太陽の明かりが刺さりこむように窓から入ってきて、オレはその光で目を覚ました。  頭がボーっとするのは、相当長い間寝てたと言うことだろうか。サイドテーブルにおい てある時計を捕まえ、ベッドの中でそれを確認すると、既に正午を大きく過ぎた時間を指 していた。 「……………昼過ぎかよ…」  ボケッとした頭のまま、のそのそとベッドから這い出て身支度を整える。フィーナはも う起きてるんだろうな。だとしたら、悪い事をした。フィーナにはゼニーを渡していない のだ。だから物を買って食べるということが出来ないはずだ。食べれるものと言えば、昨 日ポポリン等から出たリンゴ位なものだが、よく磨いたとは言えモンスタードロップを食 べると言うのは少々勇気がいる。オレはもう慣れているがフィーナはどうだろう。出たア イテムは全てフィーナに渡していて、好きにしていいとは言っているし、昨日の狩りでは レア物は出なかったから渡したアイテムをどう使おうと問題はないはずだ。  廊下に出て、部屋をノックするが反応はない。 「…外に出てるのか」  オレは階段を降りる。1階は食堂になっていて、そこで昼食を取っている人々が多くい た。  まずはフィーナを探して、それからめしだな。そう考えていた折、後ろから聞きなれた 声が聞こえた。 「リディックさん、こっちですー」 「フィーナ、そこにいた…」  振り返ったその先に見つけた彼女にオレは一瞬頭の中が白くなった。こげ茶セミロング の少女。間違いなくそこにいたのはフィーナだったのだが…。 「………フィー…ナ?」  袖なしの着物のような服。赤いミニスカート。胸から下がった飾り紐。  昨日まで来ていたノービスのそれではないその衣装。 「どうしたんですか?」  どうしたんですか、はオレの方が聞きたい。 「…転職、したのか…?」 「はい。リディックさん起きるまで待っている間時間があったので。  転職してみました」 「……そ、そう」 「あ、私、勝手に先注文しちゃったんですけど、リディックさんはどうします?」  そう言ってフィーナはメニューをオレの方に向けた。AセットとBセットのみのランチメ ニューだ。 「オレはBの方で…って、オイ。  フィーナ、金は?」  流されるまま、絶妙なタイミングで注文をとりに来たウェイトレスにオーダーをしたオ レは、思わずフィーナに向き直る。 「収集品を売ってみました」 「売った、って、まだなんも教えてなかっただろう!?」 「朝、親切な人に売ってもらったんです」  フィーナが言うには、朝フェイヨン周辺をうろうろしていた時に冒険者の方から声を掛 けてきたらしかった。フィーナが初心者だとわかるとすぐに道具屋に連れて行ってもらい、 そこで持っていたものを売ってくれたというのだ。  確かに相手が商人系ならば初心者に対してOC売りしてくれる人もいるだろう。だけど…、 オレは何か妙な違和感が心に残った。それがどんなものなのかはすぐにはわからなかった。 「昨日の取ったアイテムを売ってもらったら千ゼニーになったんです」  フィーナは嬉しそうにバッグからゼニーを取り出した。小さなコインがじゃらりと出る。 「…そか」  嬉しそうに話すフィーナを見て、オレは心にあった違和感を振り払った。せっかく楽し そうにしている彼女の話に水を差す事もないだろう。 「転職して、ご飯を食べてリディックさんがまだ寝てるようなら、もう一度外に出ようと 思ったんですけど…」 「もう一度って…午前中に外に出たのか?」 「はい。転職するのにレベルを一つ上げなくちゃいけなかったみたいで。  それで、ここから木のお化けを倒しに行きました」 「ウィローか。  フィーナ、怪我はないのか?」 「はい、大丈夫です」  にっこりと笑ったフィーナの表情がなんだか昨日と違うように見えるのは、オレの気の せいだろうか? 「本当にだいじょ…」 「あ、料理来たみたいですよー」  再び聞きなおそうとしたその矢先、先ほどオーダーした料理がこれまた絶妙なタイミン グで来た。