部屋はがらんとしていた。 「なんだこれ…本当に住んでいたのか…?」 ベッドの上には毛布が一枚、きれいにたたまれていた。 小さなタンスが一つだけ部屋の隅にあり、その上には写真たてが伏せて置かれていた。 タンスの中には下着やパジャマなどの、最低限の衣類がきれいに入っていた。 クローゼットを開けてみると、ハイプリの衣装が一着だけ吊られていた。きっとスペアだろう。 他には何も無かった。 「生活感、全然無い部屋だなぁ…。」 言いながらベッドに腰を下ろす。 引っ越した先で何も荷物が届いていない…そんな状況を思わせる部屋だった。 しばらくぼーっとしてから、俺はタンスの上に置かれた写真たてに目をやった。 伏せられているので 何の写真が入っているのかは分からない。 もしかしたら何も入っていないのかもしれないし、風景の写真でも入っているのかもしれない。 しかしこの部屋にあるものと言えば、最低限の家具衣類と特に生活に必要無い写真たてだけ。 この部屋はこの写真たての為にある…そんな非現実的な恐怖を感じてしまうのも無理はないだろう。 もしくは、この写真を見ることで 何かの歯車が回り始めてしまう…そんな思いがあったのかもしれない。 10分後、俺は意を決して写真たての写真を見てみることにした。 触れた途端、鼓動が早くなるのが自分で分かった。 写真たてを手に取り、恐る恐る写真を覗いてみる。…そこにはハイプリが二人、写っていた。 「…はぁ〜〜…」 その瞬間 俺は深い息をついた。それまでの恐怖がみるみる内に消えていった。 「なんだ、心霊写真だったらどうしようかと思った…。」 それまでの恐怖を茶化すように苦笑した後、俺はもう一回その写真を良く見た。 静かに微笑む女の子と、明るく元気に笑う女の子、二人ともハイプリだ。 前者は既によく見た顔、ニーナ。 毎日見ている顔だったが、写真に写る彼女は今まで見たことのない表情で微笑んでいた。 「可愛いなぁ…。」 ぼそっと言う。こんな娘が元の俺の近くにいたら、正直絶対惚れていると思う。 しばらく眺めていたが、ふと これは一種のナルシストでは…と思い、慌てて視線を横に移した。 そこには明るく元気に笑うハイプリが写っている。正直、この娘も可愛いい。 写真たてを立てて置き、俺はベッドに戻った。 ニーナとこの娘とはどんな関係なんだろう? そう考えながらベッドに仰向けになると、睡魔が一気に襲ってきた。 目が覚めると夕方だった。 ユキさんの看病のときもそうだったが 徹夜明けに眠ると、どうにも夕方までぐっすり寝てしまうようだ。 「あー、今日はもう何もできないかなぁ…。」 窓から少し身を乗り出して外を眺めてみる。 遠くに見える時計塔も、街も、路地も全てがオレンジ色に染まっていた。 「うわ〜、きれいだなぁ…。」 俺はしばらくぽかーんとその風景を見とれていた。 「クリスさん!」 横からの呼びかけに振り向くと、オレンジ色のケミ子(仮)さんが窓から身を乗り出して俺を見ていた。 「夕方ですけど、おはようございまーす!」 手を振っていたので俺も手を振り返した。 「よく眠れました?」 俺の言葉に軽く頷くケミ子(仮)さん。 「でも明日も納品あるんで、今夜も製薬なんですぅ…。」 途端に沈みケミ子(仮)さん。 「大変ですね、今日も支援しましょうか?」 仕事入れすぎ…とは思いつつも支援の申し出をしてみる。 「あ、できればで構いませんが助かります!えへへ、実は今日、他にも応援がいるんですよ!」 申し訳なさそうに明るく言うケミ子(仮)さん。 何をするにも時間が中途半端だったので、夕食を取った後にお邪魔することにした。 夕食はなんとなく一人で外に出てみた。川辺のレストランでパスタなど頼んでみる。 待っている間、そういえばお財布の中身も寂しくなってきたので そろそろ何とかしないなぁと 考え始める。自炊すれば少しは安く済むだろうが、そもそもお金を稼ぐ必要があった。 狩りをしなくても何か仕事はあるだろうが、まとまったお金を稼ぐならやはりレア狙いだろうか。 「明日、臨時でも行ってみようかなぁ…。」 