「…がっ、はぁっ!!」  目が覚めて、無理やり身を起こす。死に戻りなどここ最近した事はない。痛みを感じる 間もなく一撃。あえなくオレは死んだわけだ。  周囲を見渡すと、そこはプロンテラ西口外。最後のセーブはここでしたのかと息を吐く。  死に戻ってからずきずきと傷が痛み出す。それこそ吐いてしまいそうな痛みだ。自身に ヒールを使い痛みを消す。 「……あいつ、が…」  声が震えているのが判った。立ち上がる気もしない。城壁に背を預けオレは空を仰いだ。  理解は、していたつもりだ。過剰な力、安い命。つくづくオレは、プリーストでよかっ たと思う。プリーストなら、あのような狂気に彩られるだけの力は持たない。まして、退 魔師であるオレの獲物は不死者であり、悪魔である。…あのような、狂気を纏うことなど …あるはずが、ない…。  まだ、動悸は治まらない。疲れ果てたようにぐったりとうなだれ…、そのオレの耳に人 々の喧騒が聞こえだした。 「今日こそ、砦を取るぞ!」  指揮官らしきプレイヤーの声。ああ、今日はGvGだ。人と人が競い合い、戦う日だ。 「なんで、オレ、こんなになっちまったんだろうな…」  ぽそっと呟くのは弱音だけ。どうしようもないやるせなさが全身を襲っていた。 『…ック、リディックッたら!!』 「!?」  突然、耳もとで叫ばれたような声にびくっと身体が跳ねた。思わず辺りをきょろきょろ と伺ってしまうのは仕方のないことだ。  そして、それが自分にあてられたWISであることにようやく気がつき、オレはなんとか 返答する。 『あ、ああ、わるい。どうした?』  WISの相手はルフェウスだ。そういえば頃合見計らってWISすると言っていたっけ。  懐を探り、懐中時計と開くと既に6時半を過ぎていた。 『どうしたは、こっちの台詞だって。  WISしたら『存在しないか、ログインしてないか』って聞こえて、何があったのかと心 配したよ』  どうやらオレはしばらく気を失っていたらしい。いつ死んだのか、時計を見る余裕もな いからわからないが、ルフェウスの話からするに30分以上は死んでいたのだろう。 『悪いって。ちょっとうたたねしてただけだよ』 『…昼まで寝てて転寝って寝過ぎじゃないか』  呆れた声が向こうから聞こえる。ついオレは先ほどの事を隠していた。  相手に心配をかけたくないんじゃない。…忘れてしまいたいのだと自分で理解できる。 『とりあえず、戻っておいでって。  これからの話もあるからさ』 『わかった。すぐ戻る』  そう話を切り、オレは立ち上がった。まだ足元がおぼつかない。こりゃ重症だとオレは 自嘲した。 「…ごめんなさい…、私…」  帰って早々、フィーナはオレに向かって謝り出した。何故謝られているか、オレはしば らく理解できなかったが、それは昼のフェイヨンでのやり取りのことを思い出す。 「私、知らなかったんです。モンスターの攻撃があんなに痛かったなんて…。  昨日、リディックさんを盾にして、それで…私…」 「…今日の朝、ウィローで怪我したのか」 「……はい」  俯くフィーナの頭にぽんと手を乗せる。時間は過ぎすぎたけど、ヒールを使う。  この子はとても優しい子だ。こんな世界でも人を労われる優しい子だ。 「オレはなんともないって。ポポリンマーリン如き大した事ないから気にすんな」 「…でも、あの羽の生えた紺色の…」 「大した事ないって。なんつうの?レベルが違うって奴だよ。  あと1つでオーラロード突入のプリースト様がデビルリング如き屁でもないっての」  そう、装備さえきちんとしておけば問題ない相手だったのだ。 「…それでも、フィーナはこれから一人でやると言うのか?」 「これから倒すモンスターが強くなっても、リディックさんに盾になってもらってばかり いたら、私強くなれない気がするんです。  レベルは上げる事は出来ても、それに甘えてしまってはダメなんです」 「じゃあ後ろで支援っつうのはダメなのか?」 「…それでは、リディックさんに経験値が入らないのでしょう?  ルフェウスさんから聞きました。パーティには公平を組めるのにレベルが10以内じゃな いとダメなんだって。  私迷惑、かけたくないんです。  リディックさんの時間を潰させてしまっているのが、心苦しいんです」 「……なんというか、暇人バンク登録者のオレに向かって言うことじゃねえよな…」  そんなバンクなど存在しない。まあ気持ちの問題だ。かしかしと頭を掻く。フィーナの 頑固さは一昨日から承知の上だ。 「フィーナがさ、一人で頑張るっていうのを聞いてさ。  非常に心配しちまうのはオレの我侭かね」 「…そ、そんなこと…  わ、私頑張ってリディックさんと公平組めるようになります!  そしたら…っ!」  オレと公平って87と言うことになるのですが、その点についてはどう言うべきでしょう か、先生。  脳内教室の教師に向かってオレは質問。教師は何故か妙に晴れ晴れとした笑顔で、「耐 えろ☆」と親指を突き出した。…なにやってんだ、オレ。 「あんまりいじめんな」  背後から丸めた新聞でスパンとはたかれ、オレは思わずつんのめった。 「…ルーフェーウースー?」 「はいはい、親と言う字はなんでしょう。  木の上に立って見ると書くのです。見守りましょう、未来の子供」 「なんだそりゃ」 「ん?  言ってみたかっただけ」 「……なんだそりゃ」  あいかわらず、こいつの正体はよく掴めない。 「言っただろう?  フィーナのやりたい事はフィーナに任せるってさ。  全然信用してないじゃないか、彼女の事。  ちょっとはフィーナの心情を理解しろっての、鈍感ボーイ。  