出た時は東に大きく傾いていた太陽も今は真上まで上っている。  その間、オレはその場から動こうとしないフィーナをただじっと見ていた。  ラルの言っていた事は正論であり、現実的なものだ。ゲームではたかが敵、されどここ では命ある生物。現実でハエとか蚊とか潰した事はあるだろうが、そんなのは比較の対象 にはなりえない。  …正直、こんなところまでリアルに実感できるのはあんまりと言えばあんまりではない か。何でオレはそんなこと気にしなかったんだろう。  突っ立っているフィーナの横を見知らぬノビが通り過ぎる。ノビは少し離れたところに いるポリンにナイフを突き立て応戦していた。  あのノビも初心者なのだろう、ポリン相手に必死に応戦している。ぼこんと音を立て何 とか勝利を収めたそのノビに向かってオレはヒールとブレスと速度、ついでにIMもかけて おく。「ありー」と簡略化された感謝の言葉を発言し、ノビは次のMOBを索敵して行った。 比較的少ない配置とは言っても、視界に入るポリン等は1つだけではない。そのノビもオ レ達の視界に納まっているうちに、他の獲物を見つけたようでナイフで応戦していた。  これが『普通』なんだよなあ…。  遠めに見える冒険者…プレイヤー達にとってはMOBも経験値としてしか見ないだろう。  生きていると認識しているのといないのとでは差は激しすぎる。  再びフィーナの方を見る。微動だにしない彼女。  オレは立ち上がり、フィーナの傍による。 「…あのな、フィーナ」  声を掛けるが彼女は何の反応も返さない。その様子に心の中で息を吐きオレは続けた。 「あれを倒さんでもレベルの上がる方法があるんだが…」 「………」  返事は無い。 「とりあえず、そっちからやってみようか?」 「……  どんなリスクがあるのですか?」 「え?」 「…敵を倒さずにレベルが上がるなら、敵を倒してレベル上げする人は少ないんじゃない ですか?あの人だってそうするんじゃないですか?」  …あの人。恐らく先ほどのノビのことだろう。 「…ああ、平たく言うとギャンブルだな。勝つとメダルがもらえる。そのメダルをある場 所に持っていくと経験値と交換してくれるんだが…」 「ただじゃないんでしょう?」 「いや、別にチケット代なんぞ、そんなに掛かるものじゃ…」  オレの言葉にフィーナはきっと顔をこちらに向けた。 「…っ、  リディックさんたちにとってたいしたものじゃなくても、私には大金なんです!  私、こっちの世界で何のお金も持ってません!  全部、全部頼ってばかりなんです!  これだって、このナイフだって安いものじゃないでしょう!?  これ以上、迷惑かけたくないんです!  これが普通になって行くのが嫌なんです!」  一瞬オレは言葉につまり、その瞬間にフィーナは走り出す。慌てて追いかけようとして オレはフィーナを目で追って。彼女はのんびりと日向ぼっこをしているポリンの前に立ち その手に持ったマインゴーシュを振り下ろした。 「…お、おいっ!?」  安全精錬内のマインゴーシュでも星の欠片は3つ入っている。振り下ろされた一撃でポ リンは砕けて散った。レベルアップ時に見える天使がふわりと舞い降りる。 「…私は」  砕けたポリンを見つめたまま、 「乗り越えてみせます。  何も感じない人にはなりたくないけど…、戦わないと、私は弱いままです。  弱いまま、皆に護られたままじゃいけないんです…!」  振り向いたフィーナの瞳は迷うことの無い決意の光があった。 「でも、くじけそうになった時は背中を押して欲しいんです。  私は弱いから、立ち止まってしまうから…。  だから…、………お願いできますか?」  こんなに純粋で強い人を見たのは初めてだ。こんな考えを持っている人がいることにオ レは少なからず驚いていた。 「…わかった」  オレには彼女を否定する事はできない。オレは間を置き、頷いて。 「それから、レベルアップおめでとう」 「……ありがとうございます」  その言葉には力はなかったが、彼女は小さく笑って答えた。  今日のところは引き上げようか、と提案したオレの言葉はあっさりと却下され、今オレ 達はポリン島にいる。プロンテラからおおよそ3時間。速度増加のお陰で到着は早い。  掛かった支援にフィーナは驚きながらもはしゃいでる模様でずんずんと先に進む。途中 砂漠に差し掛かった辺りで見失ったのは秘密だ。うん、まさか砂に足を取られて砂丘から 転がり埋もれたとは流石に思わなかったな、オレは。死ぬかと思いました、と這い出てき たフィーナは随分元気に笑っていた。  流石にポリン島。いたるところにポリン種がいる。  ノビ育成ときたらやはりポポリン、マーリンか。 「オレが殴るまで手は出すなよ?」  きちんと前置きをして、支援の掛け直しをする。  少し歩くと青色の物体、マーリンが目に入った。  杖でぽかりと殴りつける。