「必要なアイテムを取るの、手伝ってくださいね」  ジュノーで待ち合わせ、うっかりフィーナに悲鳴を上げられたオレはその言葉に苦笑を交 えつつも頷いた。  頭から血を流していることを指摘されたオレは慌ててヒールを使い、我ながら苦しい言い 訳をして、なんとか事なきを得た。得たと思う。自信はないけど。  いくら混乱していても、ヒールを忘れるなんてどうかしている。  フィーナは相当胡散臭そうな目でオレを見ていたのだが、今は手に持ったメモを確認して いた。 「転職には、しおれない薔薇と止まらない心臓、3カラットダイヤが必要らしいのですが、 何処で手に入るか知ってますか?」 「必要アイテムって、それだけか?」 「はい」  …2次転職用だというのに随分簡単なアイテムだな。まあプリーストは必要アイテム自体 なかったのだから、そう言えた立場ではないだろうけど。 「えーっと、確かしおれない薔薇はモロクで、3カラットダイヤはミョルニール廃坑だった なあ。止まらない心臓はベリットからのドロップでよかったはずだが」 「そうですか。じゃあ何処から行こうかな…」  メモを見ながらフィーナは唸る。 「もしかしたら、倉庫に何かあるかもしれないからちょっと待ってろ」  オレはフィーナにそう言って、ジュノーのカプラサービス、グラリスの元に向かう。  倉庫に飛べば、狭い倉庫内いろんなものがごっちゃと積まれていた。 「…普段、必要なものって部屋に置いてる事が多いからなあ…。  ……っと、収集品の棚はこれか」  箱に入った収集品は何の目的があって入れたのか、今では判断付かないものまで入ってい る。 「…うっわ、ゼロピー1000個あるよ…」  本当になんでこれを溜めていたのかわからない。オークヒーロー兜、作るつもりもなかっ たのに。  ゲームのように一覧で見る事が出来れば、実に楽に探せるのだが、倉庫内に適当に置かれ たものを探すのは少々難儀だ。 「…あ、ダイヤ発見」  まるで発掘作業のように箱をあされば、そこにあった3カラットダイヤ。恐らくダイヤギ ャンブルの遺産だろう。  生憎と、それ以外のものは見つかる事はなかった。 「ダイヤはあったから、後は薔薇と心臓か」  倉庫から戻ってきたオレはダイヤをフィーナに渡す。一瞬きょとんとした表情のフィーナ は受け取ったダイヤを見て、大きく目を輝かせた。 「…凄い。こんなに大きいダイヤ、初めて見ました」  …そう言えば、このサイズのダイヤって普通一般市民のオレ達にとって馴染みのあるもの じゃなく、上流家庭の皆々様のステータスになるんだったけな。  宝石とかあまり興味がなかったから、そこまで気にした事はなかったが、やっぱりフィー ナは女の子なんだなあ、と思ってしまう。 「…あ、あのこれいくらしますか?」  おどおどとフィーナはダイヤを指差して聞いてきた。現実ならきっと洒落にならない金額 なんだろうが、こっちの世界ではそうでもない。 「55k…、あ、5万5千ゼニーって所だな。  金は別にいいよ、もらっときな」 「え、でも」 「これから薔薇も買わなくちゃならないだろ。今フィーナいくら持ってる?」  フィーナは狩場から帰る度にルフェウスに収集品等を全部渡している。ルフェウスは預か った収集品はオーバーチャージで売り、レアや青ハーブ等は、とりあえず預かっている、と いった状態だ。何故預かっているかと言えば、ソウルリンカーになったとき、そこから装備 を整えるのであって、余計な金を渡さないと言うことらしい。  きちんと家計簿、というか帳簿につけている辺りあいつのマメさ加減が伺える。 「……えと、10万ゼニーですね」  狩場滞在に対して金額が少ないと思われるかもしれないが、消耗品というものも存在する わけで。ハイスピードポーションや、回復剤。その他もろもろをさっぴいた状態でその金額 といったところだろう。 「オレの記憶が確かであれば、しおれない薔薇ってダイヤと同じくらいしたはずだから…。  買えないだろ?」 「…う…。  ………はい…」  その言葉にフィーナもしゅんとうなだれて、素直にダイヤを受け取った。 「じゃあモロクに行くか」  薔薇も、心臓もモロクにある。転職所もモロクだから実に都合が良い。  まずプロンテラへ行き、そこからカプラサービスでモロクに飛ぶ方が良いかとオレはプロ ポタを開いた。 「…あ、暑い、ですね」 「うん、暑いな」  じりじりと照りつける太陽は容赦なくオレ達を襲う。