プロンテラ大聖堂。 ゲームでは何度も訪れたことのある場所。 この世界に来てからは初めて来る場所。 大聖堂の周りにはアコやプリが大勢いた。その中に交じってハイプリの姿も少しある。 ナイトやクルセイダーの姿も散見され、たまにノービスとすれ違うこともあった。 建物の作りは荘厳であり、張り詰めた静かな空気が流れていた─…。 「うわぁ、緊張する…。」 圧倒された俺はぼそっと漏らす。 数日前、ケミ子(仮)さんの部屋でニーナを助けることを決意した俺。 ニーナを助ける…ということはつまり、簡単に言うと "ニーナがこの身体に戻り、俺は元の世界に戻る"ということに他ならない。 俺がニーナの身体にいる状態でニーナがこの身体に戻った場合、スーさんが言うには 恐らく問題があるという。 今はニーナの魂側に硬い壁があって問題は無いらしいが、その壁が無くなってしまった場合 魂を分けるものが無くなり、最悪 人格の統合なども出てくるという話だ。 人格の統合とは…多重人格者の人格が一つにまとまり、どちらかの人格が消えたり、 両方の人格が一つとして残ったりする…と、以前見たテレビの特番でやっていた。 スーさんの話を聞く限り、それとほぼ同じようなことだった。 まさか俺がその当事者になろうとは…と、正直怖くなった。俺が、消えるかもしれない。 スーさんには色々相談に乗ってもらったが ニーナのようなケースはやはり初めてのようで、 念の為 何か情報がないかソウルリンカーの知り合いにあたってくれると約束をしてくれた。 俺は俺で 心当たりを当たろうと思ったが、そもそも心当たりというものが無かった。 一応ジュノーの図書館で本を探すのを頑張ってみたが、有用な本は無かった。 ジュノーに行ったついでに、ユミルの書も読みに行ってみた。 転生という、魂と身体に最も関係しそうな奇跡を起こすものなのだから、何かしらのことが 分かるかもしれないという安易な期待があった。 …しかしユミルの書は俺から見れば単なる古ぼけた書物なだけで、一向に行き先を示してくれなかった。 そして今に至る。 何故大聖堂を後回しにしたのか?と聞かれば即答できないのだが、どうしてもここには なるべく来たくなかった…と言わざるを得ないほど、その理由がなかった。 「……さて、来たはいいけど、まずどうしようかな…。」 とりあえず大きな門をくぐって中に入る。 ゲームでは数部屋しかない建物だが、この世界の大聖堂は作りがかなり複雑だ。 入り口付近に受付のようなカウンターが見えたので、まずはそこに行ってみることにした。 「あのー、すいません。」 カウンターにいた修道女さんに声を掛けてみた。 「…はい、どうしましたか?」 にっこりと静かに微笑む修道女さん。 「…えーと。」 普通はここで用件を言うのだろうが、言える用件が無かった。 「うーんと…。」 考えても出るはずがない。 「……?」 修道女さんの笑顔に若干困った感じが出てきた。 「…ああ、そうそう!神父様にご挨拶をしにっ!!」 そういえばゲームでは、入って左側の部屋の神父に挨拶できたよなと思い、とっさにそう言ってみた。 「…そうですか、きっと喜んで頂けるでしょう。今日こちらにいるか、確認しますね。 誰にお会いに…?」 修道女さんはそう言いながらカウンター内の資料に目を向ける。 残念ながら俺にはそれが見えなかった。 そして残念ながら神父の名前なんて一人も覚えていなかった。 「えぇっと…。」 またしても言葉に詰まる俺。 「…あの?」 さすがに修道女さんも訝しげだ。 「…申し訳ありませんが、身分証の提示をお願いしても良いですか?」 訝しげな修道女さんはそんなことを言ってきた。 確かにハイプリの衣装を着れば誰でもハイプリに見えるわけで、実際中の人が何者かなんて 格好だけでは判断できない。修道女さんの対応は至極もっともなものだった。 とりあえず財布の中にカードの身分証があったのを思い出した。 元の世界の自動車の普通免許みたいな感じのカードだ。 「えぇっと、これで良いですか…?」 恐る恐る修道女さんに出すと、訝しげな雰囲気が無くなっていった。 「はい、結構です。…あら、所属が書いてありませんね…?この数字は何かしら…。」 ニーナの身分証をまじまじと見つめる修道女さん。 少し考えた後、カウンターから少し離れた別の修道女さんに聞きに行ってしまった。 「あれ…まさか、偽物フラグ…?」 向こうの方で修道女さんが二人で何か話していた。 しばらくすると小走りで二人戻ってきた。 「申し訳ございません、特務の方ですね。ビスカス神父から伺っております。」 そう切り出したのは少し離れたところにいた修道女さんだった。 「…え、あ、はい?」 ビスカス神父なんていたっけかなぁ…そう思いながらおかしな返事をする。 「本日はビスカス神父にご挨拶に?」 身分証を俺に手渡しながらそう聞かれ、思わず首でうんと頷いてしまう。 「それではこちらへ。すぐお呼びしますわ。」 そう言いながら大聖堂の中の一室に案内してくれた。 