…いや、流石に素手では殴りたくなかったんだよな。  マーリンの表情は怒りのそれになっていたが( ・ω・)→(`・ω・)になったとこ ろで威圧感などあるわけはない。  そのマーリンに狙いをあわせ、フィーナが恐る恐る近づいてマインゴーシュを振るった。 ポリンやルナとは違いマーリンは結構タフだ。一撃で沈む事はなくオレに体当たりを繰り返す。  しかし、 「レックス…」  この壁と言うのも、 「エーテルナ!」  結構大変だ。  MOBの方から狙いを外して攻撃するわけもなく、攻撃に対して結構真剣に避けなきゃい けない。いくらマーリンとは言えぼーっと突っ立ってぼこぼこ食らうのは流石にやなもん だ。そうやって動きまくるわけだから、当然フィーナの攻撃はスカることもある。スカる といっても星マインだ。どういう原理かは知らないが何故かあたる。それにもしかしてオ レにもあたるんじゃないか?という不安も無いわけではないが、時折ヒヤッとするくらいでオレ自身には掠りもしていない。本当にどういう原理してるんだろうなこれは。時折フ ロストダイバーをかけられるが、アンフロゆえ凍る事はなかった。  なんだかんだとマーリンも散々マインに突き刺さられ、ぼこんと力尽きる。  再び現れる天使と煙のように下から湧き上がる光。ベースとジョブが上がったようだ。 「おめっとさん」 「…結構大変です…」  わずかだが、息を乱すフィーナに意味は無いかと思うがヒールをかける。 「慣れるまでが大変だよな」 「…はい。  でも、負けません!」  一体何と勝負をしているのかはわからないが、フィーナは拳を握り締めガッツポーズを とる。なんだかキャラが変わったような気もしないでもない。意地になってるのか、吹っ 切れたのかそれはオレが理解できるものではないのだけども。 「よし、次いくか」 「はい!」  オレの言葉にフィーナも頷いて、オレ達は再び索敵に赴いた。  日は大分傾いた。ポリン島に到着したのがおおよそ4時頃、それから2時間ほど経った だろうか。傾いたどころかもうちょっとで沈むくらいだ。 「今どれくらいになった?」  最初はレベルアップ時の回数を数えていたが、途中からジョブが上がったのかベースが 上がったのか数えてるうちにごっちゃになってしまい、数えるのをやめてしまっていた。 「えっと…」  フィーナは身分証を取り出す。 「…ベースが13で、ジョブが10ですね」 「………へ?」  …ジョブ、既にカンストしてたのか。ベースが13と言う事はカンストしてしばらくたっ ているということだろう。 「ジョブ、経験値のところのバーがなくなってるんですけど、なんなんでしょう?」 「………とっくにあがりきってたってコトダヨ」 「そうだったんですか」  まあ、余分にベース上がっても特に問題はないか、うん。オレはそう言い聞かせること にした。 「それじゃあ今日のところはプロに戻って明日カプラでフェイヨンに…」  そう言ったオレの視界にいやなものが目に入った。  デビルチ。  ポリン島でデビルチって結構異彩を放ってるよな。枝…にしてはこんなのだけ残すのも 変な話だし、………となると、奴しかいないわけだ。 「…リディックさん、あれなんですか?」  オレ達の近くに、紺色の羽の生えた目つきの悪いポリンが…。うん間違いない、デビル リングだ。  目つきが見えたという事は目があったと言うことだ。つまり、見つかったと言うことだ …って、そんな悠長なことを考えてる場合じゃない! 「フィーナっ!!そこの茂みに隠れてろっ!!!」  背後にある茂みを指差し、フィーナを誘導しオレはフィーナにタゲが行かないようデビ ルリングに近づいた。…くそぅ、こういう時に闇服じゃないのはきついんだがなぁ…って 盾もカリツじゃなかったような気が…。  ダメージ軽減できるのイミューンしかなかったよ。いくら壁だけとは言えちゃんとした 装備持ってこいっていう教訓って奴だ。 「サンクチュアリ!」  じゃらっと青ジェムを引っ張り出し、聖域のスキルを使う。一瞬SWと悩んだが取り巻き に壁壊されてはあまり意味が無い。 「マグヌス…、」  フェンクリップを袖に挿し、その瞬間にダークストライクが飛んでくる。詠唱妨害には ならない。長いこと持ち替えをしていなくても昔取った杵柄と言う奴だ、すんなりと事を 成すことが出来る。  DEXの完成したオレにとってマグヌスエクソシズムの詠唱完了までほんの数秒。  正直サンクを敷かなくてもMEを完成させるだけの余裕はあったのだろうが、まああれだ。 保険と言う奴だ。しかし、久しぶりに受けるふるぼっこは流石にきつい。マーリン程度な らちょっと痛いなあ位で済むのだが、デビルチやデビルリングの攻撃は軽減する装備が殆 どないので、結構洒落にならないダメージを受ける。ダメージ受けた先でサンクの回復が あるから実に生殺しと言う状態だ。 「…エクソシズム!!」  退魔魔法が完成した。