「今日はフィーナの装備、探しに行かないとね」  翌日の朝食時、ルフェウスはいつもの笑顔で言った。 「ちょうど良いものがあれば良いけど、無ければ無いで日を置いて探さなくちゃいけないけ どね」 「予算はいくらなんだ?」  フィーナの方を見てからオレはルフェウスを見る。  今までテコン時代に稼いだ収集品等を管理しているのはルフェウスだから、フィーナが知 らない金額になっているかもしれない。 「大体3M位だねえ」 「結構凄い金額じゃないか」  1stの1次職で稼げる金額にしては随分突出している。 「あの、カードが出たんです。ラフレシアの。  どれくらいの価値があるか全然わからないんですけど」 「ラフレシアは中央値で2Mだからね。やっぱりそれは大きいよ。後はハーブとかマインゴ ーシュとか、そういったものもろもろあわせて3Mちょっと。  いきなり全部使うのはこれから先不安だけど、使ったら稼げば良いし、足りないんだった らある程度貸せるしね」  何処から取り出したのか帳簿のようなものを引っ張り出し、ルフェウスはそれを指でなぞ りながら言う。ルフェウスのことだ、きっと1の位まできっちりつけているに違いない。 「で、リディックも行くでしょ?」 「え?」 「だから、フィーナの装備買うのに付き合うでしょって」 「なんで?  オレ行って何するよ?お前がいれば問題ないんじゃないのか?」  オレのその言葉にルフェウスは露骨なまでに顔を歪ませた。…何が言いたいんだこいつ?  相場もろもろ熟知しているルフェウスがいれば問題はないはずだし、そもそもオレが一緒 に行く理由がわからない。  それに、現在リンカーに転職したフィーナとレベルが離される訳には行かず、何よりも先 に転生したいと言う意思もあった。 「…えっ…と。  リディックさん用事あるみたいだし、ルフェウスさんがいれば私は別に…」  オレとルフェウスを交互に見やり、フィーナは幾分慌てたように言った。 「フィーナがそう言うなら……、…別に良いけどね」  その言葉に盛大なため息を吐きながら、ルフェウスは席を立つ。空いた食器を纏めながら オレを一瞥した。  だから、一体何だって言うんだよ?  フィーナもルフェウスの手伝いに立ち上がり、二人はキッチンへ向かっていく。 「…………。  相変わらず鈍感つーか、お前どっか頭ん中おかしくね?」 「お、おい、どういう事だよ!?」 「自覚してわざとやってんのか、それとも本気でわかってねえのか。  後者ならお前、やばいと思うけどな」 「…んな…っ?」 「ごっつぉさん。  じゃ、俺も用事あっから」  そう言ってラルはすたすたとハンガーに掛けてあったマントを引っつかみ、そのまま外に 出る。  ぽつんと残されたオレはただ意味もわからず、その場で呆然としていた。 「マグヌスエクソシズム!!」  最早慣れたこの手順。人間の持つ耐性能力ってマジで凄いね。というか、つまりは感覚が 鈍くなってきているということなんだろうか?もしそうだったらちょっとやばいかもなあ。  自身に支援を掛けなおし辺りを伺う。幸いなのか違うのか、追加されるMOBはいないよ うだった。  あの時から、変わったこと。  例え、どんな状況だろうと人としての理性をなくさないようにしようと言う決意。  見えていて何もしないのは、誰かを陥れようとする人間と変わらない。出来ることをしな いのは怠慢だし、逃げているのと変わらない。プリーストだからどうの、では無くやっぱり 人としてやらなければならない事は無視しちゃいけないのだ。  午前中は基本的に他のプレイヤーは殆どいない。平日なのだから当然なのだろう。  逆に人がいないからこそ急な横湧きも少なく、比較的安定して狩れる。しかし、即湧きの ニブル村、いつ何処にモンスターハウスがあるかわからない。  