時間を潰せと言われてみても、どれくらいの規模の時間つぶしを行えば良いかわからな い勢いだ。明確な時間が示唆されているなら、それに応じた時間つぶしと言うこともある。  まあなんだ。いくらなんでも日にちをまたぐような話じゃないだろ、とオレはプロンテ ラの町をうろつくことにした。  日曜日の午後4時。土曜に遅くまで遊んでいたプレイヤーも今日の昼ごろには再び入っ てくる時間。ちょうどこの時間が人が交差する慌しい時間となったわけだ。  オレが遊んでいたサーバーは過疎鯖とは言え、町を歩けばいろいろなところを溜まり場 にしているプレイヤー達がいた。  …ああ、この辺だったけなあ。  旅館に程近い住宅街の一角にオレが以前所属していたギルドの溜まり場があった。  ギルドメンバーには名目上休止すると伝えて、ギルドも友達登録も全て消して。  そのオレが溜まり場のあるプロンテラに住んでいるのは少々迂闊気味なところもあるか もしれないが、木の葉を隠すなら森の中、というものだ。金髪デフォプリ髪型のプリース トは比較的少なくはない。頭装備も決して目立つものでもないし、基本趣味装備はあまり つけないので、人気のないところでぼけっと突っ立てない限り、マウスカーソル合わせら れる事もない。そもそも街中にいる時間よりも外に出ている時間の方が多いのも事実だ。  遠めに旅館が見える。ふと駆られるオレ自身がプレイヤーだった頃の思い出。  ソロ思考の77型MEだと言うのに、ギルドメンバーのナイトに良く狩りに引っ張り出さ れていた。相棒、と言うべき存在だったろうか。  ギルドの連中も良い奴ばかりで、人数こそは少なかったが皆でいろんなことして遊んで いた。  あいつらは元気だろうか。変わらず馬鹿なことばかりやってるんじゃないだろうか。  休止する、そう伝えた時マスターはこのまま在籍しておかないか?と言われたが、現状 が現状な為脱退することにした。復帰したらいつでも戻って来いと言われ…。  ………。  いかんいかん、つい走馬灯のように思い出してしまったぞ。いくら木の葉の森と言って も溜まり場付近でぼけっとするのはいただけない。  オレはそそくさとその場から立ち去ろうとする。…と、振り返ったその先に見知った相 手が旅館の中に入っていくのに気が付いた。見知っている、と言ってもプレイヤーじゃな い。ケル姐さんのギルドの人間、騎士の姿だ。何故こんなところに?  思い出される、姐さんとの会話。 『私達のギルドで、Pvに入り浸っているものがいるらしい』  もしかして、あいつのことか?まさか、あいつが?  以前一度だけ組んだ事がある両手騎士。何度か話した事もあった。気さくな奴で、逆毛 の良く笑う楽観的な思考の陽気な奴だった。  まさかな。多分他人の空似だ。似たような顔など沢山あるんだ、このROの世界では。  そう思いながらもオレの足はPvルームのある旅館の方に向かって行った。あいつのはず がない、そう確信するための行動だ。なんの不安も感じるはずはない。なのに何故オレは クリップを握り締めている?スモーキーの絵柄が入った、このハイディングクリップを何 故―――  旅館に入ったすぐ左手にPvルームにいざなうNPCがいる。  ナイトメアルームとヨーヨールームの2種類のPvルームが存在していて、オレはヨーヨ ールームの方を選んだ。  日曜日、午後4時半。入った先のレベル制限の受付。そこにもプレイヤーは居た。なん ら不思議な光景じゃない。ギルドでのイベントもあるだろうし、プレイヤースキルを試し たい者もいるだろうし、…単純に人を打ち倒したいと思う者もいるだろう。  オレの向かった先は無制限の受付。ギルド無所属のプリーストが入るのは些か目立つか もしれないが、ギルドに入ってなければPTを組んでることすら判らないから、そこから詮 索されることもないだろう。  チャットのドアを叩く。開かれる町の名前。  そこで一番人数の多い町を選ぶ。以外にも人が一番多い町はフェイヨンだった。  つ、と汗が伝うのがわかった。いや、これは流れ弾で他のプレイヤーから殴られるのを 危惧しているのであって…って、なに自分で弁解してるんだよ。  フェイヨンを選ぶとふとカプラの空間移動で飛んだような暗転が訪れる。  そして、気が付いたらオレはフェイヨンの弓手村に向かう通りに立っていた。  辺りを伺う。近くには誰も居ない。視界の端に数字が見える。  …今、このマップにオレを含めて7人いるのか…  木々の間をくぐり、身を潜めながらゆっくりと進む。速度とブレスはかけてある。この Pvルームはテレポートを使えない。見つかって、戦闘を開始されては逃げる手段は限りな く少ない。  がさっ!!  茂みが鳴った。慌ててそちらを振り向けばオレに向かって走り寄るモンクの姿。  頭上の気弾は5つ、身に纏っているのは放電するオーラ。  …となると、次に来るのは…っ! 「阿修羅…、」 「セイフティウォール!!」  寸での差で阿修羅をSWで回避する。身の危険に対する危機感はプレイヤーよりもこちら の方が上だ。弾かれる、阿修羅覇王拳。相手はプレイヤーだというのに、舌打ちする音を 聞いた気がした。オレの目に懐から青ポを引き出すモンクの姿が映る。…冗談じゃない、 このまま指弾など食らえる余裕があるものか。 「レックスディビーナ!!」  スキル職にとって沈黙はかなりの痛手になるのは知っている。だが、スキル職だからこ そ例え沈黙を受けたとき、緑ポ一つで解除されるのも、当然知っている。  つまり、オレがやろうとしているのはただの時間稼ぎだ。 