「これで頼まれてた分の青ジェムは終わりだね」  家に戻り一息ついたところで、ルフェウスに呼ばれ向かった先には、ご丁寧にもきちん と箱に収まり積まれた青ジェムの塔が出来ていた。  予想はしていたが、ここまで量があると圧巻物だ。 「…あれ?  数ちょっと多くね?」  一箱千個。そう荷札に書かれているのが7つ。渡した金額は3M。どう考えても金額オーバ ーしている。 「別に良いじゃないか。区切りのいい数字の方が落ち着くし、どうせ誤差だよ」 「そうは言ってもなあ」 「その分しっかり稼いで来てよね。秘境は収集品単価高いんだし。  全く変な使命に目覚めちゃってくれて、僕としてははらはらものだよ」 「鉄の心臓持ってそうなお前がなあ」  わざとらしいまでに大きなため息をつくルフェウスにオレは小さく笑った。 「…で、どんな感じ?リアルに本気狩りの状況は」 「あー、結構慣れてきたって所だなあ」 「慣れ、ねぇ」  ルフェウスは小さく一人ごちるように呟いた。その言葉の裏に隠れた意味合いはオレで もわかる。わかるのだが。 「…お前はさ、見てないからそう言えるんだよ。  あんなに必死になってるのに、そんなところ表には何も出さないで。  それを見ているしか出来ないのが、どれほど悔しいかってさ…」 「……」  俯き吐いた言葉にわずかだが沈黙が落ちる。それを破るのはほんの小さな衣擦れの音。 見ると踵を返し、家に戻るルフェウスの姿。あいつがどんな顔をしているかはわからなか ったが、ルフェウスから感じる気配は決して良いものではなかった。 「今日は青いハーブがいっぱいですよー」  ジュノーに迎えにいったおり、満面の笑みを浮かべて、青ハーブが入っていると思わし き白い包みをオレの目の前に差し出すフィーナ。  どういう訳か、フィーナのリアルラックはそれほど高くない…というか、ぶっちゃけ低 い。  青い草から50%の確率で落ちる青ハーブ、それがラフレシアマップに短時間で生えるに もかかわらず、1日刈って5枚とかそんな事も多々あった。  青い草が生える間隔を逃してとか、他に人がいて刈られた後とかではなく、自分なりに ルートを決めてしっかり刈っていたにも関わらず、だ。  その話を聞いたとき、同情する前にオレは思わず笑ってしまった。  その後、ふてくされるフィーナを宥めるのにかなり骨を折ったが。 「何枚取れたんだ?」 「38枚です!  自分でもびっくりするくらいぽろぽろ落ちたんですよー」 「へえ。じゃあ明日は雪か」 「えっ!!  そんな酷いじゃないですかっ!!  私だってちゃんとそういうことありますよっ!」 「はは、悪い悪い。冗談だよ」  いつか落ち着いたら、フィーナをイグドラシルの幹にでも誘ってみようか。  MOBを狩る事よりも、フィーナは草刈りの方が好きらしいのできっと喜ぶかもしれない。  そうだ、いつか。いつか落ち着いたら。 「それでですね、明日には転職できそうなんです」  家に着き夕食の時間、フィーナは嬉しそうに自身の身分証を出した。一家団欒のような このやり取りも、今は極普通な日常になっている。  Job45、85%。  残りは15%、確かに明日一日で上げられる数字だ。 「そうなんだ、おめでとう」 「じゃあ明日はフィーナがレベル上がるまで支援でもしようか?」 「大丈夫です、いりません」  オレの提案にキッパリはっきりと言い放つフィーナに、心の中でオレは泣く。泣いて良 いとオレは思う。 「その代わり、転職の時付き合ってもらえますか?」 「…あ、ああ。それはもちろん」 「だけどフィーナも頑張ったね。とうとう二次職か」  ルフェウスの言葉に、オレはフィーナが初めてこちらに来た事を思い出した。あれから 約ひと月、結構いろんな事があったと思う。  明日、フィーナがソウルリンカーになれば何かが変わるだろうか。それとも、何も変わ らず、またこの世界の生活が訪れるのだろうか。それはまだ判らない。 「…そういや、最近テロ多いよな」  感傷浸っていたオレの耳に、今まで黙って飯を食べていたラルの声が聞こえた。  その言葉におや、と思う。オレがここにいるうちはテロに遭遇した事はなかったからだ。 「そんなに多いのか?」 「ああ。  お前は最近昼間ここにいないから知らんとは思うが、ここ数日で10件以上テロが起き てるな」  オレの疑問にラルは事も無げに言ってのける。10件以上。かなり高頻度だ。 