―――男はいいよね、男は。 膝まで川に浸かってタンクトップを洗いながらあたしはブーたれていた。 こんな暖かいんだし、あたしだってできることなら脱いじゃいたいわよ。 「おーい、まだかよー」 「もーちょい待ってよ!」 言い返して立ち上がり、腰を伸ばす。 うぅ、このヌルヌル全然取れない。 オニュ−だったのに。 あたしはとうとう諦めてタンクトップをきつく絞った。 宿に帰ったら即石鹸で洗わなきゃ。 水を含んで重い靴でノロノロと川岸にあがり、ノンキにリンゴをかじってる男二人を見る。 「だから落ちねぇって言っただろ?」 汚れたシャツごとメイルも脱いでしまい、上半身裸で座っているのはエッジ。 あたしの飼い主でレベル74の両手剣ナイト。 左肩から胸の中央まで醜く走る白い傷はカーリッツバーグとの戦いの名残だ。 LUKだけ高い妙なステだが、ウルフやロッダフロッグと大混戦繰り返すあたり、幸運には程遠い気がする。 ………ペットのデビルチことあたしのせいだって説もあるけど。 「重曹でも使わないとちゃんとは落ちないんだよねー」 どこで覚えてきたのか主婦のマメ知識を披露するのはクリス。 “水も滴るいい男”を具現化したらこうなるという見本のような美男子。 普段からボタン4つはずしのプリーストの上着を全身ずぶ濡れの今は全開、あたしより白い肌が艶かしい。 さっきまで駆けつけてきた女冒険者さん達に囲まれ大人気だった。 「ゲフェンにお風呂屋さんあるかなぁ。なんかまだクサイ気がする……」 あたしは肩のあたりをクンクン嗅いだ。 予備に持ってきていた黒いTシャツに着替えたものの、体そのものが臭う気がしてキモチ悪い。 あたし―――石倉ミサキ15歳、女子高生。ラグナの世界ではエッジのペット。 キサを探すためゲフェンに行く途中、トードに襲われこのありさま。 明日からは替えのパンツと靴下持ってこよう、うん。 「そんじゃ出発しますか」 クリスが立ち上がった。エッジもシャツとサーコートを丸めて袋に突っ込み、後に続く。 一応メイルは身につけたが、裸メイルって涼しいのかもしれないけど超カッコ悪い。 あたしもリュックを背負い、グジュグジュ音を立てる靴で歩きだした。 「ねぇ、やっぱキサにwis通じない?」 ここへ来るまでに何度も繰り返した質問をする。 エッジは一瞬眉間に指を当て目を閉じ、それから首を振る。 「―――ダメだな、やっぱ。拒否ってんじゃね?」 クリスも頷いた。 「そうだろうな。俺らだって戦ってる最中wisきても困るから“閉じてる”し、  有名人ならなおさらだろー」 ゲームでは便利なwisだけど、戦ってる時にいきなり声が聞こえたら調子狂っちゃうみたいで ほとんどの人が普段は拒否してるらしい。 どういう仕組みなのかは一応説明してもらったけど原理はサッパリ。 精神的に“開く”“閉じる”事ができるみたいだけど、どうやるんだろう。 あたしがエッジ達に携帯電話でなぜ遠くの人と喋れるのか説明できないのと同じなのかな。 「そんな事より」 エッジが前方を見据え剣を抜いた。こっちに向かってくる紫色の巨大キノコが見える。 あたしもスティレットを構えた。 怖くないと言えば嘘になるけど、巨大カエルや巨大蝶に比べれば植物な分抵抗が少ない。 少なくとも、なんかヘンな体液が出なそうなのがありがたい。 「ミサキ、走るぞ!」 「らじゃ!」 エッジの声に合わせてあたしも走り出す。 後ろからクリスがエッジにブレスとIAをかける。IAはあたしにも。 ―――あたしだけIAないと鎖に引っ張られて大変な事になるのだ。 体が軽くなったような不思議な感覚と共にダッシュ。 エッジは最初のポイズンスポアに斬りかかる。 キノコなだけに縦にキレイに裂ける。 縦に裂けるのは食べられるキノコとか昔聞いたけど、実際はそうでもないみたい。 真っ白い断面も鮮やかに、毒キノコは崩れ落ちた。 