「それじゃあ私、バッタ海岸行ってきます」  そう宣言して出て行ったフィーナをルフェウスがニコニコと送り出す。  昨日のうちにルフェウスがエンペリウムを持ってきて、ギルドを作成した。 『True site』  『真実の場所』。それがオレ達4人のギルド名。  本来あるべき世界、オレ達が戻るための道標。決してスナイパーのスキルからもじった ものではないはずだ。スナイパーのスキルは『True Sight』だったと思う。多分だけど。  オレは出掛けるフィーナに一通り支援を掛け見送った。つい、姿が見えなくなるまでそ の後姿を見ていたのは何を思ってのことだろう。  ぼけっとソファーに座り込み、所在なさげに宙を見る。 「なんか、燃え尽きたぜーって感じに見えるんだけど」  そんなオレを覗き込むように、ルフェウスの赤い髪の毛が視界をよぎる。  とたんに、ふと思い出すのは昨日の出来事。赤毛の女。一撃でオレを殺すことの出来た あの女は、リアルの人間に間違いない。だけど、あの惨劇をその女は実に楽しそうにして いた。  腐ってる。なんで、あんなことが…。 「…なあ、リディック?」  反応のないオレにルフェウスが怪訝な表情を向けている。  痛みを知ってなお、殺すことを楽しめる。それが、同じ人間なんだろうか? 「リディックったら!」 「…あー?」  耳元で大声で呼ぶルフェウスの声にオレは気のない返事をした。 「巣立ちを寂しく思うのは仕方ない、って…  違うね。昨日、何があったの?」  オレの隣に腰掛けながら、ルフェウスはオレを見た。 「……何も?  転寝してたって言ったじゃないか」 「嘘ばっかり。  お昼にあれだけ愚痴こぼしてたクセに、フィーナが謝ってる時随分気のない表情だった けど。あれだけフィーナの事を気にかけてたのに変な話じゃないか」 「…別に、そんなことないって」 「それに…。  帰ってきたとき、多分誰も気が付いてないと思うけど、リディックから血の匂いがした よ?ほんの微かなものだったけどね。  …寝てたんじゃなくて、死んでたんじゃないの?」 「っ!?」  その言葉にオレは目を見開いて、ルフェウスを見た。 「なんでっ!?」 「…あ、やっぱり。  ごめん、ちょっと鎌掛けさせてもらったよ。  現実じゃないんだから、血の匂いが長いこと付いているわけないじゃないか」  ふ、と小さく笑ったルフェウスにオレは深い息を吐いて、再びソファーにもたれこむ。 「…お前さ、何者なんだよ」  呆れた口調でルフェウスの方を見ずに呟く。 「何処からどう見ても、ただの製薬ケミだよ。  ただちょっとだけ、いろんな事情に詳しいだけ」 「…どう言う事だ?」 「うん。  あ、そろそろかな?」  オレの疑問をはぐらかすように、ルフェウスは立ち上がりキッチンの方に向かった。  何がそろそろだと言うのだろう。ルフェウスの行動をオレは座ったまま眺めていたその 時、外に出る扉の方からノック音が聞こえた。 「こににちわーー」  気の抜けるような拙く、幼い声。聞き覚えのない声と、本来来るはずのない来客にオレ は警戒心を持ち扉の方に向かった。 「はじめまして、なっちゃんです」  ゆっくりと扉を開けるとそこには、背の低いローグの少女がいた。長い銀髪を後ろで一 つにくくり、腰には短剣を、肩にはアーバレストを担いでいる。スイッチ型のローグとい ったところだろうか。 「あ、ああ、はじめまして」  いきなりの挨拶と、その声に違わない幼い容姿に警戒がふと解かれ、オレは自身の判断 も付かないまま、間の抜けた返答を返す。 「あー、なっちゃん。遠慮せず入っておいでー」  キッチンから姿を現したルフェウスの手には湯気のたったカップが三つ、お盆に乗せら れていた。なっちゃんという少女が来ることを既に承知の状態ようだ。  ローグの少女は、その言葉にとことこ部屋に入ってくる。ちょこんとソファに座り込み にこりと笑った。 「…誰?」  ルフェウスの方を向き尋ねる。 「なっちゃんだよ」  にっこりと笑ったままルフェウスは答えた。いや、それは知ってるっつうに。 「急に来ちゃってごめんなのです」  少女はぺこりと頭を下げ、オレとルフェウスに謝る。 「仕方がないよ。大事なことなんだからね」  二人の会話はいまいちわからない。一体どういうことなのだろう? 「改めて紹介するよ。彼女はナツキちゃん。なっちゃんって呼んであげてね」 「よよしくですー」 「リアルの子か?」 「リアル以外がこんな反応するわけないだろ?」  確かに、実装されていない室内のマップに入り、行儀良くソファに座っているその様子 から見れば一目瞭然だ。  だけど、オレは彼女――ナツキ――という少女に見覚えがなかった。