「…マジで?」 「やっぱりプロは人が多いからな、相当でかいのも何回かあったぜ」  昼間にテロとは。今はまだ夏休みには遠いし、大型連休もなかったはずなのに。 「テロは街よりも、南の方が多いみたいだがな」 「よりにもよって、デスペナのあるところでテロだなんて、何を考えてるんだか」  かといって、プロの街並みでテロが起きるのも問題はあるのだが。 「確かに…、最近露店で枝の品薄多いみたいだよ。  看板あるのに、売ってないなんてざらだよ」  ルフェウスは小さく唸ってから、そう言った。露店で仕入れも行っている以上、そうい った商人の流通には聡いのだろう。 「どっかのテロギルドが一大イベントでもやろうとしてるのかね。  ……全く迷惑な話だ」 「……なんで、そんな酷いことするんでしょう?」 「なんでだろうな。枝祭りした事はあるけど、テロしたことないから、そういうことする 奴らの気がわからんなあ」 「フィーナも気をつけるんだよ。ジュノーでは枝は折れないからテロに巻き込まれる事は 無いとは思うけど、狩場とかで見覚えのないモンスターを見かけたら、すぐに蝿で飛ぶよ うにね」 「はい」  狩場で枝を折る行為はあまりないとは言え、油断は禁物だ。ルフェウスの言葉にフィー ナも神妙な顔をして頷いた。  翌日、フィーナは蝶の羽でジュノーまで飛び、レベルが上がり次第連絡をくれる事にな っていた。  とりあえずオレも時間までは秘境の村で経験値を稼いでおこうとウンバラに飛ぶ。  実のところ、フィーナはオレのレベルが上がったことには気が付いていない。  どうやらギルド表の見方を良く知らないらしく、その事についても何も聞いてこなかっ た。そもそも、ギルドとは何なのかすら良くわかっていないらしい。  オレにとってはそれは好都合だ。転生してしまえば姿が変わるからばれてしまうだろう が、それまではフィーナに気づかれたくない、といった気持ちがあった。  今のフィーナは初心者ではない。どれだけ強い敵と戦って、どれだけ経験を稼ぐか知っ ている。  オレがどういった戦い方をするかも、なんとなくながらも理解している。  だから、転生するまでは余計な心配を掛けさせたくなかった。過ぎてしまえば、昔話、 笑い話でも出来ることだから、今はまだ、知られたくなかった。  今日はあまり時間がないとは言え、ウンバラダンジョン経由で秘境の村に行く事は変わ らない。あれだ。バンジージャンプ洒落にならないほどマジこええ。ゴムなしバンジージ ャンプってぶっちゃけ飛び降り自殺と大差ないよな。  平日午前中ともなると、混雑が予想される秘境の村でもかなり閑散としている。  入り口のMOBたまりを見れば、どれくらい人がいるかなんとなくわかってきたりもするの は相当通っていた証拠と言うべきだろう。  つまり、今日は入り口は大変MOBの数が多かった、と言うことだ。 「っとにっ!  なんで、こんなに、いるんだよっ!!」  ごろりと溜まったMOBにとにかくフェンを着けっぱなしでMEをお見舞いする。  DEX−INTの2極のオレにとって、MEの詠唱はフェンを着けていてもそれほど時間は掛か らない。実際詠唱よりも発動後のディレイの方が怖いくらいだ。  MEを展開し、MOBを焼く。つくづくMEにもSGみたいなノックバックがあれば良いなと思う のだが、こればっかりは仕様上仕方のないことだと思う。  デュラハンのクリティカル攻撃は、イミュンとアコセットの悪魔不死3減をつけていて も、一瞬意識が飛ぶようなダメージだ。  焼き切り、傷ついた自身にヒールを使い、辺りに散らばった収集品は当然の如く拾う。  後はテレポで索敵し、最初に戻る。言葉で言ってしまえば本当に単調な作業のようなも のであり、やばいと思えば飛ぶか、バックサンクくらいの保険を掛ける程度で駆け引き等 は殆ど存在しない。  オレがここにいるとき、実際何を考えてMOBを狩っているのか記憶はあまりない。ただた だMOBをMEで倒しているという結果でしかなく、恐らくどこかの感覚が麻痺してきているの ではないかと思う。  人は少ないと言っても、人気狩場だ。貸切になるという事は殆どというか全くなく、し ばらく歩けば浄化の光があちらこちらで発せられる。  アスムプティオやキリエ耐え直にMEを放つプリースト。バックサンクにMEを使うプリー スト。中には直MEに白ポで耐えるプリーストもいた。  