懐中時計を見ると、時刻は夕暮れ時になっていた。 俺の遊んでいる鯖の臨時広場は旧剣士ギルド跡地にある。 ゲーム内ではプロ南から10秒もあれば到着する距離だが、実際歩くとやっぱり遠い。 広場には様々な人達が談笑していた。 狩りの内容や他愛もない雑談、色々な話が聞こえる。 肌の露出が多い職に俺の目は釘付け…いかんいかん。 臨時とか行ってみたい気もするが、そもそもヒールとかどうやって使うんだ? あれこれと考えていると、後の方から声がした。 「お、シキも臨時か?」 振り向くと俺より背の高い、細身だがガッチリとした体形の鎧を着た男が立っている。 隣には馬具?をまとったペコペコを引き連れている。 ロードナイトと言うやつなのだろうか、実際に見ると確かに強そうだ。 ちゃんとペコから降りてる辺り、何だか妙にリアルである。 しかしこいつは誰だ?思い出せないので記憶喪失を装ってみる。 「あ、ああ、ところでお前…誰?ちょっと朝ベッドから落ちて記憶が飛んだ」 「お前はギルマスの事すら忘れたのか」 LKはくだらねえ冗談だなあ、と苦笑してみせた。 こいつは名前をミスティと言う、喋り方はアレだが面倒見が良くて皆から慕われている。 「悪い、言われて思い出した」 「いい加減な記憶喪失だな、バードのジョークより100倍位寒いぜ」 「…」 俺はとりあえず話の矛先を変える事にした。 「それはともかく、お前が臨時とか珍しいな」 「北の迷宮に例のモンスターが出て怪我人が続出らしくてな、プリーストを探してたんだ」 「例のモンスターって…バフォメット?」 「そうだよ、アレの角がどうしても欲しいんだがな…いつも後一歩のところで逃げられる  ってお前が居るなら早く言えよ、ソロじゃ無理だから手伝ってくれ」 ちょっと待て、俺はまだこの世界に来て狩りをした事がない。 魔法の使い方すら分からないぞ。 しかもいきなりボスとか。 取りあえず断る事にする、記憶喪失で… 「すまん、魔法の使い方を忘れた。尻からでるかもしれないぞ」 「転生してまでお前は何を言ってるんだよ」 「まあちょっと身体の調子が悪くてさ…ボスの支援はできそうにない、すまん」 ミスティは何か察してくれたようで、あっさり引き下がってくれた。 ゲーム内なら喜んでついて行くんだが…マジごめんな。 「ねーそこのアーチャーさん、これからGD行くんだけどレベルいくつ?」 「タナトスタワーに入れる教授さん、いませんかー」 募集の声が響く臨時広場、非常に活気があって素晴らしい。 俺は思わず関心してしまった。 「しかし、沢山人居るなあ、俺の鯖過疎鯖だからこんないねえよ…」 自嘲気味に呟く俺、しかしミスティに聞かれてしまった。 「鯖って何だ、魚じゃねえの?」 「そそ、珍しい高級鯖缶でさ…」 …かなり苦しい。 きょろきょろと周りを見渡すと、剣士広場の訓練用の置物に寄り掛かっている女の子に目が行った。 少し不釣合いな短めのマントの中は身体の線が強調されたタイトミニのドレス…レオタード? ハイウィズが黒い長髪をなびかせて、燃えるような赤い瞳は少し物悲しそうに下を向いている。 プロポーション良過ぎるぜ…と視線が釘付けになった瞬間 俺は誰かに睨まれているのを感じてはっと我に返った。 彼女が被っている、いかにも魔術師らしい紫色の帽子 そこについてる目の玉が3つほど、俺をじろりと睨んでいた。 さすがマジックアイズ、俺の心までお見通しと言う訳か。 やべえ、と思ったらいつのまにか隣にいたミスティもにやにやして俺を見ていた。 「…なるほどなるほど、あの子を誘ってペア狩りしたかったのか、これは失礼」 「ち、違うって!これだけ賑やかなのに、何か静かにしてるからさ…」 「明らかに怪しい目つきだったぞ、俺も確かに可愛いと思うぜ」 「俺が直結みたいな言い方すんなよ!」 「直結ってなんだ?まあそういう事なら仕方ねえよな、邪魔すると悪いから俺は砦に戻るわ」 もう墓穴掘りまくり。 ミスティは健闘を祈る、と不敵な笑みを浮かべてすたすたと歩いて行ってしまった。 何が健闘だよ畜生、と呟くとハイウィズが顔を上げてこちらを見ていた。 「何か、御用でしょうか?」 彼女はとても小さな声で聞いてきた。 俺は頭が真っ白になって、思わずとんでもない事を口走ってしまった。 「よければ狩りでもどう?」 「…私で宜しければ是非」 彼女は突然の申し出に少し戸惑ったようだったが、軽く一礼して言ってくれた。 勢いっつーかなりゆきっていうか…つい言ってしまったがどうすればいいのか。 キーボードとかあるはずもない。 でも誘っちゃったからな…俺が狩場の提案とかしないといけないのか? パニクってきた。 「それでは夕食も兼ねて、打ち合わせしましょう」 ハイウィズはそう言って俺の前を歩き始めた。 そういや夕方、飯時だなあ。 俺は慌てて彼女の後ろを歩いて行く。 「嗚呼、そう言えば名前を聞いてませんでしたね」 「俺はシキって言うんだ、さん付けはなしな」 「私はアヤと言います、よろしくね、シキ」 自分の名を名乗る彼女はちょっと誇らしげだった。 07/08/26 「目が覚めたらROの世界だった! vol.8」スレ>>27