主神オーディンを信仰するルーンミッドガッツ王国。 女神フレイヤを盲目的に信仰するアルナベルツ教国。 日は明けて、俺は観光に残ったことを少し後悔した。 多分ゲームで訪れていたのならそんなこともないのだろうが、 何かにつけてフレイヤ様フレイヤ様という彼らを目の当たりにして 俺は正直疲れてしまっていた。 ついでに視線も微妙に痛かったのは気のせいだろうか。 ただ、人と話さずに色々と街をまわるのは楽しかった。 特に街の奥にある神殿は厳かな雰囲気であり 圧倒的な存在を醸し出していたが、 神殿の扉がロックされてしまったとかで入ることができなかったのが残念だ。 ゲームだったら何かのクエストだったのかなぁとそこは諦めることにしたが、 いつ頃復旧するのか他人事ながらに気にはなった。 「さて、一通りまわったから帰ろうかな…。」 そう言いながら俺はアルデバラン行きのポタを出す。 出してから少し考え、折角なので飛行船でイズルードまで帰ることにした。 正直 観光とは言っても一人で一泊して散歩しただけだったので、もう少し "旅"の感じが欲しかったのだ。 そんなわけで飛行船3回目─。 離陸するとラヘルの街並みがどんどんと遠ざかっていった。 今までは飛行船の行く先ばかり眺めていたので、景色が雲の隙間に消えていく 後ろを眺めるのが新鮮だった。 さて、これからどうするかなぁ…。俺は飛行船のへりに身をもたげ、ふと考えた。 とりあえず昨日の臨時PTで、幾らかのお金は手に入ったので、また当分は問題無さそうだ。 「でもこれじゃぁ、目標の無いフリーターみたいな感じだしなぁ…。」 空を眺め一人つぶやく。 そう、俺には目標が何も無い。 この世界に来てからというもの、色々と巻き込まれたりして時間だけが過ぎてしまったが 今は自分の好きなだけ時間が持てている。 着替えのときなどはまだ少しドキっとすることはあるが、さすがにこの身体にもなれて きたところだ。 俺たちはそれぞれ、奴らを狩る理由がある───… ふっと、あの夜のセツナの台詞が頭をよぎった。 今となっては何が理由なのかは分からないが、あの3人には旅の目的が明確にあり、 そこだけを考えると少し羨ましくなった。 しばらくぼーっと過ごしたが、無性に焦燥感に駆られ、ポタでアルデバランに戻ることにした。 「あ、クリスさん、お帰りなさーい!!」 時計塔から少し離れた居住地区の路地、そこが俺のアルデバラン行きポタの行き先だった。 上を見上げると、ケミ子(仮)さんが3階の部屋から嬉しそうに手を振っていた。 まわりを見ると、やはり道行く人は彼女に何事かという目をやっていた。 初めてここに来たときは無視しちゃったんだよなぁ…と思い出し笑いをしたが、 今回は思いっきり挨拶を返してみた。 「ただいま!!」 俺も彼女にあわせて手をぶんぶんと振った。道行く人は一瞬驚いてこちらを振り返ったが、 やれやれ…といった表情を浮かべて通り過ぎていった。 そのままケミ子(仮)さんの部屋によってみると、彼女は製薬中だった。 「お、やってますね、支援します〜。」 俺は問答無用で支援魔法を掛ける。 「ありがとうございます!今日は何とかなりそうですけどね、えへへ〜。」 そう言いながらちょこまかと製薬に勤しむケミ子(仮)さん。 「…ケミ子さんって何か目標あります?」 しばらくの沈黙の後、なんとなくぼそっと聞いてみた。 「……え、あ、はい!?目標ですか?えっと、私はですね〜。」 急に話しかけられて驚いた様子だったが、ケミ子(仮)さんは一旦手を止めて俺を見た。 「伝説の錬金術師になりたいんです!」 満面の笑みで言う。 「伝説の…?」 予想していなかった答えに思わず聞き返す俺。 「クリスさん、ソウルリンカーの魂スキル知ってますよね?」 そういうケミ子(仮)さんにうんうんと頷く俺。先日この部屋でアルケミストの魂を見たばかりだ。 「どの職にもやはり達人というか、その職の限界を破るような才能があるんですよね。 私、そういうのにとってもとっても憧れるんです。」 ケミ子(仮)さんはうっとりと言った。 魂スキルは設定上、先達の特殊な力を一時的に借りるスキルだ。 