次は『ノービスブートキャンプ』ブーム起こすのはどうだろう。 身体は筋肉痛でギシギシ、息はカンペキ上がっちゃってるのに あたしはまたそんなバカな事を考えていた。 「ほら廻れ廻れ」 はいはい、サーコーサーコー。 ヒラヒラと動き回る手負いのクリーミーの後ろに回り込めとエッジは言うものの 敵もそう簡単に後ろを取らせてはくれない。 今気付いたが、上空からの攻撃をほとんどかわしてる彼はヘタレとは言えさすが現役ナイトだ。 なんとかとどめをさし、羽を毟ったあたしを見てエッジは腰に手を当てた。 「収集品集めるのもう抵抗ないんだな、お前」 言われてあたしもその事実に気が付いた。 今、ナチュラルに巨大蝶の羽素手でむしり取ってたぞ。 ―――ああ、慣れってコワイ。 リアル盗虫一匹に大騒ぎのジョシコーセーだったのに 今じゃ座布団みたいな大きさの蝶を刺し殺すまでになっている。 ………確かに、この世界に来てからいろんな意味で逞しくなった気がする。 夜更かし&朝ご飯抜きの万年貧血状態だったはずが 早朝目覚めて焼きたてパンを3つも平らげる生活に。 いや、だって昼間は狩りで夜はお店だから疲れるしお腹空くし テレビも無きゃパソコンも無いしでイヤでも健康的生活になっちゃうのだ。 そのせいか腕にはうっすら筋肉もついてきたし、最初腰の所が(ぶっちゃけウエストなんだけど) キツかったメイド服がかなりユルくなってきている。 ………もちろん相変わらず胸のあたりもユールユルなんだけど。 「なーに呆けてんだ。次行くぞ、もう一回やってみろ」 おーけーエッジ隊長、ワンモアセッ! あたしは買ったばかりのスティレットをもう一度握りなおした。 あたし―――石倉ミサキ。なぜかラグナの世界でペットになっている15歳。 そして昨日からはクロ商の一員となった。 キサを探し誤解を解き、そしてあたしの世界に帰る方法を探すには今のままでは足手まとい。 せめて自分の身は自分で守れるよう―――あのテロのような悲劇が起きないよう、戦い方を学ぶことにした。 「ヒール!」 陽に透けるサラッとした金髪を揺らし、詠唱ポーズも麗しくヒールをかけたのはクリス。 誰もが認めるとびっきりの美形にしてなぜかエッジの相方。 ………ちなみに今かけたヒールはあたしやエッジにではなく、通りすがりの女シーフさんへ。 お礼を言われ、それをきっかけにまた話し込んでいる。 ―――朝からこれで三人目。 「おら、もうタゲ取ってんだぞ」 クリーミーの攻撃を器用にかわしてるのはあたしの飼い主エッジ。 あのテロであたしの代わりにカーリッツバーグに立ち向かい、瀕死の重傷を負った。 そんな義理もないのに、第一強くもないのに飛び出してきてくれた彼に本当に感謝している。 それから―――あー、ほんのちょっと、好きかもしんないとか思ったり。 ほんとにちょっと………ウィレスの小指の爪ぐらいなんだけど。 エッジを狙って降下したタイミングを狙い短剣を繰り出す。 「てやっ!」 ―――ひらりっ 軽くかわされその切っ先がエッジに迫る。 「っぶねーな!オレに近づいた時ばっか狙うなって」 「だって…当たんないんだもん……!」 何度も狙いを定めて繰り出すも当たらず、息を切らせつつ答える。 ―――うへぇ、あたしってDEXものすごく低い!? 「ばーか、素人が飛んでる敵突き刺そうとして当たるかよっ」 「へ?」 フェンシングのようにスティレットを持った手を突き出したままあたしは固まった。 「ちょっと貸してみ」 エッジはそう言ってあたしの手からスティレットを取ると、ラケットを持つように硬く握り締めた。 「剣先みたいな小さいとこ当てようったってミサキにゃ無理なんだから………」 そう言って大きく振りかぶる。 「―――こうすんだよっ!」 刃を寝かせた状態でそのまま振り下ろす。 ぺっちーん! テニスのサーブみたいな勢いで刃の幅広の面の部分が当たったもんだから、 クリーミーはキューと鳴いて地面に叩きつけられた。 