あたしは傘を裏返し、小瓶にその胞子を集める。 クリスによると、できるだけ触らないようにしないと後でかゆくなるみたい。 「よっしゃ次!」 叫んでエッジは走り出した。 あたしも同じ方向へ続く。 レベルが低い敵は知能も低いのか、仲間が一刀のうちに倒れたのを見てなお突っ込んでくる。 「ホーリーライト!」 横からクリスの呪文が飛び、ポイズンスポアの不意を突く。 「せいっ!」 そこを気合と共にエッジが一閃。 今度は横薙ぎに剣を振るったせいか、倒れる瞬間ブワッと毒の粉が舞う。 思いっきり吸い込んでしまい咳き込むエッジの口に緑ハーブをあたしが押し込む。 ―――おぉ?なんだかトリオ狩りみたいになってきてない? ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ゲフェンの砦は森と湖に囲まれた一見のどかな場所だった。 堅牢な石造りのゲフェンの砦群は、緑に埋もれた遠い昔の遺跡のようにも見える。 他の砦マップと違いモンスターも同居するが、弱い敵ばかりで逆に平和なイメージがある。 その奥は魔法都市ゲフェンの象徴ゲフェンタワーが午後の日差しを浴びて光っている。 「なんか平和だなー、ここ」 剣をとっくに納めたエッジはリンゴをかじる。 剣帯の留め金までかけちゃって、本気でリラックスモード。 「いちおー敵いるんだけど」 あたしはひょこひょこ跳ねるポポリンを指差す。 「まーここでヤバイ敵に出くわしたりしないだろ」 欠伸なんかしちゃってヤル気ゼロ。 ………まぁあれだけカエルと戯れたら疲れちゃうのもわかるけど。 「いや、別の意味でヤバイ敵いるかもしれないけどね」 クリスの言葉にあたしもエッジも一瞬真顔になった。 「―――ほら、有名になっちゃったから、俺ら」 チラリと艶っぽい流し目を周囲にくれて彼は続ける。 「無名のクロ商がカラー・ハウンズから敵対宣言って事でもういろいろ噂流れてるみたいだぜ」 「………例えば?」 エッジも珍しく難しい顔をする。 “オトモダチ”からのwisなんだけど、とクリスは前置きする。 「アルデバランのテロはレッド・ハウンズの仕業で制圧したのがクロ商とか……  ……ブルー・ハウンズが宿無しになったのは裏でクロ商が動いたからだとか」 「―――話ばかでっかくなってんな」 ため息をつくエッジ。 「カラー・ハウンズに敵対視されんのはもうしょーがないけどさ、俺らがGv参戦するんじゃないかって  痛くもない腹探られたり、敵の敵は味方ってワケでガラ悪いGvギルドが絡んできたりとか  いろいろ考えられるんだよなー」 ―――あはは、ちょっと手に負えなくなってきたぞ。 苦笑いしかできないあたしと眉根を寄せたエッジの肩を軽く引き寄せ、クリスは小声で付け加える。 「………視線、感じるだろ?」 ドキン。 そう言われて目だけで周囲を窺う。 のどかな湖畔で休んでいるように見える冒険者や散歩しているような街の人の視線が チラチラとあたし達に向いていた。 「あたし達がクロ商メンバーだって知られてるの…?」 背中に冷や汗が流れる。 「誰彼関係なく偵察を警戒してるだけかもしれないけど…俺って結構有名人だしなぁ」 クリスは軽く笑う。 確かに滅多にいない美形プリだし、ちょっとした有名人なのは確かだ。 クロ商と聞いて彼を思い出す人がいたっておかしくない。 美形には美形なりの苦労があるのかもしれないなぁ。 「単にお前に女盗られて恨んでる奴かもしれないけどな」 「あ、そっちの可能性の方が高いかも」 ―――あー、はいはいそーですか。 その美形の苦労を自分で好んで背負いまくってるんだったけね、このヒト。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ とりあえず砦の周囲をざっと巡って、キサ達の姿が見えないんでゲフェンの街へ向かう。 