にやりと笑った、ローグの最期が焼きついて離れない。 あれから 俺たちはプロンテラの宿屋に戻った。 宿に入り、それぞれの部屋に別れるまで 誰も何も喋らなかった。 俺は部屋に入るとそのままベッドに横になり、仰向けに寝たまま呆けていた。 しかし、浮かんでくるのはローグの最期と戦いの意味。 ユキさんたちがどうのこうのの前に、その現実の壁に直面していた。 そして、俺の存在理由。 俺がいなければ、今頃 勝利の喜びをみんなで分かち合っていたのだろうか? それとも、やはり空虚な気持ちで満たされることになったのだろうか? ……そもそも俺は、あの場に必要だったのか? 俺がいなければ、セツナは致命傷を受けることはなかったはずだ。 俺がいなければ、ユキさんはローグの凶刃に狙われることはなかったはずだ。 俺はとんだ足手まといだったのだろうか? ……そんな考えを振り払う為に頭をぶんぶんと振る。 いや、俺はユキさんたちの要請で狩りに参加した。そして、勝った。 俺がいないときは負けていた。もちろん3人の力がなければ負けていただろうが、 少なくとも俺の力も少しは役に立っていたはずだ。 全ての記憶の断片を自分の良いように良いように当てはめていく。 ユキさんたちのことを考えれば、俺はあの狩りに参加してよかったはずだ!! 俺の存在理由があった…自分にそう思い込ませたとき、頭に現れたのはやはりあの笑いだった。 俺は外に出た。 眠れないし、無理に目を閉じていてもあの笑いが浮かんでくる。 外は少し寒かった。 満月は西に傾いており、東の空は若干夜の気配が薄らいでいた。 人なんか誰もいない…そう思ってふらふらと歩いていたが、少し先の建物の二階で 人影が動いているのに気が付いた。 「…こんばんわー、何してますの?」 通りから見上げ、静かな声でその人影に声を掛けてみた。 「ん…?ああ、月の写真を撮っているのさ…。」 写真?そのまま視線を建物の入り口に移すと、一昨日ユキさんと立ち寄った写真屋だった。 「あ、すいません…そういえば昨日写真受け取りに行けませんで…。」 昨日はユキさんの看病をし、夕方まで睡眠を取り、そして狩りへ…というやたら 変則的な一日だったので、仕方ないと言えば仕方ない。 「ああ、あのときのお嬢さんか…。こんな遅い時間に一人は危ないよ…。」 そう言いながら心配そうに二階からこちらを見下ろす。 「あはは、そうですね…。」 小さく言い、踵を返す俺に写真屋の主人がまた声を掛けてきた。 「ついでだから、写真、持っていくかね?」 そう言って写真屋の主人は家にひっこんだが、しばらくすると一階の灯りが付いた。 「ふぅ、お待たせ。同じ写真が二枚だったね。」 茶色の四角い封筒から写真を覗かせて俺に見せてくれる。 そこにはユキさんと俺が写っていた。 そのときは、こんな時が訪れるとは思っていなかった俺。 ユキさんは、きっとこうなることを知っていたのだろう。 そう考えると 何故か涙が出てきた。 「お…どうしたんだい…?」 写真屋の主人は優しく俺の背中をさすってくれた。 東の空が白み始めると、鳥のさえずりが聞こえ始めた。 商人や冒険者のような人影が見えては消える。 そしてまた時間をおき、見えては消える…まだまだ街は目を覚ましていないといったところだ。 俺の泊まっていた宿からも早朝の出立だろうか、冒険者の姿が見えた。 その人影を確認し、俺はその冒険者たちに立ちはだかった。 「おはようございます!!」 「ぶww」 俺の元気な挨拶にまず反応したのはトウガだった。 「ど、どうしたのニーナ…こんな早くに…?」 ユキさんはトウガの影にびくびくと隠れている。 「それはこっちの台詞です!!こんな朝早くからどこに行くんですか!?」 俺の言葉の後に続いた沈黙を破ったのは、セツナだった。 「ニーナすまん、俺たちもう出かけるから…。」 