最後の講義、「パーティ構成と精神連結」。 一目見て、ぶっちゃけ何の講義なのか分からなかった。 席についているのは50人くらいのアコだけで、ハイプリはおろか素プリすらいない。 今までの講義も同様で、基本的にはアコしかおらず、たまに…こう言ってはなんだが 出来の悪そうな 素プリが混じっているくらいだった。 はぁ、でも絶対俺も出来の悪いハイプリだって思われてるんだろうなぁ…。 俺は一人ため息を付く。 ニーナは(多分)INTカンストしてるから、これは屈辱だよなぁ…。 俺はまたため息を付く。 当然と言えば当然かもしれないが、講義室のアコがちらちらと俺を見てくる。 それにも関わらず、話し掛けてみると話をすぐに切り上げて逃げてしまう。 一人二人ならまだしも、話し掛けた全員が、だ。 なんともかんとも居心地が悪かった。そのおかげで、ニーナと写っていたハイプリを探す気力が 無くなっていたことは確かだった。…言い訳かもしれないが。 やるせなくなり、講義前に指定されていた分厚い本を取り出してぱらぱらと眺めてみた。 この世界の言語は英語に似たようなものではあるが、不思議と読み書きはできる。 書く文字はいかにも女の子の綺麗な文字で、俺オリジナルのクセは見る影もなかった。 文房具は付けペン。インクを先っちょに付けながら書くタイプのもので、当然今まで そんなものを使ったこともなかったが、すんなりと使うことはできている。 改めて、違う人間の中に入っているんだなぁという気がする今日この頃だ。 「お姉様!」 どこかで聞いたことのあるような台詞に俺は顔を上げた。 右上を仰いで見ると、一人のアコが立っている。若い男の子だ。 「あ、私ですか?何でしょう。」 講義の前後で話しかけられることは初めてだったので面食らったが、冷静を装い返事をする。 しかしこのアコ、やっぱりどこかで見た覚えがあるような…。 「…あ!」 俺は思わず声に出してしまった。そう、臨時広場で話し掛けてきた、マゾ系アコライトだ。 「思い出して頂けましたか!ありがとうございます、また宜しくお願い致しますね!」 丁寧な口調で返してくれるアコ。しかし"また"が指しているのはきっとアレなんだろう。 「あーっと、君も受けてたのね。」 なるほどなるほどと頷く俺。さすがにここで"いたぶってくれ"とは言ってこないだろう。 「はい、お姉様のお姿が見えたのでいてもたってもいられずに!」 興奮しながら言うアコ。 「でも私、ここ二週間 色々な講義受けてたから、今まで実は会ってたかな?」 その割に見覚えはなかったなぁと思い返す俺。 「あ、そうなんですか。私、実は二週間ぶりに講義に出るんですよ。」 ふぅ、と一息付くアコ。 「何かあったの?」 流れで聞いてみる。 「いやぁ、二週間前に変な人に話し掛けてしまいまして、ずっと放置プレイされてました><」 あちゃーと言った顔を浮かべて舌を出すアコ。 「変な人っているんだねぇ、あはは…。」 誰のことかは伏せておこう。 辺りが急に静かになった。 講義室にこの時間の担当の神父が入ってきたのだ。 「あ、お時間ありましたらまた講義の後にでも…。」 アコはそう言い残して少し離れた席に戻った。 そのまわりのアコ達が変態アコを突っついたり話し掛けたりしている。 俺をちらちらと見て、しかし俺と視線が合うとすぐにそっぽを向いてしまう。 「──…従ってつまり、パーティとは精神的な繋がりを持つものであり──…」 講義は続く。 本の図を参考に、神父が解説をしていくような形態の講義だった。 「──…通常これらは無意識の内に成されるものではあるが──…」 そういえばマグニフィカートとかのパーティ全体を効果範囲とする魔法、何気なく使っていたが 色々と仕組みがあるんだなぁ…と思わず納得したり。 「──…人間の精神力で安定する人員数は──…」 そういえばパーティって人数制限あるんだよなー。 「──…このネットワークはリーダーとするプールと各自のプールが同調することによって──…」 …プールかぁ、元の世界はプールの季節だなぁ。