あたしはとにかくお風呂に入りたかった。 お天気がいいから濡れたショートパンツや靴はだいぶ乾いてきたけれど、乾いた分 粘液のテカテカした跡が白く浮き上がってきてカッコ悪い。 できれば新しい下着と靴下が欲しい。ショートパンツも安く売ってればいいんだけど。 「ほら、あれがゲフェンタワーだよ」 クリスの声であたしは顔をあげた。 高層ビルも複層ガラスもエレベーターもない科学の未発達な世界で、これほどの建物は見た事がない。 アルデバランの時計塔も高かったけれど、あれは粗い石造りの砦のような塔で この滑らかな曲面を持つタワーは世界観にそぐわないような、ある種異様な雰囲気を持っていた。 ―――これが、圧倒的な魔法の力なのか。 もうこっちの生活に慣れちゃって下向いてパンツと靴下の事とか考えてたけど、やっぱりスゴイ。 全然魔法とかわからないあたしでも、何か違うオーラが出ているのがわかる。 「ねぇねぇ、お風呂屋さん行ったらちょっと中見てみようよ」 あたしの提案にエッジは嫌な顔をした。 「もう服も乾いたし風呂はいいよ」 「ジョーダンじゃない!あんたはタオルで体拭いただけじゃない!」 「別にそれでいーじゃんよ」 「良くない!そんなんだから部屋が男臭くなるんでしょー」 ほーんと、お風呂嫌いなのだコノ人。 この世界そのものが毎日お風呂入る習慣ないみたいなんだけど、体拭くのもいつもテキトー。 そういや制服のあの革のズボン、渋い茶でいい色だと思うんだけど、洗濯してるトコ見たことない。 元は何色なんだろう……… うう、考えたら恐ろしくなってきた。 「お前ら仲いいなー、ホント」 後ろから見ていたクリスがクスクス笑う。 「ミサキちゃんが嫌じゃなかったら、ずっとこっちにいればいいのに」 そう言われてちょっと嬉しくなる。 そりゃ元の世界が恋しいけど。 いい匂いのシャンプーとかエアコンとかパソコンとか。 ―――でも、毎日がワクワクして楽しいのは、自分の居場所を実感するのはこっちなのだ。 帰りたいのと同時に、この世界にいたいって気持ちも少しずつ大きくなってきている。 オタクって後ろ指さされないし。 ニガテな女子特有のベタベタ人間関係もないし。 平凡で何のとりえもない自分を痛感しないで済むし。 それって、やっぱ逃げなのかなぁ……… またもや鬱モードに突入しそうになったあたしを、ゲフェンタワーからのざわめきが止めた。 二人もそれに気付き塔の方を見る。 「なんだ…あれ」 「さぁ………?」 首をかしげた所に塔の中から冒険者達が転がり出てきた。 倒れこみながら女プリーストが叫んだ。 「誰か…救助をお願いします!地下二階で…ドラキュラの召喚が…ファミリアーが大量に!」 あたし達は顔を見合わせそのプリーストへ駆け寄る。 彼女も救援を呼ぶため命からがら逃げてきたんだろう、体中が傷だらけだ。 クリスが彼女にヒールをかける。 「私はいいんです…まだ中に大勢が…地下一階まであふれて出てきてるんです!」 「なんだって?」 エッジが聞き返す。 「一階には一次職もいるんです!………それにこのままじゃ地上に出てきます!」 「そんな!」 思わず塔の入り口を振り返る。肩を貸し合いながらボロボロの冒険者が脱出してくる。 周囲の店や家から出てきた人々がその救助に走る。 ―――でも、原因を断てるのは…… あたしは二人を振り仰いだ。力強い目が頷く。 「無傷な奴!PT組んで行くぞ!」 エッジが集まってきた群衆に叫ぶと、何人もの声が応じた。 中にはあたしぐらいの歳の女の子もいる。 クリスは全員を次々とPTに入れ、マニピをかけた。 「アコは後ろでヒール待機、アサシン、モンクは遊撃、FW張って着実に進むぞ!」 長いローブを着たセージがてきぱきと役割を割り振る。 