「来た直後の初心者、か」  泣きつかれて、眠ってしまったフィーナを空き室に運び、オレ達は新規に来てしまった 少女について話し合った。  フィーナと会ったのはついさっき。フィーナの事をそれほど知っているわけではないが、 何も知らないルフェウスにはそれなりに重要な話だった。 「しかし、わざわざこんな男所帯のところに連れてくるなんて」 「仕方ないだろ?傍に誰もいなかったんだから。  それにあんたネナベじゃないか。問題ないだろ」  そうなのだ。オレやラルと違って、ルフェウス(の中身)は女だった。メインキャラを 男アカウントで取っていたため、こっちの世界にやってきた時はご丁寧にも男の姿になっ てしまったのだ。 「リディック。それは禁句だと何度も言ってるじゃないか」  あははは、と笑いながらもルフェウスの目は笑っていない。 「そんなことよりも、どうすんだ?あのノビ、知り合いがいるみたいなんだが?」  頬杖を突きながら、ラルはフィーナが寝ているであろう部屋の方向へ指を指す。 「知り合い、と言ってもリアルじゃなくプレイヤーなんだろう?面倒な事になるかもしれ ないなあ」  ルフェウスが唸る。  リアルとプレイヤーには大きな隔たりがある。  まず常時ログインしているわけだが、意識がなくなったときにログアウトという事にな っているらしい。むろん、起きている時は常時ログイン状態だから、それを不信に思う者 も出てくるはずだ。故にギルドもそう入れるわけではない。  そして、確かにここはゲームなので、死ぬ事は無いのだがダメージを受けたら、やはり 『痛い』のだ。オレがこっちに来た時には既にMEプリーストであったから、試しにニブル の村に行ってみた。  結論から言うと、もう二度と行くもんかと心に決めたものだ。  …あの時はマジで洒落にならんと思った。バックサンク中にフェンつけてME唱えて。ボ コスカ殴られたときはいっそ殺してくれと思ったくらいだ。  おかげで、まともにソロ狩りが出来やしない。  ……まあ、支援VITプリ選んでなくてよかったと心の底から思ったけどな。  と、話が脱線した。  つまり、プレイヤーには『痛み』はなくとも、こちらにはあるわけだ。それだけで、一 緒に狩りなどできるはずも無い。  そういったもろもろの隔たりがあるので、あまり親しい間柄にあるプレイヤーは殆どい ない。というのもこういった状況だ。もともとゲーム上で知り合った人や所属していたギ ルドとはなんとか理由をつけ別れるしかなかった。そもそも、生活スタンス違うもんな。 「とりあえず、明日は図書館に連れて行って、いろいろ教えないと」 「そうだな…」  何故か図書館では、自分達が情報を収集する時にネットでサイトを見るような情報を手 に入れることが出来た。新パッチが実装されれば、それに対応する本が出てくるのだ。 「なんにしてもケル姐には伝えなきゃならんだろ」  ケル姐――ケルビムさんは恐らくオレ達の中でも恐らく最初にこちらに紛れ込んでしま ったスナイパーの女性だ。こちらに来てしまった人たちを見つけて、色々と手を回してく れている。リアルの人たち中心のギルドを作り、そこのギルドマスターを勤めていた。  オレ達も一時そこにやっかいになっていた時もあったが、ギルド枠の関係で離籍をして いる。だが、交流は今だ途絶えてはいない。 「結構遅い時間だし、明日WISしてみるさ」  きっと姐さんなら手助けしてくれるはずだ。 「たのむよ」  ルフェウスはそう言うと席を立つ。と、くるりとオレの方を見た。 「…そういえばリディック。今日取ってくる予定だった植物の茎…どうした?」  ………あ。 「まさか、忘れてたなんて言わないよな?」 「…ほ、ほら!今日はフィーナに会ってそれどころじゃなかったんだよ!」 「へぇー?話聞けば、フィーナにあったのは昼過ぎだって言ったなかったっけ?  たしか朝、家を出て行ったよな?なんか、随分時間空いてるようだけど…?」  ルフェウスの背後にまるでファイアーウォールを見たような気がした。 「いや、明日フィーナを図書館に…」 「問答無用!!ノルマ100本とっとと行ってこーーーい!!!」  まずい、このままではイクラを投げられる…!! 「おい、ラル!お前も付き合え!」 「な、なんで俺も!?」  抗議の声を上げるラルを無視して、俺はワープポータルを唱えた。現れる光の柱。そこ めがけてラルを突き飛ばし、自分も入る。  マンドラゴラ程度、準備の必要なんて無いよな、うん。 「…あ、あの…?」 「よーぉ、よく眠れたかー?」  おどおどとリビングに顔を出したフィーナにオレは軽く手を上げた。  泣いた所為か目の辺りは赤く腫れていたが、それほど目立つものではない。そう、整え る暇もなく、ぼさぼさになった頭。寝不足の充血した目をしたオレに比べれば全然だ。  …ちきしょう、なんであんなにドロップ率悪いんだよ…、マンドラゴラめ…。  因みにラルは爆睡中だ。オレもまだ寝てたかったのだが、ルフェウスにたたき起こされ ためそれもまま成らなかった。 「あの、…皆さんは…?」 「あー、ラルは爆睡中で、ルフェウスは仕入れに行った」  かしかしと頭を掻きながらオレは洗面所に向かう。プロンテラは水道が完備されており、 現実の世界のように蛇口から水が出る。…しかし、あれだ。盗虫の沸いたところから水を 引いてるわけじゃない…よなぁ…。  顔を洗って、水晶鏡を覗き込む。そこには金髪碧眼の男の姿。うむ、今日も良い男だ。  フィーナも終わったのだろう、再び部屋に戻る。  