「おはようございます」  晴れやかな笑顔で挨拶するのはフィーナだ。 「……よう…」  複雑な顔のまま挨拶をするのはオレだ。 「…おはよう?」  その対照的なオレ達に首をかしげながらルフェウスは挨拶を返す。  昨日の夜、フィーナはこれからの自分の身の振り方を決めた。本当なら諸手を上げて応 援すべき事なのだろうが、フィーナの決めた職というのがオレ自身が戻る術として考えて いた職そのもので、しかもスキルもそのように取るというのだ。  つまり、フィーナは魂型ソウルリンカーになると言った。  あまりにも都合がよすぎて、オレがフィーナにそれを強要したかのような話だ。  止めたよ、オレは。  ソウルリンカー自体珍しくは無いのだが、大半がエスマ型だ。魂型をやらないという事 は無いと思うがメインに持ってくるのは殆どいないし、育成はスキル構成上マゾ仕様だ。 と言うのもエスマを取るとなればスキルポイントは圧迫し、魂は殆ど取れない。一人、二 人分の魂ならともかく、リアルの皆の職を考えるとエスマを取るというのは選択肢に含ま れない。確かに全部1レベルにしたら取れなくも無いと思うのだが、何故かフィーナはそ れを拒んだ。もしダメだったら意味が無い、とそう言っていた。  説得もしたさ。魂リンカーになったとしても、それが決め手になるわけではないと。  しかし、フィーナは頑として譲らなかった。見た目に反して非常に頑固だ。  結局オレの方が根負けしてしまい、ステータスはどうしたら良いかとか、転職はどうし ようかとかそんな話をしているうちに、あっという間に時間が過ぎて寝たのは明け方に近 かった。二日連続の睡眠不足だ。あー、頭いてえ…。 「その顔は、何か進展あったみたいだね」  リズムよく動かす包丁の手を止めないまま、ルフェウスはフィーナに問う。 「はい。私ソウルリンカーになろうと思います」 「…ソウルリンカー?」  ルフェウスはチラリとオレの方を見た。オレは苦々しい笑みを浮かべて頷いてみせる。 「そっか。リンカーか…。  いいのかい?転職やステータス振っちゃうと、もうやり直しは効かないんだよ?」 「決めました。昨日借りた『職業』の本を読んで、これにしようって決めたんです。  後悔はしてません」 「…そっか。  フィーナがそう決めたんなら、僕は何も言わないよ。  頑張って」 「はいっ!」  ルフェウスの言葉にフィーナは元気良く返事をする。その様子についついオレはルフェ ウスの近くに寄った。 「…止めないのかよ。フィーナがやろうとしているのはエスマリンカーじゃなくて魂リン カーだ。それがどれだけ辛いか判らんでもないだろう?」 「フィーナがそう決めたんなら、僕たちがあれこれ言う必要はないんじゃないかな。  それとも、リディックが『リンカーになってくれ』とでも言ったの?」 「いや、そんな事は一言も…」 「なら問題ないと思うな。どんな趣味ステだろうと楽しくやろうと思えばそれなりに出来 るもんだよ。僕だって製薬ステのケミだし外に出ることなんて殆ど無いさ。でもつまらな いと言われてる商人系だったとしても、物買うときとかの交渉とか色々楽しんでるつもり だよ。  狩りがしやすい職が面白いとは限らないんじゃないかな」 「むぅ」 「それによくリンカーはエスマが良いと言っても、それじゃあテコン時代はどうするのさ。  武器の装備できないテコンでINT極振り。それも結構くるものがあると思うんだけどな あ?」 「むうう」 「だからさ、僕たちはいかにフィーナの手助けを出来るか、それだけで良いと思うよ。  困った時だけ、助言なりなんなりしてさ」 「………。  時折お前が非常に大人に見えるときがあるんだけど…」 「リディック過保護すぎるんだよ。  そりゃあテンプレ通りにやってれば問題なくても、それじゃせっかく芽生えた個性を潰 してしまうこともあるだろう?  真横に立ってあれやこれやなんて言うんじゃなくて少し離れた目線で見ないと。  フィーナはリディックの分身じゃないんだからさ」 「…前から聞きたかったんだが…、あんたのリアル年齢いくつだよ…?」 「はっはっは。  中の人はいないと答えておこうか」  いつものように爽やかな笑顔を浮かべるルフェウスにオレはつくづくこいつにだけは勝 てないと思うのだった。 「今日からレベル上げ?」  朝食を終えた後、食卓を囲みながらルフェウスはフィーナを見た。 「はい。まだわからないことだらけですが、ちょっとでも外を見て見たいですし…」 「ということでさ、ノビの装備できるものとかないか?」  