ビスカス神父が部屋を出て行った後、最初に口を開いたのはチャンピオンの娘、レイナだった。 「クリス〜、会いたかったよ〜><」 そう言いながら彼女はソファーに座っていた俺に抱きついてきた。 勢いがあったので 俺は少し横によろけてしまう。 一瞬後ろを振り返りまた視線を前に戻すと、レイナの顔が目の前にあった。 「ねね、ちょっとお話しよぅ!」 そう言いながら俺の横に改めて座りなおした。 「私もよろしいかしら?」 言ったのはプロフェッサーのアキ。 「うん、アキも座って座って〜。あ、ケイトもお話しよ〜?」 レイナがハイプリのケイトに声を掛ける。 「…私はいいわ。」 そう言い捨て、部屋から出て行ってしまった。 「う…私、嫌われてます…?」 やり取りを見てついぼそっと言う俺。いやどう考えても嫌われている状況だ。 「あーもう、ケイトはツンデレだからね〜。本当はクリスのこと大好きなんだよ?」 レイナは慌てもせずそうフォローした。 「…本当ですか?」 疑うような口調で言う俺に、レイナはきっぱりと答えた。 「多分。」 「…僕も入っていいかな?」 会話が一瞬途切れたところで、今度はパラディンのマシューが声を掛けてきた。 笑顔が好印象の青年だったがレイナがそれを一蹴した。 「ダメ♪」 がっくりと肩を落としているマシューにさらに追い打ち。 「消えろ変態www」 さらにがっくりと肩を落として、マシューはとぼとぼと部屋を出て行った。 「…ちょ、ちょっとレイナさん、あれは酷いんじゃ…。」 恐る恐る言う俺。 「え〜?クリス、マシューの肩持つの〜?」 レイナは口を尖がらせてブーイングをした。 「あはは、マシューはちょっと変わってますからね、実際。クリスも忘れちゃったかな?」 ブーイングをさえぎるように、またどこかフォローを入れるような感じでアキが口を挟んだ。 「結構かっこいいと思いましたけどねぇ…。」 マシューが出て行った扉を眺めながら俺は言う。変態だの変わってるだの言われても正直ピンと 来なかった。 「ま、戦闘になれば分かるよ。マシューの相方、クリスなんだから。」 レイナはにこにこしながらそう言った。 「えぇ?私の相方さんだったですか?」 驚く俺。当然ゲームのときの相方はパラディンなどでは無かった。 …とは言うものの、よくよく考えればゲームの世界とこの世界の共通点はハイプリの自分…ニーナくらいの ものだ。ゲーム内の知人や、知っているギルドもまだ目にしたことはない。 「マシューは防御が凄いからねー。それにクリスのヒールを合わせれば、まさに鉄壁!なんだよー。」 マシューを変態と一蹴してた割りには レイナも彼の実力は認めているようだった。 それは置いておいて、俺はそこで少し引っ掛かった。 「えっと…私のヒール…ですか?あれ、ケイトさんは殴りとかME型なんでしょうか?」 そんな俺の質問に、レイナもアキもきょとんとする。 「ええぇー、クリス、自分のスキルも忘れてるの〜???」 ショックを隠しきれないレイナ。 「ケイトは純支援型ですよ、クリスと同じで。」 レイナの発言の合間に補足するアキ。 「ん、ん〜?」 変な声で唸る俺だったが、そう言えばゲームではINTカンストのメディタ10という浪漫型だった ことを思い出した。 「あー、そうですね、ヒールに力入れてましたね、あはは…。」 自分のことなのにすぐ出てこなくてちょっと鬱になる俺。 「まぁおいおい思い出していけば問題ないから!不安だろうけど頑張ろうね!」 明るく言うレイナに アキもうんうんと頷いた。 ビスカス神父やケイトの様子からして少しこの特務というチームに不安を持っていたが、 レイナやアキ、マシューを見ている限り 俺を受け入れてくれる流れもあるようで少し安心した。 3人で話し込んでいると、部屋の隅で話していたアランとリーヤがこちらへ向かってきた。 こちら…というよりも、部屋の外に出るためには俺たちの横を通らなければならないだけなのだが。 「アランさんとリーヤさんも、これからお願いしますね!」 少し肩が軽くなったところで、俺は二人に明るく挨拶をした。 「…ふん、哀れだな……。」 吐き捨てるように俺を見下ろし、リーヤが言った。 「え…?」 絶句する俺。 「おい、こら!そう言う言い方はっ…!」 アランはリーヤを諭そうとしたが、リーヤは何事も無かったように部屋から出て行ってしまった。 アランもそれを追いかけるように部屋から出て行った。 俺はしばらく呆然としていたが、レイナがそれを見かねて口を開いた。 「あーもう。気にしないでね、アイツもツンデレなんだから。」 仕方ないように笑うレイナは、嘘を付いているようには見えなかった。 「……本当ですか…?」 肩の荷が重くなった俺はうなだれて聞いた。レイナはきっぱりと答えた。 「多分。」 それを聞いて、俺の荷がまた重くなったような気がした。 肩の荷が重いまま また3人で話をしていると、30分くらい経ったところでアランが戻ってきた。 「話中に申し訳ないが、クリス。」 扉のところでアランは俺に手招きをした。 レイナとアキに目配せした後、俺はアランの側に向かった。 「あーっと…これからクリスには任務に戻ってもらうんだが…記憶喪失ということなんで、 ちょっと色々と不安だ、ということになってね…。」 少し困り顔で言うアラン。 「不安…ですか?」 言う俺にアランは話を続けた。 「うん。ほら、どこまで忘れてるかとかって分からないからさ、実技の基本的なところを 一応、講義受けてきてくれないか?実践でド忘れしてたことがあったら色々困るだろう?」 なんとも言いにくそうなアラン。 「そ、そうですね…、わかりました。」 そう言う俺に、アランは一枚の紙を差し出した。 「すまん、アコの講義がほとんどなんだけど…頑張って!合流は2週間後でよろしく!!」 紙を俺に渡すと、アランはそそくさと小走りで去っていった。 紙を見てみると、受けるべき講義の時間とその名前が並んでいた。 講義はびっしり埋まっているわけでなく、一日に2、3程度ずつ入っている程度。 何も無い日もあり、さながら元の世界の大学の授業のような埋まり具合だ。 「ほほー、クリスは補習ですかー。」 いつの間に後ろにいたのか、アキが紙を覗き込んでいた。 「えー、一緒に行けるの2週間後〜?」 口を尖らせるレイナ。 「う、う〜ん、頑張って勉強してきます…orz」 俺はやるせなく声に出した。 大聖堂の中でレイナとアキと別れて外に出た。 入るときはやたら緊張していたが、何とか次に繋がる形になったからか、気分が随分と 軽くなっているのが自分でも分かった。 「よし、明日から頑張るぞ〜…っと!」 誰にともなく、空を見上げて声に出す。 ファンタジーの世界!やることは講義を受けること!なんとリアルなファンタジーなんだろう! 特務、任務、ニーナの過去…まだまだ分からないことだらけだが、進み始めた物語に 俺の心は少し高揚していた。 -------------------- 2007/08/23 H.N