臨時広場は今日も盛況だ。 ありとあらゆる職が集まり それぞれがPTを探したり露店を立てていたりする。 俺はその様子を輪の外から眺めながら、ふらふらと歩き回った。 「南口の外れって漠然と言われてもなぁ…。」 一晩考えた挙句 手紙に書かれていたプロンテラ南口に来たのはいいが、 正直 場所も特定できないし、当然 差出人も分かるわけなかった。 「あ、そこのハイプリさん!」 後ろから声を掛けられ振り向くと、男の騎士が立っていた。 「一緒に古城でも行かない?」 臨時の誘いか。手紙を主を探さなければならないので丁重に断った。 「Hey!そこの彼女ぉ!!」 後ろから声を掛けられ振り向くと、男のWIZが立っていた。 「廃屋でデートしようぜ!」 デートの誘いか。手紙を主を探さなければならないので丁重に断った。 「お姉様!!」 後ろから声を掛けられ振り向くと、男のアコライトが立っていた。 「私をいたぶって下さい><」 「ホーリーライト!」 …おっと、一瞬で終わることだからつい対応してしまった…。 アコライトを近くの木陰に引きずって俺はその場を離れた。 「う〜ん、よくよく考えれば毎日ずっといるわけもないかなぁ?」 小一時間ほどうろうろしたところで諦めムードの俺。 とりあえず臨時広場から少し離れたところのベンチに腰を掛けて伸びをした。 天気は快晴。折角の良い天気、どこか遠出でもしたくなってくる。 「あら、クリスさん…?」 ふっと横から声を掛けられた。見ると、先日ケミ子(仮)さんの部屋で会った ソウルリンカーの女の子、スーさんだった。 「あ、スーさんこんにちはー。今日は臨時ですか?」 俺が聞くと、彼女は静かに笑った。 「えっと…はい、そんな感じですね?」 そう言いながら俺の横に座る。 「私もどこか行こうかなって思ってたところですけど、どこか行きません?」 顔見知りがいた方がやはり気楽かと思ったので、誘ってみる。 「あ、はい、よろこんで…。でも私、大人数苦手なので…二人でどこか行きませんか?」 彼女は少しおどおどしながら言った。 確かに積極的な娘には見えない。人見知りをする人なのだろうか。 「いいですよ、どこに行きましょう?」 二人でも特に問題はない。むしろこの娘とゆっくり話せそうだったのでそのまま 希望場所を聞いてみた。 「えーっと…フェイヨンダンジョンでもどうですか…?」 やはりおどおどという彼女。 天気は快晴。何故陰気なフェイヨンダンジョン…。 そうは思ったが、とりあえずそこに行くことにした。 「じゃ、ここで狩りましょうか。」 フェイヨンダンジョン地下3階につくと、スーさんが言った。 「あれ、地下5階とかじゃないんですか?」 ゲームでは地下3階は通り道くらいにしか使ったことがなかったので少し驚いた。 「あの、すいません、私弱いので地下5階とか無理なんです…。」 おどおど。 「なるほど、じゃぁここで狩りましょう。」 狩れないんじゃ仕方ない。地下5階に目的があるわけでもないので俺は了解した。 今回の狩りは初のペア。 ペア相手が後衛なので タゲを取る必要もあるかと思い、カプラ倉庫に入っていた ロングメイスを持参してみた。 「じゃ、適当にタゲ取るんでその間に倒しちゃって下さい。」 取らなくても大丈夫そうだけど、とりあえずそんな流れで。 少し奥に移動すると、顔色の悪い中華風の女の子がぴょんぴょん跳ねていた。 ムナック…なのは分かるが、実際見てみるとやはり普通にアンデッドなので気持ち悪い。 ムナックは俺たちに気付くと ぴょんぴょんと向かってきた。 とりあえず俺はメイスをムナックに打ち込む。 ムナックはそれを両手で受け止めて体重を掛けてきた。 「うわ、結構力強い…。」 もともとこの身体は非力なので こういう展開には無理がある。 