「速度、減少!!」  アコ時代、50転職する上で余ったスキルポイントを何にするか考えて、ネタで取った 速度減少レベル1。まさかこんなところで使える事になるとは思わなかった。  こうするとモンクはまず緑ポで沈黙を直し、青ポを飲んで速度を掛け…といった手順を 踏まざるを得ない。  面と向かって戦うならあまり意味のない事だが、オレは戦う気などこれっぽっちも持ち 合わせていない。つまり、どうするかといえば。  三十六計逃げるに如かず、だ!  背を向け、全力疾走。視界外に入ってしまえば、マーキングのないキャラを見つけるの は至難の業。オレは距離をとってハイディングで隠れることにした。  広いフェイヨンの町。そこにいるキャラは一人二人の変動もあって、人数を言うなら5 人〜9人といったところか。  あれから、何度か襲われた。その都度命拾いしたのはSWと速度減少のお陰だ。VITのな いMEプリが対人で生き残るのは非常に困難な状況なのだ。  一度ファルコンアサルト食らいそうになったときは自分のスキルに神懸ったんじゃない かと思えるくらいにニューマが光った。弓手の、ましてやスナイパー相手に逃げ切れたの は、本当に運が良いとかそんなレベルなんかじゃない。全くここにいる連中は血の気の多 い奴らばかりだ。  まあPvに居てそんなこと思う方がどうかと思うが。  家の軒下っぽいところで縮こまって、息を吐く。この極度の緊張具合は心臓が痛くなる。  SPの残りはあまりかんばしくない。マグニフィカートをかけれれば良いのだが、そのエ フェクトで見つかると洒落にならないのも事実。とりあえずSP回復させるためにしゃがみ こむ。  しかし、この場所にはあの逆毛の騎士の姿を見つける事はなかった。マップが違ったの か、ただの見間違いか。ならばここにいてもどうしようもない。帰るかと思って立ち上が ろうとした折、すぐ目の前でプレイヤー同士が戦う場面に遭遇した。ちょうどオレが建物 の影に入り込み、相手には見つからない位置だったが、傍には他にも人がおり動けば見つ かる、そんな場所だった。  …まずい。  下手に動けば見つかる。しかし、このままでいるわけにも行かない。となれば、取る行 動は一つ、ハイディングで隠れるのみ。ハイディング時のエフェクトは相手にちょうど見 えない位置だ。制限時間内に相手が離れてくれれば良いが…そう思いながらじっと待つ。  その時だった。  妙な笑い声が聞こえ、ペコにまたがったナイトがプレイヤー同士の戦いに割って入って きたのは。  黄色いオーラを纏っているのはツーハンドクイッケン。頭にはたれ人形。蝶の仮面。  近寄ったその矢先にボーリングバッシュが炸裂する。飛び散ったのはおびただしい赤。  応戦するのはプレイヤー。しかし、怯まない騎士。恐らくインデュアを使っているのだ ろう。ペコの鞍についている鞄から白ポーションを引っつかみながら、騎士はプレイヤー を蹴散らしていく。  AGI騎士が、対人にどれだけの脅威になるかは知らないわけでもない。  だが、その騎士は平気でプレイヤーを切り刻んでいく。  プレイヤーから吐かれる言葉は「チートだ」、とかそんな言葉。  戦い、なんかじゃない。これは虐殺。血の惨状を見えるオレにとって感じたのはそれ。  しかし、高鳴る心音はそれの所為だけではなかった。  その騎士は、紛れもなく、Real Skyのエンブレムを掲げた、あの騎士だったのだから。  人間には基本的に急所となる部分がある。的確にそこを攻めることが出来れば例え高 VITであろうとも簡単にプレイヤーは倒される。あえてスキル名でいうなればコーマと言 ったところだろう。  例えば、首を切り落としたり、心臓を貫いたり…、それで人は死ぬ。  プレイヤーは相手をクリックし攻撃を開始するので、何処を攻撃するかまでは選択でき ない。しかし、リアルにとって攻撃箇所を自分の意思で決める事は容易であり、あの騎士 もそうやってプレイヤー達を倒して…いや、殺しているのだろう。  オレはその場から動かなかった。違う、動けなかった。血の気が引いて、足が竦んでい た。この世界で人が死ぬところは何度も見た。テロ後の肉塊と化した人間も何度も見た。 初めこそ、戻してしまうほどのそれも今では少しは順応したのか何とか我慢できるように はなったのだが。  だけどこれは…、この光景はなんと表現したら良いだろう。  騎士は笑っていた。以前話した時のような陽気な笑い声で。場所が違えばこんなに変わ って見えるのだと改めて実感した。まるで、狂気の笑いだ。血を浴び、衰えない剣速で人 をなぎ払う。飛び散るのは血ばかりではない。腕や、首や…。  これが、これが、人のやることなのか…!?  胸からこみ上げるのはやるせない憤りと絶望。ハイディングの制限時間は既に過ぎてい ても、オレはその事にすら気づかないままその場に立ち尽くしていた。血の匂いがここま でリアルに再現されていることに恨みすらする。 「こーんなところに、かくれているひとはっけーん♪」  声はすぐ後ろから聞こえた。場違いな楽しそうな女の声。振り向こうと身体をねじらせ たその時、ど、と衝撃が背中を突いた。  視線は下に、自分の胸から突き出た赤を彩る刃物が見える。  それがなんであるか理解するのに時間はいらなかった。絶叫よりも先に、喉元にこみ上 げるのは血の塊。  ぐらり、と視界が揺れオレは地面に崩れ落ちる。最後に目に入ったのは燃える様な真っ 赤な髪と、紫の―――。 →『Return to Last Save Point』―――