温度を感じる器官はしっかりあるの で、モロクは暑いしルティエは寒い。ジュノーも相当北の位置にあり、且つ空中都市だけあ って気温は低い。  それを考えるとプロンテラは実に過ごしやすいところだった。…過ごしやすいから人が多 くいるのかもしれない。  フィーナの装備している丸い帽子は影になるところがないから日光が良くあたるのだろう。 そういうオレもリボンじゃまるで意味を成さない。  もっかい倉庫行って帽子と何か取ってくるか…とそう考え、とりあえずフィーナは先に薔 薇を買って来るように言う。  マップの見方を教え、何処で売ってるか伝えると、何とか理解したらしくフィーナは頷い て花屋の方に向かって行った。  モロクにはシーフギルドがあり、なんと言うか少々治安が悪い。それでも裏路地に入りさ えしなければ変ないちゃもんつけられる事もないだろう。  『設置された人たち』はクエスト等のよっぽどの理由がない限り、『冒険者』には手を出 さない。多分、何かそういう制約があるのだろう。そういう所はやはり妙な違和感が出てく る。  再び倉庫に飛び、そこに眠っている装備品は長らく使ってないのにもかかわらず埃等は全 く無かった。色々と趣味で作った頭装備品が所狭しと納められているが、その殆どは作るだ け作って着けることは全くない為、埃がかかっていないにも拘らず、なんとなく寂しそうな 古びたような感覚を受け、少し哀れみを感じることもあったりする。  手持ちのつばの広い帽子といえば、マジックアイズにハット、麦わら帽子といったところ か。後はバンダナとかつばの無い帽子とかそういったものだ。  頭装備品の置いてある奥の方にも、もう使わなくなった鈍器が置いてある。別キャラで使 っていたものだが、今はキャラクターチェンジを行なえない為使うことの無い装備品だ。  売っても良いのだが、これらは手に入れるのに相当苦労した記憶があるので、あまり手放 したくないという気持ちが強い。  麦わら帽子とマジックアイズ、それから適当に果物数個(腐るとかそういう事は無いよう だ)を手にとって、オレは倉庫を出た。  マップでフィーナが何処にいるかすぐにわかる。迷うことなく花屋の方に向かっているよ うだ。  オレは念のためここで位置セーブをして、自身に速度を掛けフィーナの元に向かった。 「ちょっと前さー、むかつくチート騎士がいたんだよ」  カプラ前は冒険者が多くいる。そこを溜まり場にしているらしいプレイヤーの言葉にオレ は動きを止めた。 「村正なのに信じられないダメ出して、晒そうかって話なんだけど。  SS取り忘れちゃってー」  『村正のチート騎士』?もしかして、アクトの事だろうか?  思わず振り向いて、そこにいたプレイヤーにオレはどきりとした。  あの時の、Pv入った時にいた――オレがSWで阿修羅を防いだ――モンクの姿だった。  向こうは多分騎士の事で頭が一杯らしく、オレの事は覚えていないようだったが…。 「あの騎士に支援してた奴もチート使ってるっぽいくらい酷かったしね」  支援…?プリースト、か?オレを殺したあの女は…。確かにプリーストならば最後に映っ た紫色…、服の色と合致する…が、プリーストは刃物を装備できない。  確認してみようかと、そのプレイヤーの方に近寄ろうとしてオレは我に返る。  確認してどうするつもりだ?アクトの件は関わらないとルフェウスに言ったじゃないか。  もし、変に動いてあいつの行動の妨げになってしまえば…。あいつに合わせる顔が無い。  オレは小さく首を振り、その場を後にした。  フィーナの元にたどり着けば、彼女の手に一輪の薔薇が握られていた。剥き出しの状態で はなく、1輪でも紙に包まれた状態だ。 「ちゃんと買えましたよー」  オレの姿を見つけたのか、フィーナは嬉しそうに薔薇を持ちオレの傍まで走り寄る。オレ は持ってきた帽子――麦藁帽子――をフィーナに被せ、自分はマジックアイズを被る。これ で多少は直射日光から逃れることが出来るだろう。  ついでに持ってきた果物も彼女に渡す。 「…あ、有り難うございます」 「後は心臓だけだな」 「はい」  止まらない心臓をドロップするのはベリット。ピラミッド地下2と3階、地上3階に配置 されている。  行くのに楽なのは地下2階の方なのだが、ミノタウロスを相手にするのはかなり厳しい。  