同じ職同士スキル割り振りをしたり、追撃タイミングのハンドサインを確かめ合う。 カート職は代金後回しでポーション類を配り始める。 初対面なのに、長年のパートナーのように動きがまとまっている。 「ミサキ、行けるな?」 エッジの言葉にあたしも真剣な顔で頷く。 街のピンチに躊躇わず危険に身を投げる―――これが、冒険者。 「よーし、行こう!」 クリスの合図で十人を超える一行は塔へ入っていく。 あたしも先頭を前衛集団と共に歩くエッジに続く。 一階は何もない広間だった。なんとか逃げてきた冒険者があちこちでへたりこんでいる。 地下へ続く階段を降り、資材置き場のような細い通路を進む。 「―――ミサキちゃん」 緊張しているのが後ろからでもわかるのか、クリスが追いついてきた。 硬くなったあたしの肩を軽く揉む。 「リラックスリラックス。俺達危ないところまでは行かないから」 コクンと頷くとそっとキリエをかけてくれた。 あたしだって、何かの役には立つはず。………ううん、立ってみせる。 「ミサキ!行くぞ、離れるな」 先頭でエッジが呼ぶ。前衛は突入のタイミングを計っているようだ。 あたしもスティレットを抜き、ぐっと胸に抱く。 「突入!」 セージの合図にナイトやクルセイダー、ブラックスミスが走り出す。 あたしもエッジに続き走り出した。 チラッとこっちを見る彼にスティレットを見せ、大丈夫と親指を立てる。 混戦の中飛んできたファミリアーを両断し、エッジはあたしの手を引いた。 「よそ見すんなって!オレの後ついてこい」 大きな手に引かれ最前線へ。 ―――怖いけど、こんな所で鎖出たら全員が危険になる。 前方を見つめ、ゴクンと唾を飲む。 「大丈夫だから………」 「え?」 群れを成して飛ぶコウモリを叩き落しながらエッジが言う。 「オレが守ってやるから」 ふへっ? その言葉に固まったあたしに気付いたエッジは一瞬不思議な顔をして、それから 自分の言葉に驚いたように目を見開いた。 「―――あー、いや、まぁ、ある程度は」 「はぁ?」 「基本は自衛だ、自衛!」 慌てて付け加えてエッジは他の前衛と一緒に道を切り開きに走る。 ………あ、あ、ある程度って何よぉっ!? ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「なんで…お前らがいるんだよ………」 大乱戦でドロドロのグチャグチャになったあたし達が見つけたのは、 ドラキュラの骸に寄りかかるようにして座りこんでいる傷だらけのスナイパーだった。 脇腹からかなり出血し、額も切れているようで右目が開かないようだ。 その手にはMVPの証である大きなダイヤモンドが握られている。 「あんたが殺ったのか?」 周囲の夥しい数のファミリアーと威圧感あるドラキュラを見てエッジが目を丸くする。 「………おれじゃ不満か?」 口の中も切ったのか、血の混じった唾を地面に吐きスナイパーはあたし達を見上げた。 立つ事もできない怪我をしているのに、相変わらず口は達者だ。 「マット………」 あたしは心配そうに彼―――レッド・ハウンズの要にしてキサに恋する凄腕スナイパーを見た。 「お前まで来たのかよ。あぶねーからしまっとけよ、飼い主サン」 まだあたしをアリスと思い込んでいる(鈍感!?)マットはエッジを睨む。 ………この二人、仲悪いんだよなー。 エッジはそれを軽く無視し、クリスを目で呼んだ。 ドラキュラが倒されたのを合図にファミリアーの増殖はピタリと止まり、ドラキュラのいたあたりは さながら野戦病院の相を呈していた。 マットを中心に、居合わせた人が協力して戦っていたらしい。 レベルやステを見る限り、正直マットがいなかったらどうなっていたかわからない。 「ドラキュラ倒したのって…あんただったのか」 クリスも驚きながら傷を見るために屈む。 同じ質問にうんざりしたように天を仰ぎ、マットは仏頂面になる。 