「プレゼントボックスに包装紙、包装リボンにサンタ帽、赤い袋…こんなもんか?」 相場よりかなり安めに設定して露店をセットする。 まあクリスマスをエンジョイするような人間はイヴ当日に駆け込みで購入しないか。 それに青箱や紫箱、カード帖や装備をプレゼントするような人間もいるだろう。 表面はクリスマスを満喫してるように見せかける、それが精一杯の強がりだった。 俺は勿論無敵のソロ軍団の一員。 どうして今年はLiveROにしっと団本部が無いのかと、独りでぼやき始める。 うちの看板ケミ子にもサンタ帽なんて被せて、クリスマスの雰囲気を味わおうとしてみたが 余計に虚しくなってしまった。 街のあのうかれた雰囲気に嫉妬してしまうのは、リアルでもROでも同じらしい。 クリスマスパッチなんて配布しなければいいのに。 畜生、カップルの隣で枝でも折ってやろうか…まさに「妬み乙」的なことを考えていたら 眠くなってきて意識が遠のいてきた。 目を開けると、暗闇の中に赤青緑と様々な光が差し込んできた。 キラキラと輝くネオン、鈴や靴下、金色のふさふさ(?)の飾りで綺麗に装飾されている。 「Merry Christmas!!」の看板を見て、俺はクリスマスツリーの前に立っていることに気付いた。 とても見栄えのする大きなクリスマスツリー、こんなの見るのは初めてだ。 しかし何故俺はこんなところにいるんだろう? 人々の喧騒が聞こえる。 目の前に広がるのはクリスマス一色のイルミネーション。 周りを見るとコスプレみたいな恰好の人が沢山いて、皆思い思いに談笑している。 ただその服装はどこかで見たことのある、馴染みのあるものだった。 この人はアサクロ、あの人はローグ、あっちの人はftmm…露出が大胆な職に目が釘付け。 いかんいかん。 よく見ると自分の外見もおかしい。 随分重そうな、銀色に光輝く鎧を身にまとっているのに、重量を感じることは全くなかった。 俺はLKのコスプレか…って意味が分からない。 確かに俺はLKがメインだ、しかしこんな趣味はないしこれは夢か? 状況を整理すると、夜の繁華街の中、俺はLKとしてクリスマスツリーの前にいるらしい。 「おまたせ!」 突然後ろから声がして、首の辺りから腕を回されて抱きつかれた。 俺の顔に触れた、暖かい肌とさらっとした髪の感触がそのまま伝わってきて 動揺を越えて俺の頭の中はいきなり真っ白になった。 恐る恐る振り向くと、夜の闇の中でも凛と輝く金髪をなびかせた女の子が 俺の肩に顔を乗せて笑っていた。 真直な碧眼に吸い込まれそうな感覚を覚えながら、俺は慌てて言った。 「…まあとりあえず落ち着け、人ごみの中さすがに恥ずかしい」 「今日は特別な日なんだし、騒がないと損だよ?」 彼女はそう言うと、ちょこんと地面に降りてこちらを見て、またにっこりと微笑んだ。 桃色の聖衣に身を包んだ彼女は、どう見てもハイプリーストそのものだった。 髪を結んだ赤いリボンがなびく様は、可憐としか言いようがない。 こんな可愛い子がどうして俺に声をかけたのだろう…状況がさっぱり理解できない。 「約束覚えてる?今日だけは私の言うこと我侭全部聞いてくれるって!まさか忘れてた?」 「すまん、そうだったか?」 「そうだよークエスずっとプロ北から出てこないから忘れちゃったの?」 彼女は笑ってこんなことを言い始めた。 当然俺は知らない…しかしこのハイプリは俺のLKの名前どころか プロ北で狩りをしていることを知っている。 ここがROの世界だったとしても、俺のことを知ってる人間はほとんどいないはずだ。 自分はギルド無所属だし、知り合いなんて片手で足りるほどしかいない。 ハイプリの知り合いはいるにはいるけど、この容姿の子には見覚えがない。 「クエス?」 彼女は不思議そうな顔をして、俺の方をじっと見ている。 俺はなすがままにするしかないと覚悟を決めた。 「その我侭って言うのはなんだ?約束通り付き合ってやるよ」 「今日はずっと二人っきりでいるんだからね!  えーとね、お店の予約を入れてあるから、まずご飯食べにいこ?  とっても美味しいって評判のお店なんだよ!」 