抱えてホーリーライトで倒すにしても時間は掛かるし、何よりハンマーフォールを食らっ てしまえばVITの無いオレ達の事、簡単に死ねるだろう。  かといって地下3階にはエンシェントマミーとアクラウスがいるのでそれもまた厳しい。  ならば、地上3階の方がやや安心して狩れるだろう。  マミーはともかく、ミミックやマーターを何とかすれば大丈夫そうだ。  常温保存っぽい果物を齧りながらモロクの町を歩く。目的はピラミッドだ。フィーナも素 直にオレの後についてきた。 「途中結構強いの出てくるから、注意しとけよー」 「はい」  速度の掛かっている状態でもピラミッドまでは結構距離がある。  それにしてもフィーナは支援の掛かった状態でも極自然に振舞ってるなあ、と思ったがそ ういえばテコン系はレベルアップ時にブレスと速度が掛かるんだったなと思い出す。レベル も50を超えれば流石に慣れて来るものなのだろう。  モロクの町を出ると遠くにピラミッドが見えてくる。砂靄が吹き上げ、それはうっすらと 霞んで見えた。  砂漠の砂は非常に乾燥していて、歩き難いことこの上ない。しかしこの砂、現実で浜辺に あるような砂とは全く違い、さらさらと軽い音を奏でる。  …現実の方の砂漠もこんな感じの砂なんだろうかな。そんな取り止めの無い事を考えなが ら歩き続けた。  一際大きな風が吹き、細かい砂が宙を舞う。 「…うーわー」 「す、すごい粉っぽい、というか埃っぽいというか」  頭から砂まみれの状態で苦い顔をしたフィーナが、自身に掛かった砂塵を払いながらほと ほと困ったように呟いた。 「…なんつーか、リアル、だよなあ」  本当にここは作られた世界なんだろうかと思ってしまうほど、体感する感覚はリアルだ。  暑いし、埃っぽいし。  こんなのだったら、もし現実に戻って旅行等出掛けるとしてもエジプト方面は候補に入れ ないで置こうと、オレは訳のわからない決意を固めた。  ピラミッドの入り口にはカプラが佇んでいる。こんなところにも派遣されているとは、つ くづくカプラサービスとは過酷な仕事だと思わざるを得ない。  ピラミッドで戦う上の必要なものはとりあえず持っている。  オレ達はカプラ嬢に軽く会釈して、ピラミッドの中に入っていった。  ピラミッドの内部は暗くどんよりとしており、壁に掛けられた燭台から不安定な炎の灯り を揺らせている。温度も日光を遮断しているためそれほど高くは無い。この場所で帽子も意 味は成さないので、フィーナには帽子変えとけと伝える。現在ナイトメアセットを崩してい る状態なので、戻しておかないと何かと不便である。  …もちろん、オレはマジックアイズのまんまだけど。  入り組んだピラミッド内、適当に進んで行き止る事もあるので、マップを意識しながら道 を進む。  2階へ進むためには、北西の階段から上がっていく事になるので、入り口から正反対の位 置になる。テレポ使えば時間は掛からないにしても、フィーナと一緒にいる以上、それは出 来ない。2階で待ち合わせ、等と言ってもダンジョンの歩き方の知らないフィーナにそれは 酷というものだ。  ピラミッド1階にはアクティブのファミリアーがいるが、所詮は雑魚。近寄ってくる前に ホーリーライトで仕留める。魔法職、ステである以上、やはり敵を倒すのはスキルの方がア イデンティティの確保になる。些細なことだとは言え、きちんとこだわりたいのだオレは。  1階は問題なく進み、2階への入り口が見えた。  さて、問題はここからだ。  ピラミッド2階のアクティブのMOBはソルジャースケルトン、アーチャースケルトン、マ ミー、ドレインリアー、そしてイシス。  転職間近とは言え、フィーナが組するのには流石に心許ない、というか無理だと思う。ス ケルトンズならともかく、イシスは…ねえ。  …まとめて焼くか。  イシスのびんたくらい、3減無くてもなんでもないよな。うん。  オレはあえて装備を変えず、このままで行く事を決めた。  時間的にも場所的にも、ここにはあまり冒険者は来ない。来たとしても通過する程度のも ので、MOBの配置も大分ばらけているようだ。 「えーと、フィーナはオレのちょっと後ろからついてこいよ」  MOBのタゲ移りも考えられるのであまりすぐ後ろにいては危険だ。  たとえ、ルフェウスから借りた装備がオレのそれより頑丈でも、たとえ、ステの関係上オ レの方が脆いのかもしれなくとも、男たるものか弱い女性を守るものである。  2階に入ってすぐにMOBのお出迎えはなかったが油断は禁物。