「おれはいいって。他の奴を診ろよ」 「一番重症なのはあんたなんだよ」 クリスはさらりとかわし、呪文を練る。 マットはまだ何か言いたげだが、治療してもらっている手前言葉を飲み込み、あたしに視線を移した。 「―――で、何しに商店街からゲフェンくんだりまで来たんだ?」 「………キサを探しに」 そう言うと、マットは急に思い出したように目を剥いた。 「そ、そうだ!お前ら!敵なんじゃねーか!」 「今そんな事言ってる状態じゃないってば」 「―――だってキサが………あぁ、お前らに介抱されてる所ギルメンに見られたら………」 「あーもう、ヒールしてるんだから動くなよ」 後ずさりしかけた所をクリスに制されマットは首を振る。 「あのな…敵対ギルドなんだぞ!スパイでっ!ジェフの野郎が消えて!キサが責められて!」 「だから誤解だってばー」 「誤解って……だってお前…なんでおれらがゲフェンにいる事を!?」 はぁっ、とあたしはため息をついた。 「あたし達がスパイすると思う?っつーかスパイする理由って何よ?」 「それは―――おれもわからんけど」 マットの語気が弱まった。 「でしょ?あたし達はスパイがどうとかそんなレベルじゃないの!」 あたしはなんとか誤解を解こうとまくし立てる。 「アルギオペ一匹に逃げ回ってるし!  カ−リッツバーグで死にかけるし!  ロッダフロッグの群れにヒーヒー言うし!  ここのファミリアーだって………」 「―――ミサキちゃん」 クリスが情けない顔で首を振った。 「それ以上…言わないでくれ………」 見るとエッジもどーんと暗い顔をしている。あちゃ、なんかこっちにもダメージ高そうだ。 「―――と、とにかく」 ゴホンと咳払いをする。 「キサの誤解なのよ。クロ商は敵なんかじゃないんだって」 「まぁ、なんたら商店街なんてギルドが敵って言われてピンとこないのは事実だけどよ」 傷口のふさがった脇腹を恐る恐る触ってマットは立ち上がった。 まだ動くなというクリスの制止をうるさそうに手で払う。 「トップはキサだからな。おれがどう思おうと関係ねーよ。キサも会う気はないぜ」 「そんな……」 ガックリと肩を落としたあたしを見てマットは少し考え込んだ。 「―――なぁ、ミサキ」 あたしが顔を上げると、彼は二人に聞こえないようにあたしの頭を掴んで耳元に顔を寄せる。 「今夜、会えないか?お前にだけに話したい事ある」 「え?」 思わずマットを見ると、まだ痛々しい傷の残る顔で軽く頷く。 「………店が終わる頃、プロ南の花壇で待ってる」 「ちょ…ちょっと、マット!」 返事をする前にマットはポケットから蝶の羽を取り出し、指先で弾く。 その姿が一瞬にして消えた。 ………なんだろう? まぁ、マットの事だし騙し討ちでカラー・ハウンズの罠って事はなさそうだ。 あれだけ嫌な奴と思っていたのに、かなり信用している自分に苦笑する。 ―――ゲームじゃわからなかった事たくさんあるなぁ。 頬に笑みを貼り付けたままエッジとクリスを振り返る。 「………」 「………」 あれ、なんか二人ともビミョーな表情。 「今………ほっぺにチューされた…よね?」 クリスが困ってるような楽しんでいるような複雑な表情で聞く。 「さ…されてないって!」 あたしは慌ててブンブン首を振る。後ろから見るとそう見えるのか。 「いやー、今のは事故事故。ノーカウント」 あたしの慌てぶりにクリスは気を利かせたつもりでしたり顔。 「いや…ホントに…」 否定しようとすればするほどドツボにはまる。 「………」 エッジは恐ろしく無言だ。 「と………とにかくプロに戻ろ?なんだかんだでそろそろ帰らないとお店の時間だし」 アハハハハ、と笑ってあたしは二人の背中を押した。 あー、ヤダヤダこの空気。 ―――どうやって今晩マットに会いに行けばいいんだ!?