テレポで索敵している間に、何人かすれ違う他のMEプリーストを見ながら、自身に襲い 掛かるMOBに集中する。 「…って、あのプリ、あぶなっかしいなあ」  テレポインしたところでたびたび目に入る男のプリースト。ある程度引っ張るのは引っ張 るのだが、どうもバックサンクが上手く出来ないようで。かと思えばサンクも引かずにME を放ち、白ポを飲んで…。 「ってアホかっ!  ヒール!!」  見えるダメージはそれほど大きくは無いとは言っても数が多い。囲まれ減算Defもあっ てVIT型でもあれを受け続けるのは正直厳しい。  ……って、あのプリ、VIT…なのか…?  スキルの射程内だったので、そのプリめがけてヒールを飛ばす。何とかMEも間に合い、 狭間にLAも落としておく。 「…どんなステでここに来ているんだろう…?」  ふと呟いた矢先に、背後でジビットとハイローゾイストが湧いた。  別に大した敵ではないが、ここでちょっとでも引っ張ろうなら下手をすれば、あのプリに 流すことも考えられたので、オレはそのままMEを使用した。 「はやっ!」 「へ?」  その発言は件のプリからで、オレはそちらの方を向いた。MOBは放置していても勝手に 浄化してくれるので完全に放って置いている。 「この間の追い込みの人ですよね。  また助けられちゃいました」 「え?」  傍によるそのプリースト。『この間の追い込み』って…、まさか、青ジェム代わりにダイ ヤの指輪を渡した、あの時プリーストか!?  いや、容姿を覚えていないオレ自身、どうかと思うけどさ。 「98になったら、やっぱりそれくらい早くなるもんなんですかね?」 「いや、その、オレDEX120ちょいだからこれくらいなもんだが…。  オレよりも早く詠唱するプリだっているだろう?」  DEXカンスト型、アコセットのドロップス3枚挿し。アクセサリーもグローブで作って いるためINTによる威力よりも詠唱速度を優先した装備でだいたいこれくらい。  その代わり、VITは1だから注意しないとあっさり転がってしまう。  いや、そんなことよりも。 「お前さん、本当にMEプリースト?」  気になった事はこのことだ。記憶どおりなら確かこのプリはレベル96。詠唱速度が遅い し、まさかVITMEとか…? 「あはは、いや実は元は支援プリだったんですよねー」  彼は朗らかに笑いながら言葉を紡ぐ。あー、なるほど支援からMEの転向というわけか。 それならMEとして主流のDEX型じゃないことも頷ける。と、その直後、男の真後ろにデ ュラハンが湧き、その兜で男を殴りつけた。  多分飛ばしたのはショックエモなのだろう。おたおたとヒールで倒そうと試みているよう だが、何故か自分に掛けている。 「何やってんだっ!」  一応タゲは彼なのだろうが、混乱しているのか上手く倒せないデュラハンに向かってオレ はTUを使う。運良くヒットし、デュラハンはその場に崩れ落ちた。 「す、すいません」  恐縮するように彼は頭を下げる。 「こう言っちゃあれだが、あんた、この狩場…いや、ME向いてないんじゃないか?  そもそもステータス上の特性もあるわけだし、どういう理由でキラキラ振ったのか知らな いけど、96でこんな調子ならデスペナだって貰っているんだろう?」 「あー、はい。おかげ様で…」  このプリの態度にこのままこの場を去ることが出来ず、どうせなら話でも聞いてみようか とオレは東の方を指差した。 「話聞いてやるよ。支援からMEの転向って色々あるわけだしな。  ここじゃいつMOBに絡まれるか判らないし、他のMEの邪魔になるだろうから、町の方 に向かおうか」  合流先はニブルの町。それまではテレポートで移動しようと言うオレの提案に男は頷いた。   「実は相方に振られちゃって…」  安全なその場所にたどり着き、開口一番男は言った。 