見ればギルドにも 入っていないようで、その存在はあまりにも不思議なものだ。何よりも、何故ルフェウス は彼女と知り合ったのか、それが判らない。 「…何者なんだ?  ギルドにも入っていないようだし…」 「うん、色々とね。  なっちゃんにはいろいろとやってもらってることがあるんだ。  だからギルドとか入っているとちょっと厄介な事になるんだな」 「どういうことだよ?」 「なっちゃんには諜報とか情報収集とかしてもらっているんだ」 「諜報って…!?」 「ほんとのこと言うとね、昨日リディックが何処に行ったのか、彼女から聞いたんだ。  ううん。彼女が教えてくれた」  その言葉にオレは目を見開き、ルフェウスを見た。 「な、!?  ってことは、今までオレ達は監視されていたということか!?  なんで、そんなマネ…!!」  オレがやってきたこと、それは全てこいつの監視下に置かれていたということなのだろ うか。こんな悪びれもなく、オレ達と話しててでもその裏では…。  おのずとオレのルフェウスの見る目は剣呑なものになる。その視線にルフェウスは苦笑 を漏らしつつも首を横に振った。 「…違うよ。  なっちゃんが監視しているのは君じゃない。  ………アクトだよ」  アクト。あの騎士の名前だ。 「きのう、なっちゃんがあくとんおっかけてたとき、りっちゃんを見つけたんだよね。  本当はとめようと思ったんだけど、もうPvにはいっちゃって。  あのとき助けてあげれなくてごめんなのです」  ナツキは頭を下げ謝った。あの時、オレの他にこの子がアクトを見ていたとしたら、オ レがPvに入っていった事も見ていることになる。  周りに気が付かなかったというより、恐らくトンネルドライブを使っていた為彼女の存 在を知る事がなかったのだろう。  それにアクトを追っていたとなると、Pvルームでオレと鉢合わせしなかった事について も理解できる。 「…あんたは、誰に言われて、あいつを追っていたんだ…?」 「……  お姉ちゃんとマスターです」  お姉ちゃんとマスター?第三者名詞にオレは頭を捻り、その横からルフェウスが小さく ため息をつく。 「なっちゃん、今の僕は君のマスターじゃないよ?」  お前かよっ!!!?  いや、それならルフェウスとこの子が知り合いというのは判るが…。 「びっくりでした。なっちゃんがこっちに来て、お姉ちゃんに拾われたところにマスター もいたから」  お姉ちゃんに拾われたところにルフェウスがいたって…まさか、お姉ちゃんってケル姐 さんのことか!? 「僕のこのケミは別キャラで、誰にも教えてなかったつもりだったんだけど、なっちゃん はそう言うの見つけるのが得意だからね。  すぐにばれたよ。隠していたつもりだったんだけど」 「隠しててもなっちゃんにはわかるのです!」 「ちょっと待ってくれ。  …じゃあ、姐さんはあいつが怪しいと既にわかっていたことなのか!?」 「うん。変だな、と思ったのはアクトがこちらに来て2ヶ月くらいの頃かな。  行動が妙に余所余所しかったり、やたらと金銭効率のある狩場に出てみたり。  それまでは、あまり狩りにも行かなかったのにね」  思い出すのは1度だけ組んだPTの時。確かに最初は騎士らしく前線で両手剣を振り回し ていたにもかかわらず、何度かダメージを受けるようになってからは前に出ることすら少 なくなっていた。  別にその時は気にはしなかったが、そういえば一緒に狩りに出たのはあれっきりだ。 「なら、なんで姐さんはアクトを放っておいたんだ?」 「あくとんはわざと泳がせているのです」 「…泳がせて?」 「…ねえリディック、妙だと思わない?  いくら僕らがリアルで人中を的確に狙うとしても、それに必要なDEXってどれくらいいる と思う?  両手騎士…、Agi騎士がどれほどDEXを重要視しているか考えたことない?  いや、それ以前にアクトは村正騎士だ。  いくらクリティカルと言っても的確に狙った箇所を攻撃できるとは思えないよ」 「…あ、…」 「それに、剣士スキルのインデュアにあれだけの痛覚除去があるとは思えない。  あれ、気合で痛み忘れようってスキルなんだよ?」  確かに異常だった。血濡れの騎士。回復力のある白ポーションを飲み続けながら戦い続 けるというのは、どれだけの精神力が必要だというのか。  ルフェウスは、引き出しから一本のビンを取り出した。白地に赤ラベルの入ったそれに 見覚えがある。 「恐らくこれが関係してると思うんだけどね」 「…アンティペインメント?」 「うん。これを飲み続けられるなら、多分…。  だけどこれは店売り物じゃないし、露店でも出してるところは極わずか。値段も結構す るしね。  