運ばれたパスタをもくもくと頬張りながら、ぼけーっと夕食を済ませる。 俺はその足でケミ子(仮)さんの部屋に向かった。 「はい、いらっしゃいませ〜♪」 ケミ子(仮)さんが明るく迎えてくれる。 「こんばんは、今日も支援しますよ〜♪」 軽くガッツポーズを取る俺。 奥を覗くと、民族衣装のようなものを着た女の子が座っていた。 「あ、こちらスーさんです!ちょくちょくお世話になってるんですよ〜。」 まずケミ子(仮)さんが俺に紹介してくれる。 「こんばんわ、よろしくお願いします…。」 物静か…というよりは、どこか不思議な雰囲気を醸し出すソウルリンカーの女の子だった。 「こちらはクリスさん!色々とお世話になってるんですよ〜。」 続けて俺の紹介をしてくれる。なかなか状況が分かり難い紹介ではあるが良しとしよう。 「こちらこそ、よろしくお願いしますー。」 俺は軽く会釈をした。 「じゃ、お二方!支援をお願いします!!」 製薬道具を前に並べてケミ子(仮)さんが力を入れる。 「ブレス!速度増加!グロリア〜♪」 俺は昨日と同じ支援を掛けた。 「ソウルリンク…」 スーさんは目を閉じて静かにつぶやいた。 両手が突如光りを放ち始める。 "光っている光"ではなく、"純粋な光"…説明し難いが、そんな光だった。 「伝説の求道者よ、この者にその力をー…」 言いながらその手に溢れた光をケミ子(仮)さんにかざす。ケミ子(仮)さんは不思議な光で包まれた。 「ありがとうございます!頑張ります!!」 そう言いながらケミ子(仮)さんは猛スピードで製薬を始めた。 昨晩のスピードも凄かったが、今回のスピードは更に上を行っていた。 その手際の良さにひたすら関心して目を奪われていたが、俺はふと何かの視線を感じた。 振り返り その先を見てみると、スーさんがじっと俺の顔を覗いているようだ…ったが、 目が合った瞬間そらしてしまった。 またしばらくケミ子(仮)さんの製薬を見ていると、スーさんが小声で話し掛けてきた。 「あの…私そろそろ失礼しますね…。」 最後にもう一回 魂を掛けた後、スーさんは物音を立てないように静かに帰っていった。 俺は手を振って軽く挨拶したが、ケミ子(仮)さんはそれに気付かず一心不乱に 製薬に勤しんでいた。 「よーし、明日の分終わりました!!」 ぱーっと明るい顔をして振り返るケミ子(仮)さん。 だが支援をくれた一人の姿が無いことに今更気付く。 「あ、あれ?スーさんは…おトイレ?」 きょろきょろと見回すケミ子(仮)さん。 「あの、結構前に帰られましたよ?」 俺が言うとバックに「ガーン!」と出しながら驚いていた。 新たなスキルだろうか…と少し関心した。 時計を見ると、夜の11時になる頃。 「では私も戻りますね、何かあったら呼んで下さいな。」 俺も少し眠くなったので部屋に戻ることにした。 「あうぅ、本当、毎日すいませんです…。」 ケミ子さん(仮)は申し訳なく言う。 「あ、そうだ。明日はまた製薬します?」 そう言えばと思い、念の為 確認してみる。 「いえ、2、3日は平気…なはずです!…うん、納品も余裕のお昼ですね!」 ケミ子(仮)さんはカレンダーを見て一人頷いた。 「明日はちょっと臨時でも行こうかなと。どこか狩りに行ってると思いますのでー。」 それを聞いて、再度カレンダーを慌てて確認するケミ子(仮)さん。 腕を組んでしばらく何かを考え始めた。 「……うん、きっと…大丈夫です!!」 最後に出たのがこの台詞。 俺がくるまで、よくやっていられたなぁ…と、正直思ってしまった。 ケミ子(仮)さんの部屋を後にし、自分の部屋のドアの前に立つ。 やはり何か抵抗がある…そう思いながら鍵を開けて中に入る。 そこはやはりがらんとした部屋だった。 先ほど立てて置いた写真たてに目をやるが、変わらぬ笑顔で二人の女の子が写っている。 何とも言えない雰囲気がこの部屋にはあった。 とりあえず俺は明日の為に さっさと眠ることにした。 -------------------- 2007/07/02 H.N