彼女はとても嬉しそうに話すと同時に、俺の手を引っ張って歩き始めた。 手を繋いで歩くなんてことも当然経験したことはない。 正直さっきから胸の鼓動がはっきりと聞こえて心臓に悪い。 クリスマスイヴの夜、カップルや家族連れで賑わう大きなストリートに面して俺達は歩き始めた。 いつもはそんなの関係ねえ側のはずの俺が、何故か今は女の子と二人で歩いている。 通りにある露店を色々と見て回る。 「乙女ツインもいいよね?大きなリボンも可愛いし…どれが好き?」 露店に並ぶ品を試着しつつ、楽しそうに彼女は俺に同意を求めてきた。 ああこういう時は何て言えばいいんだ…お世辞でも似合うと言うべきなのか 「俺はこっちが好みだな!」と自分の理想を言うべきか… 「ああそうだな、この赤い袋を買って後で着て見せてくれよ」 「んーそういう趣味だったっけ?仕方ないからお望み通りにしてあげよう」 「いや半分冗談だぜ…クリスマスらしくサンタ帽でも被っとけ」 「買ってくれるの?」 「勿論」 「ありがとう!」と微笑んだ彼女は、お金を払う前から既にサンタ帽を被ってご満悦である。 俺は財布を取り出して、見たことも無いお札を適当に露店のBSに渡す。 BSさんは笑いながら「メリークリスマス!」と俺達に声をかけてくれた。 実際ゲーム内でこんなやりとりがあったらどんなに楽しいことか。 Merry Christmas!!と書かれたアーチの下をくぐり、プロンテラの十字路を曲がる。 通りの一角にある小さなお店に俺達は入った。 テーブルに敷かれた赤白のレース、電飾がピカピカ光るクリスマスツリー。 店の中もクリスマスムード一色だ。 彼女は店の人に予約してたことを伝えているらしい。 その会話は俺と接する時のフランクな感じのそれではなく、聖職者としての振る舞いだった。 程なくウエイトレスに案内されて、俺達は席に着いた。 「さあ乾杯だよ!メリークリスマス!」 彼女は元気一杯にそう言って、グラスを俺に差し出した。 シャンパンなんて子供用のノンアルコールの炭酸ジュースしか飲んだことないし 酒は氷結とか安いのしか…シャンパンってこういう味なのか、と思わず関心してしまった。 料理も美味い。 料理に舌鼓を打ちながら、彼女は色々なことを話してくれた。 俺が騎士時代廃屋にいたこと、プロ北にずっと篭ってること、数少ない知り合いの話など… 何故か俺のことについては本当良く知っているようだった。 しかし今だ彼女について俺は何も思い出せなくて、ただ話についていくのが精一杯。 「でもさ、セリスって超可愛いし、性格もいいし支援の腕も抜群だよね。  彼女にしたいとか思ったことないの?」 突然の話の振り方に料理が喉に詰まってしまった。 セリスは俺の知り合いのハイプリースト、彼女の言うとおり皆に慕われるとてもいい奴だ。 「そうだな…彼女は優しいから、俺じゃなくても皆に平等にあんな接し方だと思うぜ  可愛いって言ったら今俺の前に座ってるハイプリもそれ以上に好みだけどな」 俺がお世辞でもこんな言葉を発するとは思わなかったのか 彼女は「え…その…」と戸惑いながら、顔を真っ赤にして下を向いてしまった。 「ほ、褒めてくれたって何にも出ないんだから…」 彼女はそう言ったきり、顔を赤くしたまま急いで食事を口に運んでいる。 強引に引きずり回しておいて、意外と恥ずかしがり屋みたいだ。 女の子の機嫌って難しいんだな…そんなことを考えながら俺もシャンパンを飲み乾した。 「…クエスはこんな私にも優しくしてくれるのに」 少しの沈黙の後、顔を赤らめたまま動揺が収まらないらしい彼女は突拍子もなく言った。 その意味を尋ねようと思った直後「そろそろお店出ようか」と彼女は席を立った。 聞くタイミングを失った俺も慌てて相槌を打って立ち上がる。 食事代は事前に払ってあるから必要ないとのことだったので、俺達はそのまま外へ出た。 プロンテラは雲ひとつない満天の星空だった。 「これからどうする?」 俺が聞くと彼女はおもむろに「ワープポータル!」と詠唱して光の魔方陣を出して見せた。 「さあ乗って乗って!」と彼女に急かされるままポタに飛び込む。 