エッジはそのまま屈んでサクッととどめをさし、あたしにスティレットを返す。 ―――えー、そんなのアリ? 不服そうなあたしの顔を見て彼はため息をつく。 「カッコなんかに拘るなっての。要は倒しゃいいんだ、倒しゃ」 「まーそうかもしれないけどさ」 こういうファンタジー世界なんだから、カッコ良く戦いたいってのが人情ってもんじゃない。 あんなハエ叩きみたいな戦い、なーんかイメージに合わないと言うか……… 「あのな」 傷つかなかった羽から鱗粉を小瓶に集めエッジは歩き出した。 「一番大事なのは生き残ること、怪我しない事だ」 「わかってるよ」 あたしもエッジの後を追う。今日はゲフェンの街まで足を伸ばす予定なのだ。 ―――ゲームでは、スパイの暗躍で砦を奪われたカラー・ハウンズは 翌週奪還という噂を逆手に取りノーマークだったゲフェンの砦を急襲し落としている。 昨日、キサは実際にスパイが見つかったと言った。―――つまり、砦を奪われたということ。 キサならばきっともう視察にゲフェン周辺に来ているはず。 「ホントにわかってんのか?」 エッジはちょっと真面目な顔であたしを見た。 やっと女シーフさんと別れ追いついてきたクリスがニヤニヤ笑う。 「おー、本物のノービス講習みたいになってきたじゃん」 「そうなの?」 あたしが聞くとクリスは頷いた。 「俺達も最初そう教わったぜ。―――いるんだよな、騎士道物語とか読みすぎてカッコから入る奴」 ………うぐ。 ゲームとかマンガでどっぷりファンタジーのお約束に浸かってるあたしには耳が痛い。 「とにかく、お前は怪我しない武器の使い方だけ覚えりゃいいよ。―――そしたら後は…」 言いかけてクリスと目が合ったエッジは居心地悪そうに口ごもる。 「後は―――なんだよ、オイ?」 クリスはなぜか離れたところのポポリンを叩きに行ったエッジに後ろから声をかけた。 エッジはさらに遠くの敵へと向かっていく。 「『後はオレが守ってやる』ってか?」 ニヤニヤしながらクリスは矛先をあたしに向けた。 「し………知らないわよ」 あたしは軽くクリスを睨み目を逸らせた。少しはそうだったらいいな、なんて思いながら。 そりゃ………一応女に生まれたんだし?一度はそんな事言われてみたいけど。 ちょっと火照った顔をクリスに見られないようチラリ、とエッジの方を見る。 ポポリンを倒し、その先のロッダフロッグへ斬りかかっていく。 そのぐらいのレベルの敵に対してなら、顔が見えなきゃちょっと見惚れる戦闘姿。 ―――『そのぐらいのレベル』とか『顔が見えなきゃ』とか付くのは情けないけど。 ………って、ちょいと離れすぎてない? 「ちょっとエッジ!あんまり先に―――」 呼び止めようとして久しぶりに現れた首輪に引っ張られ前のめりにスッ転ぶ。 まだ草の上だから良かったものの、エッジのいる水辺だったら鼻の頭とかオデコとかすりむけてたかも。 「あーわりいわりい!」 エッジがぱたぱたと手を振ってる。 「―――あれだもんなー」 クリスはあたしの腕を取って立たせるとポンポンと膝の汚れを払ってくれた。 「ま、でもそんなに心配しなくて大丈夫だよ」 「え?」 「レッド・ハウンズみたいに強かないけどさ、俺達がミサキちゃん守るから」 いつもの悪ふざけのニヤニヤじゃない極上の笑み。 一気に顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。 「―――クリスねぇ…無自覚にそーいう事言わないで!」 美形に至近距離でそんな事言われると心臓に悪い。つーか軽くオーバーキル。 「アハハ、ミサキちゃんかーわいい」 クリスはわしゃわしゃとあたしの頭を撫でて歩き出す。 ほーんと、ホストクラブ作った方が儲かるんじゃないだろうか。 今の調子で口説かれたらドンペリ入れちゃうって。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ いやー、スティレット便利だわ。 