フィーナの位置を確認しな がらオレは奥に進んでいく。  歩けば当然MOBに鉢合う。不死のソルスケ、アチャスケ、マミーはヒールで、ドレインリ アーはホーリーライトで打ち落とし…さて問題のイシスだが。  うっかり失念してたけど。  イシスって、胸でかいっすね。  たゆんたゆんと揺れてるそれ。健全な男子たるもの、やはりそれには視線が釘付けになる のは生物学的に仕方の無い事なのです。だって生ですよ?普通そんなの見れませんよ?考え てご覧なさい。たとえ下半身は蛇でも巨乳がわらわら来たら、あなたはどうします?オレな ら………。 「…………。  リディック、さん………?」 「…はっ」  剣呑な空気はすぐ後ろから漂ってきて、それでオレは我に返る。鼻の下伸びてる?いいや そんな事は決してありません。断じてありません。至って気のせいです。  ……ごめんなさい、忘れてください後生です。 「えー…と。  マグヌスエクソシズムっ!」  願わくば、あまりイシスが来ない事を祈りつつ…。いや、来るたび後ろから、重い空気が 流れてくるので、マジ本気で勘弁してください。  いろんな意味でやばかった2階も無事出口までたどり着き、オレは心の中で盛大な息を吐 いた。  ようやく、本当にようやくたどり着いた3階。ここでベリットを倒して心臓を手に入れる のだが。心臓、スティった方が良いかもしれない。傍から見て、心臓スティールってどんな よ?と突っ込まずにはいられないが。  3階入り口、都合よく目の前にベリットがおり、オレはその傍に行こうとしたとき、ぐい っと肩を掴まれ思わず硬直した。 「……私が、やります」  普段ならきっと、いつもの自分で全部やろうとするその態度の表れだったのだろうが、生 憎と今のフィーナの纏う空気はそんなものではなく、なんと表現したら良いのだろう、闇属 性?みたいな剣呑なそれ。  オレは内心びびりながらも、支援の掛け直しをする。 「温かい風っ!!」  ふわりと舞った風は清く、フィーナに降りかかる。聖属性がフィーナに付与された。  ステータスはきっとA>Sなのだろう、足技でベリットを蹴り飛ばす。動きが非常に荒く見 えるのはオレの気のせいだろうか?  きゃいんと高い鳴き声でベリットは倒れ、床には包帯が一つ落ちていた。 「出ませんでした」  包帯を拾い、フィーナは肩で息を吐く。振り返った彼女の表情は、ピラミッドに入る前の それで。…えーと、鬱憤晴らされのベリット南無。オレは心の中で合掌した。  勢い良く飛んでくるミミックをバックラーでしのぎ、その空きっぱなしの口…っぽいとこ ろにホーリーライトを放つ。ぎりぎりと食いつかれて、バックラーだけでは対処の仕様もな く、左腕に鋭い痛みが伴う。それでも秘境の村を体験しているオレにとってはそれほど気に するものではなく、構わずホーリーライトを連打した。 「り、リディックさん!」 「だいじょぶ。大した事ない」  数度のホーリーライトでミミックは力尽き、がらりと床に転がった。左腕を見ればかなり 深くまで食いつかれたらしく、だらだらと血が伝っていた。  事も無しにヒールを使って傷を消す。しかし、ヒールって便利だよなあ。服まで再生して しまうんだから。  おろおろとオレの方を見ているフィーナに、気にするなと一声掛け、近寄ってきたマミー をヒールで倒す。  ポロリと出た収集品に、ルートをもつベリットが嬉しそうにやってくるのが見えた。 「じゃあ、頑張って」  近くにいるベリットに闇ブレスを掛け、フィーナを送り出す。闇ブレスの仕様は道中フィ ーナにちゃんと伝えている。 「いきます」  フィーナの方も臨戦態勢が整い、ベリットに向かっていった。  彼女をタゲろうとするアクティブMOBを自身に引き寄せながら、フィーナの姿を目で追い ………。  ………………………。  …………赤。  …………………………………………。  いやっ?断じて見てませんよ?赤のやわらかい素材のスカートが翻ったその下の…。  はっはっは何を言っているんデスカー? 「出ましたーー」  嬉しそうにどっくんどっくん動いている心臓を平気で掴み、オレの方を向いたフィーナは その姿のまま固まった。 「…リディックさんっ!!!  何やっているんですかーーーーーっ!!!!」  大声で叫ぶフィーナ。その彼女の視線の先にあったオレの頭には、新装備マーター帽子が 実装されていたのだった。