それだから面は良くてももてないんだよ?」 「んなっ、!?  うるせーーっ!!」  思わずオレはルフェウスに向かって、殴りだそうとする。いや、えーっと、その言葉を 肯定したわけじゃないんだよ?あまりに本当の事を言われて、ついムキになったわけじゃ ないんだよ?…何に対して弁解してますか?オレ。 「ふはははははは!  AGI1の君の動きなどハエが止まって見えるようだ!!  例えあたったとしても所詮はSTR1、取るに足らぬわっ!!」 「お前も両方1じゃねえかっ!!!」  おろおろとオレとルフェウスに挟まれ右往左往するフィーナの顔は今にも泣きそうな勢 いだった。  +9ハイレベルブーツ、+9ハイレベルマント、+7丸い帽子オブナイトメア、+7フォーマル スーツオブナイトメア。各種アクセサリetc.etc.  どんどんどんと並べられた装備にオレは目を丸くした。 「……これ、なに?」  これ一つで一財産築ける装備品だ。 「うん、やっぱりテコン時代はハイレベルよりナイトメアセットの方が無難だよね」 「じゃなくてよーーーっ!?」  隣でラルも並べられた装備品に絶句していた。 「僕の別キャラの装備だよ。これでもβ時代からやってるからね、それなりに資産もある わけだ。問題はガードを使うキャラがいなかったから、ガードはないけどね」 「お前、もしかして廃?」 「はっはっは、やだなあ。  1日2時間程度でも数年やってればそれなりにお金はあるって。  とりあえず、これだけあれば少しは心配も減るだろ?」 「…少しは、って…  ……というか、なんでそれでお前は、ケミでこっちに来ているんだよ!?」  そう、メインで来ている筈のこの世界、これだけの装備品を持っているとなると製薬ケ ミがメインとは思えない。 「…んー?  あれじゃないかな、『メイン』じゃなくて、こっちに来るまでの数ヶ月、もっとも活動 したキャラがくるんじゃないかな?放置露店じゃなくてさ。  それだったら、僕しばらくモンスターレースとかやってたからね。  戦闘職はしばらく休止してたし」  モンスターレースと放置露店とどう違うのか気にはなるが。 「そうか、ルフェウスはメダル上げだったのか。  どうりでホムのレベル低いと思った」 「まあねー。ちまちまレベル上げるもの出来なくはないけど、画面つきっきりじゃないの が良い感じだったからね」 「…あ、あの、これってそんなに凄いものなんですか…?」  フィーナが手に取った+9ハイレベルブーツにオレは、 「ああ、それ一個でこの家4個は買える」  あっさり言ってのけ、フィーナが硬直しブーツを落としてしまう。 「きゃああっ!落としちゃったっ!!」  実にほほえましい光景だ。  落としたブーツをまるで壊れ物を扱うかのようにおろおろするフィーナに、オレの心は 非常に和む。 「…か、借りれませんっ!!こんな高価なもの!」  並べられた装備品は、これから一人で頑張るフィーナの為にとルフェウスが倉庫から持 ってきたものだったのだ。  汎用性のある高級装備。これだけの装備があれば多少背伸びしたところでも問題はない。 「だーめ。  そりゃね、リンカーになるまでリディックと一緒とかなら貸さないよ。  プリーストのスキルがあって、自分は安全にレベル上げをするような状態ならね。  だけどさ今の僕らの状況、それを知ってもなおフィーナは一人でやると言っているのだ ろう?  初心者の女の子に、全部押し付けようとする僕らの心情も汲み取って欲しいと思うよ?  フィーナが僕らのために動こうとしている事に対して、正直これでも少ないくらいだよ」 「…でも…」 「でももへちまもありません。  君は心配する両親そっちのけで夜遅くまで遊びまわる子でしたか?」 「……」  シチュエーション的には、叱る母親と娘の図だ。決定。昔から思ってたが、ルフェウス は絶対おかん気質ありまくりだ。 「装備はあげるわけじゃなくて、リンカーになったら返してもらうよ。  そもそも半分以上、リンカーになったら装備できないからね」 「………はい」  しゅんとうなだれるフィーナににっこりとルフェウスが微笑む。 「それから、一応僕がここの家主なんだから、色々制限させてもらうよ。  そんなに厳しい事は言う気はないけどね」  笑顔は崩さないまま、ルフェウスは指を揺らす。 「とりあえず、僕たち4人でギルドでも作っておこうか。  無印キャラだったらギルド勧誘されちゃう恐れもあるし、告知便利そうだしね。  それから門限を決めよう。  …そうだなあ…午後6時、それまでに家に戻ること。  出掛ける時は僕とPT組んどいて。居場所を知るのは重要だからね」  にこにこといろんな事を決めて掛かるルフェウスにラルが随分と嫌そうな顔をした。 「……なあ、それ俺も必要なのか?」  常時我関せずの姿勢のラルにとって、この条件は少々不満があるらしい。 「ギルドだけには入っておいてよ。  リディックやラルはこの世界よく知ってるから、門限とかもいいや。  僕が言いたいのはさ、フィーナをどれだけ護れるか、と言うことなんだ。  四六時中片時も目を離さずに、ってこっちも向こうも相当神経使っちゃうし、だけど放 置して置くわけには行かない。  そうでなくても、今は不安定な状況なんだ。これから何が起こるかは、わからない」  ここで初めてルフェウスから笑顔が消えた。その目線は何故かオレを見る。 「本当は色々と皆の力になりたいんだけどね。  本当に、ケミでこっちに来た事を後悔してるよ」  オレは、ルフェウスがそんな弱音を漏らすのを初めて聞いた気がした。