そのお陰で、索敵してもすぐにMOBに絡まれると言う事はなく、単体でいるMOBを少し引 っ張りながら焼いていく。  …ロングトレインはいていないと思うのだが…。  それでも不死であるデュラハンしかいなかった場合はヒールやターンアンデットで処理 はしている。そして今、単体のデュラハンにターンアンデットで浄化し、その鎧の欠片を 拾っている折、すぐ近くでMOBの声が聞こえた。声というより大合唱だ。つまりすぐ傍にモ ンスターハウスがあるということか。  そちらの方に向かってみれば、とんでもない数のMOBとやりあっているプリーストの姿が あった。後ろにサンクを敷いているらしいのだが、どうやら軸ずれを起しているらしく、 しかもヒットストップを起し、そのサンクに乗れずにいた。  ああ、決壊するな。  経験上、こうなったら飛ぶ。アクセスの悪いこの場所で無理をして、死に戻りするより も堅実的だ。  MOBの攻撃で画面上では赤ダメの滝でも、リアルに取っては血飛沫もみえる。秘境の村の MOBには『斬る』という動作を行うMOBがいないため、目に映る光景も赤は少ない。しかし あの状況はさながらボクシングのサンドバッグ状態で、よくあれで立ってられるよな、と 取り留めのない事を考えていた。  飛んだらあのMOB達はこっちに来るだろう。なら、準備をして…、そう思っていたオレの 耳に、予想していなかった音が飛込んだ。 「ごめ、逃げて」 「…え」  発言は攻撃を受けているプリースト。こんな状況で、発言を…!?  その言葉にオレは我に帰る。なんで、オレは決壊待ちしているんだと。  たとえプレイヤーだとしても、オレにはどれだけ怪我を負うか見えるのに、なんでただ 黙って見ているのかと。  これじゃあ、あいつらと変わらないじゃないか。 「セイフティウォール!!」  リアルにとって、実位置のずれはない。あくまで正確な位置にSWを置く。これだけのMOB だ。瞬間で破られるのは判るが、それでもオレはそのプリーストが立ち直すまでSWを張り 続ける。 「早く打て」  オレの言葉が届いたのか、プリーストはすぐさまMEを唱え出す。詠唱からして、まだDEX は完成してないのだろう。 「マグヌスエクソシズム!!」  プリーストの放った浄化の光。ダメージからしてもINTは秘境の村にあわせた105といっ たところだろうか。 「レックスエーテルナ!!」  狙いはダメージの一番重いデュラハン。LAをするのならば地属性のディスガイズの方が 良いのだろうが、ダメージを受けるたびにひしゃげた嫌な音が聞きたくなかった。  光が収まった頃には、大量の収集品があたりに転がっていた。自ヒールで回復するプリ ーストはオレの方に向かって、ありがとうと頭を下げる。 「いやー助かりました」 「いや、オレも黙って見ててすまない」 「やっぱりこの時間だと、MOBもムラありまくりですね」 「ああ」  収集品を拾いながら、プリーストは人懐こそうに話し出した。拾いながらタイプできる とはなんと器用な人だろうか。 「でも本当に助かりました。SWも沢山くれて」 「こっちこそ、あんたのお陰でちょっと目が覚めた」 「?」  プリーストはオレの言葉に疑問符を飛ばす。  目が覚めた。実際そうだ。あの「逃げて」という言葉がなければ、オレはこのプリース トを見殺しにしていた。決壊したモンスターハウスを潰せる自信があったから、見殺しに したのだ。嬲り殺されるのを、何の感傷も浮かばずに黙ってみていたオレは、あいつらと 変わりがないのだと自覚させられた。 「ああ、それでですね。青石代替わりにこれをどうぞー」  プリーストは近寄ってオレに取引を出し、…あ、このプリ96か。それはともかく何かを 手渡し…。  『ダイヤの指輪1個獲得』  ……、って、ちょっ、おまっ!? 「って、おお。98ですかー。  追い込みですねー、頑張ってー」  プリーストはそれだけ言うと、オレの返答も待たないままテレポアウトしていった。  受け取ったものにオレは呆然として…、すぐ後ろで沸いたデュラハンに後頭部強打(ク リティカル)されるまでその場に立ち尽くしてしまっていた。  直後、フィーナからレベルが上がったと報告を受け、頭が混乱していたのもあり、うっ かり自ヒールを忘れてジュノーへ飛びんで。  フィーナは頭から血を流していたオレに向かって盛大な悲鳴を上げるのだった。