スルスルとリンゴを剥きながらあたしはいい買い物をしたと改めて思う。 あたし達はカエル海岸の水辺に座りお弁当を食べている。 海岸、と呼んでるけど実はコレ川なんだよね。この流れがプロンテラ西門へと続いている。 今日のメニューはオープンサンド。 自分でその場で作るから好きなものを乗せられる。野菜もシャッキリしたままだしね。 エッジは厚く切ったパンにチキンとハーブのペーストを塗りチーズを乗せている。 クリスはトマトソースにレタスを乗せ、茹でた小エビにレッドチリ。 メイド喫茶の繁盛のせいか、なんだか前よりお弁当が豪華になってる気がする。 これで一人300zは安いよねー。 しゃくしゃくリンゴをかじりながら気持ちいい風に顔を上げる。 水面には太陽の反射で白い光の筋が踊り、のどかなカエルの鳴き声が聞こえる。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… 汗ばんだ首筋を冷やそうと、露店で買ったブルーのゴムで髪を高い位置に結う。 ポニーテールにはまだちょっと短い毛先が、動くたびにうなじをくすぐる。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… 「お、ミサキちゃんその髪型も似合うね」 こういう事にはマメなクリスがすかさず褒める。 「ホント?今日スチレ買ったときについでに買ったんだー」 これもこれも、とリュックから淡いグリーンの財布やポリンのイラストが入ったハンドタオルを出す。 「早朝から買い物引っ張りまわされてオレは大変だったけどな」 エッジは二枚目のパンにハチミツをたっぷり塗りながら肩をすくめる。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… 「だって生活用品全然揃ってないんだもん」 メイド喫茶でお小遣いできたんだし、買い物ぐらいしたっていいじゃない。 あたしがこの世界に持ってきたものは、着ていたピンクのヨレヨレパジャマだけだったんだもん。 ―――女の子としては、やっぱ必要なものってたくさんあるのだ。 まずは下着類。 当座のものはエッジになんとか買ってもらったけど(二度と嫌だと後で宣言したけどね)、 なんつーかその、上の方は彼には考えが及ばなかったらしく。 アリスの服は厚手の紺のワンピースだし、上にはエプロンもしてるしで、今まではなんとか誤魔化してた。 ぶっちゃけ“フリーダム”な状態だったのだ。 ―――ま、フリーダムでも全然問題ないっつーかバレないのは悲しい所ではある。 んで、これからあたしも自分で身を守るようにしなくちゃなんないし、買いに行ったはいいけれど。 動いても平気なようにスポーツタイプとかワイヤー入りがないかと聞いたらお店の人は困惑顔。 ワイヤー入りなんかは、何を勘違いしたんだかノービスの胸当てを持ってきた。 いや、ガッチリガードするのはわかるけど。 つーか、ノービスってあの下ノーブラなんだろうか。 違うと言ったら今度はダンサーやジプシーの服を持ってくる。 知らなかったけどあれって金属なのね。やわらかいかと思ったらガッチガチ。 そんなこんなでようやく手に入れたのは伸縮生地でできたチューブトップのようなもの。 ストラップもついてるからこれなら動いてもラクだしズリ落ちなそう。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… それから洋服。 一張羅のアリスの服とパジャマの他にはフレアさんにもらった薄手のシャツとショートパンツのみ。 街から出てしまえばもうあたしがアリスに見えなくても構わないし、動きやすい服をチョイス。 上は黒いタンクトップとTシャツ。黒を選んだのはやぱり汚れが目立っちゃうから。 洗濯はできるけど洗濯機もないし、この世界には固形の泡立ちの悪い石鹸しかないんだよね。 “酵素パワー”とか“部屋干し用”とかそんな世界が恋しい。 下はカーキのショートパンツ。