…じゃなくて、ここで言うプールっていうのは 精神的な塊…魂のことを指していて、それが他の人と同調することで精神的な関係が出来て? 「──…というわけで例を見てみましょう。クリスティアさん──…」 そういえばクリスティアっていうのはニーナのファミリーネームだよねー。 「──…ニーナ・クリスティアさん?」 うん、だからクリスティアっていうのはニーナのファミr 「え、あ、はい!?」 俺が呼ばれてた! 「折角なので、マグニフィカートで例を見せて頂けませんか?」 にこやかに微笑む神父。 「あ、はい!」 慌てて立ち上がる俺。椅子に足をぶつけて少し痛かった。 講義室内は少しざわざわとしていた。 あーもうまた変なこと言われてるよ絶対…このバカハイプリにできるのかー!?とか…。 ネガティブ思考の俺だったが、腐ってもハイプリなので礼儀正しく丁寧にをモットーに。 「それでは、拙い魔法ですが…」 ふかぶかとお辞儀をしてから約50人に向かって微笑む。そして目を閉じる。 今までは無意識にやってたからなぁ…。 そう思いつつも講義を思い出す。 目を閉じた暗闇の中に、うっすらと光の糸のようなものが見えた。 かなり薄くて注視しないと見えない程度の何か、だ。 さっき言ってたのはこれかな…? 少し意識すると、その光の糸を「拾う」ことができた。 「拾う」というと語弊があるのかもしれないが、この感覚は他に説明しようがなかった。 元の世界に無かったもの…即ち魔法の捉え方の一つと言えば良いのだろうか? それはさておき、とりあえず「拾う」だけ「拾って」みるかー。 ここはチャレンジャーな俺だ。 こいつとこいつ、こっちもいけるかな…。あ、ここにも…。 「拾う」のが楽しくなってきた。 「─…クリスティアさん、大丈夫ですか?」 神父の声がした。「拾う」のに夢中で時間を掛けすぎてしまっただろうか。 「あ、すいませんっ。ではいきますねー。」 目を開けて、まず神父に一礼。そして講義室の約50人のアコに向かって一礼。 指をまわす。一応、いつもより少し大きく唱えてみる。 「マグニフィカート!!」 …その瞬間、講義室いっぱいに光が満ち溢れた。 講義室全体が光っているような…そんな光景が目の前に広がった。 「のわっ!?」 予想外の展開に俺は驚く。 またしてもおかしな声を出してしまったが、しかしそれはアコたちの声にかき消された。 「うわ、何今の!?」 「まぶしかったー!」 「あれ、俺にも掛かってるよ!?」 …等々。 「静粛にっ!静粛にーーっ!!」 教壇で神父が手を大きく振りながらアコたちを静止させようとしていた。 しばらくすると、神父の頑張りもあってかようやく講義室内は静まった。 「おほん。…とまぁこんな風に精神のプールを同調させれば安定人数を超える範囲も可能に…」 そう言いながら神父は俺の顔をちらっと見た。 「…50人という大人数に掛けられるのはひとえに信仰の厚さによるものです。…みなさんも 見習うように…。」 綺麗にまとめた神父。 そこで教会の鐘が鳴った。 「うん、それでは今日はここまで。そうそう、クリスティアさんは今日までの視察なので、 何か話してみたいことがあれば話し掛けてみると良いでしょう。」 神父はそう最後を締め、一礼。そして俺に一礼。そのまま講義室から出て行った。 再受講ではなく視察…という名目で講義に出されていたわけか。 アコたちが余所余所しかったのも何か分かったような気がした。 何はともあれ講義は終了…。 荷物を片付けていると、変態アコが声を掛けてきた。 「お姉様!さっきのは凄かったですよ!!私もお姉様みたいになれたらなぁー!!」 感極まるって感じだった。 そんな変態アコも、押し寄せる人波に押し流された。 「あの、すいません!ちょっと聞きたいことが…!」 「いや私が先に並んでたよ!!」 「ああ僕相談が…っ!!」 …等々。 色々と聞かれたが まとめれば、今までどんな狩場で狩ったのかだとか、これからの勉強法だとか、 スキル修練の方法だとか、臨時の経験だとか…。 できる範囲で答えてみたが、流石にこの人数は疲れる。 「すいません、用事がありますのでそろそろ…。」 そう切り出すと、予想に反してアコたちはすんなりと終了を認めてくれた。 