こういうことはしっかりしているらしく、朝飯の準備は既にルフェウスがこなしていた。 なんというか、さすが元女というよりもまるで主婦だ。 「とりあえず、今日は図書館行ってこっちの世界を知ることと、この町の施設を案内する」 「…はい」  やはり、まだ慣れていないのだろうフィーナは俯き加減で頷いた。初めはそんなもんだ ろうと、オレもルフェウスの用意した朝飯を食べながら、フィーナの様子を伺った。  うん。さすが製薬ケミ。料理の腕はやっぱり良い。  懐中時計を開くと午前8時。今日は平日。故にプロンテラの街には冒険者は殆どいない。 プロンテラの南北に伸びる大通りには看板を引っさげた露店商人たちが溢れている。その どれもがAFKの露天商たちなのだろう。正直こんな時間に街を歩くなんて、休日が暦上と は違う職の方々か、…いわゆる…いや、そこはあえて言うまい。  多分オレ達もきっとその仲間だと思われてるに違いない。 「…こんなに人がいるんですね」  しかし、AFKの概念を知らないフィーナにとってはこの商人達が実際にプレイしている ように見えるのだろう。…まあ、あながち間違いではないけどなあ… 「ここは、露店通り。プレイヤーが敵を倒して手に入れた物や、安く仕入れた消耗品とか を売ってるんだ。  武器とか防具、他に手に入りにくいものはここで探すことになるな」 「…こんなに沢山の店で探し物なんて…難しそう…」  うん、確かに普通はそう思うよな。 「まあその点は大丈夫だ。基本的に物の売り買いはルフェウスの担当だから。あいつに任 せとけば問題ない」 「え?でも…」 「あいつ商人系だから、ここの事は熟知してるんだ。ヘタにオレ達が手を出せばぼったく られること必須だからな。  そもそも、フィーナは『相場』ってしらんだろ?」 「…はい…」  用語自体も知らないフィーナが相場を知ってたら、それはそれで恐ろしい。  この世界に飛び交う略語だってなれないうちはなんだかわからないものばかりだ。  俺も最初『木琴』って聞いて、楽器かと思ったわけだしな。 「武器や防具については少しずつ説明するさ。数が半端無いからな」  放置露店商人たちの脇をすり抜けそのまま北へ足を運ぶ。しばらく進めば露店を出して いる商人たちの姿も少なくなっていく。  道なりに真っ直ぐ進むと中央噴水が見え、その両脇に道具屋と武器屋が見えてきた。 「左右の建物はNPCによる武器や、道具を売っている店がある」  もちろん、こういった買い物もDCを持っているルフェウスの担当でもあるわけだが。 「…NPC?」  フィーナはきょとんとした顔でオレの方を見た。 「さっきの商人さんたちとはどう違うんですか?」 「…あー。あれだ、正直な話『オレ達』にとっては違いは無い。  ゲームに配置された町人なんだが、どういうわけか普通に会話が出来るし…というかオ レ達と全然変わらないんだ。  さっきの露店商人たちとの違いは、プレイヤーかプレイヤーではないかの違いだけだ」  そうなのだ。どういうわけか、ゲーム上に配置されているNPCたちはごく普通に日常生 活を送っている。決められた台詞を延々と繰り返すわけではなく、その各々がまるでオレ 達が元いた世界の人たちのように日々を送っている。  こうして歩いている大通りには、プレイヤーが操作しているキャラ以外にも町人の服装 をしている人たちが歩いているのだ。見分け方は至って簡単。冒険者の格好をしているか していないかだけ。  オレも初めてそれを知ったときは驚いたものだ。  大きな握手をしているオブジェクトが見え、中央通りから幾分外れたところに図書館が 見えた。  途中中央カプラや、ジョンダ、ホルグレンのことを思いだしたが、先に図書館に行く事 を選んだ。なによりもフィーナにこの世界の事を理解してもらう必要があるからだ。  話して伝えても良いのだが、必ずそこにオレ自身の主観も交えてしまう。必要なのは偏 った知識ではない。何も知らない状況だからこそ、自分自身で理解して欲しいのだ。  たぶんそこで、オレ達の気づかなかった『何か』を見つけてくれるかもしれない、そう いう期待をしていた。  大きな木製の扉を開くと、所狭しと本棚が陳列している。入り口の傍にはカウンターが ありそこに司書がオレ達の方を見て、小さく会釈をした。  図書館内にはちらほらと人の姿が見受けられるが、そのどれもが冒険者ではなく、この プロンテラに居を構えている言わばNPC達だ。 「…大きな図書館なんですね…」  ぐるりと見渡すその館内は広く、そこに鎮座している本棚の量は半端な量ではない。  しかし、オレ達が必要としている情報はごく一部。後は、専門書や歴史書といった『ゲ ームには必要の無い』本ばかりだ。  オレはフィーナを連れて、迷うことなく館内のある一角に向かっていく。  窓の明かりは本棚によって遮られ、薄暗いその場所に目的の書籍があった。 「…えーっと…」  本の背表紙のタイトルを指で追う。冒険者の職業、世界地図、魔物の分布と種類。その 3冊を手に取った。 「とりあえずこの3冊を読んで理解して欲しい。そんなに難しい事は書いて無いとは思う が…」  それほど厚い本ではない。読むだけなら1日で読みきれる量だ。ただ、それを理解して 行くのは『初心者』にとっては難しいかもしれない。 「はい!頑張ります」 「ここの本は貸し出しOKだし、返却にも期限は無いから、気になったことがあるならいつ でも借りに来ても問題はない。  まあ、ただ一人3冊までという制限は付いてくるけどな」  受け取った本を胸に抱え、フィーナは大きく頷いた。