目が覚めると、俺は人ごみの中にいた。 「えっと・・ここは?」  行き交う多くの人々、それ以上に多い座り込んで商売をする人々、その全員が見慣れない格好をしている。 「・・?」  あたりを見渡すとメイドの格好をした女性(スカートに潜り込んで花火を売ってる人が見えたのは気のせいだ) 派手な赤いコートに胸をはだけた男性、左側には看板を掲げて人待ちをしている人が見える。 「ここって・・プロンテラじゃねーか!!」  俺はプロ十字路で思わずそう叫んでいた。  MMOBBS LiveRO内、目が覚めたらROの世界だった!スレが俺は好きでよく目を通していた。  そこで語られる話しは空想だと知りつつも、現実にならないかと夢みたものだ。  そんなある日、スレ内で妙な噂が書き込まれるようになった。それは全てがROの世界へとどうしたら入れるか という噂だったのだが、 -曰く、カードのコンプリート -曰く、全ての砦の同時所有 -曰く、輝く草からドロップされる『門』と『鍵』を手に入れる もちろん、そんな話しを信じる者などいなかった。いつものネタだと誰も検証などしようとせず取り合わなかった。  だが書き込みが止まることはなかった。  それは異様な状況だった。釣りなら煽り煽られ荒れる様子を楽しむのだろが、こいつは違った。明らかな挑発 の書き込みにも反応せず、成功したとも失敗したとも書き込まれない中一日一回、決まった時間に書き込み続 けた。それは三ヶ月も続いた。  当初は無理難題にしか見えなかった噂だったが、その頃にはちょっと時間をかければ達成できそうなものになっ ていた。  相変わらず取り合う者もいなかったが、俺は少しだけ興味を惹かれていた。そして比較的簡単なものから一つ 一つ試していたのだった。 「ま、何が原因でこの世界に入れたかわかんねーけど夢じゃないよな?」  お約束でつねってみるが、それなりに痛い。落ち着いて周りを見ると、さきほどは見慣れないと思った格好が RO内の一次、二次、転生職たちだとわかる。 「俺はアサシンクロス?のようだな」  自分の体を見ると、バックリ開いた胸に腰にささったカタール。所有キャラで一番愛着のあり、付き合いも長い アサシンクロスのようだった。 「しっかしモニター越しでみる風景とは全然違うな、って当然か」  今俺は人ごみから少し離れ、塀に寄りかかる様に座っている。塀は高く、立ち並ぶ家々はでかい。もちろん目 の前を通り過ぎるキャラもデフォルメされた姿ではない。服装も作りこまれており、ともすれば職を見間違えかね ない。 「さ、街中でも見て周りますかねぇ」  何をするでもなくブラブラ歩きながら見る街並みは、ゲームでいつも歩いている街と同じものとは思えなかった。 特に俺を驚かせたのはNPCたちの行動だ。普通の人間と変わることなく動き、話している。ちょっと先のほうには 井戸端会議でもしているのか、おばちゃんの集団が見える。  面白かったのは歴史学者クエストの契機になる少年だろうか。 「うは、街灯に隠れてぶつかる相手探してやがる。やっぱりわざとぶつかって手伝わせてたんだな」  視線の先には、街灯の陰から相手を物色するかのように人通りを見つめる少年がいた。 「おーい、少年。こんな所で何してんのよ」  思わず声をかけてしまった。 「うるせーよ。仕事中なんだから邪魔すんなよ」  俺の方を向こうともせず、少年はぶっきらぼうに応えた。 「仕事?若いのに偉いねぇ。お兄さんにも手伝わせてよ」 「手伝って貰うのは一回だけだ。二回目はないよ」 「そいつは残念。それじゃ、仕事頑張ってね」  だんだん苛立ってきたような雰囲気を感じ取った俺は、それ以上絡むことなく立ち去った。  ・・あ、ぶつかった。  