ということはつまり、その先達は自らその力を使えたことになる。 「へ〜、じゃぁきっと、すごいスキル考えてるんでしょうね〜。」 少し呆けながら言うと、ケミ子(仮)さんは静かに首を横に振った。 「そんな簡単なものじゃないですよ、きっと。どうしていいか分からないから、 今はとりあえずめちゃくちゃ仕事入れてあがいているだけです♪」 そう言いながら彼女は製薬の作業に戻った。 「なるほど、羨ましいなぁ…。」 彼女を見てふとつぶやく。目標があり、それに必死に向かっていく姿が眩しかった。 しばらくまた沈黙があった後、俺は支援の掛けなおしをした。 そのタイミングで、今度はケミ子(仮)さんが声を掛けてきた。 「クリスさん、ちょっと元気が戻ったみたいで良かったです♪」 こちらは振り向かず、彼女は作業しながら言う。 「え、そうかな?」 確かにここに来たときは色々思い悩むことがあったが、昨日の臨時で少しは 気分転換できたのかもしれない。 「はい♪記憶喪失なんかになっちゃったから不安なんだとは思うんですけどね、 ちょっと安心しました。」 その台詞に、記憶喪失という設定を思い出す俺。正直忘れてた。 「ん〜、前の私ってどんな感じだったのかなぁ…?」 「ふふふ、それも何かおかしな質問ですね〜w」 ケミ子(仮)さんはくすくすと笑い、言葉を続けた。 「そうですね、物静かで、信仰深くて、とっても優しくて…もう憧れてましたね! しっかりしてたし、お嫁にもらいたいNo1って感じでした♪お料理も得意で〜…」 ひたすらにニーナの良いところを挙げるケミ子(仮)さん。 「〜……でも、実は私も3ヶ月前に知り合ったばかりなんですよ。」 彼女は最後に、少し寂しそうに付け加えた。 「え、あれ、私最近ここに引っ越してきた…?」 そう言う俺に彼女はコクンと頷いた。 「聖堂の仕事で引っ越してきたって言ってましたよ。そう言えば記憶喪失になってから 聖堂へは行ってみたんですか?クリスさん知ってる人多そうですけど…。」 ケミ子(仮)さんの質問。 確かに俺も、そこに行けば何か手掛かりがあるとは何回か思ったのだが、何故か行きたくなかった。 逆に全てが分かってしまう…そんな気がしたからかもしれない。 そう考えていると ケミ子(仮)さんが慌てて話題を変えてきた。 「そうそう、クリスさんのネームホルダー!あれ、私が作ったって言いましたよね?」 確かに以前、そう言っていた。 「クリスさんが引っ越してきたとき、うちの部屋に挨拶に来てくれてですね。 そこでネームホルダー欲しいって話になりまして、雑貨屋さんの場所教えたんですよー。」 懐かしむ目で語る彼女。 「その後廊下でばったり会いまして、お店に無かった、困った〜って聞いたんで 徹夜で作ったんですよあれ、えへへ。でもちょっと失敗がありまして…。」 ぽりぽりと頭を掻くケミ子(仮)さん。 「失敗?」 「名前、ニーナって彫ったじゃないですか。でも本当はクリスティアが良かったって…w でもでも、受け取ってくれて、ちゃんと使ってくれてたんで嬉しかったです…。」 言葉の最後、少し元気が無くなった…?そう思ってケミ子(仮)さんの顔を改めて見ると、 彼女はうっすら涙を浮かべていた。 「……うぅ…ぐすっ。クリスさん…記憶、戻ると…いいですね……。」 涙を何回も拭きながら一生懸命俺を見ようとしたが、どうにも収まりが付かないようだった。 「…ありがとう。」 俺はそう言って、ケミ子(仮)さんを撫でることしかできなかった。 その後ケミ子(仮)さんが泣き止んだところで部屋に戻ることにした。 ドアを開けると、床に何か落ちるのが見えた。 「うん…?」 拾ったそれは、一通の封筒だった。 中を見ると便箋が折りたたまれて入っていた。…手紙のようだ。 ベッドに向かいながら封筒の表裏を見たが 何も書いていなかった。 「なんだろ…?」 封筒の中身、便箋を広げてみると、綺麗な字でこう書かれていた。 "今度二人でお話しませんか?プロンテラ南口の外れにいつもおります。" 「???」 俺の反応も仕方ないだろう。 …差出人が分からないのだから。 -------------------- 2007/07/14 H.N