BSみたいな短いのは恥ずかしいからノービス丈にした。 やっぱりラグナの世界らしく不思議な模様やデザインだけど、着心地は意外に悪くない。 奇しくもビリー隊長みたいなカッコになったから、ブートキャンプ気分になっちゃうのも仕方ないよね。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… そんで後は小物類。 ワニ革っぽいグリーンのお財布は950z。 これ、アノリアンとかのなのかなぁ? それから汗を拭く用にポリンの刺繍の入ったハンドタオル320z。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… 狩り用に淡いピンクのリュック2450z。 収集品を入れる用には蝋引きの大きな巾着850z。 宿の部屋には全部の荷物を入れるロッカー代わりのトランク4500z。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… ハチミツの入ったリップクリーム240z。 サベージの毛の携帯用ブラシ、540z。 ベルトと一体型の白い革の剣帯、1800z。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… それからそれから――― ゲロゲロ………ゲロゲロ……… 「だあぁっ!うるっさい!」 あたしは叫んだ。 「もーなんなのよこのカエルの大群!」 「そう言ってもなぁ」 エッジはハチミツのついた指を舐め舐め辺りを見回す。 「これ以上奥に進むとポイズンスポアの生息地だから、休憩はここらでするしかないんだよ」 クリスも涼しい顔でお茶を飲む。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… 「わかってるけどさぁ…」 ヘタをするとあたし達の座るピクニックシートの上まで入ってきそうな巨大カエルに眉をひそめる。 この世界のモンスターにはだいぶ慣れたけど、巨大両生類は生理的に受け付けない。 特にあの目。 何を考えてるんだかわからない目でジトーッとこっちを見ている姿がキモイ。 「あーもう!」 四方からその目で見られて居たたまれなくなったあたしは立ち上がった。 「どこ行くんだ?」 「ちょっと緑色草刈ってくる!」 「遠くへ行くなよー」 「行きたくったって鎖があるでしょーが」 あたしは相変わらず抜けてるエッジにそう言って歩き出す。 カエルに見守られつつノンビリできる神経、繊細なジョシコーセーにあるワケないっつーの。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… カエルの声に見守られつつ雑草に混じって生える緑色草を探す。 葉脈が黄色に近いうす緑に浮き上がり、表面がツルツルしている柔らかい葉だから見つけやすい。 ゲームじゃ滅多に拾わないアイテムだけど、危険もなく手に入るし売ればお金になるし、 この後シムリ海岸でポイズンスポアと戦うなら持ってても損はない。 月々5000円のお小遣いが少ないと文句を言ってたけど、お金のありがたみがこの世界でわかってきた。 パパ、ママ、帰ったらもっとお金大切に使うからね……… ゲロゲロ………ゲロゲロ……… ちょっと元の世界を思い出しておセンチになってきた所を、またもカエルの大合唱に邪魔される。 ―――もー、ほんとカンベンしてよ… いい加減ウンザリしながらスティレットで威嚇するように周囲の草をパタパタと叩く。 これでしばらくは寄って来ないはず。 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… ゲロゲロ…ゲロゲロ…ゲロゲロゲロゲロ…ゲロゲロゲロ…ゲロゲロゲロ……… 逃げるどころか背後からやたらとうるさい鳴き声が近づいてきた。 エッジかクリスがまたノビ講習続ける気で何匹かタゲ取って向かって来てるんだろう。 