「あーもう、疲れたぁ〜!」 そう漏らすのは俺。 「あ…ははは、お疲れ様です、クリスさん…^^;」 ねぎらってくれるのはケミ子(仮)さん。 「だってですよ、講義終わった後に、そのチームの人に狩りに連れ出されるんですよー? ああもう支援のタイミングがどーの、ここではこの魔法使うべきだの、この角度で入れろだのー。」 俺の愚痴は続く。 「まぁまぁ、それだけきっと厳しい任務なんじゃないですか?愛の鞭ですよ、きっと!」 フォローを入れるケミ子(仮)さん。 講義を受けろと言われた二週間、最初の一週間こそそれだけこなしてれば良かったのだが その後は何だかんだで特務のメンバーに"実践"という名目で狩りに連れまわされていた。 特に同職のケイトから散々支援に関して手厳しい(そしてネチネチとした)指導を受けていたのだ。 「確かに彼女に一理ありますけど〜…ねぇ、もっとこう優しくできないかなぁって…。」 俺はため息混じりに不満を言い続ける。 任務が具体的にどんなものかはまだ何も聞かされていないが、全員転生職というところを見ると かなりの精鋭チームなのは分かる。 ただ、そこまで厳しくしなければならない任務というのは何だろう? それは毎日考えてしまうことだった。 「でもすごいですよね、そんな精鋭揃いのところに所属してたなんて。さすがクリスさん!」 満面の笑みで微笑むケミ子(仮)さん。 「何でそんな嬉しそうなんですか、こっちは悩んでるのに〜…。」 うだうだする俺に、ケミ子さんは笑顔のまま答えた。 「クリスさんがそんなに本音言ってくれるのって初めてなんです、嬉しくて♪」 夜まで続いた狩りが終わった後、突然転がり込んだ俺の愚痴を聞いてくれる彼女。 気兼ねなく話すことのできる唯一の存在。 俺もきっと彼女に随分お世話になってるんだな、そう考えると日頃のストレスも 薄らいでくる。 「うん、今日はありがとうございました。じゃぁそろそろ帰りますねー。」 そう言いながら立ち上がる俺。 「あ、あの…、クリスさんっ!」 帰ろうとする俺を、ケミ子(仮)さんは少しためらった感じで呼び止めた。 「え?」 呼び止められるのは想定外だった。俺は少し驚いて彼女を見た。 「あ、あの!好きですっ!!」 顔を赤らめて言うケミ子(仮)さん。 「……」 「……」 間。 「へ、ほえぇ!?」 残念ながらこのおかしな声を出したのは俺だ。むしろニーナに申し訳ない。 「…………」 「…………」 また間。 「……あ、ちがっ!あの、いや、好きっていうのはそういう意味じゃなくて…っ><」 何か間違いに気付いたようで、ケミ子(仮)さんは急に慌て始める。 「あのっ!改めて、私と友達になってくれませんかっ!」 まだまだ赤いケミ子(仮)さん。 「え、えっと、別に良いですよ…?というか、友達かと思ってましたけど…。」 真意が分からずどうにもあやふやに返さざるを得ない。 「ありがとうございます!じゃじゃじゃ、あのっ。クリスさんのこと、にににニーナって呼んで良いですか!?」 ひっきりなしに顔を赤らめるケミ子(仮)さんは、自分の両手人差し指同士をつんつん突つかせていた。 「あ、なるほど。うん、ニーナでいいですよー。」 そう言えばニーナを知っていた人は皆"クリス"と呼んでいた。 ニーナに何かこだわりがあったかは知らないが、仲の良い人ならファーストネームの方が良いだろう、 少なからず俺はそう思った。 「ありがとうございます!あ、あとついでに…。」 続けるケミ子(仮)さん。 「タメ口でも良いですか…?」 俺の顔色を伺うように覗き込む彼女。 「ああうん。そうですね、タメ口で良いですよ〜。」 そう答えると彼女は予想に反したリアクションをくれた。 「(゚Д゚)」 「……」 「……」 本日3回目の間。 「……えっと…、タメ口でいいよっ!」 ここからタメ口だったのか!そう思いつつ言い直すと ケミ子(仮)さんの表情が明るくなった。 「うんっ!に…ににに…っ、よろしく!ににに…にー!……な!!」 呼びなれていないようで、随分と詰まってくれる。 「よろしく、ケミ子さん!」 俺も改めて挨拶をする。 「…にっ…ーな!私の名前はケミ子なんて名前じゃない…よっ!!」 ちょっと膨れた顔をする彼女。 「あー、あはは、ごめん!