「ほんっとに信じられません!」  ポータルでモロクに戻り、今だ怒り収まらないフィーナはこちらの方を見ようとせずに、 憤慨の言葉を続ける。 「ちょっと気が抜けてただけだって。オレ自身全然平気だったし」  と表面上はそう言っておく。実はHP赤ゲージになっていたのは心の中にしまっておく。マ ーターのAspdは半端なく、初期ステータス上Fleeの低いオレはがじがじ噛まれてた訳で。そ れでもヒール2回で全快できるから、つくづくヒールの高性能っぷりに感謝せざるを得ない。  …しかしなあ。  テコンって職は都合上足技なのに、なんであんな服なのだろうなあ。  フィーナは恥ずかしく無いのかなあ。  それにしても、赤、かあ。性格に似合わず派手な………。 「リディックさん?」 「…え!な、何だ?」  考えに少しの間ふけっていたオレを不信な目で見るフィーナ。 「さっきから変ですよ?何かあったんですか」 「そんなこと無い、そんなこと無いって」  慌てて手振り身振りで否定をするが、改めて冷静に考えるとこの行動も相当変なんだろう。 この時は流石にそこまで考えが及ばなかったけど。 「で、早速転職するのか?」 「…はい。  先延ばしする事でもありませんし、出来るだけ早くと思ってたので」 「そか」  転職場所はモロクの北西の酒場。ゲーム上では偶然そこにたどり着くような話の流れだっ たようだが、下調べも既に付いてる手前会話はどういう風に流れるか、少々見ものかもしれ ない。 「確かここで間違いなかったはず…」  フィーナが指したその先には昼だと言うのににぎやかな酒飲みたちの声が響いている。そ の合間を縫って聞こえるのは吟遊詩人の歌声か。  扉を開ければちりんと鈴の音が聞こえた。その音に別に気にも留める素振りすらせず、酒 場の人間は酒をあおっている。酒の匂いはかなりきつく酒場を満たしていた。 「…ここで転職するの…か?」  設けられた転職所は他の職業とは全く違うギルドでもなんでもないただの酒場。  厳かな、とかそんな雰囲気など全くありはしない。 「………。  …そうなんですけど…」  やはり戸惑いを隠せないフィーナの声にも力は無い。後から調べた折、テコンに転職する のもギルドとか組合とかではなく、屋外にいる一人の人間からだと言うのだから、この拡張 職の転職に対するおざなり感が出てくるのは仕方ないと思う。  転職させてくれるNPCは幼い容姿の人物だと言うのだが、酒場にそのようなキャラを設 置するのは些か違和感を拭えない。しかしこの場にはそれらしい人物はいないようだった。 「…何処にいるんでしょう?」  同じく店内を見渡していたフィーナもオレを見て首をかしげる。  バーテンダーは胡散臭そうにオレ達を見て、しかし何も言わずにグラスを磨いている。よ くよく考えたら、酒場に入って何も注文せず店内を見渡しているのだから、文句の一つや二 つ投げかけられても当然なのだが、『冒険者』の姿をしているオレ達には何も言ってこなか った。  奥の方に個室へと繋がる扉を見つけ、ちらちらこちらを伺っている店員に恐縮しながらオ レ達はその扉を開いた。 「来たか」  扉を開いた先、狭い室内にいたのは10にも届かないくらいの子供。オレ達から背を向けた 状態でそう呟いた。 「ここで生活している者とも冒険者とも全く異なる魂の持ち主よ、良く来た」  振り向いたその子供は容姿に違わない幼い声ではあるものの、低く落ち着いた言葉を紡ぐ。 「本来なら『幽霊等を見なかったか』と言うべきなのだが、お前たちの場合に限ってはそう 言う必要はなさそうだな」 「…っ!?  オレ達の事を知っている…、いや、なんであんたは『決められた事』以外の事を理解し、 話せるんだ!?」  流石にこれはオレでも驚いた。 「不思議に思うこともあるまい。現に主らのようなイレギュラー…、本来来るはずの無い人 間がいる現状、我々も『設定された言動』を繰り返す道理もないだろう」 「そ、それはそうなんだが…」 「主らも気づいているのではないか?  