オレ達の会話聞いて狙って動いてるんじゃないか、言うくらい実にすばらしい タイミングだ。テーブルに置かれた料理は森の町だけあって山菜類が豊富な品揃えだった。 「それでですね、ステータスってまだ上げてなかったじゃないですか。それを上げたいん ですけど、どうしたら良いでしょう?」  テーブルに置かれたサラダにフォークを刺しながら、身分証のステータス欄を指差す。 「あ、ああ。ステータスな」  タイミングを外されたようで、オレは一瞬言葉が詰まった。が、差し出された身分証を 見てフラットに振られているステータスにオレは小さく唸った。 「フィーナの上げたいように振ればいいんだが、とりあえずMOBにあたるだけのDEXと回避 するためのAGIが良いと思うな」  フィーナと公平を組めるキャラは知り合いにいない。Real Skyのメンバーの最低レベル は80台半ば。そういうことを考えると少なくとも70台後半まではフィーナ自身で戦っても らわないことには始まらない。壁をしていても、タゲが変わる事だってあるわけだから、 それを避けるだけのFleeは確保しておいて損はないはずだ。 「あたるだけのDEXって、昨日攻撃外してないんですけど必要なんですか?」 「ああ、昨日フィーナが使ってたマインがあるだろ。  それに星の欠片が3個入っているんだ。それのお陰で、攻撃を外すことが無いようにな ってる。  だけど、テコンは武器を装備することが出来ないから星の入った武器を持つことが出来 ないんだ」 「…そうなんですか。  でも、昨日までこれをもって戦ってたのに、持てなくなるなんて不思議ですよね」 「そういう仕様だ、諦めろ」  フィーナの言葉にオレは苦笑した。 「それじゃあSTRやINTはいつ振ればいいんですか?」 「そうだなあ、出来ればこれから戦うMOBのHITとFleeを考えながらAGIとDEX上げていって …、STRはそれからで良いんじゃないかな。  とりあえずタイリギ憶えておけば、スパートでSTR10上がるし、スキルレベルに応じて 10ずつダメージ与えることが出来るだろ。  INTはテコン時代それほど重要じゃないと思うからリンカーになってからでも問題ない んじゃないかな」 「そうですか」 「じゃあ、飯食い終わったら軽くジョブでも上げに行くか」 「……あの、リディックさん。  その事なんですが………」  少し冷めてしまったランチセットに手をかけたオレに、フィーナが言いにくそうにオレ を見た。 「私、一人で頑張れます。だから、今日はプロンテラに帰りませんか?」 「おい、一人でって…」 「やっぱり、敵のステータス調べてからステータス振りたいんです。適当に振るわけにも 行かないから。家にモンスターの本があるからそれを見て調べたいし…」 「いや、別に今急いでステ振らないでも、ポリン島で少しジョブ上げてからでも…」 「…でも…」  なおも食い下がろうとするフィーナにオレは妙な感じを受けた。なんだろう、なにか線 を引かれたような、そんな感じがするのは。 「…なあ、フィーナ。何かあったのか?」 「…え…?  ……何も、ないですよ?」 「何もないなら、問題ないだろう?」 「それでも…、私一人で頑張りたいんです」  フィーナの行動は頑なだった。視線を落とし何かに耐えているようで。オレはそのフィ ーナの様子を見てやれやれとため息を吐いた。 「…ならさ、どうしても一人でやりたいっていう理由くらい聞かせて貰ってもいいとは思 うけどな?」  オレは困ったように頭を掻く。しかし、フィーナから帰ってくるのは沈黙だけだった。  空気が重くなるのがはっきりとわかる。なんかこれってオレがフィーナを苛めてるよう じゃないか。しかたがない、フィーナにはフィーナの考えがあるんだろう。オレはそう折 れることにした。 「わかった、わかったさ。何も聞かない。  飯食ったらプロに帰還な」 「…本当にすみません」  オレの言葉にフィーナは小さく謝った。  