名前なんだっけ…。まだ聞いてないのよ…(笑)。」 照れ笑いをしつつ聞く俺。そう、ケミ子(仮)さんていうのは俺の脳内で付けた名前なのだ。 「フィリアですっ!」 満を持しての名乗り。 「フィリア…いい名前じゃない。うん、何か心のつっかえが取れたみたい。」 本当は結構しっくりきてたんだけど、ケミ子(仮)さんていう名前。 「じゃぁまた今度お話しようね、フィリア。今日はおやすみ〜。」 手をぱたぱたと振り合ってから、俺は彼女の部屋を出た。 部屋を出ると、ちょうど階段から誰かが上がってきたところだった。 「こんばんわー。」 ハイプリの俺は礼儀正しいぜ!ここら辺嫌らしいけど、聖職者らしく挨拶は徹底なのだ。 「こんばんわー。…あれ?」 相手も挨拶をしてくれた。アルケミストの男の人だ。 「あー、クリスさんじゃない?ほら俺、この前 氷のダンジョン一緒に行った!」 嬉しそうに言うケミさん。 「あー!先日はどうも〜♪あ、まさかフィリアさんと知り合いだったり?」 名前聞いてて良かった! 「クリスさんってフィリアと知り合いなんだ?へぇ、世間って狭いね〜。」 機嫌良さそうに言うケミさん。 「こんな夜更けに何か変なことしてたら殴りこみますからね、うふふふふ♪」 そう言いながら俺は自分の部屋に入る。 「いやっ、そ、そんな関係じゃないってばっ!…というかクリスさんて隣の人なの!?」 驚きを隠せないケミさんを尻目に、俺は手を振りながらドアを閉めた。 耳を澄ませているとノックの音がして、少し話す声も聞こえてきた。 しばらくすると、どうやらケミさんはフィリアの部屋に入っていったようだ。 「…いや!これ以上は失礼だな、うん!」 俺は壁から離れ、ベッドに横になった。 …となりは何してるんだろうなぁ。 ふと、そんなことを思う。 ケミ子(仮)さん…フィリアもこんな仕事柄、色々な人と面識を持っているだろう。 俺の他に仲の良い人だって当然いるはずだ。 それに引き換え…俺は…俺と仲の良い人って、この世界に何人いるだろう? そんなことを考えると、少し鬱になってきた。そして少し、怖くなってきた。 そもそもニーナではない"俺"の存在を知っているのはスーさんだけだ。 それ以外、"俺"はニーナと認識されている。"俺"はこの世界にいるはずのない人間。 「…まぁ、考えすぎだな。」 拭いきれない鬱陶しい気持ちを胸に起き上がる。 「俺にも、友達いるもんねっ!」 …誰に言ってるのかは知らないが、おもむろに鞄を漁る俺。 一枚の封筒を取り出し、その中から写真を引っ張り出す。 「ユキさん、おひさ〜♪」 …本当に、誰に言ってるんだろうな俺。 ユキさん達と別れる前、ユキさんと二人で撮った写真。 あの日以来、この写真は鞄の奥のほうにしまいこんでいた。 何でだろう?多分、忘れたかったからかもしれない。何を? 人殺しを。 その思考に辿り着いた途端、脳裏にあのローグの死に際の目が浮かんだ。 …しかし、それ以上何も思わなかった。 「…ふっ切れた…ってことかな。」 一人つぶやく。 そう思った瞬間、俺はユキさんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 ずっとしまいこんでて、ごめんなさい。 「明日写真立てでも買ってくるから、許して!」 そう言いながら写真を封筒に戻し、タンスの上に置く。 タンスの上にはいつも通り写真立てが置いてあり、そこには二人のハイプリが笑顔で微笑んでいる。 「あ…そうだ、最近忙しくてそれどころじゃなかったけど、このハイプリさん探そうとしてたんだ…。」 今更な俺。 「明日が最後の講義で…、明後日からついに任務が何かあるんだよなー。」 スケジュールを見ながらごろりと転がる。 「よし、明日は色々当たってみるか…。」 窓を開け放ち、んーっと背伸びをする。 冷たい風が心地良い。部屋の灯りを消すと、夜空の星が際立って見えた。 そういえば元の世界は夏だったけど、今どうなってるのかなぁ。 そんな他人事のようなことを考えながら、星を眺める。 「俺、死んでませんよーにっ!」 少し可愛らしく星にお願いをしてみた。まぁ、なるようになれ、だ。 -------------------- 2007/08/27 H.N