「ありがとうございましたー。」 そんな声がする中、最後にこんな声が聞こえた。 「あのクリスティア様にお話させて頂いて、感激でした!」 …という一声。 「…え?私のこと知ってた?」 思わずそう言い振り返ると、女の子のアコが顔を赤らめて俺を見ていた。 「え、あ、はい!伝説のヒーラーですので…!」 「ね!クリスティア様だって知ってればもっと早くに声掛けたのに〜っ!」 女の子はまわりのアコと頷きあって最後に俺を見た。 変態アコも少し遠くでうんうんと頷いていた。 軽くお辞儀をし、俺は変態アコの腕を取り講義室を出て行った。 「お、お姉様!?今日は大胆ですねっ!?(*ノ▽ノ)」 大聖堂の廊下の端に変態アコを連れ出す。 「…私って、結構有名?」 まず確認。 「ええ、ヒーラー目指すアコで、知らなかったらモグリってくらい有名ですよ? まさかお姉様がクリスティア様だったなんて!私も鼻が高いですっ!!」 何故高いのかは知らないが、変態アコは即答した。 「んっと、このハイプリさん、誰か知ってるかな?」 今日の最終目的。写真に写ったハイプリの正体。部屋から持ってきた写真を変態アコに 見せてみる。 「…すいません、私はお姉様の名声しか伺ってないので…。」 変態アコは申し訳なさそうにそう言った。 「うーん、了解!じゃ、今日はありがとね!」 アコたちの話を聞いていた為、時間はもう遅くなっていた。 講義終了の時間から色々当たろうと思っていたので、このズレは想定外だった。 「あ、お姉様!」 去ろうとした俺を変態アコが呼び止めた。 「あの、ついでに私をいたぶって行ってくれませんか>▽<」 「ホーリーライト!ホーリーライト!!」 今日はいつもの二倍だ!気絶するアコをよそに、俺はとっととその場を後にした。 大聖堂には人気が既に無くなり掛けていた。 受付や掃除などをしている修道女さんや、講義帰りのアコやプリなどが少し見受けられるが…。 「クリス〜!!」 そんな中、遠くから俺を呼ぶ声がした。 振り向くと、特務のプロフェッサー アキが小走りで寄ってきた。 「あれアキさん、どうしたんですか?こんな遅くに。」 特務の呼び出しだろうか?そう思いながら聞く俺。 「クリス、今日が最後の講義だから待ってましたの。」 息を切らせる様子も無く、うふふと微笑むアキ。 「講義はもう随分前に終わってると思いましたけど…?」 アキは少し待ち疲れたようにみえた。 「それがですねー…」 俺は今まであったことをかいつまんで話した。 「なるほど、クリスってそういうのにも才能あったんですわねー。」 うんうんと納得するアキ。 「またレイナに好かれますわね、あのコ 才能ある人にゾッコンなんで…。」 うふふとアキはまた微笑む。 「あ、それでですね、これからちょっと人探しをしなければいけないんで…。」 そう、俺は写真に写っているハイプリを探さなければいけない。 「あら、その写真の方ですか?」 そう言いながら、俺の持っていた写真を覗き込むアキ。 「あ…このコ…。」 驚いたようにアキは俺を見た。 「…え、アキさんご存知なんですか?」 驚く俺。 「えーっと…うん、はい…。」 アキは目をそらしてうつむいた。 「このコ…半年前に亡くなりましたわ…。」 アキから、最も予想外の答えが返ってきた。 買ってきた写真立てに、ユキさんと俺の写った写真を入れる。 一息付き、隣の写真立てにも写真を戻す。 アキの話によると 写真に写ったハイプリの名前はステラと言うそうで、 そこら辺の話は以前ニーナから聞いていたらしい。 半年前にモンスターとの戦いで散ったそうだ。 ニーナのことを知る手掛かりの一つを失ってしまった。 その名前から情報が出てくる可能性はまだあるだろうが、とりあえずその虚脱感に苛まれ 俺は気力を失っていた。 「明日から任務か…。」 言いながら写真立てを見る。 もういない友達が写った写真。 もう会えない友達が写った写真。 …そこに写っている顔は、全て笑顔だった。 「寝よう…。」 やるせない、夜だった。 -------------------- 2007/08/28 H.N