フェイヨンのカプラから青ジェムを引っ張り出し(ついでにフィーナにも倉庫の使い方 を教えておいた)、オレはプロンテラへと続くワープポータルを開いた。青く光る柱がオ レ達の前に現れる。2度目のワープポータルとなれば、最初おどおどと入っていたその様 子は殆どなく、すんなりその柱の中に消えていく。 「……ほんと、午前中に何があったんだ」  オレは再びため息を吐き自分もそのポータルに乗った。  昼下がりのプロンテラは当然のように喧騒に包まれていて、ひしめく露店は平日のもの をはるかに上回っていた。そういや、今日は日曜日だっけ。こんな生活をしていては、そ れこそ曜日感覚がなくなる。  露店の合間をぬってカプラ付近でだべる冒険者は少なくない。声がオレにまで届くと言 う事はオープンチャットだろう。これこれ、あんまり話し込むと露店ログが流れてしまう ではないか。  フィーナは既に家の方に向かったのかその場にはいなかった。オレは再び深いため息を 吐く。すぐに追いかけるよう家に向かってもいいのだが、さっきまでのフィーナとのやり 取りを思い出すと、気まずい空気しか出てこないような気がした。と、視線の先にホムに エサをやりながら露店を開いているルフェウスの姿が映る。  …よし、あいつんところに愚痴りに行くか。そう思ってオレはルフェウスのそばに近づ いた。 「よ、ぼちぼち?」 「あ、リディック帰ってきたのか」  オレの姿を見止めたのかルフェウスがホムのフィーリル(名前は「ぱむ」だそうだ)の 喉らへんを猫の子をあやすように掻いていたのを止め、オレの方に向き直る。 「ああ、ついさっきな」 「と、あれ?フィーナの姿がないようだけど?」  オレはフィーナのレベル上げのために出掛けた訳で、帰ってくるときフィーナが傍にい なかったらそれは気になる話だよな。 「ん、ああ、実はさ…」  オレはさっきフェイヨンであったことを、疲れた口調で吐き出しながらルフェウスに愚 痴り出した。 「そうか、とうとう振られたのか」 「ふらっ…!?」 「…で、フィーナは一人で頑張るって言い張っているんだ?」 「………。  ああ。昨日まで別にそんな素振りなかったのに、わけわかんねーって感じだよ」 「…ふぅん」  お手上げ状態の仕草をするオレを横目にルフェウスは顎に手をかけて考え込む。 「そういえばテコンに転職する方法ってなんだっけ?」 「ん?ああ、なんでも転職NPCに話しかけて、レベルを一つ上げるって事らしいぜ。  オレが起きてこなかったってんで自分で上げに行ったんだと」 「ふむ」  再び目線を落とし、考え込む。 「昨日、なんか変わったことしなかった?」 「変わったこと?  ……………  ああ、そういやデビリンに会ってな。サンク狩りした位かな」 「…そうか」  ルフェウスは小さく頷くと、露店をたたみ出す。 「って、店じまいには早いんじゃねえの?」 「ちょっと思いついた事があってね。  フィーナは家に向かったんだろう?」 「ああ、多分家に行ってると思う。ポタで出た先にフィーナいなかったからな」 「わかった。じゃあ途中で倉庫寄るから速度頂戴。  あ、そうそう。リディックは適当に時間でも潰しておいでよ。込み入った話するのにリ ディックがいるとちょい邪魔かも?」 「……本人目の前で邪魔者扱いするのか、お前は」 「女の子の心は非常に繊細に出来てるからね。神経の図太い鈍感野郎の君がいると結構邪 魔になるかも?」  こいつ、キッパリはっきりと言ってくださりやがってからに。こいつのオレに対する扱 いは非常にぞんざいなのが非常に気に入らない。  ちょっと悔しかったのでルフェウスにかける速度を5にまで落とす事にする。何移動の みならレベル落としてもすぐにバレはしないだろう。 「じゃあ頃合見計らってWISするから、そんとき来なよ」  速度が掛かったのを確認し、ルフェウスは人ごみの中をカートを引きながら消えていっ た。