顔を上げると、目の前のベンチに全身ピンクの女が座っていた。  こんな色彩感覚の持ち主、林家○ー○ー夫妻くらいのもんだよな、なんて こんな時ながら妙に冷静な感想が浮かぶが、そこに座っていたのはハイプリーストだった。  「大抵の人には見えないが、あたしらには見えるし匂いもするしで最悪だからね。きちんと 片付けておきなよ」  「あ、あぁ・・わかったよ」  キツイ言い方に少し苛立つが口答えする気力もなく、水で洗い流すかと立ち上がりかけた 俺に、さらに声がかけられた  「おいおい、それだけかい?あたしはあんたが吐くところが見えたって言ってるんだよ?」  「それがどうかしたかよ。座ってるベンチの隣に吐かれたんだから、そりゃ目にも入るだろ うよ。別に逃げるつもりはない。水を探してくるだけだから、放っておいてくれ!」  さすがに同じことを二度言われると無視することができず、口調も荒くなってしまう。また、 そいつがニヤついた顔をしていたものだから我慢できなかった。  「余裕なくなるのも無理はないけどさ、まぁ落ち着きなって。しかし、余裕無くしすぎ。いくら 生物を切るのが初めての体験だからって、そこまでになるもんかねぇ」  俺を度胸なしとなじるように笑みを深くしながら喋るその様子に、俺は完全にキレてしまい 女に殴りかかった。が、顔めがけて放ったこぶしは無造作に上げられた手によって防がれ てしまう。それどころか掴まれた右腕を後ろ手に捻り上げられ、地面に組み伏せられてしま う。  「ぐがっ!」  「残念でした。あたしは殴り型でね、この程度なら造作もないさ。それよりも、いいかげん落 ち着きなよ。同じ境遇の仲間なんだ、仲良くやろうじゃないか?」  「仲間だと!?俺はお前なんか知らないぞ!」  「んー、こうなるからあたしは嫌だって言ったんだけどねぇ。あいつが来てればもっと・・って、 あんたには関係ないことだね。じゃ、はっきり言うけどあんたこの世界に意識が入り込んじゃ ってるんだろ?あたしも同じだって言ってるんだよ。」  「な、なんだって!?」  「冷静になって考えれば分かることだろ?吐いてるトコなんて、普通にゲームしているヤツ らには見えないってことぐらい。あたしの言い方も悪かったけどさ、気づくぐらいの余裕はあっ てほしかったねぇ。さ、少しは落ち着いただろ?ゆっくり話しでもしようじゃないか、片付けた後 でね。」  思いっきり捻り上げてくれたお陰で腕が痛み、片付けるのに苦労した。女はといえば、相変 わらずニヤニヤしながら俺を見ているだけだった。  「さ、終わったぞ。話しを聞かせてくれ。」  「まずは自己紹介からだ。あたしはマーガレッタ=ソリン。あんたは?」  「エレメス=ガイルだ。」  「ふ〜ん、やっぱりね。」  俺の名前を聞き、何が面白いのかニヤつくマーガレッタ。  「生体にいるアサクロと同じ名前だね?」  「それがどうかしたかよ。お前だってそうじゃないか。」  「あぁ、そうだよ。あたしの仲間にはロードナイトとハイウィザード、スナイパーにホワイトスミス もいるが、そいつらも生体のMobと同じ名前なんだよ。」  「・・そいつはすごいギルドだな。狙って集めたのか?」  「あっはっは、まさか。意識を持って入り込んできたのが全員そうだったってだけさ。あたしら はこれを偶然だとは思ってないけどね。」  「どういうことだ?」  「これ以上はギルドで話そうか、暗くなってきたことだしね。」  言われて周囲を見渡すと、確かに日も沈み家々や街灯に火が灯り始めていた。  「ここから遠くもないし、夕飯時だ。食材を買いながら歩いて帰るよ。」  返事を待たずに歩き出すマーガレッタに大人しくついて行くことにした。  俺以外にROに入り込 んで来た人間に会いたかったこともあるが、朝からろくに食べてないことを今更ながら思い出し た俺は、ついて行けば食事にありつけるかもしれないとの考えも確かにあった。  