オレが設定した範囲を光が包む。マーリンには無害なそれでもデ ビルリングには効果てきめ…… 「って、Mdefたけぇっ!!」  意識を集中させれば、与えたダメージを見ることが出来る。デビルリングに当たったダ メージはかなり低いものだった。ME1枚で焼ききれないどころの話じゃないな、これは。 何度かME使えば何とかなるとは言え、やはり使ったあとのディレイは結構でかい。  これならサンク狩りの方が安定するかもしれない。それならLAも挟み込む余裕も出るだ ろう。  オレはMEのディレイが解けたのを見計らいサンクの詠唱開始した。青ジェムが尽きるか、 デビルリングのHPが尽きるかのガチ勝負が幕を開けた! 「…あ、あの…大丈夫…ですか?」 「あー、だいじょぶだいじょぶ」  いやあ、デビルリングのMdefの高さは気にも止めてなかったな。かっこよくME決めても 台無しと言う奴だ。しかもドロップがジャルゴンのみとはこれまた運がない。どうせなら 悪魔のヘアバンドくらい落としてくれてもよさそうなものだが。  しかし危なかったな。最後の一個の青ジェム使ったところでデビルリングが倒れたのだ。 最初のMEがなかったらもしかして青ジェムきれ、という事態になっていたかもしれない。 「しかしまいったなあ…日も暮れちまったってのに、青ジェム切れてポタ出せやしない」  そうなのだ。ポタ出すにも青ジェムは必須。 「…ここからならプロよりもフェイヨンの方が近いな」  現在地はポリン島の南方。ここからならフェイヨンに向かった方が幾分早い。フィーナ の転職もフェイヨンになるから、カプラを使って空間移動する手間も省ける。途中アクテ ィブのMOBもいないことだし問題ないはずだ。 「フィーナ、これからフェイヨンに向かうから結構遅くなっちまうけど、大丈夫か?」 「あ、はい。  私は全然大丈夫です」  オレの問いかけにフィーナは頷いた。太陽は完全に沈みきり、代わりに月が辺りを照ら す。何故か毎日が満月の月明かり、闇と呼ぶには明るすぎる森の中をオレ達はフェイヨン に向かって歩き出した。  フェイヨンに到着した時にはほぼ真夜中になっていた。せっかくここに来たのだから姐 さんところにも顔を出すかと思ったが、やはり今は夜。ついでに2連続の睡眠不足もあっ てか、オレは非常に眠かった。  ルフェウスには今日は戻らないと既にWISで知らせてある。ひとまず先に、宿をとらな ければ。 「…人、多いですね」 「ん?ああ、そうだろうな」  フェイヨンのカプラ前にはプレイヤー達が座り込んで談笑している姿が見られる。 「今日は土曜だし、プレイヤー達にとってはこれからが活動時間だからな」  朝起きて、夜寝るどちらかと言えば健康的な生活の中だと、やはり夜に多く接続するプ レイヤーとはなかなか時間が合わない。  できればフィーナにはプレイヤー達の事とかいろいろ話しておきたかったが、何よりも 睡魔がどんと襲ってくるので、とりあえず今日のところはとっとと寝ておきたかった。  いくつかあるうちの宿の中から、比較的カプラから離れたところにある宿に入る。旅館 の実装されたこの世界、そういうところでないとさあ寝るかと入った先にプレイヤーがた むろってた、ということも想定される。…実際それって不法侵入に当たるわけだが、プレ イヤーには関係のない話だ。こっちの世界に来たオレ達の目線からすると実際とんでもな いことしてるわけなんだよな。  深夜でも問題なく部屋は取れた。前金制なので先に個室二人分支払う。 「じゃあオレ寝るから」 「あ、リディックさん」  フィーナに部屋の鍵を渡し、オレは別の部屋に入ろうとした時、フィーナは何か思い出 したかのようにオレに声を掛けた。 「ん?」 「このスキルポイントとかってどうやってあげるんですか?」 「あー、それな」  そういえばレベル上げしかしてないのでフィーナのスキルとステータスは初期のままだ。 まあそんなに手も掛からないだろうと、オレはフィーナにスキルの上げ方を伝える。ノビ のスキルは基本スキルのみなので問題なく上げきれる。 「ステータスの方は明日な。流石に眠いから」 「はい、すいません。急にこんなこと聞いちゃって」 「いやいや、気にすんな。  じゃあ、また明日。お休み」 「おやすみなさい」  入った部屋は本当に寝るためだけの部屋なので、こじんまりとしている。クローゼット を開けると部屋着が用意されてあったのは少し嬉しく思う。ポポリンやマーリンにどつか れまくって、デビリンにガチ勝負した状態の服で寝るのは流石に気分もよろしくない。本 当は風呂でも浸かりたい気分だが、生憎そこまで意識を保っている余裕はなさそうだった。  着替えてベッドに潜り込む。とたんにすとんと落ちるように意識は沈む。  フィーナのスキルを上げきったこと、それが翌日彼女の心境に大きく影響する事になる とは、オレはその時知る由もなかった。