プロンテラを一回りし南カプラ前に着いた頃には、高かった日も傾き辺りは夕焼け色に染まっていた。 「いやー、すごいなプロンテラ。まだまだ見足りないが、そろそろ狩りでもしてこようか。さて、どこに行くかだが・・」  南門から出てすぐポリンを叩くのもいいが、どうせならもっと狩り応えのあるMobでもいいのではないかと考え、 結局カプラ転送ですぐいける西兄貴村でハイオークを狩ることにした。 「カプラさーん。オークダンジョンまで転送お願いします」  目の前のカプラ嬢に声をかける。 「かしこまりました。それでは、いってらっしゃいませ」  極上の笑顔でそう応えたかと思うと、微かな浮遊感と暗転の後、俺はオークダンジョンの前に立っていた。 「すっげぇぇぇぇぇぇぇぇ。ほんとに飛んだよ」  子どもの様にはしゃぐ俺をみて、ダンジョン前のカプラ嬢が苦笑する。気恥ずかしくなった俺は、西兄貴村目指し て駆け出した。 「武器よし、防具よし、アイテムよーし」  西兄貴村に到着した俺は、今更ながら装備の確認をしていた。  問題ないようだ。  もし装備を取りに戻る様なことになれば、さらに恥ずかしい思いをしたことだろう。 「さーて、ハイオークはっと・・いた!」  あまり遠くない位置に荒い息を吐き、青い肌をしたハイオークの姿があった。  俺が近づいていくと、向こうも気づき俺に向かって突進してくる。 「近づけさせるかよ!ソウルブレイカーー!!」  スキルの使い方など知らなかったが技名を叫びながらカタールを振るうと、刃先から紫色の光がハイオーク目掛 けて飛んでいく。一撃で吹き飛ぶハイオーク。 「・・え?」  その時の感触をどう表現したらいいのだろう。たっぷりと水を含んだ厚手のパーカーを投げたような音で飛び散る ハイオークの肉片。それとともに充満する血の匂い。  いつもなら一確できた時など『強いな俺』なんて言ってるが、これはそんなもんじゃない。 「・・・・ッ!!」  しばし呆然としていたが、背後からの気配に振り向くとそこには斧を振り上げたハイオークがいた。  迫り来る斧をなんとか避け、夢中でカタールを振るった。  胸を大きく切り裂かれハイオークがたじろぐが、追撃する余裕などなかった。  死んだ肉に刃を入れたことはあっても、目の前で動いている生物に直接刃を突き刺すなど経験した者は少ないだ ろう。俺は初めてのその感触にびびっていた。  どうみたって致死量に思える血を流しながらもハイオークは襲い掛かってきた。  それに対し、恐怖で堅くなってしまった俺はなんとかカタールで攻撃を防ぐが、重い一撃で吹き飛ばされ背後の木 に打ち付けられる。 「カハッ・・」  その痛みに倒れそうになるが、そんなことはお構いなしに迫り来るハイオークに無様にも俺は逃げ出すしかなかっ た。 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」  全力で逃げながら取り出した蝶の羽を握り潰すと、先程と同様の浮遊感と暗転を感じ俺はプロンテラへと 飛んだ。 「ハァ・・ハァ・・」  街に戻ってきても落ち着くことはなかった。生々しい感触は今でも残っており少しでも気を緩めると、胃の中身を全 て吐き出してしますだろう。 「ウプッ」  混乱する気持ちを落ち着ける前に限界を迎えたようで、うずくまってしまう。 「---ッ・・」  ベンチの脇で吐く俺を見て、不愉快そうに行き交う人々に気づいてはいたがそんな事を気遣う余裕なんてあるわけ がない。と、そんな俺に声をかけるものがいた。 「おいおい、そんな所で吐くんじゃないよ。迷惑だろ?ま、理由を考えりゃ無理もないがねぇ」  その声に顔を上げると一人の女が立っていた。