「スーさん、攻撃お願い…。」 ムナックを受け止めながら後ろを見ると、スーさんは丁度詠唱を終えたところのようだった。 「はっ!!!」 これまでのおどおどした口調が嘘のように、スーさんは大きな掛け声と共に 両手から発せられていた光をムナックにかざした。 瞬間、ムナックの身体は小刻みにガクガクと震え、その場に崩れ落ちる。 「お…す、すごいですね!…えーと、エスマ…かな?」 ソウルリンカーの攻撃と言えば、一撃必殺のスキル、エスマ。 理屈は分からないがやはり強かった。 「ふぅ…この技、ちょっと疲れるんで休んで良いですか…?」 そのまま座り込むスーさん。 いや一匹でこれじゃ、先が思いやられる…そうは思いつつも俺も横に座る。 「弱くてすいません…、でもここ、一回きてみたかったんです…。」 またも おどおどと言う。 「いえ気にしないで下さい。今日はスーさんとお話できればって感じでしたので。」 とりあえず彼女を安心させるように笑顔で話しかけた。 「あ、ありがとうございます…。」 スーさんは顔を少し赤らめ、視線を遠くに移した。 少し休んでは移動して狩り、少し休んでは移動して狩り…と繰り返す。 2時間ほどしたところで水場に出た。 水場をぐるっと回り込んだところにムナックの姿が見える。 「ムナック発見〜。次、あそこまで行きましょう。」 俺はスーさんの前を歩く。 「あ…クリスさん……」 スーさんが呼び止める。 「ん?」 後ろを振り向くと、スーさんがあわあわと挙動不審にしていた。 「あの、あれ…、逃げて……」 スーさんは水場の奥を指差した。 「…?」 奥に何か巨大な植物が見えた。目を凝らして見ると、ウネウネと動いている。 その瞬間、突如俺の足が強く引っ張られた。 「うわ!?」 背中に強い衝撃を受けたが何とか身を起こす。右足首に太く半透明な何かが 巻き付いていた。 「こ、これは…っ!!」 触手だった。すると水場に見えている植物はヒドラなのだろう。 俺はそっちの趣味は無かったが、しかし実際見てみると新鮮なものだ。 とか冷静に思ってたら、もう2本ほど触手が水場から伸びてきた。 既に絡み付いている右足に、その2本も絡み付いてきた。 ヒヤっとした、ぬめぬめとした感触が足を伝う。背筋をおかしな感覚が走った。 「…ひゃふっ!?」 …その感覚におかしな声を出してしまい、俺は猛烈に恥ずかしくなった……。 「す、スーさん助けて…!」 必死の思いでスーさんと見ると、彼女は顔を赤らめてぼーっとしていた。 視線が合うと彼女はようやく我に返り、エスマを打ち込んでくれた。 「ご、ごめんなさい…っ!」 右足から触手を外し終え、彼女は何回も謝った。 大事無かったので問題は無かったのだが、俺もさすがに場の気まずさがあり 少しふてくされた感じになってしまう。 あのまま放っておかれたら あんなことやこんなことになったかもしれなかったが、 しかし何か素直に喜べない自分がいた。 「…まぁ、はい…。あっち側の狩ったら戻りましょう…早くシャワー浴びたいので…。」 俺の様子を見てまたもやおどおどするスーさん。 分かってはいるんだけど、俺も聖人じゃないので機嫌悪くなるときだってある。 奥に進むと、最後の最後でまた後悔することになった。 ムナックとボンゴンが合わせて10匹近くいたのだ。いわゆるモンスターハウス。 スーさんは急ぎ詠唱を始めたが エスマは所詮単体魔法、こういう局面には不向きだ。 俺はボンゴンの攻撃をメイスで受け止め、反対側からきたムナックを蹴飛ばして距離を取る。 そういえばこいつら、ヒール効くんだよな…そう思った瞬間、メイスの向こうのボンゴンが エスマを受け、小刻みに震えてその場に崩れ落ちた。 「ヒール!!」 俺は蹴飛ばしたムナックに魔法を唱えた。