ふわっと光に包まれた瞬間、様々な色彩の電飾が施されている大きな木の下に俺達はいた。 プロンテラで見たのと同じくらい、とても大きなクリスマスツリーだ。 しかし周りには首都と違って人影はない。 真っ暗な空からゆらゆらと雪が舞っている。 …ここはルティエか。 ここへ俺を連れてきたハイプリーストは俺の手をぎゅっと握ったまま何も喋らない。 その瞳はただクリスマスツリーを悲しそうに見つめている。 俺は何と声をかけたらよいのか分からず、ただ同じように空を舞う雪を見ていた。 何故か言葉を発するのためらうような時間だった。 時間にして数分だったと思う、けどそれはとても長い時間に感じられた。 彼女はぽつりと呟いた。 「…出会ってくれて、本当にありがとう」 「どういう意味だ?」 俺の問いに彼女は答えなかった。 そのまま俺の手を引いて歩き出す。 どうすればいいか分からず、俺はそのまま彼女について行く。 その後、俺達はルティエをぐるっと一周して歩いた。 点在する商店や家々には暖かい灯りがともっている。 俺達はお互い何かを話すことも無く、ただ手をずっと繋いでいるだけだった。 俺は覚悟を決めて自分のことを話す決心をした。 もしここが本当にROの世界で、俺が違う世界から来たなんてことを信じてもらえるだろうか… クリスマスツリーの前にあるベンチに座り、俺は意を決して話し始める。 「あのさ、実は俺…」 「いいの、分かってるから。夢を見てるのは私なの」 彼女は俺の言葉を遮って言った。 その声は自嘲気味で、絶望と諦めが半々のような悲しい響きだった。 「どんなに気持ちが高ぶっていても、貴方のことが好きでも、私の言葉は届かない  どんなに貴方が恋しくても、飽きられたらすぐ終わり  でも、私は貴方との幸せを感じてみたかった…」 彼女は泣いていた。 俺には彼女の言ってる意味が理解できない。 俺のことが好きだった…? そんな子のことを俺が忘れるはずがあるか? 記憶を必死に辿っても彼女が誰か思い出せない。 「クエス、手広げてよ」 雪のように白い頬をつたう涙をぬぐい、彼女はそう言って俺の掌に何かを置いた。 それは金色に光るクリスマスリングだった。 刻まれた名前を確認しようとした瞬間、彼女は俺の耳元に顔を近づけてきた。 最初出会った時と同じ、暖かい肌と髪の感触が伝わってくる。 「クエス、私のことを愛してくれてホントにありがとう」 彼女はそっと囁いた。 同時にクリスマスリングに刻まれた名前を見た瞬間、意識が遠くなっていくのが分かった。 「お前、サナ…なのか?」 彼女の症状をうかがい知ることはできない。 その名前を叫んでも声は届かず、眠りに落ちていくように俺は意識を失った。 朝の光が差し込んで来て、俺は目が覚めた。 どうやらPCの前で眠ってしまったらしい。 ディスプレイを見ると、キャラセレでかわいいリボンを装備した 金髪のハイプリが俺の方をじっと見つめていた。 彼女の名前はSana 俺がROを初めてからずっと使っていた1stキャラ、でもここ数年はLKの2PC支援用として ずっと狩場に置きっぱなし、死んでも無視、装備も頭のリボン以外何もしてない状態だった。 自分が愛着を持ってずっと育てていたキャラなのに思い出せず、ずっと酷い扱いをしていたのに 意志を持つはずのないキャラクターが、俺に夢を見せてくれた…のか? 「マジごめんな、お前がそんな風に思ってたなんて…楽しい夢をありがとう」 ありえないはずのこと、ただの夢なのに。 俺の呟きに答えることなく、キャラセレのサナは俺をじっと見続けていた。 -あとがき- この短編はあるきっかけで耳にした、RAINBOW GIRLという曲に触発されて 勢いで書いてしまいました。 サナの台詞の一部は曲の歌詞を引用しています。 とてもいい曲なので、歌詞をぜひ読んで聞いてほしいです。 メリークリスマス! RAINBOW GIRL原曲元 http://www36.atwiki.jp/akatonbowiki/ RAINBOW GIRL(歌ってみたの個人的お勧め) http://www.nicovideo.jp/watch/sm1624053 2006/12/24