「バッシュ!!」 PCの中の自分のキャラクターが掛け声とともに剣を振り降ろす。 そして敵が動かなくなり半透明になるとともに、天使のエフェクトがあたりに広がった。 「おめっとさん」 「ありりん」 そんな軽いやりとりの後。またすぐさま知り合いのプリーストは次の獲物を定めて杖で殴る。 2Dのキャラクターが画面の中を動き回る。そんなMMORPG『ラグナロク』の世界。 自分のキャラクターといえば、色がちょっとくすんだ剣士。いわゆる転生剣士。I>VのGXパラディン志望だ。 相手にしているのは主に大口蛙と銃奇兵。場所はアマツ2F。 ある程度ゲームを知っている人なら予想は付くかもしれないが、プリーストに壁をしてもらってる最中なのだ。 HPの割りに経験値(特にJOB経験値)が高い大口蛙。MAPの広さの割りに多い敵の数。 そして交通の便が悪いからか、ゴールデンタイムでも人が少ないことから、穴場の良育成場所である。 「転生とはいえ、さすが1次職。よぅあがるわなぁ」 「っても、転職までは長いんだよな。あんまり考えたくないわ」 狩場としてはかなり余裕があることもあり、とりとめの無い会話をしながらも育成は順調に続いていた。 しばらく仮を続けていたがあるとき、プリーストが頭上にビックリマークを出した。 「っと、わりぃ。明日の仕事に影響出そうだから、今日はここらへんでいいか?」 「あー。もう2時か……早いもんだなぁ。あぁ、うん。こちらこそ悪いねこんなことにつき合わせちゃって」 「はははは、なぁに。後々のゴスペルのことを考えれば、こんなことたいしたこと無いぜw」 「ゴスペル取るの大変なんだけどなぁ」 「まぁまぁ、期待してるってことで。ところで、プロなら出すけど、どうする?」 手持ちのアイテムを見て、少し考えてみた。 ここの敵は一部を除いてそこまで攻撃力が高くは無い。 攻撃力高い奴は数が少ないので、ハエで逃げ回ればどうにでもなることを考えると…… 回復剤とかもあるからしばらくはソロでもなんとかやっていけそうである 「まだ餅も白ぽも結構あるから。もうちょっとここでソロしてみるさね」 「うぃうぃwんじゃ、またなー」 そういうとプリーストはポータルの光の柱に消えていった。 「さってと、じゃぁ。もう一頑張りしますかね」 誰に対してでもなくそうつぶやくと手近な蛙に対して殴りかかった。 が――。 「……眠い」 一人になったとたん急激に眠気が襲って着てしまった。 考えてみたらもう2時過ぎである。明日は休みとはいえ、もう寝てても良い時間だ。 結局、眠気に勝てずに一人になって30分もしないうちに寝ることに決めた。 「あっと、戻るか――蝶の羽は、と」 アイテム欄を見てみるものの、この時点でようやく蝶の羽を忘れたことに気づく。 死に戻るのもめんどくさくなってきたので、とりあえず今日はアマツ2Fの入り口でログアウトして眠ることにした。 転生直後のスタートダッシュで頑張った疲れもあるせいか、ベッドに吸い込まれるように眠りに落ちていく――                       *  *  * チーチチチチチ。 虫の鳴き声と、体の節々に感じた微妙な痛みとで、眠りの世界から引きずり降ろされることになった。 あたりはまだ薄暗いらしく、眠気も全然抜け切れてなかった。 「うーん、今何時なんだ・・・」 普段枕元においてある置時計をつかもうと、頭上に腕を伸ばす。 ――が、そこには何も無く、腕はむなしく空を切った。 「んー?」 時計は倒れて動いてしまったのだろうか? 体を起こすのも億劫なので頭上で手をわしゃわしゃとうごかして時計を探す。 そして、その指先に当たった予想外な感触に、思わず飛び起きることになってしまった。 それは、ひんやりとした水の感触だった。 「わひゃぁ?!」 なんとも間抜けな声を出してしまう。 なんでベッドの周りに水が……寝てから雨でも吹き込んだのかな? そんな現実的に考えは、周囲の様子が目に入ってくるうちに吹き飛んでしまった。 確かに薄暗かった。だけど、まだ夜が明けていないわけではなさそうだった。 ベッドの上だと思っていたが、何故か今は砂の上にいるらしい。 ところどころに生えている草。そして、葉の上には水滴がいくつも付いている。 「ちょ……あれ??……ぇ?」 何が起きているのかはさっぱりわからなかったが、ここが部屋の中ではないことは確かだった。 「一体何が起こった……んだ?」 心の底から湧き出たそのつぶやきは、聞くものも無く、薄暗い闇の中へと吸い込まれていった――。