                          続く?