どうやってアクトがそれを大量に手に入れられると思う?」 「そのルートをなっちゃんが調べてる最中だったのです。  なっちゃん、あくとんとは面識無いからってお姉ちゃんのギルドに入るのをやめたんで す」  だから、ナツキはギルド無所属なのか。アクトは姐さんのギルドに所属しているから、 マップのマーキングでナツキが見つかってしまうから…って、それよりもっ! 「待ってくれよ!?  ってことはさ、この子はアクトが今までやってきたことをずっと見せ続けさせたって言 うことなのか!?  こんな子供になんであんな酷いもん見せさせようとするんだよ!!  あんな、あんな惨劇を…!」 「大丈夫です、なっちゃんこうみえてもホラーアクション得意なのです」  さらっと言ったナツキの発言にオレはこけかける。 「…いや、そういう問題じゃ…」 「大丈夫なのです。なっちゃんはゲームと現実の区切り目はしっかりわかってるつもりな のです」  首を振って、ナツキはその屈託のない顔で微笑んでいる。 「なっちゃんはね、こう見えてもかなり大人だよ。  現実がどれだけ大変かちゃんと理解している子だよ」 「いたいのはいたいのです。  自分がされてやーなのは、他の人だってやーなのです。  なっちゃん、そんなやな人になりたくないのです」 「アクトはさ、その境目がなくなってしまったんだよ。  歯止めをかける理性が抜けたのかな。  アンティペインメントの所為で痛みを感じないから、ゲームみたいに…ゲームなんだけ どね、人を倒すのが楽しくなってしまったんだと思う。  一線を越えてしまったんじゃないかと思う」 「……」 「哀しいことだよ。  出来ればそうなる前に止めたかったのだけど、気づいたらああなってしまっていて。  初めて会ったときのアクト、憶えているだろう?  楽しく笑ってて調子良くって、良くケルビムさんにも怒られててさ」  思い出すのは、アクトがギルドに入ってきた時の事。調子の良い逆毛騎士で、変な悪戯 を良くやっていたのを憶えている。 「僕は、アクトが一人であんなふうになってしまったとは思えないんだよね。  あれだけ痛いのきらいな人がさ、Pvで攻撃食らいながらもプレイヤーを切り付けて。  誰かが、アクトをああいう風にしたんじゃないかなって、アクトにこの麻酔を渡してい るんじゃないかって思っててさ。  だから、僕はそれを突き止めたいんだ。誰が、何故、こんなことをするのか、僕は知り たい」 「…ルフェウス…」 「悪いけどリディックはあまりこの件について触れてほしくないんだ。  僕は優しい人間じゃないからね。アクトを助けたいと言う気持ちはあるけど、そうして 根源を見逃そうなんて思う気もない。  泳がせて、尻尾を掴んで、…そうして、潰す。  でも半年も一緒に過ごしたリディックたちにそう言う所は表立って見せたくないから。  汚れ役は僕たちだけで充分だからね」  ルフェウスのその表情はいつも見せる飄々としたものではなく、自嘲じみた、だけど決 して揺るがない意思が現れている。その言葉にオレは何も言えなかった。 「ごめんね。  裏切られたって思われても仕方ないよね。僕はそういう人間だ。  ギルド作った直後だけど、しばらく距離置いた方がいいかもね」  そう言ったルフェウスの表情はひどくつらそうなものだった。距離を置くという事は家 を出ると言うことなのだろう。  本当はこういうことを言いたくはなかったはずだ。だけど、何も言わなければきっとオ レはアクトを探したりしてしまうと思う。  そうならないように、注意をするためには自分がどういう事をしているか話さなければ ならない。  全部、全部オレの所為だ。 「…なあ、ルフェウス。  オレ、お前の手伝いをしたいとか言えないけど。  だけどお前がいなかったら困るんだよ。  誰が、家事とかするんだよ。  狩りに行っても収集品売ってくれる奴がいなくちゃ、困るんだよ。  フィーナに細かい気配りできるのって、お前しかいないんだ。  すまない、出て行かれるととても困るんだ」  我ながら、妻に逃げられそうになる夫の言葉としか思えないが、そういう言葉しか出て こなかった。  ルフェウスが裏で何をやっていようと、オレにとっては半年一緒に過ごした仲間だ。少 しは考えは変わるかもしれない。だけど、それは疎ましいといった感情ではない。  どれだけの事を背負ってきたのか、背負おうと言うのか、その重さを手伝うことの出来 ない自分が歯がゆい。  ヘタに手を出せば、きっとその負担をさらに増やしてしまうだろう。  ルフェウスは一瞬驚いたようにオレを見て、その後小さく笑った。 「ありがとう」  その言葉は小さく、何か耐えてるようなそんな感じだった。