俺の横を静かに通り過ぎるセツナ。 一呼吸置き、ユキさんとトウガも俺の横を静かに通り過ぎていった。 決別──…そんな単語が浮かんできた。 瞬間、俺の目からまた、やたらと涙が出てきた。 3人の足音が俺から遠ざかっていく。このまま別れればもう永遠に会えない、そんな感じがした。 俺は振り向き、無意識のうちに叫んだ。 「…バカヤローっ!!!」 朝の静寂に響いた怒号に、さすがの3人も振り向いた。 涙を振り払いながら、俺はセツナに走って詰め寄った。一発どん、と胸を殴る。 「ちょっと待てよ!これでお別れなのかよ!?たった何日かだったけど、俺ら一緒に 過ごしただろ!?色々あったけどさ、最後がこれって……!」 セツナの胸倉を両手でつかんだところで、俺の勢いは失速した。 「…あんまり…じゃない……?」 それまでの勢いが嘘のように、最後の台詞は弱々しかった。 力は抜け、そのままセツナの身体に身を預ける形になった。 「…確かに怖いよ、すごい怖いよ…!でも……あんたらは俺と会ったときと何も変わっていない…。 もっと…ずっと、いたい……よ…」 やたら涙が溢れてくる。正直、こんなに泣けたのは初めてだ。 しばらく涙をこらえようとしていると、セツナが俺の背中をぽんぽんと叩いた。 「…すまんかった……」 ぼそりとセツナが謝る。 「……でもなぁ、やっぱり俺ら、ニーナといられないと思うんだ…。プリーストとはそもそも 命の価値観の差って、大きな壁がある…。」 セツナの手が、俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。 その台詞を聞いて、俺は腕に力を入れ、セツナとの距離を取った。 「……分かってる、分かってるけど…」 俺とユキさんたちの壁はもう無くならないのだろうか? 少なくとも今すぐに無くなるとは思えない。そう考えた俺は、精一杯明るく振舞い、…別れることを決意した。 「…でも、何も言わないで いなくなるのだけは…やめてくれませんか…?」 「ニーナ…」 心配そうに俺を見つめるユキさん。 一旦腕で涙を拭い、無理して明るく言った。 「…あ、ユキさん!さっき写真屋さん行って、もらってきましたよ〜、えへへ♪」 いつもユキさんが笑っていたように、俺はにまーっと笑い、写真の入った封筒を手渡した。 ユキさんはそれを驚いて受け取ったが、次の瞬間には涙をぽろぽろこぼしてしきりに頷いていた。 「セツナさん、さっきは取り乱してごめんなさい!」 明るく手を合わせて謝った。 「ああ、うん…。」 セツナは頭をぼりぼりと掻き、顔を赤くしてからもごもごと何か口にした。 「ごめん…あの、うん…惚れた…ぜ…。」 ようやく聞こえた突然の台詞に驚いたが、それもいたずらっぽく返す。 「それは告白ですかぁ〜?にやにや」 そう言うと更に顔を赤らめるセツナ。 「トウガさん!」 「ん?ww」 シリアスになるにつれ、このラインの掛け合いはなくなったなぁと思いつつ最後の言葉を掛ける。 「ww」 俺は右手を握り親指を立て、トウガの方に突き出した。 「ww」 トウガも同じくして拳を出した。軽く小突きあい、二人のwwを確認した。 「それではみなさん!」 俺は3人を前にして身を翻した。 「みなさんの旅のお祈りをさせて頂きますね!」 そう言うと、3人は一瞬きょとんとし、お互い顔を見合わせてから静かに笑った。 「ん…あの、俺ら、どうせ神様なんかに見捨てられてるぜ…?」 へへっと言うセツナ。ユキさんとトウガも目を合わせ、うんうんと頷く。 「大丈夫です、頑張ってる人は絶対、何かの神様が見守ってるはずです!」 言う俺に、ユキさんが目を擦りながら嬉しそうに大きく頷いた。 「それでは、みなさんの末永き旅に、名も無き神様のご加護のあらんことをー…」 -------------------- 2007/06/26 H.N