「僕、I>V>Dの元支援だったんですけど、相方が急に『あんた要らないから』って、僕 捨てられちゃったんです」  めそめそ泣き言を言う男にオレは一瞬あんぐりと口をあけ、すぐに気を取り直す。相手は プレイヤー。そんな微妙な表情の変化も気づく事は無い。  因みに時折出る男の表情は多分、エモを飛ばしながら話しているのだろう。 「…それが、ME転向のどういう理由になるんだ?」 「多分僕が弱いから、相方に捨てられたんだと思うんです。  だから、ハイプリになればきっと戻ってきてくれるって…!」 「ハイプリになるためにMEになったって?  確かに、プリのソロ効率はMEがトップだとは思うけど…。  けどなああんた、ギルド入ってるみたいだしギルメンの支援で経験値稼げばいつかは転生 できるんじゃないか?」 「あ、このギルド相方のペアギルドなんです」 「あ…そう…」  あっさりと言ってのける男に、しっと団への要請を頼んでみたくなったが、既に振られた と言っている以上、それは酷な話ではあるか。 「実は、あなたに渡した指輪、相方にプロポーズしようと思って用意してたんですけど…。  必要…なくなっちゃって……。  …う、うえええぇぇん」 「気持ちはわからないでもないが、泣くのはエモだけにしとけよ…。わざわざタイプする必 要も無いだろ…」  プレイヤーの発言は吹き出しのように頭の上から出るわけではなく、声として聞こえる。  キャラが男なら男の声、女なら女の声。どうやら職によって違うらしく、プリーストの声 は基本的に落ち着いた音として聞こえてくる。  そんな声で、「うええぇぇん」等と泣かれては、なんと言うか聞いてるこっちが恥ずかし くなってくる。 「…養子も迎えようねって話もしたのに…、結婚費用だってきちんと用意したのに…。  酷いと思いませんか!?」 「…………」  この手の話はあまり強い方ではないオレはなんと言えば良いか返答に困ってしまう。  未練がましく追っかけないで、別の人探せよと言うのなら簡単だが…って、ちょっとまて。 婚約指輪破棄している以上、もうこいつの中では吹っ切れてんじゃないのか…!? 「あんた、指輪を売っても良いって言ってたよな?  もう終わった話なんじゃないのか…?」 「……僕、見返してやりたかったんですよ!!  ハイプリになって戻ってきても今度はこっちから捨ててやるって!!」  ある意味凄い情熱なんだろうが、向いている方向性が完全にネガティブな方へ全力疾走し ている。オレは少し同情していた気持ちがさらさらと崩れていく感覚に陥った。 「なんて言うべきかな、あんたの気持ちははっきり言ってオレにはよくわからんが、それを 糧にハイプリになろうと言うのはちょっと間違ってると思うんだけどなあ…。  えっと、まだ96だろ?いくら90代後半とは言え、経験値の関係上折り返し地点だ。  そういうマイナスの感情で転生目指すって精神衛生上よくないというか…。  レベルが上がればその分デスペナがきつくなる。もうちょっとさ、前向きにと言うか明る めの目標を持った方が良いと思うんだけど…」  かしかし頭をかきながらオレは男を見た。プレイヤーがオレの細かい表情を見れないよう に、オレにもプレイヤーの細かい表情を見る事は出来ない。  言葉を発してくれなければ、何を考えてるか理解する事は出来ない。  男はしばらく沈黙し、オレは次の言葉を待った。 「…でも、僕は彼女の事が好きだったんです。彼女のために色々つくして来たんです。  天使のヘアバンドだって、sティアラだって、乙女のツインリボンだってプレゼントしま した。  その度に、ありがとう、嬉しいわって彼女は言ってくれて…。  なのに、いきなりあんな風に捨てられるなんて思わなくて…!」  ………………。  それって、騙されてるとか言わないか?  脳裏に浮かんだ言葉は、口にする事は出来なかった。