するとムナックはビクンと激しく痙攣をして 糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。 「わ、すごい、一撃ですか…?」 スーさんが後ろで驚いた。俺も驚いた。 ゲームだと確か2発いたよなぁと思ったが、この世界もゲームとは結構違うので そんなもんかと思うことにする。 「いけそうですね!スーさんは引き続き右側から倒していって下さい!」 俺はそう叫び、後ろから続くムナックとボンゴンをメイスであしらう。 数分の格闘の末、全て倒すことに成功した。 肩で息を切らせながら俺はアルデバラン行きのポタを開く。 スーさんはよろよろとポタに入っていき、俺もそれに続いた。 アルデバラン、いつもの路地にたどり着く。 何か静かだなぁと上を見上げると、そういえばケミ子(仮)さんが出てきていないことに 気が付いた。ポタの光で毎回反応するのも凄いとは思っていたが、反応が無いのも少し 寂しいものだ。 「今日はありがとうございましたっ!」 スーさんが顔を真っ赤にして言った。 「いえ、こちらこそ…。」 言いながら、さっきの出来事が頭を横切った。やっぱり何か引っかかる。 「……クリスさん…部屋戻りますよね?少しお邪魔して良いですか…?」 スーさんはまたもおどおどと言ってくる。 「え、あ…はい、少し休んでいって下さい。」 そう言い、俺の部屋に行くことにした。 とりあえずシャワーを浴びる。 この世界はシャワーなどは完全に普及してるわけでもなかったが、アルデバランは 水が豊富なので部屋には標準装備されていた。 「はぁ、気持ち良かった〜♪」 頭をタオルで拭きながら部屋に戻ると、スーさんが外を眺めてぼーっとしていた。 夕焼けの見える時間だ。 「この部屋、夕焼け綺麗ですよねー。…隣の部屋も同じですけど。」 そう言いながら俺はベッドに腰を掛けた。 スーさんが静かに俺を見た。 「クリスさん、今日は色々とすいませんでした…。」 もう何回謝られたことだろう。 「いえ、もう大丈夫ですよ、シャワーも浴びましたし!」 足のぬめぬめが取れた時点で、俺の機嫌は直っていた。 その後少し不思議な沈黙があった。 ふっとスーさんは立ち上がり、ベッドに座っていた俺の横に腰を掛けた。 「あの、すいません…。」 スーさんはまた謝る。 「いえ、だからもう大丈夫ですってば…。」 俺はまたそう言う。 「あの、手紙…見て、あそこ来たんですよね…?すいません、あの手紙、私…出したんです。」 下をうつむきながらもじもじと言うスーさん。 「あ、そうだったんですか…?それなら名前くらい書いておいてくれたら…。」 そこまで言ったところで、俺と彼女の目が合った。 お互い、じっとそのまま見詰め合う。 少し時間がまた流れ、俺の胸に何か触れるものがあった。 スーさんの右手だった。 「この前…隣の部屋で見たときからクリスさんのことが気になってたんです…。」 スーさんはそう言うと俺をベッドに押し倒してきた。 「え、あの…?」 女の子に押し倒されるとは…っ! 胸に触れているスーさんの右手に、俺の鼓動が伝わっていくのが分かる。 彼女はそのまま、押し倒した俺の胸に耳をあてた。 俺のドキドキはどうにも収まらなかった。予想外の展開に、どう反応して良いのか分からなかった。 永遠とも思える時間が流れた後、スーさんはようやく顔を上げた。 「あ、あの…スーさん…?こういうことは…あの……」 俺がどうしようもなく照れ笑いをしながら彼女を見ると、彼女は予想外に静かな眼差しで俺を見ていた。 そして言った。 「……クリスさん─…?いえ…あなたは一体……誰?」 その瞬間、俺の背筋は凍った。 -------------------- 2007/07/16 H.N