本来いるはずの無い町人たちの存在に。  聞こえるはずの無い、彼らの声に」  確かに設置された人たちはその場から動かず、そしてオレ達から話しかけない限り、決し て声を発せ無い事をオレは知っている。現に扉の外からはやかましいくらいの酒飲みたちの 声が聞こえてくる。その事からこの子供の言う事は間違いはなさそうなのだが。 「…それと、私の事を子供子供と表現するのはやめてもらおうか。  これでも312歳の齢を設定されている身だ。  マイアと呼んでもらおうか」 「…あんた、オレの心読んだのか?」 「私を誰だと思っている。魂を繋ぐものの師だぞ?  主の心はその口から紡がれる言葉と同じように流れてくる」 「………  参ったな。筒抜けか」 「そう言う事だ」  マイアはそう言うとふと不敵な笑みを浮かべた。 「さて、そこな娘。  テコンガールを終了し、ソウルリンカーになるべくここに訪れたのだろう?  何を迷っている?」 「…あ、いえ……」  話を振られ、フィーナは口ごもる。 「大丈夫です。なんでも、ありません。  お願いします。私をソウルリンカーにしてください」  首を横に小さく振り、フィーナはマイアを見るとキッパリとそう言った。  その言葉にマイアも頷いた。 「では、主の心の世界に参るとしよう。  暫し待つが良い」  マイアはオレの方を見てそう言うと、フィーナに向かい何事か呟き、そしてフィーナと共 にその場から姿を消した。  室内で一人取り残されたオレは、黙って二人が戻るのを待つ。  やる事ははっきり言って無い。ただ待つだけだ。  本来ならリンカーの転職の際、数分という時間制限が設けられていたはずだが、オレ達は イレギュラーな存在として、そういった制限が無いのかもしれない。  つまりそれだけ二人が姿を消した時間は長かったということだ。  もしも、このときにリンカー希望のテコンが来た時どうなるんだろうと、取り留めの無い ことを考えてみる。  それにしても、ここまで真っ直ぐ進んできたフィーナがリンカーに転職するのを迷ってい たと聞いて、オレは少し驚いていた。  あれだけ自分の意思を曲げない彼女が今になって悩んでいるとは。  転職に対する不安だろうか?それとも、もっと別の意味なのだろうか。  待っている間、辺りを見渡しても面白いものなどなく、時間をもてあまし気味に椅子に腰 掛ける。  そんな折、不意に光の柱が現われてフィーナとマイアが姿を現した。 「条件は満たした。今より汝はソウルリンカーだ」  光がフィーナを包み、それが収まる頃には彼女の姿はテコンガールからソウルリンカーの それに変わっていた。 「お、転職したか。  おめでとう」 「…はい。  ありがとう、ございます」 「後は主らで決めるが良い。わからぬことがあったらいつでも聞きに来ても構わないぞ」  マイアはその風貌に見合わない落ち着いた物腰でオレ達…いや、フィーナを見た。 「はい」  その言葉に頷いたフィーナの表情は何故か重いものが含まれていて、オレは訳もわからず 二人を交互に見た。 「何処行ってたんだ?」  酒場から出て、プロンテラに戻ろうとする前にオレはなんとなくフィーナに問いかけた。 「心の世界です」 「心の世界?」 「はい。力を身につけ、そして力尽きた人たちがいる世界です。  いろんな人がいて、いろんな気持ちがあって。  それに耳を傾けなさいってあの人が言ってました」  …つまり俗っぽい言い方をすると、お化けにあってきたと言うことだろうか…?  いくらゲームだとは言え、随分肝っ玉据わってるよなあ、フィーナって。 「そか。  じゃあ、家に帰ろうか。早く転職した事をあいつらにも伝えないとな」 「はい」  オレはそう言うとポタを開いてプロンテラに飛んで行った。 「転職おっめでとーーーっ!」  戻ってきたオレ達を花火点けながら、迎えたのはルフェウスだった。  