この男は一体どれだけ、その彼女に 貢いだのだろう。  それは、男のプライドにもかかってくるので流石に言うわけには行かない。 「キラキラ振ってスキルとった以上、MEで頑張るしかないかもしれないけど、DEXの低 い時はMEの効率って結構微妙だぞ?  何型MEかは知らないが、臨時とか他のギルドに入って上げた方が建設的だと思うけどな。  一人で黙ってレベルを上げるよりは、誰かと一緒にPT組んだ方が楽しいだろうし。  ゲームにまで鬱な気持ちでプレイするのはどうかと思うぜ?」 「でも…」 「そんな状態でゲームしたって楽しくないんじゃないか?  MMOなんだから、相手は人だしそれなりの礼節ってあるわけだけどさ。  羽目外しすぎるのは流石にやばいけど、んなフラストレーション抱えてゲームするって不 毛じゃね?  ゲームは楽しんでなんぼだと思うぞ、オレは」 「………」  オレの言葉に男は沈黙する。  多分葛藤だとかそういうのがあると思う。正直男女のいざこざとか経験した事の無い(そ こ、寂しい奴だとか言わない!)以上、的確な助言などできるわけでもなく、あくまでも一 般論でしかないわけだが。 「…僕、どうかしてたかもしれないですね…。  なんか…、こういう相談ってしたこと無かったから…。周りが見えてなかったのかもしれ ないです。  本当に、ごめんなさい」  ややあって聞こえた男の声は何か絞り出すような弱々しい響きがあった。恐らくMEにな ったのは一時的な衝動なんだろう。今この場にいる事はこの男にとってちょっとした暴走だ ったのかもしれない。 「…人のプレイに関してオレがどうのこうの言う資格はないんだろうけどさ、少しクールダ ウン期間でも設けて落ち着いたら良いんじゃないか?  別キャラで遊ぶなり、PTメインで遊ぶなり。  この際、捨てられた女の事なんざすぱーっと忘れて遊んじまえよ」  我ながらいい加減な発破の掛け方だと思うが、出てくる言葉はそれしかなかった。 「そ、そうですよね。ROっていうゲームですもんね。  遊ばないと意味が無いですもんね」  先ほどの欝切した表情とは明らかに違う晴れやかな表情を見て、オレはこれで良いかと適 当な判断を下す。もしかしたら一人の人間の思考を変えてしまった帰来はあるが、それはそ れ。うん、オレいいかげんだね。 「…ありがとうございます。  MOBに絡まれているところを助けてくれたり、こうして相談に乗ってくれたり…。  こんないきなりの見ず知らずの僕に助言してくれるなんて…。  本当にありがとうございました」 「いやいや、オレもいいかげんな事ばかり言ってすまないな。  正直、感情論でどうこうできる話じゃないからあくまでも一般論みたいなものだと考えて くれる方がちょっと助かるかもしれないけどさ」 「僕、アムリタの事は忘れることにします。  こんな気持ちでハイプリになったとしても、きっと人に迷惑のかけるプリーストになりそ うだし…。  少し気持ちを落ち着けて、ちょっとずつ頑張ろうと思います。  キラキラは…ちょっと高い授業料だったと思うことにします」  男はそういうと立ち上がる。その顔は随分と晴れやかなものだった。 「じゃあ、僕今日は帰ります。  本当にありがとうございました」  ぺこりとお辞儀をして(多分サンクスエモだろう)男はワープポータルを開いた。 「…転生追い込み頑張って」  そう言って男はポタの光の柱に消えて言った。  それを見送ったオレは、深いため息を吐き、男女の確執ってやなもんだなと他人事ながら 考えるのであった。  ふと時計を見れば、まだまだ昼下がり。随分話し込んだと思っていたが、それほど経って いないことに気が付き、オレは再び気合をいれ秘境の村に足を運ぶ。  …多分、明後日にはレベルは上がる。  だが、焦らずに確実に行動しないと。