あたしがカエル嫌だって言ってるの知ってるくせに。 「過疎マップでもトレインはノーマナー!」 ビシッ!と人差し指を立てて振り返ったあたしの目に飛び込んできたのは真っ黒なカエルの目。 顔の両脇についてるクセに、正面を向いててもこっちを見ているように見えるあの眼差し。 アップで見ると透明なヌルヌルした膜に覆われている。 っつーか、で…でかい………! あたしはそのまま固まった。 ロッダフロッグでさえ子犬ほどの大きさなのに、輪をかけて大きいそいつはクマのよう。 そのクマのような巨大カエルは、生臭いニオイをさせながらあたしににじり寄ってきた。 陽を照り返し光る濡れた体からはなんだかよくわからない体液がトロトロ垂れている。 「う…うゎおぉぉっ!」 そのカエルの息が顔にかかった瞬間、反射的にあたしは悲鳴をあげた。 本当に驚いたときって『キャー』なんて可愛らしい声が出ないのだ。 ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ……… あたしのバカでっかい声に驚いた(?)のか巨大ガエルも大声で鳴く。 ―――その瞬間。 巨大ガエルの体が光り輝き、周囲にロッダフロッグの塊が現れる。 ト…トード………! 転がるようにあたしは走り出した。 異変を感じたエッジとクリスも立ち上がる。 「ミサキちゃん!―――ホーリーライトッ!」 あたしを追ってきたトードの気を逸らすようにクリスがその足元に光の刃を叩き込む。 トードの視線があたしからピクニックシートの上の二人に変わる。 エッジが剣を抜き、一歩前へ出る。 あたしがその後ろに駆け込んだのを見て、エッジは目でクリスに合図を送る。 複雑な杖の動きと共にブレス、IA、イムポジが早口で唱えられ、エッジの体を包む。 エッジはぐっと腰を落とし、剣先を背後に向け体を捻り脇構えに。 トードが飛びつこうとした刹那、唸りをあげて剣が周囲の空気を切り裂いた。 「ボォォリング………バァーッシュッ!」 ザンッ! 一瞬にして取り巻きのロッダフロッグが寸断される。 おぉ、さすが腐ってもナイト。 そのまま本体へ切りかかろうとした瞬間、またトードの体が光る。 「うぉっ…またかよ!」 一瞬その光に怯みながらも体勢を立て直しもう一発打ち込む。 「ボーリング…バーッシュ!」 ザンッ! 先頭の一匹を斬ったものの、残りは軽く足止めを食らっただけでダメージはない。 「そこガーターだ!」 クリスが鋭く叫んで杖で何匹かのタゲを取る。 初弾カッコ良く決めたものの、本体を討とうとした一歩でエッジはガーターゾーンに踏み込んでしまったらしい。 ―――どこまでも不運な奴。 「うしっ!」 飛び掛ってくる群れに体当たりされながらも、エッジはなんとか数歩移動する。 そして狙いを定めて――― 「ボーリング…どわぁぁぁっっ!!」 脇構えに入ろうとした瞬間、またトードの体が光る。 ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ……… 「ち…ちょっと待てぇ」 大量のロッダフロッグに囲まれエッジは情けない声を上げた。 いくら弱い敵と言えど、大群に囲まれたら満足に動くことすらできない。 エッジは体当たりを受けながら一匹一匹叩き落すのが精一杯。 「キリエエレイソ…うぐっ」 クリスは慌ててキリエを唱えようとするが、顔面めがけて飛んできたロッダフロッグに呪文を潰される。 「―――ミサキ!クリスを!」 その叫びにあたしはスティレットを深く握る。 ―――一番大事なのは生き残ること、怪我しない事。 「てぇいっ!」 ぺちん! ハエ叩きのようにロッダフロッグの頭を叩く。 そしてぺちゃっと地面に叩きつけられた所をスティレットで突く。 クリスも自力で残り二匹を叩き伏せ、すかさず呪文を練る。 「キリエエレイソン!」 「ボーリングバッシュ!」 ………さすが、二人の息はピッタリだった。 キリエがかかった瞬間にBBが決まり、トードごとカエルの塊は跳ね飛ばされる。 ―――決まったか!? あたしは巨大カエルが吹っ飛んだ先を見た。 トードはブルブルと体を震わせ、ベチャッと地面に崩れる。 「やった!」 三人で目を見交わせガッツポーズ。 ―――と思った瞬間、トードの体が激しくフラッシュした。 俗に言うポケモンフラッシュのような眩い点滅。 ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ……… ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ……… ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ……… ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ……… う………うそでしょぉ!? トードの周りには夥しいロッダフロッグの群れ。 十や二十どころではない。 それが一斉にあたし達へと向かってきた―――! 「ボーリングバッシュ!」 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… 「ボーリングバッシュ!」 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… 「ボーリングバッシュ!」 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… 「ボーリングバッシュ!」 ゲロゲロ………ゲロゲロ……… エッジが狂ったように剣を振り回す。 その軌跡にいた敵は全て跳ね飛ばされるが、一歩進むごとにトードは光り、召喚を繰り返す。 倒す数より召喚される数のほうが勝り、徐々にあたし達は水辺へと押されていく。 「ど、ど、ど、どーすんのっ!?」 あたしは飛び掛ってくるロッダフロッグを叩き落すだけで精一杯。 「とにかくっ…詠唱の時間稼がせてくれ…ホーリーライトッ!」 クリスはかわしながら呪文を唱えようとするが、あまりの数になかなかうまくいかない。 「ボーリングッ………」 頼みの綱エッジは勇ましく叫び―――そして情けない顔であたし達を振り返った。 「もう…ムリ………精神力持たね……」 えええええっ!SP切れぇ!? 「あ、青ポは?お餅はっ?」 慌てるあたしに二人は首を振る。 その間にもロッダフロッグは増え続ける。 いくらなんだってこの召喚ペースは異常だよ………バグ? 「とにかく、マニピかけるから時間稼いで―――うわっ」 接触されるまでに詠唱を完成させようと後ろに飛びのいたクリスがバランスを崩す。 右足がすでにくるぶしまで水中に浸かっている。 気が付くと、すぐ水辺まであたし達は押されていた。 マズいよ………これはマズいって! クリスの方を見た一瞬。 思いっきりロッダフロッグに体当たりされたあたしは背中から川の中に落っこちた。 溺れるよりも、顔の上にヌルヌルネトネトしてるカエルが乗っている恐怖の方が勝る。 「いやーっ!やだやだやだやだ!」 無我夢中でロッダフロッグをひっぺがし、川の中へ投げ捨てる。 川の中央部分は流れが速いのか、ロッダフロッグはぐんぐん流されていく。 うへぇ………なんか顔がヌルヌルする。 あたしは顔を手の甲で拭いながら立ち上がった。 「ミサキ!」 敵に囲まれながらエッジが叫ぶ。 「大丈夫っ」 あたしの声を聞くとエッジは続けた。 「―――イイ事考えた!二人とも突破するから付いて来い!」 そう言うなり、うおぉぉっと雄叫びを上げエッジは駆け出した。 「―――インデュア!」 飛び掛り噛み付いてくるロッダフロッグを体にぶら下げたまま敵中突破。 その後をあたしはクリスに半ば引っ張られるようにして追う。 もう、何十匹というレベルではなかった。何重にも折り重なるように集まる両生類の壁。 コレ、絶対におかしい。こんな事あるワケない。 あたしは目をつぶったまま駆け抜ける。 