つか、家で花火なんか使うなよ。 「ありがとうございます」  いきなりの音に驚いていたフィーナも数度の瞬きで我に帰る。 「よくわかったな、戻ってくること」 「まあね。僕を誰だと思っているのさ」 「……」  当然のように言ってのけるルフェウスに、こいつなら知っていてもおかしくないような、 そんな錯覚に陥る。 「それはともかく。  お疲れ様。今日は腕によりをかけて料理してみたから、期待するように」  にやにやと人の悪そうな笑みを浮かべるルフェウス。一体なんだその笑みは。  製薬ケミであるルフェウスの料理はマジで美味い。ステータスもさることながら、本人の 腕も相当なもので、それがヨリを掛けてとなるとそれは期待するべき事なのだが…。なんだ ろう?言い知れない不安が心をよぎるのは? 「とりあえず、着替えておいでよ。  準備が出来たら呼ぶから」  そう言うと、ルフェウスはいそいそとキッチンに入っていく。夕飯の時間まではまだ若干 時間がある。着替えて、今後の方針など軽く話せるくらいの時間はあるようだ。  オレは自室に戻りいつもの法衣から室内着に替え、やや時間を置いてからフィーナの元に 向かった。  フィーナの部屋の前に来てノックをし、出てくるのを待つ。フィーナはすぐに扉を開けオ レを出迎えた。彼女は白を基調としたワンピースを身に纏っていた。  こちらに来て1ヶ月。フィーナの部屋も彼女色の装丁が所々に見えている。とは言っても あまり買い物をするわけではないので、要所要所の小物がそう見せているのだろう。  視線をずらせばベッドの上においてある装備品が目に入った。 「借りてたやつか」 「はい。ソウルリンカーになるまでの約束だったので」  並んだ高級装備品。1stキャラの1次職から2次職になるのに、1ヶ月しか掛からなか ったのは、この装備があったから他ならないだろう。それだけ高性能な代物だ。 「それが無くなると大変だろう?  もともとリンカーは後衛職だからなあ」 「でも、約束は約束です。  装備はちょっとずつ揃えていこうって決めたましたし、これに頼ってばかりいるのは自分 にとってもよくありませんし」  …本当、こういう事はやたらとしっかりしてるんだよなあ。 「これからどうする予定なんだ?」 「まだソウルリンカーになったばかりなので、どう動けば良いか判らない状態ですけど。  まずは戦えるだけの装備を探さなくちゃなりませんよね。  足技が使えなくなるとは言いますけど、正直そういうスキルとって無いから大丈夫だとは 思いますが、少し狩場のレベル落としていこうかと思ってます」 「そか」  予習、というか次に何をするかはフィーナの中で大体決まっているらしい。  ここで殴り魔法職の経験のないオレが横から口を挟むのは間違っているだろうと、彼女の 言葉にただ相槌を打つ。ほんとオレって何の役にも立てないよなあ。 「時間は掛かりますけど、頑張って追いついて見せます」  にこりと笑ったフィーナにオレは気まずい笑いを返し、「待ってるよ」とそれだけ答えた。  ………追いつかなきゃならないのはオレの方なんだよなあ。 「………ちょ、お前っ!?」  時間だと呼ばれて向かったテーブルの上には、普段食べる事のないメニューが所狭しと鎮 座している。  うん。普段食べることなんぞないぞ?ステータスアップ料理なんて。  しかも、レベル10の代物がどんどんどんと並べられればそれは圧巻。いやしかし、確か に圧巻だ。レベル10料理なんだから、そりゃあ豪勢だろうとも。これ全部材料費や作成期 待値を考えれば1Mなんて軽く吹っ飛ぶんじゃないか?  だけど…。  だけどこの不死のチゲ鍋ってどうよ?露店で見た事はあるが、これ食えるのか、マジで? 「いやあ、頑張った頑張った。  意外と料理材料売ってる露天少なくてね。探すのに苦労したよ。  それに足りない材料も結構あってね。難儀した難儀した」  変わらない笑みのルフェウスとは対照的な、げんなりしたラルの表情。  …って事は、もしかして… 「足りない材料狩ってきたの、お前か…?」 「どう考えてもWIZの狩場じゃねっつってんのに押し切られた。  そもそもレア出さないと作れないようなもん、作ろうとかするなよ…」 「何言ってんのさ。せっかくのフィーナの晴れの日だよ?  どーんと奮発しないと!」 「…わ、私はそんな…」 「たかが2次職、されど2次職。  1stの初転職となれば、そりゃあ祝わなくっちゃ嘘でしょ。  とにかく冷めないうちに食べなよ。今日だけはお酒解禁にしてあげるからねー」  そう言って出された酒類も当然ステータスアップメニュー。見事に自作の酒類が数本テー ブルの端に置かれている。  それにしても、酒OKとは。  中の人間が未成年だとわかるとルフェウスは一切合切の酒、タバコを禁止していた。正直 こいつの前で、そういったものを摂ろうとしたら、ルフェウスは問答無用でジオグラファー を召喚する。  それだけ未成年飲酒等には厳しかったのだが。  今日だけは特別だと言うことらしい。  出された料理は本当に多く、テーブルの上は凄まじい事になっている。  しかし、手に出せるのは無難な物が多く、いわゆる、これって料理としてどうよ?敵な物 が残るのはいたしかたない話だ。  特に異彩を放っているのは件の不死のちげ鍋。効果音で言うなら『ゴゴゴゴゴ…』とか 『ぅおおおぉぉぉぉ…ん』とかそんな効果も醸し出すほど、やばそうなものだ。  どぎついカラーの、鍋からはみ出している得体の知れない食材(なのか?)。よくもまあ こんな怪しいものを料理として実装させたよな、と重力に抗議したくなる。  正直、それ以外のちゃんとしたものを食べていても食べきれないほど並んでいるから、そ う言ったやばそうなものに手を出さなくても問題はないはずだ。  たとえ、にこやかな顔で「あれー、食が進んでないようだよー」などと、判っていながら それを差し出すルフェウスをスルーしたって実に問題ないはずだ。  つーか、お前。絶対わかっててやってるだろ…? 「改めてソウルリンカーへの転職おめでとう。  それで、これ。  僕たちからの転職祝い」  そう言ってルフェウスが出したのは細長い小包。それが何かはオレは知っている。フィー ナのジョブが40越えた辺りから、お金を出し合い先日ルフェウスが買ってきたものだ。 「あ、ありがとうございます」 「開けてご覧。ま、女の子に上げるようなものじゃないんだけどね」  その言葉にフィーナは小包を開ける。そこに入っていたのは一振りの短剣。 「…これ…?」 「『カウンターダガー』。殴り型ソウルリンカーの汎用武器だよ。  ある程度STRあれば、特化や錐の方が強いだろうけど、それ1本で大体の敵に適うと思 うから、使い勝手は良いとおもうよ」  生憎と露店にあったものは未精錬のもので、カウンターダガーを装備できるラルが過剰精 錬を行なったが、運悪く2本ほどくほってしまったのは仕方が無い。 「本当はもっと可愛げのあるものにしたかったんだけど…。  テコンからリンカーの転職で、武器何も無いのはやっぱりどうかなって思ってね」 「で、でも私の装備ってテコンの時に稼いだもので買うって言ってたじゃないですか。  皆のことだから、これ、安いものじゃないんでしょう?」 「はっはっは、フィーナはそんな事気にしなくて良いんだよ。  お祝い品なんだから、気にせず受け取りなって。  因みにそれは僕たちだけじゃない、ケルビムさんからの分も含まれているんだから」  カウンターダガー1本なら決して高いものじゃない。しかし、過剰に挑戦するとなるとあ る程度本数も必要になってくる。それに、フィーナの転職が間近と聞いた姐さんが「少ない が」と前置きをしてある程度融資してくれたのだ。 「………。  本当に…有り難うございます」  カウンターダガーを握り締めて、少し泣きそうな顔でフィーナはお礼を言った。