通された部屋も、これぞ聖堂…といった雰囲気の部屋だった。 高価そうな調度品が並び、手入れもきちんとされている。 俺の座っているソファーもふかふかでいい感じだ。 緊張しながら待っていると、がちゃりと扉が開いた。 開けられた扉の向こうには六十台くらいの風貌をした神父が立っていた。 「こ、こんにちは!」 俺はソファーから立ち上がり、ふかぶかと一礼した。 顔を上げると、神父は俺をきょとんと見ていた。 「…?うん、元気そうで何より…。」 静かにそう言うと、神父は俺の前のソファーに腰を掛けた。 神父はしばらく黙っていたが、俺が緊張して何も話さないのにしびれを切らして 話しかけてきた。 「…思ったより元気そうじゃないか。」 神父はテーブルに出されたコップの水を一口含む。 「はい、おかげさまで!…神父はいかがですか?」 俺が返事をすると、神父はまたもやきょとんと俺を見た。 「…あ、ああ、うん、私は変わりないよ…。」 神父は落ち着かず、視線をきょろきょろと動かしていた。 しばらく難しい顔をしていたが、深呼吸を一回して切り出してきた。 「クリス、何が望みだ…?」 真剣な顔の神父。 「え?」 俺は意味もわからなく素で返す。 「何か目的があって、私に会いに来たのだろう…?」 真剣、というか、これはもう睨んでいる。 「え、あのー…。」 ニーナ、何やったんだよ…そう思いながら俺は話を続けることが不可能に思え、 記憶喪失で片付けることにした。 「数週間前に記憶喪失になってしまいまして…(*ノ▽ノ)」 どうにか照れながら言う俺。若干演技込み。 それを聞いて神父はまたきょとんとする。 俺は照れ笑いを続けたが、その声だけが部屋に響いていた。 「ふふふ、はっはっはは!そうか、記憶喪失か!!」 神父は突然大声を挙げた。 「そうだよなぁ、うんうん。そうでも無ければ私に会いに来ないなぁ…っと、失礼…。」 咳払いで自分の失言を取り消そうとする神父。 まさかこの神父が何かニーナと関係ある…?そう思いながら未だに照れ笑いな俺。 しかしこうまで簡単に信じるとは…俺は何がなんだか分からなかった。 「うん、丁度良い。クリスには任務に戻ってもらいたいが、どうだろう?」 神父は随分と機嫌がよくなった。 「あの、すいません…私、何かやっちゃったんでしょうか…?」 恐る恐る聞く俺に、神父は笑顔で答えた。 「いや、不問にするから気にしないでくれ。多分、思い出さない方がお互いの為だからな…。」 そう言いながら神父は指を鳴らす。部屋の扉の側にいた修道女さんが扉を開けた。 「丁度今、特務の全員が戻っていたところなのだよ。 久しぶりの再開…いや、初めてになるのかな?はははっ。」 神父の言葉を聞いてから 開けられた扉に目をやると、6人の冒険者か入ってくるのが見えた。 「クリスが戻ってきてくれたぞ。信じがたいが、記憶喪失ということだ。 前の任務に戻ってもらおうと思うが、大丈夫かね?」 神父はリーダーらしきロードナイトに話し掛けた。ロードナイトは俺を見て一瞬びくっと驚いたが、 すぐに冷静を装って 小声で神父と話し始めた。 他の5人を見てみると 笑みを浮かべている顔もあれば、睨みつけている顔もあった。 その間ロードナイトはやはりぼそぼそと小声で神父と話していたが、しばらくして折れた感じで 返事をした。 「…はい、問題ありません。」 それを聞いて他のメンバーもぼそぼそと話し始めたが、俺のところまでは声が届かなかった。 「記憶喪失とは信じがたいが…俺がリーダーのアランだ。」 まず男のロードナイトが自己紹介した。若干困った顔をしている。 「…リーヤだ。」 睨みつけるような目の男のロードナイト。…いや、睨んでた。 「マシューです!クリス、お帰り!」 少し恰幅の良い男のパラディンは俺を笑顔で見ている。 「レイナよ、またよろしくね♪」 チャンピオンの女の子。屈託の無い笑みはどこかユキさんを思い出させる。 「アキですわ。クリス、お帰りなさ〜い♪」 手をぱたぱたと振る女のプロフェッサー。 最後にぶす〜っとした女のハイプリが残った。アキに肘で突付かれ、仕方なさそうに声を出した。 「…ケイトよ。……ふん、何を今頃、のこのこと…」 愚痴が始まりそうな雰囲気だったが、アキが慌てて口を押さえた。 神父が手をパンと叩いた。全員がそれに注目する。 「皆、言いたいことはあるだろうが、ここは今までのことは不問にして引き続き 任務に当たってもらいたい。色々詮索することはないように!」 それを聞いて全員頷いたが、中には渋々頷いている人もいた。 「まぁとりあえず、以前のように進めてくれ。」 神父はアランにそう言い、肩をぽんぽんと叩いて部屋を出て行った。 残されたのは俺と"特務"と呼ばれた6人。 とりあえず空気が重かった。 ケミ子(仮)さん、スーさん。俺、生きて帰れるかなぁ……。 早くも心の中で弱音を吐く俺。しかし、ニーナの秘密に一気に迫ったところは自分で褒めたかった。 ……でも、不安だなぁ…。 -------------------- 2007/07/29 H.N