肉商人、野菜商人、果物商人と色々回っていったがマーガレッタの買い方はすごかった。  ディスカウントLv20でも実装してるのかと思うぐらいに値切る値切る。俺は後ろでみているしか なかったのだが、荷物は当然の様に俺が持つことになった。  彼女曰く『荷物持ちは男の仕事だろ常考』なんだそうだ。  ゲーム内なのだから、アイテム袋に入れてしまえば負担にもならないだろうと思ったが、それ は自分にも言えることなので黙って持つことにした。  ギルトの建物は牛乳商人から奥に入った所にあった。  カプラから離れた位置にあり不便だろうと言うと、カプラ周囲は通常プレイヤーが多くかなりう るさいらしい。  確かに、ハイオークを狩りに行く時にカプラを利用した際はすごい混雑と喧騒だった事を思い 出し、納得しながら門をくぐった。  「wisで話した新人を連れて今帰ったぞ。」  玄関から入るとそこには一見どこかの酒場かと思われる風の広間があり、どでかいテーブル が中央に置かれていた。カウンターがある所から、以前酒場だったのを買い取ったのかもしれ ない。  「マーガレッタから聞いているよ、エレメス=ガイル君だね。僕はこのギルドのマスターを任され ている、ロードナイトのセイレン=ウィンザーだ。」  奥の机で何やら書類に目を通していたロードナイトが俺に声をかけてきた。  「急にこの世界に飛ばされて混乱しているだろうが、安心してくれ。ここにいる全員が君と同じ 境遇だから、気持ちは分かるよ。他のメンバーを紹介しよう。」  そう言って俺をテーブルへと案内してくれた。マーガレッタはといえば自分の役目はここまでだ と言わんばかりに、着いたと同時に食材の入った袋を俺から奪うとキッチンへと入っていった。  テーブルにはマーガレッタが説明したようにハイウィザード、スナイパー、ホワイトスミスが座っ ていた。  「まずはこのコから、ハイウィザードのカトリーヌ=ケイロンだ。」  セイレンに紹介されるとカトリーヌが勢いよく立ち上がる。  「はじめまして!D>I>A型のカトリーヌです!!魔法の威力は低いけどAMPでどうにかなるし、 詠唱早くてQMで大抵避けちゃう万能型だよ、よろしくね♪」  ニコニコ笑いながら差し出された手を握ると、思いっきり振ってきた。組み伏せられて痛めてい た右腕がまた痛み出す。  「イツッ・・!」  痛みに顔をしかめるとカトリーヌが慌てて手を離す。  「ご、ごめんなさい!勢いよく振りすぎちゃったかな??嬉しくってはしゃぎすぎちゃった。マー ガレッタさんには、よく落ち着きがないって叱られるんだけどねぇ〜。ほんとごめんなさい。」  申し訳なさそうにするカトリーヌだが、これは彼女のせいではない。俺は慌てて説明した。  「ち、ちがうよ。君のせいで痛めたんじゃないんだ、右腕はここに来る前に痛めていてその腕で 握手したものだからそれで、ね?」  俺の言葉に、沈んでいた彼女の顔がパッと明るくなる。  「そうなんだ!そうなんだね!私のせいじゃないんだ!よかった〜、私のせいだったらマーガレッ タさんにまた苛められるとこだったよ〜。もー、驚かさないでよね。」  ちょっと言い方に引っ掛かるが気にしないことにした。  「ははは。では、次にスナイパーのセシル=ディモン。」  「・・・」  カトリーヌとは違い、俺を一瞥しただけで弓の手入れに戻るセシル。  「もー、セシルさん。人見知りはいけませんよ。新しいお仲間さんなんですから、元気よくあいさ つしなきゃ〜。」  「すまないね。彼女は少し無口なだけで悪気があるわけじゃないんだ、気を悪くしないでほしい。 そしてホワイトスミスのハワード=アルトアイゼン。」  「よろしく、ハワードだ。後アサシンクロスだけだな、なんて話してたからお前がきてくれて嬉しい ぜ。」  乾杯でもするかのようにジョッキを掲げるハワード。  