フィーナの装備はコットンシャツにナイフといった、ノビの基本装備だ。初心者修練所 を通ってないので初心者グッズは持ってなかった。 「…アドベ、サンダル、フードにガードかあ…」 「オレの方はプリ装備しかないから、フィーナには貸せないんだよ。  ラルも使ってないガードとかあるか?」 「俺は盾必須の狩場に行ってる訳じゃねえから、貸せねえことはねえけど、ノビ時はお前 が壁するんだろ?マイン以外必要なくねえか?」 「そりゃそうだけど、あれば便利かなあとかさ。つか、オレマインも持ってないけど」 「ポポリンマーリンやってりゃ1日もしないで上がるっての。  倉庫行けば星3つのマインがあったはずだから、それ貸してやるよ」 「サンキュ、遠慮なく借りる。  したらオレ準備してくるわ」  そう言ってオレは自分の部屋に戻る。  そう言えばノビの壁なぞ、こっちに来てから初めてだ。どんな防具を着ていくべきか。  クローゼットを開けるとそこには吊るされたセイントローブ。普段は闇服かアコセット で、それでも問題ないと思うんだが…マーリンってフロストダイバー使ったっけなあ。凍 ると相当恥ずかしい事になりそうだと、オレはマルク挿しの服を手に取った。  服以外はほぼ1択で、後はいつものクセで青石を持っていく。  MEしてないが、無いと落ち着かないんだよなぁ。青石って。 「じゃあいってらっしゃーい」  ルフェウスに見送りされて、オレ達は家を出た。ちらほらと昨日以上に冒険者の姿が見 えるのは今日が土曜だからだろう。 「倉庫寄るからちょっと待ってろ」  そう言い、ラルは中央カプラの方へ行く。 「…倉庫?」 「ああ、普段使わないものとかなカプラから倉庫を借りて入れとくことが出来るんだよ。  まだフィーナのジョブは1だから倉庫を使う事はできないけどな」 「そうなんですか。  あ、カプラさんというのはあの人ですよね?」  そう言ってフィーナはプロ十字路の下、露店の多く立ち並ぶ場所にいるカプラ嬢、ディ フォルテーを指差した。 「…あれ?フィーナはカプラ知ってんのか?」  昨日は、後回しにしようとしてあの後テロがあったから、ちゃんと教えていなかったと 思ったんだが…。 「はい、何をする人なのか良くわからないのですが、このゲーム始める前に公式サイトに ミニゲームがあって…。その中に出てきました」  うーむ、オレがこっちに来ている間にそんなものが出来ていたのか。 「まあ、カプラっちゅうのは町から町の移動をしたり、死に戻りや蝶の羽と言う帰還アイ テムを使ったときに戻る位置を決めるのとか、倉庫を借りたり出来る便利屋みたいなもの だ。  後でどうやって使うのか教えるさ」  そんな会話をしているとラルが倉庫から戻ってきた。 「これで問題ないだろ」 「ありがとうございます」  受け取ったマインゴーシュは鞘に納まっていて、柄は随分ほつれている。相当使い込ん だのか、古いものなのか。 「しかし、あれだな。  いくらノビの格好してても女の子が包丁以外の刃物持ってるのは、非常に違和感がある」  受け取ったマインゴーシュは思った以上に重いらしく、フィーナはそれをまじまじと見 つめている。いくら鞘から外してないとは言え、殺傷力の高い刃物を見つめるフィーナを 見るとそんな感じがしても仕方ないはずだ。 「そんなもんかね。  つか、お前の話聞いてると女ならプリだろとかそんな風に聞こえるぞ」 「そんな事は無いと思うんだけどな」  フィーナはマインゴーシュを腰のベルトに括りつける。 「で、ラルは蟻穴の卵割りか?」 「ほぼ日課になりつつあるが」  げんなりした顔でラルは首を振った。 「…それが一番の収入といえるから泣けてくるよな…」  脳裏ににっこりとミミック挿しクリップとミストケース挿しハットを渡したルフェウス の顔が思い出される。  空瓶も良い金額で売れ、時折落ちる青箱とプレ箱も大きな収入源だ。 「じゃあ途中まで一緒か」 「そういう事だな」  のんびりと話しながらプロンテラ南門を抜けるとそこには大草原が広がった。城壁を背 に談笑する冒険者達もちらほらといる。  この広がった草原に目を奪われたのかフィーナは大きく息を吐いた。 「すごいだろ?」 「これだけ広い草原なんて初めて見ました。…なんか、壮大ですね…」 「他ん所に行けばもっと凄いところや綺麗なところもあるさ。余裕が出来たら、いろんな ところに一緒に行ってみるか」  何気なく言ったオレの言葉にフィーナは一瞬オレの方を見て、慌てて草原に目をやった。  ……?なんなんだ? 「………。  無自覚ktkr」  後ろで深いため息を吐くラルの呟き。  だから、なんなんだよ? 「ああ、そうだリディック。  支援くれ」  何かを思い出したかのようにラルはオレの方を向いて支援を求めた。 「ん?言われんでもそのつもりだが、なんかあったか?」  ラルの言葉にオレは首をかしげる。別にやらないつもりは全くなかったのだが。  とりあえずブレスと速度をラルに掛け、 「フィーナにもだ」 「…?  だから、どうしたよ?」  再び首をかしげながらもフィーナに支援を掛ける。  フィーナは初めて受ける支援にきょろきょろと自分の身体を見渡した。  ついでに自分にも支援を掛けている時、ラルはおもむろに近くにいたルナティックを素 手で殴った。  非アクティブのルナティックもラルに殴られて、その愛嬌のある顔を怒らせラルに飛び 掛る。それを杖でいなし、盾で防ぎながら、 「フィーナ、こいつをそれで倒してみ」  と、フィーナの腰にあるマインゴーシュを指差した。 「…え、あ…、はい」  恐る恐る短剣を抜き、わずかだが震えながらルナティックに近寄る。その間もルナティ ックはラルに飛び掛ってくるが、ルナティック程度にダメージを受けるはずもない。  フィーナはゆっくり間合いに入り、マインを握り締める。顔は真剣そのもので、幾分青 く見えるのは気のせいだろうか?  近くに寄るまでも結構な時間が経っているが、ラルはフィーナをせかさない。何をやっ ているのだろうとオレは二人の様子を黙ってみていた。 「…え、えいっ!」  気合の声にしては弱々しく覇気に欠けるものだが、フィーナにとっては渾身の力だ。  現実の世界では戦う経験がなくとも、ここではある程度…ステータス次第で身体は動い てくれる。そのおかげか、ルナティックはきゅいっと高い声をあげ地に伏せた。わずかだ が血が散った。 「…なあ、ラルよ。別にここで壁せんでもポリン島行けば問題ないだろうに」  わざわざプロ南の少ないルナティックやポリンを相手にするのは流石に骨が折れる。そ んな疑問をラルに向けると、ラルは呆れた視線をオレに投げかけ、顎でフィーナの方をさ した。  何のことかよくわからないまま、オレはフィーナの方を見て…そこで初めてラルが何故 こんなことをやったのか気が付いた。  青褪めた顔でカタカタと震えているフィーナ。マインと間もなく消えるであろうルナテ ィックの屍骸を見つめたまま微動だにしない。  …そういや、そうだ。忘れていた。というか、どうして気がつかなかったのだろう。  レベルを上げる、と言うのはMOBを倒すと言うことだ。  今のオレ達にとってそれは生き物を殺すという事になる。  生きているものを自分の手で終わらせる、それがどれほどの意味を持つか。…オレはそ れに慣れすぎた、とでも言うのか。 「なあフィーナさんよ」  まだ震えているフィーナにラルは声を掛ける。  びくっとフィーナの肩が震えた。 「あんたがやろうとしているのはそういうことだ。  魂型のリンカーって言ってたよな。つー事は、ステはA>S=Iが妥当なところか。  つまりは、そのサイズの短剣を握りながらMOBを倒すと言うことになる。  ルナ程度でそんなんなってよ、あんたがこれから相手にするのは人型のMOBだってあり えるってのに。  MOBをその手で『殺す』こと、あんたにそれが耐えられるのか?」 「お、おい!ラル!」  いくらなんでも言いすぎだ、とオレがラルを止めようとしたが、黙ってろと言うように 手で制する。 「MOBを倒さなきゃレベルは上がらん。レベルを上げなきゃ転職は出来ん」 「…わ…私…」 「俺は殺すことに慣れろって言ってるわけじゃねえけど、だがこれはお前がこの世界でや ろうとしていることの前提だ。  それを乗り越える気がなけりゃ、街の中で縮こまって生活するしかないよな」 「…でも、…」 「短剣だとMOBを切った時の感触もさぞかしでかかろうよ。俺らみたいに後衛職じゃない からな。  ………………考え直すなら、今のうちじゃねえか?」 「………」  ラルの言葉にフィーナが黙る。  相変わらず、こいつはきつい言葉をがんがん言い放つ。ラルなりの配慮と言うものなの だろうが、もうちょっと言葉を選べと言うかなんと言うか。 「まだ始めたばかりだからな、変更するのも可能だし。  ま、散々悩んでおけって事だ」  そう言うとラルはテレポートを使い、その場から姿を消した。