ぐにゅぐにゅした物を何度も踏みつけたが、それが何なのか考えたくない。 壁を抜けると、エッジは逃げずに立ち止まった。あの気持ち悪いカエルの目が一斉に振り返る。 「うっし、反撃だ!」 「ムリムリ、ムリだって!」 止めるあたしを手で静止する。 「ボス倒さなきゃ召喚止まんないぜ。このまま増え続けるカエルに追われて逃げるか!?」 「んな事言ったってこの数どーすんの!」 今度はあたし達のいる陸地側ににじり寄ってくる緑の壁を指差す。 「―――落とす」 「へ?」 エッジは剣を鞘に収めると、素手で壁を切り崩しはじめた。 飛び掛ってくるロッダフロッグをつかんでは投げ、つかんでは投げ……… 「―――なるほど」 クリスも頷いて杖を逆さに持った。 そしておもむろにゴルフの構えで緑の塊にフルスイング! ひゅー………ちゃぷんっ 放物線を描いて飛んだロッダフロッグは川に落ち、見る見る間に流されていく。 「おら、ミサキも手伝え!また増えるぞっ!」 「う…うん!」 エッジの言葉にあたしも慌ててロッダフロッグをつかみあげる。 う…うえぇ……… 「急げ!」 また塊の中心で何かが光ったのを見て、あたしは覚悟を決めた。 「だあぁぁぁっ!!!」 メチャクチャに両手を振り回して、手に触ったものを片っ端から川へと放り投げる。 なんか口の中に手を突っ込んじゃったような気もするけど気にしないっ! ぼちゃん…ちゃぷん…びしゃん… 川に大量のロッダフロッグが流されていく。 多分、こんな状態じゃなかったらそのシュールな光景に呆気にとられると思う。 カエルだけにそのうち陸に上がるだろうけど、きっとその頃にはトードへのリンクは切れてるハズ。 ノンアクティブに戻るなら、多少数が増えてても問題ないだろう。 トード単体ならエッジとクリス二人で倒せるはず。 でもでも………お願いだから早く終わってー!! ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「大丈夫………ですか?」 「は…はひぃ………」 女モンクさんに声を掛けられて、あたしは首だけで頷いた。 生臭いカエルの粘液にまみれ、ぐったりと座り込んでいるあたし達の周りには人垣ができていた。 バッタ海岸やプロ西の川辺に大量のカエルが流れ着いてきたもんだから 周辺の冒険者が何事かと見にきてくれたのだ。 その時にはすでに戦闘は終了。疲れ果てたあたし達は立ち上がる気力もなくドロドロのまま座り込んでいた。 結局トードが見えてからはエッジが集中攻撃、次々現れる召喚ロッダフロッグをあたしとクリスが川へぶん投げるという 流れ作業みたいな戦いになっていた。 数秒ごとに召喚を繰り返すトードの勢いは結局止まらず、弱いボスのはずなのに倒すのにかなりの時間がかかっていた。 一応エッジの名誉のために付け加えると、トードにてこずったのではなくカエルの壁で攻撃がなかなか通らなかったのだ。 しかもこれだけ死に物狂いで戦ったにも関わらず、ほとんど川へ投げ捨てただけだから経験値なんてないのも同じ。 ドロップで出たガラス玉も、ネトネトの粘液にまみれどこへいったかわからない。 エッジはトードに襲われていた街娘(あたしの事ね)を救出したと誤解で賞賛されてちょっと喜んでる。 クリスなんかは女マジさんとか女アコさんに囲まれ顔なんか拭いてもらってる。 あたしは―――気分サイテー。 おニューのタンクトップとその下のチューブトップはネトネトのドロドロで。 ショートパンツは川へ落ちた時にすでにグショグショ。 ハイカットのシューズと厚手の靴下は言わずもがな。 ピクニックシートはトードとロッダフロッグの塊が長いこと踏んでいたから残ったお弁当は見るも無残。 ポリンのハンドタオルも泥だらけ。 お財布の入ったリュックが奇跡的に汚れずに残っているのが唯一の救いだ。 あたしは力なく笑うしかなかった あーもうっ………せっかくのラグナ世界なんだからタマにはカッコいい戦いさせてよぅっ!