「ここにハイプリーストのマーガレッタ=ソリンを加えた五人でギルドを組んでいる。君が入ってく れるなら六人になるんだが、どうかな?」  あまりにも急な誘いだ。  別に断る理由もないのだが、今日はあまりにも色々なことが起こりすぎた。  望んでいたとはいえ、いきなりこの世界へと入り込み、浮かれている所へ戦闘での初体験。  戻ってくると女にコケにされるわ、同じ境遇の者がワラワラ出てくるわで・・  落ち着いてきてはいても、冷静に判断することなどできないだろう。なので俺は断る事にした。  「アサシンクロスのエレメス=ガイルです。自分と同じ境遇の人たちがいるのは、安心感みたいな のがあってギルド加入もいい事だとは思うんですが、今日はちょっと色々ありすぎてうまく判断で きないと思うんです。だから加入はちょっと・・」  「えぇーー!なんでなんで?同じ境遇だよ?仲間だよ?ギルド組もうよー。寂しいよー。」  真っ先に反応し騒ぐカトリーヌだったが、彼女を落ち着かせるように肩を叩きながらセイレンが応 えた。  「君の気持ちはよく分かるよ。僕たちも飛ばされたばかりの頃はそうだったからね。ゲームをプレ イしてよく知っているラグナロクの世界とは言え、実際に体験するのとじゃ大違いだ。一人で混乱 する中僕たちは互いと出会い、助け合い、ギルドを組んだ。君にも手助けできればと思ったんだが、 確かにギルド加入は急過ぎたかもしれないね。同じ境遇の者がこうして集まっている、今はそれだ けでも覚えておいてくれ。」  微妙な空気になりかけたが、タイミングよくマーガレッタがそれを切り替えた。  「さぁ、お前ら飯の時間だ。」  サラダを山盛りにした皿を両手に持って出てくる。  「エレメス君も一緒に食べていくといい。」  「はい、ありがとうございます。」  セイレンの誘いに、腹が減っていた俺は素直に頷く。が、俺を見てニヤニヤ笑っている女が気に なる。  「なんだよ?」  「いや?なんでもないが?」  「なんでもないヤツが、俺の顔見てニヤつくかよ。言ってみろよ、相手になってやる。」  「あっはっは、嫌われてるようだねぇ。セイレンにもカトリーヌにも普通に対応していたのに、なん であたしだけ・・ん?もしかしてお前、あたしの事が好きなのか?」  「はぁ!?バッカじゃねぇの?何でそういう発想になるんだよ!常識で考えろ、そんな事ある訳な いだろ。」  「ふむ、しかし世間一般的に好きにコには意地悪を・・」  「俺はガキじゃねぇよ!!」  「はーい、ストップストーーップ!!もぉ、食事中なんだよ。ケンカなんかしないでよ。」  熱くなり立ち上がった俺だが、カトリーヌが止めに入った。  「カトリーヌの言う通りだよ、二人とも。マーガレッタ、冗談だとは分かっているが君のはキツ過ぎ るよ。少しは和らげる努力をだね・・」  「はいはい、検討しておくよ。じゃ、残りの料理も運んじまうね。」  相変わらずニヤついたまま、再びキッチンに消えて行くマーガレッタ。そんな俺たちの様子を酒の 肴にでもしていたのか、一気にジョッキを飲み干したハワードが面白そうに俺に声をかけてくる。  「ずいぶん気に入られてるようだな。」  「よしてください、長い付き合いならまだしも初対面からあの態度じゃ付き合いきれませんよ。」  「敬語なんか使うなよ、あいつと同じ様に俺とも喋ってくれていい。あいつだって自分の口の悪さに 無自覚なわけじゃないぜ?ちゃんと自覚していて、いつもはもう少し大人しくしているんだがな。お前 には妙にちょっかい出してるように見えるぜ。」  「気に入ったらちょっかい出してくるなんて、まるで子どもだな。」  「いいかげんにしないか。今は食事中だし、この食事は彼女が作ってくれている。言うのを止めるか せめて食事の後にしたまえ。」  セイレンに諌められ、俺は口をつぐみ食事に手を伸ばすのだった。